
「韋駄天、頼みましたよ。何とかしてあの鬼を捕まえて、お釈迦様の[歯の舎利]を取り返してください!」
と、お坊さんたちは韋駄天に頼みました。
「はい、わかりました!」
と、韋駄天は走り出しました。
その速いこと、速いこと!
土煙を上げて、あっという間に、お坊さんたちの前から消え去りました。
そして、韋駄天はスーパーマンのように飛ぶように走りました。
つづく
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紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その3)
紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その2)

鬼の名前は、[足疾鬼(そくしつき)]と云いました。
鬼は、お坊さんたちの前に出て来て言いました。
「お願えでございます。あっしにも、お釈迦様のお骨(舎利)を見せてくだせえ」と。
そこでお坊さんたちは、一つの容器を取り出して来て、言いました。
「これはなぁ、お釈迦様のお口の中の[歯]の舎利じゃ。たいへん尊いものじゃぞ。持っておれば幸せになれるという、貴重な物じゃ。大切に見てみろ・・・⁉あっ!」
というや否や、鬼は歯の容器を持って逃げ出したのです。
「俺も幸せになりたいんじゃ!あばよ!!」と。
その足の速いこと、速いこと!
足疾鬼は、鬼の中でももっとも足の速い鬼だったのです。
「たったっ大変だ!誰か、何とかして鬼を捕まえてくれー!
あの速い鬼を捕まえることが出来る者は⁉
そうだ、韋駄天(いだてん)だ!」 つづく
(泉涌寺『舎利殿』内 韋駄天像)
紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その1)

韋駄天(いだてん)は足の速い神様です。
まるで、ロケットのようなスピードで走れたそうです。
そして、仏様を守護する神様の一人でもありました。
帝釈天や毘沙門天の仲間です。
いわば、仏様のボディガードです。
それでは、仏教を守護する神様『韋駄天』の活躍を紙芝居で見ていただきましょう。
はじまり、はじまり~。
今から、およそ2500年ほど前、仏教を開かれた『お釈迦様』が涅槃(ねはん)に入られました。
涅槃とは、お亡くなりになるということです。
弟子たちは皆、悲しみました。
そして、お釈迦様のお身体を焼いて骨にされました。
さらに、その骨を細かくして、器に入れて、それぞれ皆に分けることにしました。
皆、お釈迦様の形見が欲しかったのです。
それを、一匹の鬼が見ておりました。
(韋駄天図: 泉涌寺様より)
つづく
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その7 最終回)

「・・なんということだ。正義は勝つことが出来ないのか⁈」と、落ち込む阿修羅のもとに、[お釈迦様]が訪ねて来られました。(ようやく、真打登場!)
「阿修羅、もうこの辺で帝釈天と仲直りしたらどうじゃ。帝釈天も、娘も、そう願っておるぞ。」と云われるお釈迦様に、阿修羅は猛反発し、
「そっそれでは、正義は勝てないということですか⁈」と牙をむいて言いました。
するとお釈迦様は「お前は正義、正義というが、その頑なな心が、お前自身も周りの者もすべてを苦しめておる。
正義のためと、お前は味方がやられても、苦しんでも、『それはしかたがない!』と言って同情もせず、敵も許さず、争いを永遠にやめない。
これから、そのような事を『修羅場(しゅらば)』と名付けよう。
・・まぁ、帝釈天の行いも褒められたものではないが・・、あやつは謝っておるし仲直りしたいとも願って居る。
帝釈天がなぜ人気があるのか⁈お前は考えたことがあるか?
あやつは、憐みの心があるのじゃ。その為、欠点は多いが周りの者が安心し、又共感するのじゃ。
もう、許してやれ、阿修羅。
今では娘も幸せに暮らしておるということではないか。娘に笑顔で会ってやれ。」と、云われました。
それを聞いて阿修羅は泣きながら頷きました。
こうして、阿修羅神は帝釈天と仲直りしました。
そして、今では共にお釈迦様の仏教を守護する神の一員として、働いているということです。
・・そして、このお話はインドから日本に伝わり、この阿修羅神の像を作るにあたって、阿修羅神が辿ってきた過程(人生・歴史)を彫刻しようと、
[怒り、悔やむ表情]と[悲しむ表情]、そして[お釈迦様に救われ仏に帰依した表情]の三つの顔が彫られました。
そして、手のポーズも[武器を持つ手]、「太陽と月を持つ手=一説では、朝から晩まで戦うことを考えるという意味」と、「合掌」のポーズになりました。(今は残念ながら、武器や太陽と月が無くなってしまいましたが・・。)
今、この阿修羅神の像は[奈良]の『興福寺』さま祀られています。
・・悲しみに耐え、何かを静かに訴えるような・・、そんな表情をして。
この少年のような一途な表情は、観る我々の心を魅了してやみません。
おしまい
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その6)

退却する帝釈天軍の前に、アリの大群の行列が、道をふさいでいました。
それを見て帝釈天は思いました。
「アリを踏むつぶして逃げるのは簡単なことだ・・。だが、アリも生き物だ。一匹一匹命がある。・・私は神だ。罪のないものを簡単に殺してはいけない!踏むつぶして逃げるぐらいなら、引っ返そう!・・その方が良い!」
帝釈天には、こういう優しさもあったのです。
そして、全軍に通達しました。
「皆のものっ!アリを踏みつぶしてはならん!我らは今一度、引っ返して阿修羅軍と戦うぞ!」と。
こうして、帝釈天軍はUターンしたのでした。
「どういうことじゃ⁉帝釈天が戻ってきた!」と、阿修羅連合軍は驚きました。
そして、阿修羅に味方していた神々はこう思いました。
「なんとっ、帝釈天はアリの命を奪わぬ為に帰ってきた!・・あの神にはああいうところがある。欠点は多いが情には熱いのだ。・・帝釈天こそ、神の中の神様!我々の主神なのだ!」と、神々は阿修羅軍を裏切り、阿修羅に反撃し始めたのでした。
「うっうらぎり者め!悪いのは帝釈天なのだぞ!正義は私なのだぞ!」と、阿修羅は叫びました。
しかし神々は、「お前は正義、正義と口を開けば云うが、こだわりすぎだ。・・もう、帝釈天と仲直りしてやれ!・・帝釈天には生き物を憐れむ心があるが、お前には無い!
倒れた味方を踏みつけながら、前進しようとする。常に自分のことしか考えていない!
憐みのないお前より、帝釈天の方が良いわ!」と、阿修羅軍に対して反撃してきたのです。
こうして、阿修羅軍は又負けてしまい、海に追い落とされました。 つづく
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その5)

一方、帝釈天と阿修羅の娘は、いつの間にか気持ちが通じ合い、子供も生まれました。
・・・やがて、その噂が阿修羅の耳に入りました。
「おのれー、帝釈天め。絶対に許さんぞ!大事な娘をわしから奪い、しかも子供まで産ませるとは!」
軍勢の少ない阿修羅軍は、自分の悲しい思いを、須弥山の神々に手紙を書いて訴えました。
「是非、私の味方になって一緒に帝釈天を撃ってほしい!」と頼んだのです。
やがて、同情してくれる神々が、阿修羅軍に大勢ついてくれて、帝釈天のお城に猛攻撃を掛けたのでした。
この突然起こった猛攻撃に動揺してか、帝釈天はぴっくりしてお城を逃げ出しました。
「皆のものー、ひとまず退却じゃー!」と、帝釈天は森の中に脱出したのでした。
すると目の前に・・・。つづく
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その4)
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その3)

同じ森に遊びに来ていた『帝釈天』に、阿修羅神の娘は、偶然見初められてしまいました。
「何と美しい娘じゃ⁉・・わしの妃にしてやる。一緒に来い!」と、半ば強引に嫌がる娘を、連れ去っていったのでした。
帝釈天はこの娘が、親友・阿修羅神の大事な娘だとは知らなかったのです。(知ってても、決して許されることではないですけど・・。古代神話の神々は、このような人間的なところが多いのです)
これを家来から聞いた阿修羅神はびっくりしました。
「おのれ、帝釈天!きさまとわしとは親友ではなかったのか!
一言、言ってくれれば、正式に娘を嫁入りさせてやったものの・・。
絶対に許さん!
直ちに兵を集めよ!娘を取り戻す!
正義は我にあり!」
と、阿修羅軍は怒りに任せて、力の神・帝釈天に挑むことになりました。つづく
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その2)

遥か昔のお話。
ここは宇宙の中心にある[須弥山(しゅみせん)]です。
その高さ、8万由旬(80万キロメートル)=[地球の大きさの約60倍]あると云われたこの山に、
[力の神]といわれた『帝釈天(たいしゃくてん)』や、
[正義の神]といわれた『阿修羅神(アシュラしん)』が住んでいました。
力の神と呼ばれる『帝釈天』は、その名の通り、大変力の強い神でした。
そして、この物語の主人公『阿修羅神』は、不正を許さず、間違ったことの嫌いな正義心の強い神でした。
二人は仲が良いことで有名で、よく一緒にお酒を飲み食事などをとっていました。
阿修羅神には、一人の美しい娘がおりました。
父の阿修羅神は、それはその娘を可愛がっておりました。
そんなある日のことです。
その娘は、森に散歩に出ました。
その時です。 つづく
紙芝居:『悲しき阿修羅(アシュラ)』(その1)
奈良[興福寺]の阿修羅(アシュラ)像。
三つの顔を持つその表情には、心の奥からにじみ出た、苦しさや悲しさが漂い、観るものの感情を揺さぶります。
・・仏教を守護する神と言われるこの阿修羅神。
正義の神でありながら、戦いの[魔神]に落ちてしまい・・、そして最後は仏に救われた阿修羅(アシュラ)。
まるで、それは映画『スターウォーズ』に出てくる[ダースベイダー]のように感じます。(そんな風に感じるのは決して私だけではないはず。)フゥーフォー、フェーフォー(ベイダー卿の呼吸音)
このお話は、その悲しきアシュラの物語です。つづく



