昨日、そして今日と、『お寺の出前』が続いた。
昨日は、河内長野市『滝畑地区老人会』へ、
(会場)
紙芝居法話に行き、
(奥河内の風景)
「地元のお年寄りを癒して、そして元気にして欲しい」というインポッシブルなミッションの元(笑い)、
(河内長野市観光ボランティアガイドの方からお声を掛けて頂き、)『滝畑に磨崖仏あり』という紙芝居を上演してきた。
又、その他、おまけによく演じる紙芝居もして、元気化活性計画を図った。
・・賑やかに、賑やかに、会は進行し、楽しい一時を過せた・・と思う。(呼んでいただきありがとうございました)
そして、今日は法事が終ったその足で、奈良の学園前まで車を走らせ、地元自治会『楽友会』主催による、子供と大人の為の紙芝居会を上演して来た。
それは、あまりに忙しいスケジュールだった為、カメラを忘れて写真は無い。
地元自治会の世話役のお年寄りと、若いお父さんお母さんと子供たち、色んな世代に向かってお話させてもらい、僕の頭は混乱したが、それはそれで賑やかで楽しかった。
この頃、なんでも有り・・の出前になってきたなぁ。
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昨日、そして今日の出前
7月号の「御堂さん」、お参り茶話
7月号の月刊「御堂さん」の住職エッセイコーナー、『お参り茶話』は、岐阜県郡上市の〔光明寺〕住職さんが「自坊の飼い犬:ポンちゃん」について書かれた。
それで、僕はその文章についてのカットを描かねばならなかったのだが、これで二ヶ月続いて犬の話題が続いたので、今回はあえて住職さんを絵に描かず、犬のポンちゃん中心にカットを描いた。
このワンちゃんは、紀州犬という事だったので、インターネットで〔紀州犬〕を検索して、その中からわんぱくそうな犬を選んで描かせてもらった。
私ごとなのだが、今「犬たちをおくる日」という紙芝居を作っている。
不思議な合致だが、犬の事をいろいろ調べていると、イラストの依頼も犬を中心にしたものが来て面白いものだと思った。
第4回:観念寺仏教婦人交流会

おととい、自坊「観念寺」で、第4回仏教婦人交流会を開いた。
この会は、毎回(一芸を持つ〔笑〕)ご門徒さん(信徒)さんが、講師となって持ち回りで講習会を開いているのだが、今回は、縫い物の先生をされているご門徒さんが『ポケットテッシュカバー作り』講習会を開いてくださった。
二十名ほどの方がお集まりになって、(・・予想以上にたくさんの方が来て下さったので、お茶菓子が足らんようになり、途中、僕はコンビ二までお菓子を買いに走ったやんけっ!)ワイワイガヤガヤと賑やかに、ボンドやアイロンなどの道具を使い、布切れが『ポケットティッシュカバー』へと変身していった。(仏婦会の役員の皆様、いろいろとご準備ありがとうございました。)
そして最後は机を片付け、夏の準備の為、『河内音頭(河内おとこ節)』カセットで盆おどりの練習・・。(何の会や?〔笑〕)
「あっ~楽しかった。・・次は何をしましょうか?」と、最後に皆でお茶を飲みながら話し合い、次月は『写経会』に決まった。(今度は僕が準備をせなあかんなぁ・・。)
・・それで又、最後に『盆踊り』の練習もするらしい・・です。おそらく。二本立てか・・。〔笑〕
昨日の『白寿苑』は、朗読会
昨日の「特養老人ホーム 白寿苑」での法話会は(紙芝居を使わずに)、絵本の朗読会をした。
その朗読したのは、先日、檀家の石屋さんに頂いた『ゆらちゃんのおはかまいり』(写真)という絵本である。
内容は作者(石材店社長)の実話で、(娘ゆらちゃんが)家族みんなで、先祖のお墓参りをするという単純なストーリーである。
この本、たくさん頂いた。
約百冊・・ぐらいか。
ほとんど檀家さん宅で配ったが、残ったから(石屋さんの了解を得て)、今、出前先の(主に)特養老人ホームで配っている。
配っただけでは、なかなか中身まで読もうとする人は少ないと思い、僕が実際、朗読してからお渡しすることにしている。
絵本の朗読は、「紙芝居」を実演するより、た易い事だと甘くみていたが、予想に反して難しかった。(どうも勝手が違う。情感をたっぷり入れて読まねば、聞く人はすぐそっぽを向く・・ような気がした。)
もちろん車の中で、大きな声で(朗読の練習をしながら)、白寿苑に向かったのだが、やはり本番では何べんのセリフを噛んでしまった。
やはり、自分で作った作品でないから、感情移入がしにくかったのかもしれない。
やはり、僕は自分で作って「紙芝居」を演じる方が、遥かに楽なようだ。
でも、白寿苑の入所者の方がたは絵本を大事にかかえ、「又、ベットの中で読ませてもらいます。私たち、お墓参り出来んから嬉しいわ~」と言いながら、皆さん喜んで帰られた。
だから、結果オーライにしておこう。
茨木別院本山九日講さまの来院
(田植え後の際にバスが到着)
今日は、茨木別院「本山九日講」の御一行(17名の皆さん)が、団参で観念寺にお出でになった。
こちらの皆さんの今回のご旅行目的は、山陰方面での一泊研修(主に『因幡の源左さん』の故郷を訪ねて)である。
・・なので、そのまんま皆さんのスタート地点『茨木市』から、高速道路を北上すれば早く行けたと思うのだが、ちょっとその前に(すごろくのサイで「遠回りコース」が出たような感じで、)その源左さんの予備知識を『紙芝居』で予習して頂こうと、あえて南下して頂き(笑い)、うちに寄って頂いたのである。・・ご苦労さまでございました。
(紙芝居『因幡の源左』を披露)
でも、僕は今日のこの日の為に、この源左さんの『紙芝居』を(鳥取への取材旅行もし、ついでに鳥取名物「大粒らっきょう」も買って)作ったのである。
なんと、この日を心待ちにしていたことか!
でもそのせいか、興奮して僕の話が長くなってしまった。あらあら・・である。
今から、皆さんには(鳥取までの)長旅が待っておられるというのに、最初に疲れさせたのではとちょっと反省した。
でも何か、僕はようやくこの日を迎え、そして無事終る事が出来てスッキリした!
それでは皆様、長旅お気をつけて!ようこそ、ようこそ、さてもさても・・。(今頃、三朝温泉かなぁ・・?あぁ、僕もついて行きたかったなぁ) 合掌
東大阪市〔専宗寺〕さまの定例法座
先週末から忙しい日が続いて、中々このプログが書けなかった。(えらいすんまへんっ。)
お寺の会議があったり、(お寺での)お葬式があったり、(お寺への)出前があったりしていたのだ。
・・で、今「善導大師」の紙芝居を連載している途中なので、早く完結せなあかんと気にはなっているのだが、それは後日にし、あえて今日は(記憶が薄れていく為)、先日の「お寺への出前」の話を書きたいと思う。
ここ(写真)は、東大阪市の「五条」という町にある『浄土真宗 専宗寺』というお寺で、生駒山を背景に建つ(由緒ある)立派な寺院だ。
この日(十一日)は、こちらの『定例法座』があり、初めて「紙芝居法話」の講師に呼んで頂いたのだ。
定例法座というのは、毎月〔定例の日〕に行うお説教会である。
この日は平日にも関わらず、たくさんの方が御参詣なさっておられ、ちょっと緊張したわ。
まぁそれで、僕は例によって例の如く、自己紹介も兼ね、今日は一連の真宗『紙芝居』をさせて頂き、御法縁を頂戴した。
さて、それよりも驚いたことは、先ほどもちらっと書いたが、このお寺の由緒の凄さである。
だいたいお寺の一族というのは、由緒正しく(戦国時代ぐらいからの)家系図がきっちり残っているものなのだが、ここのご家族の家系図は、あまりにも凄い。
はっきりと、先祖が(南北朝の動乱の頃に活躍した)『楠木正成』一族(一族すべてが滅びた訳では無く、出家して生き延びた人もおったんやなぁ)がルーツであると解っているのだ。
又、途中で(あの最初に江戸城を総建した)『太田道灌』一族の血も入っておられる。そのルーツは『清和源氏』やんけ。
それが確かな資料とともに、このお寺の土蔵倉の中に眠っているのだ。
豊臣秀吉直筆の朱印状から、武田信玄・上杉謙信公の直筆のお手紙まで(普通に)あるから、そらびっくりやわ。
僕がもっと驚いたのは、トイレに行く途中の廊下の端に、(戦国の頃かの?)武将の兜が、ひょいっとおいてるからビックリしたわ。(後で聞いたら、これ本物なんやて。・・被ってみたかった。実はちょっと持たせてもらったんやけど、重かったわ。こんなん被って戦に出ていたなんて、よくムチ打ち症にならんかったなぁと思った。・・いやきっと、成ってた人おるで。)
おもろい(歴史裏)話は、もっと聞いたんでここに書きたいねんけど、今日はこのへんにしとく。
久々で、キーボード打ってて、首がしんどなってもたから。(僕がムチ打ちになってまうわ。〔笑〕)
では、次回こそは『紙芝居』の続きを書きたいと思います。
特養ホームでの驚き
特別養護老人ホーム内で、おととい驚いたことがあった。
それは、おやつの時間に起こった。
その日、いつものように(苑内で)お話をしていると、おやつに「お饅頭」が出た。
僕もご一緒にそのお饅頭を食べながら雑談していたら、目の前の(自称「280才」)のお婆ちゃんが突然、「ウッッ!」と言って、目をむいて後ろにそっくり返った。
お饅頭が喉に詰まったのだ。
でも、お饅頭自体は、小さく小さく(一センチほどに)刻まれているので、とても喉に詰まるような大きさではない。
でもお年寄りには、その大きさでも危ないのだ。(粉もあかんかったのかな?)
慌てて、隣の職員さんが、喉に手をつっ込んで吐き出させようとしたが、中々その饅頭の破片は出てこない。
背中を叩いたり、又、水を(少量)口から流し込むと、ようやくそのお婆ちゃんは「フゥ~」と言って、元に戻った。
びっくりしたわ。ほんまに。
目にたまった涙を、職員さんにティシュで拭いてもらいながら、「死ぬかと思った」と笑いながら言われたこのお婆ちゃん。
いつも「早よ、死にたい・・」と言っているお婆ちゃんも、いざ死にそうになったら、自然と生きようともがくものなのだ。
それが人間だ。
「孤独の心の叫び」にいかに答えていくかが、『お寺の出前』の使命でもあると改めて認識した。
「お婆ちゃん、300才までもうちょっとやから、頑張って生きてくださいや」と言って、僕は施設を後にした。
京都教区:下東組寺族婦人会の皆様の来院
今日は、京都から『下東組:寺族婦人会(お寺の坊守さんの会)』の皆様(12名)が、バスで団体参拝にお越しになられた。
到着されたら、まずはお勤め。
今日は二階本堂で、〔お勤め〕も〔紙芝居法話〕も行う。
いつもの紙芝居『三尺三寸のお箸』をまず披露。
その後、今日はお寺のご婦人の方ばかりなので、『子供を亡くしたゴータミー』という(割と暗い)紙芝居を久々に演じ、観て頂いた。(僕はこの話好きなのです)
この「紙芝居」は悲しいお話なので、あまり団参(ご旅行)の方向きではないと思っていたのだが、お寺の女性の方ばかりの会とお聞きしていた為、やはり(病院内で看護師さんたちによく演じる、命をテーマにした)この紙芝居にしようと決行したのだ。
もちろんそれは、お寺が『命』に関わる大切な仕事をしていると思っているからである。
又、これは有名な話なので、知ってる方も多かったであろうが、改めて紙芝居でじっくり観るというのも良い研修になるかな?と思ったからでもある。
これを演じて良かったかどうかは、(皆さんの感想をお聞きしてないので)解らない。
が、お寺さんなら、是非共感されるのではなかろうかと、僕は思う。
一時間のうちの寺での滞在ののち、バスは好天気の中、さらに南へ向かって出発して行ったが、はたしてバスの中の雰囲気は、その後どうなったであろうか?(紙芝居の影響で、楽しい旅行気分に水を差しはしなかったか?・・皆さんの出発を見送ったのち、ちょっと心配になった。) 合掌
789回目を迎えた『紙芝居法話会』
先日、妻から「お寺の出前(紙芝居法話)って、今まででいったい何回行ってるの?」と聞かれた。
そう聞かれると、改めて自分でも気になり、実際数えてみることにした。
・・で、過去の第一回目(平成八年)からの『記録帳』を開き、勘定してみた。(毎回、記録はちゃんと付けていたのだが、勘定まではしてなかった。〔笑〕)
それで、結果からいうと(先月末までで)『789回』だった。 その『記録帳』の記念すべき〔第一回〕は、特別養護老人ホーム『白寿苑』での『法話会』の記録から始まっていたので、今年で17年目を迎えることなる。(『・・よく続いたな』と改めて思い、そして『もう死ぬまで止めれないだろうな』とも思った。なぜなら現在、来年(平成25年)の予定がすでに入っているし、これから毎年「出前」を頼みますというお声を聞いているからだ。・・健康でおらなあかんなぁ。)
記録帳を見ると、最初の頃は「老人ホーム」への『お寺の出前』だけであった。・・が、だんだんとそれに「ホスピス&病院」・「お寺」・「地域の老人会」がプラスされ、年を追うごとにさらに「コンサート&イベント会場」や「小学校」・「幼稚園&保育園」・「学童保育」(若返っていってるやんけ。)、さらに又「社員研修」などと幅広く重要が増えて来ていた。
そして現在、「お寺の出前」で外ばかり出ていたのに、「自坊のお寺に(お客さんの方から)来て下さるパターン(団体参拝)」も増えてきている。
この結果を見ると、自分は本当にこれまでラッキーだったとつくづく思う。(しんどくなったが・・、嬉しい悲鳴だ)
さて、その記録帳の話であるが、最初の頃はノート一杯に細かく「法話会」の計画と感想が書かれてあった。(こんなこと書いてたなんて忘れていた)
たとえば、どんな風に話(法話)を始めるか、時間まで計って原稿を細かく書いている。ここで歌を唄うとか、(僕、最初の頃は法話会の途中で歌を唄っていたんやなぁ・・。おもろ)、又ここで皆に感想を聞くとかも書いたりしていて、その結果「歌は受けた」とか、「感想は出なかったので時間があまった」とかも書かれてあった。(不安な気持ちが字に表れている)
又、「寝ている人がいたので、次回から紙芝居を始める前は〔拍子木〕を入れて皆の目を覚めそう」と書いたりして、今、自分で改めて読み「そうか、だから拍子木を打って(紙芝居を)始めるようになったのか」と思いだした。
過去の記録を読むのは、こっ恥ずかしい事だが、それも新たな発見があって大事なことだなと改めて思った。
しかし、お寺の出前はこの先、いったい何回まで演り続けるのだろうか?
六月号の「月刊 御堂さん」は『犬と僧侶の絵』を描きました
毎月、月末近くになると、「月刊 御堂さん」編集部から(次々月号の)イラスト依頼のファックスが送られて来る。
これは『お参り茶話』といって、毎回異なった住職が、檀家さん宅で起こった色んなエピソードを連載するコーナーで、その話に僕は(似合った)カットを描くのである。・・それが仕事だ。
それで、今月号の原稿は『犬が苦手なお坊さん』の話なので、最初、僕は犬に吠えられ慌てふためくお坊さんのカット(絵)を書いた。
・・が、著者が「犬嫌いなお坊さんでも、膝の上に尻尾を振って乗って来ると可愛いものだ」という一行も書いておられたので、やっぱり、この絵はやめとこ」と思いボツにして、今回のような絵に変えた。
今改めて、原稿を読みながらカットを見たら、やっぱり「慌てふためくお坊さん」の絵の方が良かったような気がする。・・が、でも、やっぱりこれで良かったかな。
それは、僕もこのお坊さんと一緒で、(檀家さん宅の)犬と(できるだけ)仲良くしたいという願望があるからなのだ。
ウッー、ワンワン!「しーっ、読経中だけでも静かにしとってくれ!」という願いが・・。




