住職のつぼやき[管理用]

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かなはし苑ビハーラ訪問(ビハーラ奈良主催)への出前

ファイル 957-1.jpg(橿原市:かなはし苑)
 お盆が終っても(・・いやお盆が終ったら、)出前は続く。
 昨日は、『ビハーラ奈良』の会員さんたちが、二ヶ月に一回訪問されている、奈良県橿原市の「特養老人ホームかなはし苑」へ、紙芝居法話のゲスト出演に行って来た。
ファイル 957-2.jpg(仏壇のある会場)
 会場は、フロアーに大きなご仏壇があり、会員さんの勤行から会は始まった。
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 その後、紙芝居法話。
 僕はいつもの『三尺三寸の箸』の紙芝居と、新作『共命鳥のはなし』を披露。
 約30分間、お話させて頂く。
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 その後、女性の会員さんによる「手遊びと童謡(唱歌)」の披露。
 会場一杯のお年寄りの皆さんは、大きな声で歌い、楽しい一時を過ごしておられたようだ。

 ・・さて、困ったことなのだが、僕の喉の炎症はまだ完治していないようだ。
 紙芝居が終って、最後の挨拶をしようとしたら、突然、声が出なくなってしまったのだ。
 それでどうしようもなく、僕は森進一さんのような声で「あ・り・が・とう・ございました。」とだけ言って、引き揚げた。
 汗出たわ。
 やはり、ちょっと休まないとダメなようだ。
 でも帰り際、名古屋のお寺さんの団体から、来年の夏の講演依頼が携帯電話で入った。
 来年には喉も直っているだろうが、すでに来年の夏に向けて体力を調整しないといかんようだ。
 
 

「泉州キワニスクラブ」への出前

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 先ほど、難波にある「スイスホテル南海大阪」から帰って来た。
 遊びに行って来たのではない。
 出前だ。
 今日は「泉州キワニスクラブ」へ、お寺の出前だったのである。
 お盆参りが済んでも、忙しい。(ブツブツ・・仏)
 それでは、まず僕も??であったように、「『キワニス』って何?」という意味から説明したい。(偉そうに説明できる身分ではないが)
 キワニス=〔ロータリークラブ、ライオンズクラブと並ぶ、民間の世界三大奉仕活動団体の一つである。世界90ヶ国にあり、本部はアメリカにある。主に幼児虐待防止運動に力を入れている。〕、ということである。
 そこの「泉州(南大阪地区)」の団体である。
ファイル 956-2.jpg(会場:スイスホテル南海大阪)
 ・・さて、場違いではあるが、一年ほど前から「出前」の依頼を聞いていたので、その団体への(例会)講演に行かせて頂いた。
ファイル 956-3.jpg(会場)
 まず、会場で紙芝居を出して、ガサガサ、ゴチャゴチャ準備をしていたら、次から次へと見るからにエエトコの(社長・会長クラスの)人達が集まって来られ、僕のトコへ名刺を持って挨拶に来られた。
 名刺を見て、皆さんあまりにもエテコの、いやエエトコの人過ぎて、ここには書かないで伏せておく。(びっくりするほど地位と名誉を持たれた人たちばっかりだ!)
 いわゆる『人生の(大)成功者たち』の団体なのだろう。・・だから、人一倍努力もされ、時流にも乗り、苦労もされて来た人たちなのであろうが、まぁ、僕には直接、縁の無い世界の人たちだ。
 地位と名誉をすでに手に入れた立派な人たちは、「・・世間の為に何か恩返しをせな。そや、社会奉仕や!」と思われたのだろうか。
 だから、活動される。(「まぁそら、それくらいの事思っても当然か。」とも思ってしまう僕は、どうもお金持ちの人達に対してのひがみ根性があるようだ。いやただ単に、地位と名誉を持った上級クラスの人たちが羨ましいだけかもしれん。)
 そんなことは、どうでも良い。
 キワニス団体の皆さんは、月二回、今日のように集まって例会を開き、勉強をされているのだ。(もちろん、情報交換の意味もあろうが、やっぱり偉い人っていうのは偉いんや。)
 最後に、なぜ僕がこの場に呼ばれたのか?・・声を掛けて下さった方にお聞きしたら、以前ロータリークラブで、僕が講演した時、聞いて下さった一人の方から「あの宮本っていう奴の話は、面白くて深いから、是非呼んでみぃ」と云われたというのだ。だから、呼んだということだった。
 ・・そうなんや、僕の話って『面白くて深い』って感じてくれる人があったんや。・・これは嬉しい言葉やなぁ。そや、この言葉を売り文句にして、一発当てるか?・・あかんわ。こんなこと平気で書いてるから、僕はいつまでも鳴かず飛ばずの小市民なんやわ。
 でも、こちらの方がたのように、偉なったら偉なったで、そら、背負うものも大きくなって大変なんやろなぁ。
 やっぱり僕は僕で、今のままでええわ。一生気楽な出前のでっちどんや。その方が僕らしい。ははは。
ファイル 956-4.jpg(会員さんと会長さんと)

いろいろあった今年のお盆参り

 今年も無事にお盆参りが終了致した。
 心配していた喉の炎症も大した事なく、ほんま良かった。
 さて、それではお盆の行事を日付順に(簡単に)書かせてもらう。
 十一日の夜は、今年も富田林の〔専念寺〕さまへ『お盆法話』に出講し、なぜか興奮してエンジン全開となり、新作紙芝居を中心に、しゃべりにしゃべってしまった。(行く前にチオビタ飲んで行ったからかなぁ。)
 十二日から十四日までは、朝から夕方まで檀家さん宅へのお盆参り。・・毎年、へとへとになるのだが、今年は娘が半分ほどお参りを手伝ってくれたので、ほんま助かった。(感謝)
ファイル 955-1.jpg(光福寺さま)
 そして十五日は、毎年恒例、今年で十一年目を迎える、太子町〔光福寺〕さまの『お盆法要』への「紙芝居法話」。
 今年は、歌手の〔やなせなな〕さん指揮による、婦人部コーラスの初披露があった。
ファイル 955-2.jpg(中央がやなせさん)
 僕も聞かせてもらって癒された。・・ほんまありがとうございました。
 やなせさんの、途中ジャンプしたりする指揮、とっても良かったです。
 又、終ってから、住職さんとやなせさんと一緒にお弁当を頂き、その時、やなせさんの歌手活動裏話などをいろいろと聞かせてもらって、ここでも笑わせてもらいました。ありがとう。(歌手やりながら尼さんもやるなんて、結構たいへんな事なんや・・。お疲れさんです。)

 ・・ああ、これで今年も無事に〔お盆行事〕が終了した。
 まだ、いろいろとやらねばならん仕事はあるけど、一応これで、私のお盆は終りです。合掌

 

今年はちょっと涼しかった墓参り

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 毎年恒例の、(小山全体に広がるお墓を一つひとつ登ったり降りたりして読経する)激烈な村の墓参り(イベント)が、先ほど無事に終った。(写真はそのお墓の小山。右上にPLの塔が見える)
 今年は幸いなことに、早朝(5時頃)が涼しかったので、坊さんエネルギーを太陽熱で奪われること少なく多いに助かり、そのままのペースでなんとか最後までお参りし終えた。
 また、喉を痛めてまだ声の出が悪い僕としては、途中声が出なくなったり、日射病で倒れたらどうしようか?と心配もしたが、それもセーブしながらの読経でなんとか凌げた。
 ああっ、これで一年で一番過酷な一日を終らすことが出来た。・・これも、手伝って下った友達の僧侶たちと、(うちわで後ろから扇いで下さった)お手伝い頂いた檀家さん達のおかげだ!ほんと、ありがとうございました。・・これでお盆の前半戦は終ったようなもんだ。
 後は、檀家さん宅の(15日まで連日続く)お盆まいりと、二ヶ寺のお盆法話だ。
 あぁっなんとか、声帯よ、最後まで無事であってくれ!

嬉(うれし)ふれあい通信

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 先月、富田林の嬉地区「ふれあいまつり」に行かせて頂いたことはこのプログにも書いたが、昨日その『嬉地区福祉委員』さんから、「その時の模様を特集した「地区ふれあい通信」が出来ました」と送って下さった。
 ・・もう、半年ほど前にも思えるし、つい先週のことにも思える懐かしい写真が、連続写真の形で掲載されている。
 確か、この時僕は子供たちに「・・さて、それではおっちゃんの仕事は何でしょうか?」と聞くと、「紙芝居屋さん!」と大きな声で答えられて愕然としてしまったが、その後、先々週の学童保育ではさらにその同じ質問に対して、「忍者!」と言われて、もう失笑するしかなかったのを覚えている。
 

井上ひさし作:「しみじみ日本・乃木大将」を見て来ました

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 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことをあくまでゆかいに・・」という名言を遺された劇作家「井上ひさし」さん。
 僕もこの言葉をいつも胸に「紙芝居」を作っている。
 やはり、とっつきにくい『仏教』を、やさしく、おもしろく、まじめに、そしてゆかいに話す方法は、『紙芝居』しか無いと(勝手に)思っているからである。
 さて、この名言を遺された〔井上ひさし〕さんのお芝居を昨日見に行って来た。(演出は蜷川幸雄さん)
 舞台の前から四列目の席だったので、俳優さんたちの汗の流れやつばきなどもはっきり見えた。(セリフを間違えて噛み、お互いが目と目で苦笑いしている姿もはっきりと見えて面白かった。・・舞台初日は緊張するんやろうなぁ。又、舞台上もものすごく暑そうで、おそらく一回の公演が終ったら体重が二・三キロ減ってると思うわ。舞台俳優さんの体力恐るべし!)

 さて、歴史上の(悲劇の)英雄〔乃木希典〕さんを、(ひょっこりひょうたん島作家の)井上さんがどのように料理するのか?・・その手法も楽しみではあったが、実際このお芝居を見て度肝を抜かれた。
 なんと乃木将軍の生涯を、その愛馬たちが突如として(前足と後ろ足に分裂し人格(馬格)を持ち)面白おかしく語り出すという奇想天外なお話なのだ。
 その乃木将軍とその愛馬の前足に扮するのが〔風間杜夫〕さんで、乃木夫人と近所のメス馬の後ろ足と明治天皇の皇后に扮するのが〔根岸季衣〕さんで、その他周りを、いろんな馬の足や歴史人物たちを登場させ、面白おかしくそして滑稽に物語は進み、やがてクライマックスの主人公の『殉死』へと移ってゆく。
 まじめに生きようとすればするほど、周りから滑稽に見られてゆく人間の悲しさや儚さが一杯つまった、それでいて愉快なお芝居であった。
 
 
 

のどの炎症

 七月がちょっと忙し過ぎたようで、おとといの夜から、(しゃべり過ぎか)喉が炎症を起こし、その痛みで眠れなかった。
 今朝は、薬が効いたせいか幾分か楽になった。
 今月は、一年で一番忙しいお盆月である。
 家内に「遅くまでオリンピックを見ないで早く休みなさいよ。お父さんが応援しなくて、ちゃんと選手は頑張りはんねんから。・・でも、競技の終わった選手はお父さんの仕事を手伝ってはくれへんよ。」と、当たり前やけど、説得力のある事を云われた。
 それで、昨日はサッカーを見ずに早寝した。
 確かに、今朝起きたら、僕が見ようが見まいが、試合は無事に終っていた。・・これも当たり前か。
 少し喉の痛みが和らいだようだ。・・やはり休養は大事だな。 
 

セルモ学習塾「夏のイベント」への出前

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 昨日、奈良市登美ヶ丘にある「セルモ学習塾」の『夏のイベント』へお寺の出前に行って来た。
 こちらは、閑静な住宅街の中にある小・中校生の為の学習塾である。
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 こちらの塾長さんが、教室での『夏のイベント』を企画され、僕はその(子供の情緒教育の一環として紙芝居をして欲しいという)趣旨に賛同し、今回の実現となった。
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 この日は、前半は小学生に、後半は中学生に、紙芝居の中身を変えてお話してきた。
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 紙芝居を見たことが無いと言っていた子供たちではあるが、みんな、いろいろと話に食いついて来てくれて盛り上がった。
 今、教育界は『いじめ』を初め、様々な問題が『社会問題』として再沸騰してきている。
 僕がこの日も感じたのは、子供たちの心は一見元気そうに見えても不安が一杯そうで、他人の事を考える余裕がないように思えた。
 たとえば、『くも糸』の紙芝居でも、「どうしたら〔くも糸〕は切れずに済んだのでしょうか?」と感想を聞いたら、
 「自分〔主人公〕からすぐ下で、糸を切ってしまえば、自分は助かったのに・・」という意見が出て、この思いもせんかった感想に、今のゆとりの無い教育現場の実情を少し垣間見たような気がした。
 又、「僕はゲームが無かったら生きていかれへん。ゲームだけが命や!」と言った言葉もとても印象に残った。
 ・・子供たちは、どこか疲れているんや。(大人たちがオリンピックや政治やで騒いでる場合ではないようやなぁ・・)
 最後、塾長さんが次のように僕にお話して下さった。
 「今の子供たちは可哀想である。勉強と遊びのオンとオフのスイッチをどこで入れて、どこで切れば良いか、解らんような忙しさになっている。これでは心にゆとりが生まれない」と。
 確かに、わずか一日ではあるが、そんな感じがした今回の出前であった。
 

寛弘寺老人クラブ主催「親子のつどい」への出前

ファイル 948-1.jpg(寛弘寺集会所)
 先ほど、お葬式の合間をぬって(告別式と還骨勤行の間に)、地元「寛弘寺老人クラブ主催」の〔親子の集い〕へ、紙芝居の上演に行って来た。
 「お葬式の合間に、紙芝居のサーカス曲芸使みたいな事させてすんませんなぁ」と、老人クラブの会長さんが、すまなさそうにおっしゃってくださった。(紙芝居のサーカス曲芸使って面白い表現だ。気に入った!) だが、僕としては楽しみにしてくれていた子供たちをがっかりさせる方が辛かったのだ。
 だから、曲芸でもなんでも、ダブルブッキングにならないなら、常に上演させてもらう覚悟だ。
 ・・でも、やっぱり体力的にも無理が掛かってか、途中で声が嗄れてしもたなぁ。これは失敗、失敗。
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 でも、楽しそうに見てくれる子供たちの顔が、僕にとっての元気の源になる。
 何より穴を開けず、無事に紙芝居会を実施できたことが、僕にとっては嬉しいのだ。
 

「キッズサンガの集い」in本願寺岐阜別院

ファイル 946-1.jpg(岐阜別院:本堂)
 昨日、岐阜市内にある「本願寺岐阜別院」へ、『紙芝居法話』の出前に行って来た。
ファイル 946-2.jpg(駅前のハデな信長像)
 岐阜といえば、織田信長。・・・そして、
ファイル 946-3.jpg(岐阜城)
 斉藤道三の岐阜城。(時間があったので寄って来たが、疲労で足がつりそうになった・・トホホ)
ファイル 946-4.jpg(岐阜城から見た長良川と町)
 岐阜別院は(写真)の長良川の手前左の方にある・・が、確認不可能。
ファイル 946-5.jpg(140名の子供達と親御さん)
 疲れを知らない子供たちを相手に、約一時間ちょっと、熱気ムンムンの会場で、紙芝居とお話をして来た。
 それにしても、どうやらこの日のスケジュールは過密やったみたいで、朝のラジオ体操から始まり、勤行そして、体を使ってのゲーム大会。そして、お昼はみんなで(セルフで)オニギリを作って食べ(僕も頂きました。おいしかったなぁ。・・中には七つも作って食べた子もあったそうな。すごい胃や!)、その後、お昼から僕の紙芝居大会。
 みんな、疲れて寝るかと思ったけど、さにあらず、真剣な顔で見て聞いてくれた。
 又、休憩時間も、みんな僕の側に集まって来て、いろんな感想などお話してくれたりした。・・ゆっくり休めんかったけど。〔笑〕
 又最後、凍った〔チュウチュウ〕を食べながらも、まだまだ話足りんかったのか、次から次へとみんな集まって来てくれて、お話してくれたなぁ。(この子等、疲れるという事を知らんのかと思たわ!)
 まぁ、(大阪弁と岐阜弁の)方言の違いこそあれど、受けるとこは受けたような。学んでもらえるとこは学んでもらえたような・・そんな気がする。
 ・・僕の方こそエエ思い出を一杯頂いたような・・そんな気がする大会やったなぁ。
 ・・ほんま、お世話になった(教務所のO氏、そして岐阜仏教婦人会の皆さん)有難うございました。合掌
 
 

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