住職のつぼやき[管理用]

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京都:山城2組「正願寺」さまご一行の来院

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 本日、京都の「正願寺(お東のお寺)」さま御一行が、バスツアーで観念寺に参拝に来られた。
 僕は例によって、お寺の沿革や自己紹介などをお話した後、紙芝居二本を披露する。
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 紙芝居の中身は『三尺三寸のお箸』というお話と、『アミダ仏物語』の二本だ。
 この『アミダ仏物語』は、N添乗員さんのリクエストで、前回のツアーで見て下さった方に評判が良かったらしい。・・それと個人的な好みも入っているということだ。・・信心の篤い添乗員さんだ。(笑い)
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 最後は、皆で記念撮影。
 お帰りになられる時、何人かの方から握手を求められたのだが、その時可笑しかったのが、「握手してもらったら、何か良いことあるでぇ」と、笑いながらおっしゃってくださったことだった。(ビリケンさんみたい・・〔笑い〕)
 又、「今日は、本当に幸せな気持ちになりました。」とおっしゃってくださった言葉も深く心に残った。
 いろいろな方との出会いに感謝である。合掌
 正願寺のご門徒の皆さん&同朋観光さん、ありがとう!

大掃除!大掃除!

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 一年の内で一番大きな〔法要〕となる『報恩講(ほうおんこう)』という行事が、一週間後に迫っている。
 ・・ということで、今その準備の為に、連日バタバタとしている。
 昨日も、当番の檀家さんに集まって頂き、大掃除を行った。
 一階ホール玄関の窓拭きから、室内の畳拭き、法具磨き、庭と階段の掃除、そして二階本堂も同じこと。
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 非常に良いお天気(暑いぐらい)だったので、皆さん汗をふきふき、法具などもピカピカになるまで磨いて下さった。
掃除の後に、皆さんと一緒に食べたアイスクリームは美味しかったなぁ。
 皆さん、ありがとうございました。
 これで準備万端です。
 後は当日、私が何かへまをせんかったら完璧なのですが・・。(それが一番の不安材料やったりして。〔笑い〕)

エンドレスQ&A (一休さん編)

 老人ホームでの『法話会』の後、たまに「・・ところで、今日の話について、何か質問はありませんか?」と聞く場合がある。(時間が余ったときによく使う手だ)
 今日も、時間が余ったので、そんな事を言った。
 すると、前列の女性が「あの~、ところで〔一休さん〕って、(歴史上)ホンマに居た人物なのですか?」と聞かれた。
 今日は、『一休さん』という紙芝居とお話(エピソード)をしたからそんな質問が出たのだ。
 僕は「はい、歴史上実在の人物です。ほんまに居てはったお方ですよ。」と答えた。
 するとその女性は、「では、先ほど言っておられた『一休寺(酬恩庵)』というお寺はどこにあるのですか?」と続けられた。
 僕は「京都の〔京田辺〕というところにあります。・・今の同志社大学の近くですね。」と、続けて答えた。
 するとその女性は、「あぁ、同志社大学ですか。解りました、ありがとう。」とおっしゃられた。
 僕は「そうなんですよ。・・テレビアニメで有名に成り過ぎて、とんちの〔一休さん〕って、架空の人物やと思って居られる方も多いでしょうねぇ。」と言って、しばらく一休さんのとんち小話(「このはし渡るべからず」の話)をした。

 すると、先ほどの女性が・・、「ところで、一休さんってホンマに居た人物ですか?」と、又来た。
 僕は「はい、実在の人物です。京都の京田辺というところにある〔一休寺〕というところで、87才で往生されました。」と答えた。
 すると「その〔一休寺〕というお寺は、どの辺りにあるのですか?」と、同じ質問をされるので、
 さりげなく僕は、「はい、今の同志社大学の近くにあります」と答えた。
 横に座っておられる男性が、僕の方を見て「ニャッ」と笑われた。(ど壷にはまったな。・・さぁ、どうする?という顔だ)
 しかし、僕は真面目な顔で、「テレビアニメで有名に成り過ぎて、一休さんは架空の人物やと思い込んでおられる方が多いのですね。それでは、先ほどとは違う有名な一休さんのとんち小話を一つ・・」と言って、(「《し=死》という有り難い文字の話」)をした。

 すると先ほどの女性が「・・ところで、一休さんってホンマに居た人物ですか?」と質問された。
 僕はちらっと目で、後ろに座っている職員さんに『どっかで話を割ってね』と訴えた後、「はい、実在の人物です。室町時代居られたお坊さんです。京都の京田辺という所の〔一休寺〕というお寺で87才でお亡くなりになりました。・・それは、今の同志社大学の近くです。」と答えた。
 その女性は、「へぇ~、そやったんですか。ありがとう」と言われた。
 その時、後ろの女性が「同じことばっかり言うて・・」と少し大きな声で云われた。
 そう言われた初めの質問女性は、その言葉に『カチンッ』と来たのか、後ろを振り向き「うるさい!静かに聞いてなさい!今、有難いお話して下さってるねんから。」と怒られた。
 その勢いに圧倒されたか、後ろの女性は静かになった。

 そして初めの女性は僕に言われた、「あの、一休さんってホンマに居てはった人ですか?」と・・。

 結局この日、最後の最後まで、この女性の頭にある『一休さん架空の人物説』を打破できなかったのは誠に残念なことであった。  施設でよくある法話会の一節でした。 以上 
 
 

テレビ放送の影響

 テレビ放送の影響というものは、ホンマに凄いものだ。
 もう、一年も前に放送された番組(関西テレビ『よーいどん』)なのに、今でもちょくちょく「見た」と言われてお客さんが来られる。
 つい先日も、(アポなしで突然)ご年配のご夫婦が「テレビを見て来ました」と言って、泉北から来られた。
 そのお客さんは、「『よーいドン』という番組を見て、こちらのお寺を探して参りました。・・「紙芝居法話」というのは、毎日お寺でやっておられるのですか?・・できれば見せて頂きたいのですが?」とお尋ねになった。(去年の夏に放送されたものなのに、よくぞ、ここをお探しになられて来られたものだと感心した。)
 僕は「自分のお寺では、毎日「紙芝居」を演じてはいないのですよ。・・僕は出前を専門にやってますので。・・日頃は檀家さん宅のお参りをして生活をしておりまして。・・紙芝居法話はいわゆるボランティアでして。」と説明したが、
 「でもまぁ、せっかく遠方から入らしたので、何かリクエストの紙芝居があったら演じさせてもらいますわ。」とも言った。
 「それでは、テレビでやっておられた『長いお箸の話』をお願いします。」とおっしゃったので、本堂でお参りして頂いたのち、披露させて頂いた。
 その後、そのご年配のご夫婦は、喜んでお帰りになられたが、この日この時間、ほんまに、たまたまお寺に居てて良かったと思った。
 ・・つくづく思うのだが、テレビ放映の影響は大きいものだ。一度インパクトがゆくと、月日や時間を超越して、人を動かし始める。観光バスが時々来るようになったキッカケも、このテレビ放送にあったではないか・・。

 余談になるが、今、テレビとラジオのふたつの(出演)番組予定が入って来ている。・・これが放送されたら、いったいどうなるのだろうか。
 新たな出前は、今以上に増えるのか? 
 まぁ、どうにもならんかったら良いが・・(それはそれで少し寂しいかも。〔笑〕)
 でも、これ以上忙しくなるのは(傷んでいる喉のことを考えると)少し恐い。
 

臨死体験のはなし

 先日、うちの檀家さんから貴重な体験談を聞かせて頂いた。
 いわゆる「臨死体験」の話だ。
 詳しく書くと長くなるので、聞いたところを掻い摘んで述べるとする。
 その話を語ってくださった年配の女性Yさんは、先月、突然自宅で腹痛を起こし、救急車で病院に運ばれた。
 レントゲンの結果、腸閉塞を起されていたようで、手術をするかせぬかで、ドクターも迷ったそうだ。
 それで、全身麻酔をされて、肛門から腸へと管を入れている最中、その麻酔が強かったせいか、意識を完全に失われて、命があぶなかったらしい。
 その時に、その体験をされた。
 ベットの中で自分の人生を一瞬にして、全部映画のように走馬灯の如く見たかと思うと、気がつくと、自分は暗いトンネルを抜けて、ある大きな広場に到着された。
 そこには、たくさんの人がいたそうだ。
 その人達は(自分も含めて)身体にたくさんの黒い《塊り》が付いている。
 それを一所懸命に剥がそうとするが、剥がしても剥がしても、磁石のように元に戻って来てしまう。
 各自、目の前に仏さんのような人がいて、一緒に手伝って剥がそうとしてくれている。
 しかし、皆なかなか剥れない。
 Yさんは、その黒い《塊り》は、生きて居るときに経験した《執着=迷いや悩み》である事がなぜだか解った。
 それで、「もう自分は、子育てもちゃんとしたし、仕事もきっちりした。お寺のお手伝いもしっかりした。(そう僕に言われた〔笑〕)・・後に残す夫のことは気がかりだが、子供もいるので、もう人生悔いは無い!良い人生だった。」と思った瞬間、自分にまとわり付いていた塊りがすべて剥れたそうだ。
 その次の瞬間、自分は真っ白く光輝く(それは気持ちの良い=言葉では言い表せない)世界にたどり着いたらしい。 
 「これは、お寺で言っていた極楽浄土だ!」と直感で解ったそうだ。
 ずっと自分はここに居たいと思ったそうだが、又意識が遠のいて、気がつくとベットにいたそうだ。・・腸も通ったそうだ。
 そのことをはっきりと覚えていると、僕に話された。
 Yさんは最後に「もう死ぬ事は恐くなくなりました。・・今生きているのは、貰った命だと思います。・・後は、世の為・人の為と尽す生き方をしたいと思います。・・お寺の仕事もしっかり手伝わせて頂きます。」と云われた。
 感動的なお話だった。又、有り難い言葉もおまけに付けてくださり、とってもうれしかった。
 さて、Yさんが少しの間、行ったのは、はたして極楽だったのだろうか?
 が、・・そんなことは事はどうでも良い。Yさんが助かったこと、そして残りの人生は「世の為・人の為」に尽すとおっしゃったことがすばらしいと思う!
 
 

二日続きのデイサービスへの出前

ファイル 972-1.jpg(河南町:カナンデイサービス)
 昨日、今日とデイサービスセンターへの出前が二日続いた。
 昨日は、地元の「カナンデイサービスセンター」へ出前。
 こちらは、利用者さんにうちの檀家の方も居られるので、話し易いような、又そうでも無いような・・。微妙な感じであった。でも、緊張はせんかったなぁ。慣れかな。
ファイル 972-2.jpg(羽曳野市:くすのきデイサービス)
 そして、今日は隣のとなりの町、羽曳野市の「くすのきデイサービスセンター」へ出前。
 こちらも四回目となるが、一年のうちに2回ほどしか寄せてもらってないので、初めてお顔を逢わす方ばかりであった。
 だから、前と同じ重複する話でも、皆さん、「うん、うん」と頷いて聞いて下さっていた・・みたいだった。

 でも・・さすがに、二日続いたら、お寺の出前もしんどい。
 出前だけなら良いが、仕事の合間の出前なので、時間も気持ちも制約させるような。・・まぁ、これがボランティアの宿命か。
 

京都西陣:興徳寺さまの「秋季彼岸法要」への出前

 昨日、京都は西陣にある浄土真宗本願寺派『興徳寺』さまの「秋季彼岸法要」に出講させて頂いた。(今回で二回目になる)
 さて、こちらの御住職もたいへん忙しいお方なのだが(昨日もお葬式が入ってタイムスケジュールが大変だったようだ)、この日は僕も朝からバタバタしていて、お寺での法事を済ませたのち、あわてて京都に車で向かったものでカメラを持ち出せず、結局、こちらのお寺での写真は一枚も無い。(まぁ、しょうがない・・か)
 でも、無事に安全に遅刻せずお寺に着くことが出来たので良かったとしよう。
 本当に、こちらのお寺の周辺は、昔ながらの京都の町並の風情をそのままに残している。
 西陣織の「ガッチャン、ガッチャン」というあの音が、あちこち家の格子戸から聞こえてきそうな所だ。
 もし、次の機会があるならば、今度はゆっくり町全体を散策して、写真を写したいと思った。
 ああっ、もちろんこちらの(町並にマッチした)立派なお寺の佇まいも写し捲りたい。

法雲寺の風雲児(秋季彼岸会)

ファイル 970-1.jpg(音楽法話)
 おおとい、自坊「観念寺」にて定例の『秋季彼岸会』をお勤めさせて頂いた。
 そして、檀家の皆さんと共に読経の後、今回のメインイベント、レディース・エンド・ジェントルメン、ミスターイベント坊主こと、豊中・法雲寺の風雲児、辻本純昭師(住職)による『ギター音楽法話&お笑い真宗落語』を披露して頂く。
ファイル 970-2.jpg(お笑い法話)
 まったく彼は、まれな才能を持つ『エン(縁)ターテイナー』だと思う。
 物怖じしないというか、恐いもん知らずというか(どっちも一緒か〔笑〕)、威風堂々とギターをかき鳴らしながら、歌を交えて〔お念仏〕のお話をされる。(おもろいやっちゃで・・)
 又、後半は、一変して『創作(真宗)落語』をちゃんと笑いとご法義とご自身の反省いや、半生を交えながら、お話された。
 皆さん、たいへんご満悦でお帰りになりました。
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 イベント坊主さん、いや師匠、本当に(大熱演)ありがとうございました。
 それでは、又のお越しを楽しみにお待ち申しております!合掌

190回目を迎えた「白寿苑」法話会

 昨日で、特養老人ホーム「白寿苑」での、月例『紙芝居法話会』が、第190回目を迎えた。
 平成18年から始めた『法話会』なので、今年で17年目となる・・か。
 この法話会も、第一回から参加して下さっている方は、女性のNさんしか居なくなってしまった。
 だから、いつもお会いする度に、昔の話に花が咲いてしまう。
 たとえば、「あの亡くなったSさんは明るく朗らかな人やったなぁ~。」とか、「あのAさんは、毎回来られたけど、途中でよく寝てはったなぁ」とか。
 老人ホームで長い事、このようなクラブ活動をしていると、参加される人が変わって(逝く)のは、仕方がない。

 先日、あるマスコミの方に「なぜ、命の寿命が尽きてゆこうとされる人たちのところへ、率先して仏法を伝えようとされるのですか?」と聞かれた。
 元気な方にとっては、素朴な疑問だろう。
 それに対しての僕は「ただ、皆さんが、毎月楽しみに待っててくださるからです。」としか答えられなかった。
 
 昨日も帰り際、皆さんから「住職さん、くれぐれも車の運転は気をつけて、帰ってくださいや。・・私等、法話会が無かったら、心の拠り所が無くなりますねんから・・」と言われて、車椅子でエレベーターの中に去ってゆかれた。
 このような御方等にお会いする事に幸せを感じるからこそ、きっと僕は、こちらに毎月伺うのであろう・・と思う。

泉慶寺「仏教婦人会」の皆さまの来院

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本日、滋賀県高島市今津町より(同朋観光バスツアー)にて、〔泉慶寺〕さまご一行(住職ご夫妻&若住職夫妻プラス仏教婦人会の皆さんプラス、ワンちゃん)が、ご来院下さった。(ワンちゃんまで、お越しになったのは初めてで、たいへんほのぼのとして楽しかった。・・又おとなしい犬で、一度も鳴かなかった。絶対自分も人間やと思ってるわワン。〔集合写真参照〕)
 さて、こちらの婦人会の皆さんは『おはつ紙芝居』という、泉慶寺さまにゆかりのある「おはつ」さんという女性が主人公の(蓮如上人の身代わりとなり命を失う)悲しく、そして美しい物語を(今、お寺を中心にして)演じられている。(この婦人会の皆さんが演じるお話は、新聞などにも紹介され、たいへん有名なのだ。)
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 ・・で、今日、この貴重なご縁に(ご無理をお願いして)その紙芝居セット一式を、うちの寺まで持って来て頂き、僕との『紙芝居競演会』という形で、交流会を開かせて頂いた。
 それで、僕はいつもの『三尺三寸のお箸』という紙芝居と『アミダ仏物語』をさせてもらい、その二つの間に(サンドウイッチの具のように)、音楽付き超大作『おはつ紙芝居』を演じて頂き、見せていただく。
 さて、びっくりして感動したのは、お一人お一人の皆さんが(紙芝居の中の登場人物の)お役に成り切って演じておられるお姿と、皆さんの息がぴったり合っておられることだった。(皆さん相当練習を積んでおられるのだろう。)・・ああっ、それとカセットの音響係をされていたご住職のタイミングもばっちりでした・・よ。
 僕自身、他の方が演じられる紙芝居を観賞させて頂く機会が、あまりなかったので、この豪華な紙芝居ショーの世界に酔いしれてしまいました。
 ホンマありがとうございました。・・とても私には真似できましぇん。
 泉慶寺御住職ご家族さま、又仏教婦人会の皆様、ご遠方までようこそのお越しでございました。ほんとに良いご縁をありがとうございました。合掌
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