そろそろ、このリハビリ病棟日記も、終わりに近づいて来た。
考えてみれば、僕は「紙芝居」をする事によって脳出血になり亡くなりかけて、「紙芝居」をする事でリハビリになり、(病院内で多いに活躍し)復活した。
(院内でも、新作二本を作り、看護師さん達に見てもらい.何かと僕を救ってくれた!)
正に「紙芝居」は、僕の人生になくてはならないものであった。
この先も、僕の人生を左右するものに違いないので、これからも一作一作を大事に作り.演じていきたい。
住職のつぼやき - 活動報告・コラム -
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そろそろ、このリハビリ病棟日記も、終わりに近づいて来た。
考えてみれば、僕は「紙芝居」をする事によって脳出血になり亡くなりかけて、「紙芝居」をする事でリハビリになり、(病院内で多いに活躍し)復活した。
(院内でも、新作二本を作り、看護師さん達に見てもらい.何かと僕を救ってくれた!)
正に「紙芝居」は、僕の人生になくてはならないものであった。
この先も、僕の人生を左右するものに違いないので、これからも一作一作を大事に作り.演じていきたい。
病気になって、家族のありがたさ、をつくづく感じる。
それは僕が、檀家さん宅にお参り出来ない分、妻と娘がその代わりを一生懸命、やってくれているからだ。
又、息子も自分の仕事が終わってから、よく病院に寄って.いろんな話をしてくれる。これもありがたい。
本当に、家族ありがたさ、を感じる今日この頃である。
今朝がた、こんな夢を見た。
仏さまか、どなたかはわからないが、僕の寿命の事をおっしゃった。
「お前は53才で、死ぬ運命だったが、世の為人の為に働き、良い子??にしていたから、30年寿命を増やして84才まで生かしてやろう」と。
夢の話だ。
でも、この昔話のような夢を信じて.生きてみようと思った。
この先、いくつまで生きれるか.わからぬが仏様の仕事を精一杯、お手伝いさせてもらおう!
今日は、僕の54才の誕生日だ。
...ただ、病院の中で迎えることになった。
この年になって、誕生日!なんて笑ってしまうが、まさか.誕生日を病院で迎えるとは、一年前には夢にも思わなかった。
そこで、妻が来てくれて、生きてることにお祝いし、小さなケーキを(隠れて)食べた。
リハビリ病院の中で、一番苦手なものはお風呂である。
なぜなら、下着を脱ぐ所から、湯船につかるまで.すべて看護師さんに見張られているからだ。
「僕は全部、ひとりで出来ますって!」と、言っても「規則ですから!」と.言われたら、仕方がない。
あぁ、お風呂は.一人1でゆっくり入りたいものだ。
昨日、作業療法士の先生の指導により、病院の庭を自転車の練習をした。
スピードをあげたり、急ブレーキをかけたり、ジグザク運転をしたり、普通に運転出来た。
復帰の日は近い。
この2ヶ月間、外にほとんど出てなかったもんなぁ。
病院の生活は、規則正しい。
毎日、朝6時に起床。消灯は午後10時。
でも.実際は、午後7時頃には寝る準備が始まり、朝は深夜にはもう目が覚める。
で、ベッドの中で、いろんな事を考える。
先日、天地がひっくり返ったような、めまいを経験した。
急いでナースコールをし、主治医に診てもらえば、ストレスからくるものらしかった。
へっちゃら、へっちゃら、と思っていたのに.精神的に弱い自分を、改めて発見した。
毎日、病院のリハビリ室内で、お経の練習を大声でやっていると、ここは本当に病院なのか?と、不思議に思ってしまう。
でも.そんな余裕はない。
「頑張って!」と、連日、たくさんのお見舞いに来てくださる方々の為にも、頑張らないと!
今、リハビリで、講演会の仮想練習をしています。
ここを退院したら、すぐに現場に戻る練習です。
もちろん、紙芝居の練習も、家から持ち運んでやっていますよ。
入院してても紙芝居...です。
リハビリとして、又、紙芝居もベッドの横で描いています。
リハビリ病棟には、基本的な動作の改善をサポートする、理学療法(PT)。
退院後の生活環境に合わせて,自立度をあげるのを目的とする、作業療法(OT)。
そして、脳血管の後遺症から来る言語の治療を行う言語聴覚療法(ST)がある。
どれもマンツーマンで、専門の先生がついてくださり、
僕は今、理学療法以外の治療を行なっている。
そして今日は、この病棟の中でのOTの治療の一つとして、畳の病室で50分ほどお経をあげた。
これも日常生活の早く復帰するためと、大声で病院内であげた。
噛まずに全部読めたので、作業療法の先生も、「ありがたかったです」と言ってくださった。(笑)