リハビリの日々が続いている。
朝のラジオ体操で始まり、それが終われば、本堂で勤行。
塩分の少ない野菜中心の食事を取り、長めの散歩に出て、帰って来たら、腹筋・腕立てなどの筋トレをやる。
その次に、ボイストレーニング。
・・お昼からも、続けれる日はやっている。
夜眠って、朝目覚めて、『昨日、こんなにリハビリをやったから、今日は元気さが戻っているだろう。』と、思いきや、体調はその日によって違う。
良い日もあれば、悪い日もある。
でも、リハビリは続ける事に意義があるのだろう。
紙芝居を描くのと同じ。根気だ。
倒れてから、四か月。
「今年はダメでも、来年は[お寺の出前]を頼みます。」と、来年の予定もすでに聞いている。
頑張って、元に戻れるとこまで、体力を戻すぞ。
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一日の出来事
写経会と沙羅双樹と紫陽花と
嫌われる患者、好かれる患者
僕が脳内出血で倒れて、最初に運ばれた病院での事。
手術も終わり、約三週間が経った頃、僕は六人部屋に移された。
もう、そこはぎっしり詰まった部屋で、隣のとなりの人のいびきまでが聞こえる窮屈な部屋であった。
僕はそこで、みんなから『嫌われる患者』と『好かれる患者』の違いを学んだ。
僕の隣が『嫌われる病人』であり、前が『好かれる病人』であった。
嫌われる病人とは・・、看護師の一言一言に「だけどな・・」と、いちいち逆らいつっかかり、そして、医師にはへりくだり、お見舞い家族には、文句ばかり言って、せっかく来てくださっている家族を怒らせ話している途中に帰られてしまう患者の事である。
僕は横で聞いていてへどが出そうであった。(文句をいわれている新人のような看護師さんが、かわいそうで、かわいそうで、泣きそうになり何度も体を硬直されて震えておられたな・・。僕も関係ないけど、看護師さんについ味方をして慰めたわ)
好かれる病人とは・・、何を言われても「あっありがとうございます」と看護師にも、掃除婦さんにも感謝する患者である。
気の毒なほどに、点滴の注射がへたな看護師さんにも「ええよ、ええよ、ありがとう」と、感謝しておられた。
一度、この二人がほとんど同時に⁈、ナースコールをしたことがあった。
「嫌われ患者」の方が、ボタンを押すのが少し早かったと思われるが、断然「ありがとう患者」の方に先に看護師さんが来られた。そして、丁寧に対処しておらた。
そして、ずいぶん「嫌われ患者」が遅くなり、ブツブツ言っておられたけど、看護師さんは、自由に動けるんやもん、サッとごまかして逃げたなぁ。
そら、看護師さんも人間やもん、感謝してくれる人間の方を選ぶわなぁ・・。
単純なことやけど、大事なことやったな。合掌
「お伺いします」
今日の朝、いつものように本堂の掃除をしていたら、玄関で「お伺いしまーす」との声がした。
どなたかと出てみたら、お寺の[総代]さんが居られた。
何の用事かと思いながらも、ひとまず本堂に入ってもらう。
総代さんは、僕を見るなり「前見た時より、元気そうですやんか!」と、言ってくださった。
どうやら、僕の様子を見がてら、お見舞いに来てくださったようなのだ。
「早く元の身体に戻したいと、必死でリハビリをやってるんです。」という僕に、
総代さんは「必死はあきません。・・早く治そうと思ったらありませんで。また、何月まで治そうと期限を決めてもあきません。・・もし、その期限が来て治ってなかったら、自分ががっかりしまっしゃろ。・・今のままで良いと思ってリハビリをすることでっせ。・・そのスピードで治ってはることからして奇跡やと思わな。・・完璧の完治を目指したらあきまへん。
そしてなるべく外に出ることも大切でっせ。・・歩いて人に会ってしゃべることです。自分が見せたくない、言いたくないところを恥ずかしからずに堂々としゃべることは、何も恥ずかしいこととちゃいますねんで。
人は逆に『私にこの人は心を開いてくれてはる』と力になってくれることが多いんやから。・・それらが秘訣でっせ。」と言われた。
何か僕は「早く治さなくてはいけない!」とあせってばかりいたけど、何気ないその一言二言で、楽になった。
同じ病気を経験された方の言葉は、本当に身に染みる。
入院中の一枚

この写真は、脳の手術も終わり(今の頭の手術は坊主にしないのだ)、リハビリ病院に入院していた時のものだ。
友人がお見舞いの時に撮ってくれたもので、昨日、送ってくれた。
「紙芝居」を描いている途中のものだ。
最初は、看護師さんに見つからないように、ベットの中でスケッチブックでこっそり描いていたが、その内、だんだん大胆になって、母に、絵具と画用紙を買ってきてもらい、絵を描き、部屋中に渇いてない絵を敷きつけていった。
看護師さんなども、最初は「無理してはいけませんよ。」と注意していたが、その内「完成したら、見せてください」に変わり、最後にはナースコールがなっているのに、それを無視して、紙芝居を観てくれた。(そんなん、あり⁈)
僕も最初は、一人一人の看護師さんに、楽しんで絵の説明をしていたが、その内、だんだんと面倒になって来て「何人か、そろったら観にきてください、・・説明しますから。」と、エラそうに捌いて言ってしまった。(生意気な患者ですんませんでした。)
でも、看護婦さんから「この絵のポーズは、こうしたらエエんとちがう」と言われて、大いに参考にさしてもらったのを覚えている。
今にすれば、懐かしい思い出だ・・。
そんな思い出の一枚の写真でした。
2014年:永代経法要
「永代経法要」が、迫っている
明日はいよいよ、観念寺の『永代経法要』である。
僕は、今年は裏方に回って法要には出勤しないが、檀家の皆さんに挨拶はする。
あがって、何を言っているか解らないようにならない為、先日、原稿を書いた。
練習もした。
映画「英国王のスピーチ」も観た。(あがり症の王様が国民の前で、一世一代のスピーチする実話)
あとは、本番だ。
映画のように、うまく話せれば。
続・泣いてくださる檀家さん
今日、久々に近くのスーパーマーケットに、妻と買い物に行った。
その帰り出口のところで、僕が入院中に妻を何かと助けて下さった檀家さんと出くわした。
すると、僕の顔を見るなり「お帰りなさい!・・ほんとに帰って来れて良かったですね。」と、その檀家さんは泣いて下さった。
それで、僕の方が恐縮してしまい「あっあっありがとうござりまする。」と、ただでさえ滑舌が悪いのに、おかしな受け答えをしてしまった。
妻はそれを見るなり、僕に一言。
「・・感謝せなあかんよ。これで、どんなにみんなが心配してくれてたか、わかったやろ」と。
ホンマに有り難いと思った・・。
泣いてくださる檀家さん
現在、主に娘が、檀家さん宅への[月参り]に行ってくれている。
それで留守番をしている僕は娘に、今日の檀家さんの様子などが気になって聞く。
すると、(田舎という涙もろい土地柄もあると思うのだが、)よく檀家のおばあちゃんたちが泣かれるそうだ。(有り難いが、僕はまだ生きてる・・)
たとえば、
「大したことなかって、住職さん良かったねー。」で、一泣。「実はわたしの主人も同じ病気で・・・。」で、もう一泣・・とか。
「なんで、仏さんの仕事してはるのに、こんなエライ目に遭わなあかんねんねんやろ・・」で、一泣。「でも、ちゃんと仏さんは助けてくれはるねんねぇ。・・早よ、会いたいわー」ともう一泣らしい。
ほんとに、こころが優しいというか、涙もろいというか、僕のほうが返ってクールに状況を聞いているのが申し訳ない。
早く、治して復帰したい気持ちが日に日に強くなってしまう今日この頃である。
リハビリ生活
お寺に帰って来て、リハビリ生活が続いている。
ドクターに云われたように、まだ(檀家さん参りの)仕事はしていない。
無理すると、反対側の脳の血管を切る恐れがあるためだ。
・・気持ちはあせるのだが、お寺の総代さん(檀家の代表)たちも「無理せんと、夏まではおとなしくしていなはれ」と言われたので、おりこうさんに言いつけを守っている。
今は静かに、お寺の中で読経して暮らしているのだ。(・・僕らしくないが)
それが、一番のリハビリになるらしい。








