
お盆の仕事も、何とか無事終わった記念に、今年は二泊三日で、坊守と(桜島の噴火が心配される)鹿児島へ旅行に行って来た。
目的は、慰労と『薩摩の隠れ念仏』の紙芝居制作取材である。(・・「いつも、旅行といえば取材ばっかり!」と、この日も坊守にブツブツ云われながら出発。病後の体力も考慮して行き帰りは飛行機にした。何と大阪から約一時間!早~)
鹿児島空港に到着後、シャトルタクシーで、一日目は、『知覧(ちらん)』エリアを散策。
まずは腹ごしらえ。薩摩の郷土料理(酒ずし・さつまあげ)などを頂く。美味しかったです。(結果として、鹿児島の食べ物はみんな美味しかった!) 
そして、映画『ホタル』や『永遠のゼロ』のヒットで、この日もたくさんの人が押し寄せていた[知覧特攻平和館]。
特攻隊の方々の遺品(肉親への手紙)や、肉声テープ、お写真などを見ていると、身体が硬直し涙があふれます。
そして、僕等の肝心の目的地、『薩摩の隠れ念仏』資料展示がされている[ミュージアム知覧]へ。
島津氏が300年に渡って禁制していた念仏信者たちへの迫害。キリシタン迫害は有名だが、真宗信者迫害はあまり知られていない。
ここでは、その生の資料に、たくさん触れることが出来た。 
ゼロ戦の滑走路だった国道を、さらに、車で30分ほど下っていくと、人里離れた山の斜面に[立山のかくれがま(=洞窟)]がある。
まさに、人ひとりが入れば窮屈な洞窟。
五・六メートルほどの曲がりくねった洞窟の中には、天井にコオロギや虫がたくさんいて気味悪かった。そして、一番奥に小さな阿弥陀仏像が祀ってある。
この人里離れた洞窟で、役人の目を盗み、嵐の日の夜などを選んで、我々の先輩信者たちは、念仏を称え、経を読み、お説教を聴聞をされていたのだ。
こちらも、特攻隊とは違った意味で、信仰の持つ凄みを、雷で撃たれたように感じた。
この日、タクシーの中で心が震えながら、[指宿]の旅館へ向かった。 つづく
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南九州旅行~『隠れ念仏』の取材(前編)
15回目を向えた太子町「光福寺」様[盂蘭盆法要]への紙芝居法話

(住職さんに写して頂いた講演写真・・久々に写真を撮って頂く)
昨日で、今年で15回目を向えた、太子町[光福寺]様での『盂蘭盆法要』への出前。
よく、(私なんか飽きずに)15年間も、毎年お呼び頂いている⁈と、何か不思議なご縁を感じる。
(総代さんと、飴ちゃんを配る用意)
もう、こちらの総代様とも顔見知りだ。
さて、昨日は『ねずみのお経』と『素晴らしき哉、人生』の二本の紙芝居をさせて頂いた。
紙芝居ばかりでは、紙芝居屋のおっちゃんと同じになるので、紙芝居の間に、ちょこっと法話をする。
・・お熱い中、毎年、本堂にて、たくさんの老若男女の方々に『紙芝居』を見て頂いて、本当に恐縮だ。
本当に、お寺で見る価値のある、『命の大切さ』を感じれる紙芝居を、これからも作っていかねばと、感じた昨日の『盂蘭盆法要』であった。
・・これで、今年のお盆のイベント後半は、すべて終わる。・・、ああ、まだ[地蔵盆]と老人施設での盂蘭盆法要があったわ。・・まだ僕の夏は終わらん。
無事に終わった『寛弘寺:墓まいり』

昨日、寛弘寺村挙げての壮大なる夏の一大イベント『墓参り!』が、無事終わった。
朝の五時前からスタートし、午前十時過ぎには終わる一大叙事詩(そんな大層なものでは無いが・・[笑い])なのだが、強烈な暑さの中、倒れる者も居なく(特に僕が・・)、無事に終わったのが何よりであった。
冷たいペットボトルのお茶を何本も飲みながら、今年は、妻と娘と役僧さんと僕の四人で、檀家さん全員のお墓詣りをさせて頂いた。
特に、僕の体を心配して下さっていた総代さんは、
たえず僕の横で「住職さん、お茶飲みや。水分を一杯取らなあかんで!」と、親のように言って下さり、
飲んだ後は「水分を飲んだら、後は出すことが大事やで。・・尿にして出すことも(腎臓の機能も考えて)大事やからな!」と言ってくださったいた。
・・それで、僕が四時間ほど経って「ちょっと、おしっこ行って来ますわ。」と言うと、大きな声で総代さんが、回りにいる人みんなに「今、住職さんが、おしっこに行かれました。もう、皆さん安心ですよー。」と叫ばれて、大変恥ずかしかった。(笑い)
(僕の体のことで)みなに心配を掛け、そしてお世話になった今年の墓参り。・・これでお盆(前半)のイベントが無事に終わった。
富田林市[専念寺]様の『盂蘭盆法要』への出前
昨日の夜、例年のように、今年も富田林の浄土真宗[専念寺]様の『盂蘭盆法要』に呼んで頂き、紙芝居法話に行って来た。
毎年、行かせて頂いているので、毎年、異なった『紙芝居』とお話(法話)をしなくてはいけない。
ちょっと、プレッシャーだ。
・・ということで、昨日は、紙芝居『ねずみのお経』とお経の話、東北被災地と絆の紙芝居『素晴らしき哉 人生』。そして、休憩を挟んで、妙好人の話と紙芝居『大和の清九郎』、の三本のお話をさせていただいた。
子供と大人が混じった、夏の夜の[お寺の法座]。
みんなが楽しめて、感動でき、そして宗教的な雰囲気を醸し出し終える。・・これは、結構難しいのですよ。
さて、昨日はどうだったか⁈
連日のお盆参りが忙しい為、急いで帰ってその感想を聞けなかった。・・今度、住職さんに皆、どんな感想を持たれたか、聞いてみよう。
これからの[出前]予定
今年の下半期から、来年の上半期まで、今、承っている『お寺の出前』を少し述べさせて頂く。
異色の『出前』では・・、
『介護者家族の会』、『薬剤師の会』、『キリスト教・神父さんとのコラボ・教会での会話とお話会』などがある。(今のところ、これらの会の進行・内容などはどうなるか?さっぱりわからないが、・・何やら面白そうである。)
又、やはり、お寺への出前が多い。
『親鸞聖人750回忌記念法要』への出前や、『彼岸法要』、『報恩講』、『仏教若婦人会』などへの出講、エトセトラ、エトセトラ。
これらも、何の紙芝居をするか、どんなお話をするかなどは、依頼者の方との打ち合わせなどもあり、直前にならないと決められず、解らない。
・・が、一生懸命、その時の『出前』にぶつかっていけば、おのずと答えは見えてくるだろう。
まずは、目の前にある『出前』に集中せねば。
真夏が来た、お盆が来た!
今年も、夏の[お盆参り]月間がやって来た。
おとといから、すでに[初盆]のお宅への『お盆参り』が始まっている。
暑くて、もうバテバテになる。(・・あの黒い法衣を着て、移動するのだからしかたがない。)
そして、例年の[村全体]の(早朝からお昼まで続く)お墓参りが、来週の日曜日にやってくる。
その為の『打合せ会』も、(昨日の夜に)檀家さんにお寺に集まってもらって、無事終わった。
昨年は、僕は(病気の為)欠席せざるを得なかったが、今年は出勤する。(暑さの為、途中で倒れないように気を付けて頑張るつもりだ。)
それが終わったら、全檀家宅へのお盆参りがある。
そして、まだまだ(夏の終わりまで)仕事や「紙芝居法話」の出張などは続く。
この夏は、僕にとって(復活への)一つの試練になるだろう・・。
教蓮寺仏教婦人会:結成30周年記念講演会への「出前」

(教蓮寺さま)
浄土真宗と一言で云っても、広うござんす・・。
ちなみに私の宗派である西は[本願寺派]、そして東は「大谷派」。その他に[真宗木辺派]・[真宗仏光寺派]・[真宗高田派]、エトセトラ、エトセトラ・・。
そして、昨日、紙芝居法話に行かせて頂いたお寺が[真宗興正派]の(富田林の)『教蓮寺』さまです。
・・映画『男はつらいよ』の「口笛を吹く寅次郎」の中で、主人公の[寅さん]が、二日酔い住職の代わりに、ニセ坊主に変装して、ご法事に出勤しようとします。
その時、お寺の娘役のマドンナ竹下景子さんが「・・でも寅さん、宗派は大丈夫なの?(解っているの?)」と聞きます。
すると、寅さんは一言。
「大丈夫、大丈夫。似たようなもんでしょう。同じ仏教なら。」と答え、法事にお勤めに行ってしまいます。
僕はこの会話が、ある意味、真理を語っているようで大変好きです。
・・話が横道に外れてしまいましたが、僕もこの[寅さん]のような気持ちで、宗派にこだわらず「大丈夫大丈夫、似たようなもんでしょう。同じ宗教なら。」と[紙芝居法話]に行かせてもらっています。・・余談おわり。
さて、昨日は「教蓮寺仏教婦人会 結成30周年記念講演会」という、大きなイベントへお招き頂いて、『紙芝居法話』に行って参りました。
この日は台風も心配されましたが、とんでも八分、歩いて十分(・・古い)。良いお天気過ぎて、大変暑い、そして会場の熱気も篤い、講演会でした。
次第は、お勤めの後、婦人会代表さまのご挨拶、ご住職のご挨拶と続き『アンサンブル めい』様のチューバとピアノのディオの演奏会があり、拙僧の私の漫談もどきの紙芝居法話で、盛りだくさん。
大変、充実した一日を過ごさせて頂きました。
ご住職、坊守さま、そして教蓮寺仏教婦人会の皆さま、たいへんお世話になり有難うございました。
これからも40周年、50周年と、末長い婦人会さまの御繁栄をお念じ申し上げて、筆、いや、パソコンを閉じます。合掌
紙芝居『良寛さまの涙』、未完成上演
(紙芝居『良寛さまの涙』より)
・・紙芝居『良寛さまの涙』が、ほぼ完成した。
良寛ファンの[檀家総代]であるYさんのお宅で、(今日は月参りの日でもあり)出来を見てもらおうと持って行った。
ところが、Yさん(ご主人)の体調が悪い。
ケア・マネージャーも来られていて、何やら仏壇の隣の部屋で、ひそひそと話声が聞こえる。
「・・日が悪かった。又今度や。」と思って、「お邪魔しましたぁ」と言って、そっと帰ろうとしたら、奥さんに呼び止められた。
「院主さんも、こっち来て。・・冷たいお茶を入れたし、羊羹もあるよ」と言われ、ケアマネさんが一緒に居てはんのに、何か居ずらいなぁ・・と思いながらも、羊羹につられてズルズル部屋に入った。
「院主さん、調子悪いんや。何か暑いし、気が滅入って」と旦那さん。
「元気出さなあかんよ。」と、奥さんとケアマネさん。
僕はお茶を飲みながら『待ってました!』と内心思い、「今日、紙芝居持って来てますねん。まだ95パーセントの出来ですけど、観てもらえますか?」と(あつかましくも)尋ねた。
旦那さんは「観たい」とおっしゃい、ケアマネさんもついでに「観たい」とおっしゃったので、初披露をした。
さて、どんな話かは、以前このブログでも載せたので、割愛して、最後まで、皆さん静かに観て下さった。
奥さんは「ええ、話やねぇ。涙がでそうになるわ」と言って下さり、ケアマネさんもしきりに頷いてくださった。
そして、肝心の旦那さんは、「ええ話や。ありがとう」と言って下さり、帰ろうとする僕に「有難うございます!」と大きな声でおっしゃって下さった。
その声の大きさに、奥さんもケアマネさんも大変、驚かれたようだ。
帰り際、車に乗り込む僕に、奥さんは「仏様のお陰を頂きました」と手を合わせてくださり、照れくさい僕は「長居してすみませんでした」と、早々と引き上げたのであった。
志のようなもの・・
お葬式があった。
88歳の檀家のおばあちゃんのお葬式であった。
・・縁あって、僕がその亡くなられた方の[お葬式]の導師をさせて頂く時、僕は心を込めて読経をし、残された遺族さんの気持ちが少しでも救われるような、そんな話をするように心がけている。
それは、僕が坊主だから当たり前の事かもしれないが・・毎回、そんな気持ちで行っている。
友人の僧侶が「いちいち、そんな神経を使って、お葬式をしていたのでは、身がもたないで・・。」と言うが「身が持たなくても良い」、と僕は思っている。
極端にいうと、その途中で、こちらが死んでもかまわない。
去年、紙芝居講演の最中に、脳出血を起こして死にかけたが、この時、死んでも本望であった。
それでも、仏様の思召しで命が救われた。
やはり、まだやらなくてはいけないことがあるのだと、そう思い、これからもリハビリを頑張り、紙芝居法話や、縁のある人の仏事をさせて頂きたいと思う。
・・ちょっと、かっこつけた事を言ってしまったが、そんなことも、まじめに思っているのです。
「スイッチ、スイッチ⁉」
「あっ、今日は[月参り]の日でしてんねぇ⁉すっかり忘れてました。」と、一人暮らしのおばあちゃんの家へお参りに行ったら、この言葉からこの日のパニックが始まった。
「仏壇に何の用意もしておませんわ⁉」と言われ、おたおたと部屋中を歩き回られ始める。
僕は「いや、良いですよ。後ろで座っていて下さいな。」と言って仏間に入ったが真っ暗だ。
「スイッチ、スイッチ」と、ブツブツ言われるおばあちゃん。
部屋の明かりを新しく変えられたようで、リモコンスイッチが無いのだ。それで明かりが付けられないようだ。(一昔前なら、ひもさえ引っ張れば明かりは付いたのだが)
曲がった腰で、「スイッチ、スイッチ」と言いながら、台所や洗面所まで、一生懸命スイッチを探し回られたが、こんな時に限って見つからない。
僕は「ロウソクの明かりがあるから、読経できますんで、かまいませんよ。」と言っているが、今度はトイレか、裏庭まで探しに行かれたようで、聞こえていないようだ。
僕はもう待ってられず、暗闇の中、一人で読経し始める。
・・そして10分ほど経った時、「あっ、あった!」と言う声と、「院主さん、ありました。ソファーの上にありました!」と、読経中の僕に興奮して、話掛けて来られる。
僕は読経を一度止め、「良かったですね」と言って、又読経し始めたのだが、しかし、なかなか電灯はつかない。
「・・これ、ドコ押すんやったかいなぁ」と独り言風に、僕に助けを求められたが、もうちょっとで読経が終わる僕は(悪かったが)無視して、最後までお勤めし、今日の暗闇の中のお勤めは無事終わったのであった。
リモコンスイッチ、見つかって良かったですね。合掌

