
(和歌山市:鷺森[さぎのもり]別院)
毎年、11月22日(イイ・フウフ)の日は、観念寺のバス旅行の日。
今年は、26名の(満員御礼の)ご参加で、『和歌山市の[鷺森別院]と紀州名所を訪ねて』と題して、河南町を朝八時半に出発。(・・参加者の中には、「昨日は興奮して、今日は朝の三時半に目が覚めてしまいました!」と、子供みたいな事をおっしゃる方もいて、皆大笑い。)
天候も、寒からず暑らず、雨も降らずで、海辺の散策なども、最高の旅行日和でした。
(本堂参拝)
鷺森別院は、近代的な非常に大きなお寺でした。
皆で『重誓偈』を読経。
その後、鷺森別院の職員さんから、沿革を拝聴。
(がんこ六三園)
さぁ、研修はここまで・・。
ここからは、いつもの[ざっくばらん]ないつものおもろいうちの門徒さんに戻り、絶えず笑いの中、飲んで笑え、喋れの宴会開始。
(食事中)
飲み代の請求書、心配やわぁ・・(笑)。
(和歌の浦散策)
そして、千鳥足の門徒さんも居る中(・・海に落ちんで良かったわ)、和歌の浦の散策を(饒舌な)『観光ガイドボランティアさん』に案内して頂きました。(ホンマ勉強になったわ!)
そして、最後は[黒潮市場]で、各自お土産をおもいっきり買いました。(中には、お土産手荷物を、他人のと間違えた方もありましたが、無事解決しました。[笑])
まぁ、いろいろとありましたが、帰りはラッシュにも合わず、ホンマに楽しい研修旅行でした。合掌
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観念寺バス旅行~和歌山:鷺森別院と紀州名所を訪ねて
パソコン、復活!
ようやく、パソコンが(修理され)電気屋さんから帰って来ました。
原因は、キーボードの摩滅だったそうです。
11月に入り、このブログを休んでいる(二週間の)間に、三つの[お寺への出前]へ行かせて頂きました。
その出前模様を書きたい思うのですが、それは又、次回に!
まずは、このパソコンのチェックをしてから・・おいおいと。
パソコン故障す!
色々と、書きたい事はあるのだが、本日パソコンが故障してしまった。
この文章は、慣れないスマートフォンから打っている。
もう、指がつりそう。
直るまで、2週間ほど掛かるらしい。
それまで、ブログ休みます。
それまで、紙芝居の新作を書いてます。合掌
泉佐野市:正法寺さまの[報恩講]への出講

24日・25日の二日間、泉佐野市の「浄土真宗本願寺派」[正法寺]さまの『報恩講』法要に、出講させて頂いて来た。
こちらへは、初めてのお寺なので、遅刻してはいけないと早めに出発する。
結果的には、40分ほど前に到着する。
そして、ご住職夫妻と、三人姉妹のお嬢さんたちが出迎えて下さった。
そして、二日間。勤行の後にいつものように『紙芝居法話』を披露する。
やはり、初めてのお寺では、物珍しい法話ということで、大いに受けた。(法話が、受けて良いのかは、解らんが?・・受けないよりは良い。)
こちらでも、親鸞聖人の紙芝居を中心に、色んな真宗紙芝居を披露する。
余談になるが、こちらのお寺の門前に、大阪夏の陣で打ち取られた『淡輪(たんのわ)重政』公の慰霊碑(墓)が建ってあった。(『塙団右衛門』公と共に、徳川軍と戦い、討ち死にした有名な悲劇の武将である。)
・・司馬遼太郎の小説『城塞』を帰ってきて読み直したら、詳しく出ていた。
『あぁ、こちらのお寺の場所は、大阪夏の陣・初戦の舞台やったんや・・』と、改めて思った次の日、(この日も)お寺の本堂の最前列に陣取って座っておられた三人の総代さんの顔が、なぜだかお侍さんの顔に見えたのであった。
河内長野:滝畑『篠笛の響きコンサート』~「磨崖仏」紙芝居と共に

・・河内長野市滝畑(たきはた)地区。
ここには、[滝畑ダム]という大阪府で一番大きなダムがあり、ダム下流部の岸壁に、二体の大きな磨崖仏が彫られている。
以前「かわちながの観光ボランティア倶楽部」の皆さんからご縁を頂いて、この『磨崖仏(まがいぶつ)』に関する紙芝居を作った。
昨日、その紙芝居の舞台である『ダム湖』の上で、「かわちながの観光ボランティア倶楽部」と、地元の方達による、(鳴り物[音楽]入りの)紙芝居実演会があるというので、(お招き頂いて、)お寺の総代さんと共に行って来た。
又、この日の第二部には、この「紙芝居」のテーマ音楽を作曲して下さった『篠笛』演奏で、世界的に有名な[井上真実]先生のコンサートがあるというのだから、(自分の作った紙芝居にどんな音楽がミックスされているのかも?・・)すごく楽しみだった。
まずは「紙芝居実演」前に、事務局長さんから、(僕は)紙芝居の製作者として紹介をされ、[花束]を頂く。(照れくさかった)
そして、『観光ボランティア』の皆さんによる、音楽入りの紙芝居披露。
自分の紙芝居を、観客の第三者の眼で見るのは、不思議な感じだ。(素敵な音楽もあり、物語の世界に情緒ある雰囲気を醸し出した。)
紙芝居が終わった後、お客さん皆が、ダムから顔を出して磨崖仏を探しておられた風景を見て、僕は感動した。(きっと、磨崖仏を作った[夏目]さんの魂も喜んでおられるだろうと感じた。)
その後、井上先生の素敵な[篠笛コンサート]。
快晴も味方し、とても素晴らしい野外コンサートであった。
そして最後は、スタッフ皆で、おまつり演奏会。
僕も呼ばれて、手作り楽器をお借りし、その中に入らせて頂いた。
最後に・・、
僕は[篠笛]の演奏を聞いていて思った。
『今、目には見えないが、滝畑の土地の神様や、地元の先祖の平家の魂たち、そしてこの地を護り、亡くなっていった方たちの魂もが、一緒に喜んで聞いていて下っている・・』とそのように、感じたのであった。
『報恩講』の日がやって来た!
泉佐野市:浄土真宗本願寺派[元成寺]様の報恩講への出講


[浄土真宗本願寺派『元成寺(がんじょうじ)』様]
十月に入った。
十月一日・二日の[二日間]は、泉佐野市『元成寺』様の報恩講法要。
その法要にお招き頂き、『紙芝居法話』に行かせて頂いて来た。
一日目は[昼]と[夜]の二回法座。
二日目は[昼]の一回法座、全部で三回の法座であった。
嬉しく有り難いことに、全法座が満座であった。(三日目は『尾崎別院』から婦人会の皆様もお出でになられた。)
さて、三日間、ぜんぶ違う紙芝居をさせていただいた。
もちろん、三日間、最初の一本目は、親鸞聖人のお話を入れる。
一日目は、親鸞聖人の教えをピックアップした[歎異抄の紙芝居]。
二日目は、親鸞聖人の90年の御生涯の紙芝居。
三日目は、親鸞聖人の教え、悪人正機をテーマにした[出家とその弟子]の紙芝居。
それらを中心に、いろんな「紙芝居」をさせていただいた。
歴史にお詳しいご住職のリクエストによる紙芝居「石山合戦始末記」や、最新の紙芝居「隠れ念仏の里」やら・・etc。
(未来のお寺の住職さまと若坊守様。超かわいいですね!)
三日間、紙芝居でお腹が一杯になられたと思われます『元成寺』さまのご門徒さま、そして、お寺のご家族様、さらに、尾崎別院の婦人会さま、本当にお世話になりました。
有難うございました。合掌
真宗興正派[月光寺]様の報恩講への出講

(富田林市:月光寺様)
おとといは、自坊の秋の彼岸法要。
それが終われば、もう、『報恩講』の季節だ。
報恩講とは、我々の宗祖『親鸞聖人』のご遺徳を称える御命日法要である。
昨日、富田林市宮町の[超日山:月光寺]さまの報恩講法要が賑やかに行われ、その法会に出講させて頂いた。
こちらは、『昼の座』と『夜の座』の二回、法座が開かれ、どちらもご門徒様で満堂であった。(羨ましい・・)
『紙芝居法話』ということで、子供たちも参加して下った。
演目は、昼の座が紙芝居『阿弥陀仏物語』、『三尺三寸のお箸』、ここで休憩を挟んで、『嫁脅しのお面』と『二河白道ものがたり』をさせて頂いた。
そして夜の座が、休憩なしのノンストップで、紙芝居『共命鳥のはなし』、そして報恩講なので親鸞さまのお話『出家とその弟子』、そして『サイオウの馬』と『蜘蛛の糸・続蜘蛛の糸』をさせて頂いた。
『続・蜘蛛の糸』では、紙芝居のからくり部分の故障が生じ、ちょっと失敗もしたが、本堂内があたたかい雰囲気で包んで下さり、何とか終えることができた。(・・すんませんでした。)
月光寺の皆さま、本当にお世話になりました。
有難うございました。合掌
河中南組仏教婦人会連盟「若婦人の集い」への出講
(河中南組[西願寺]さま)
今日、河中南組仏教婦人連盟「若婦人の集い」にお招き頂き、会所の東大阪市[西願寺]様まで行かせて頂いた。
たくさんのご婦人方が、お集まりになっておられ(約80名)緊張したわ。
持ち時間は、約一時間。
この枠の中では、紙芝居三本が限界なのだが、今日はお彼岸でもあり、どうしても『二河白道ものがたり』も演じたくて、頑張って四本演じた。(この作品、昨日の晩、セリフを全部書き直したのだ。・・15年以上の前の作品なので、ラストの変更も含めて変えてかったのだ。)
でも、多少早口になってしまい反省。(聞き取りにくかったんとちがうやろか?すみません。)
又、お天気も怪しげで、紙芝居が雨で濡れないか心配で、カメラ撮影をお願いするのをすっかり忘れてしまい、現場の写真はないのです。残念。熱入れて一生懸命しゃべってんけどなぁ。・・まぁ、ええか。
河中南組仏教婦人会連盟の皆さま、そしてスタッフの皆さま、西願寺の皆さま、お世話になりました。この場の借りて心よりお礼申し上げます。合掌 (どの場や⁈)
行基菩薩と物種吉兵衛さん

(行基菩薩像)
昨日、堺市西区にある[行基(ぎょうき)菩薩]生誕地『家原(えばら)寺』と、そこから歩いて30分ぐらいにある『妙好人 物種吉兵衛(ものだねきちべえ)]さんの(浄土真宗本願寺派[元立寺]様境内にある)お墓参りに行って来た。
・・もちろん、紙芝居制作の為の取材である。
この二人、僕は堺が生んだ、二大超宗教人だと思っている。
堺市西区へは、うちのお寺から車で約40分で行けるが、健脚の吉兵衛さんを偲んで、電車と徒歩で行って来た。(でも、暑さと疲労で足が吊りそうになりました。)
(家原寺)
おのずと知れた[行基]さま。
あの奈良の大仏を作られた方だ。・・いや総指揮をされた方だ。
この方は、僧侶としても、とてつもなく(知的に)凄いが、人間としての優しさ、そして行動力に僕は惹かれる。
正に、『陽明学』でいう[知行合一]の御方だ。
この方は、絶対に紙芝居にしたいと考えているが、あまりに凄すぎて、人生のどの部分を切り取って紙芝居にしたら良いか?今だに悩んでいる・・。
その気持ちに整理をつける為、そしてインスピレーションをもらおうとお参りして来た。
・・でも、結果として、本堂の回りに貼ってある受験生たちの[ご祈願ハンカチ]が多く、(ここは受験生たちの祈願寺なのだ)あまり、行基さんの雰囲気に出遇えた気はしなかったなぁ・・。
(物種吉兵衛さんのお墓)
それより、やっぱり惹かれるのが『物種吉兵衛』さんだ。
もちろん、知名度では『行基』さまとは比べものにならないが、明治時代の『生き仏』吉兵衛さんは、やっぱ魅力的だ。
ただの市井の御隠居さんではないのだ。(お百姓さんの家に生まれ、晩年は魚屋さんをされた方だ。)
でも、僕は今までになかった[妙好人]としての魅力を感じている。
おそらく、[悟り]といって良いものなのか?解らないが、市井の人でこれだけの人が居たのかと驚いている。(仏道聴聞の為、財産をすべて使われたのだ。)
(吉兵衛さんのお写真:『妙好人 物種吉兵衛語録』より)
・・時間が無くなってしまった。
『物種吉兵衛』さんについては、いずれ改めて書きたいと思う。
昨日は、取り敢えず、吉兵衛さんのお墓参りをして、「紙芝居にどうかさせて下さい」と、お願いして来たのであった。
吉兵衛さんに「そんなん、作ってんと、もっと聴聞して、自分自身の仏心を深めなはれ!」と叱られたような気がした。・・けど、作りまっせ!



