
大きな九州の地震で、「今日のうちの寺へのバスツアーは中止かな?」と思っていたのだが、関西圏の交通網にはそれほど影響は無く、茨木市から真宗大谷派[光善寺]さま御一行は無事においで下った。被災地の皆様には申し訳ないが、うちの寺には有り難かった。
いつものように、まずは『阿弥陀仏物語』でスタートし・・、
『三尺三寸のお箸』の紙芝居をして、最後は[お箸実験コーナー]。・・今日の実験台は、光善寺ご住職さまでした。(笑)
最後は、バスの前で記念撮影。
この日は、取材の[中外日報]の記者さまも写真に入って、賑やかな一日でした。合掌
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バスツアーで『光善寺』様御一行がいらっしゃいました
河南町介護者家族の会発行『さくらんぼ』62号に載りました

(『さくらんぼ』62号)
河南町介護者家族の会発行(事務局・河南町社会福祉協議会)の『さくらんぼ』62号に、先日、[お寺の出前]講演をさせて頂いた[大阪府介護者家族の会連絡会]の模様が載りました。
(以下、会長のメッセージより抜粋)
貝塚市介護者家族の会『コスモスの会』会長・田中まさ子様
メッセージ「各会からの現状報告では、介護者その家族に寄り添った活動に、とても興味深く聞かせて頂きました。(中略)・・午後からは、楽しみにしていた観念寺住職さんの紙芝居でした。ご自分が病に倒れた時の体験を紙芝居にして、「皆さんは、仏様に助けてもらったと感じたことはありますか?」と優しく語りかけて『仏様からの三つのご縁』と題して「そのご縁があったからこそ、今もこうして話せるようになりました。介護する人もされる人も一人じゃないですね。」「また漫才師みたいに話せるようになりたい。」とリハビリの様子も笑いにして・・住職さんの紙芝居にはとても感動しました。(以下略)」
田中会長さま、([お寺の出前]の趣旨を、がっつり理解して頂き)素敵なメッセージを、本当に有難うございました。合掌
藤城清治『光のメルヘン展』に行ってきました
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昨日、奈良県立美術館へ『藤城清治「光のメルヘン展」』に行ってきました。
「バハハーイ」で一世を風靡したぬいぐるみ[ケロヨン]の作者で、日本を代表する影絵作家「藤城清治」師、御年92歳。今だ現役、凄い。
「メルヘン」とは縁の遠い僕が、なぜ行ったのか?
それはこの度、藤城氏が、21年の歳月を掛けて、『聖フランシスコ』の画本を出版される事となり、その原画展も含めて展覧会を開かれると知ったからだ。
入退院をされながら、作家魂は現役な大作家「藤城」師。
あの、誰でも一度は見たことがある師のトレードキャラ[赤帽のこびと]。・・これは師の分身らしい。(初めて知った)
あぁ、僕も大先生の爪の垢を煎じて飲まねば・・、長生きせねばと絵を見ながら思った。
母は福
「母は福」。
これは、僕のオカンの事ではない。
88-29。これを[ハハはふく]と読む。
・・僕の軽自動車のナンバープレートなのだ。
実は、僕はこの番号を『葉っぱの肉』と呼んで覚えていたのだが(・・なんという、俗っぽい僕)、先日、布教で呼んで頂いた堺・極楽寺のご住職に「『母は福』ですか・・。有り難いナンバーですね。知ってて貰いはった番号ですか?」と聞かれたのだ。
僕は「ちゃうちゃう、僕は『葉っぱの肉』とタヌキの馬鹿仕合みたいに覚えてただけやん。・・でも、その覚え方エエなぁ。」と答えた。
さすが、極楽寺の親孝行住職!モノの見方が違うやん。
この日、僕は反省し、お寺に帰って実家の母に久々に電話しました。合掌
今日は[仏滅]で『お釈迦さま(仏様)の誕生日』?
今日は『六曜』でいうと、[仏滅]。
しかし、四月八日は『お釈迦さま(仏様)の誕生日』。
「死ぬ(滅)のに、生まれる⁉」なんと哲学的な響き!
「これいかに?」と、今日、月参りの檀家さんで聞かれた。
正直、知らんかった。・・おもろすぎるやんけ。
僕は「知りませんでしたわ。」と言って、笑いながらごまかした。
・・が、寺に帰って来て、改めて『六曜』を調べてみた。
『仏滅』とは、元々「物、滅」が『仏滅』に変わったと書いてあった。
ええ加減な当て字なのです。
全国のお祝い事を(今日)される方、気にすることありません。
僕は思う。・・『物(仏)が滅するが故に、縁起が悪い』と世の中の人は云うが、神羅万象、地上に存在するモノはすべて「滅する」のです。物も人も。
『諸行無常、諸法無我』という言葉で、(今日お生まれになった)お釈迦様が「そのように」真理を教えてくださいました。
なんや、じゃ、今日は『物滅』という[真理]を教えて下さった方が生まれた、エエ日なんや!合掌
堺[極楽寺]様『永代経法要』と、阿倍野組[研修会]への出講
真宗大谷派『山陽教区神戸組』の皆さんのご来院

(『山陽教区神戸組』の皆さん)
昨日、神戸より真宗大谷派『山陽教区神戸組』の皆さん(お寺の信徒さん)が、お越しになられた。
でっかい観光バスで、ご参拝下さったので、久々にびっくりポン (この流行語も古くなっていくのやろな・・)であった。
こちらの『組』の皆さんは、一昨年の春、うちの寺の参拝を希望され、予約してくださってたそうなのだが、僕の入院で、それは突然中止になってしまった。
今日は、その「再度の参拝挑戦。ようやく願いが叶った」と、ご年配の方がおっしゃって下さった。
有難うございます。・・いつもより、『傘は回っております』ではなく、たっぷり紙芝居をさせていただきました。
そしてこの日の最後、うちの寺の次に、大阪の「四天王寺」にご参拝されるというので、予習として、四天王寺を作られた『聖徳太子』の紙芝居をさせて頂きました。
(観光バスは次の目的地へ、四天王寺へ)
『山陽教区神戸組』の皆さん、ようこそのお参りでございました。有難っとさんよう教区。合掌
仏花を伐る、切る、斬る
『お彼岸法要』が終われば、[仏様]にお供えしていた[仏花]を切って捨てねばならない。
まだ咲いているお花に、ハサミをいれるのは忍びないものだ。
でも、これを(いつか)しないと水も濁り、腐り悪臭を放つ。・・斬るタイミングが難しい。
花を生けるのは妻の仕事だが、それを処分するのは、僕の役目である場合が多い。
花にハサミをいれながら、心の中で『・・法要は無事に終わりましたよ。あんた(=お花)の、皆の心を癒す役目は無事に終わりました。ご苦労様でした』と、つぶやいて伐る。
でも、まだ綺麗なので嫌なものだ。
人間ならどうか?・・いや、僕ならどうか?
「君の役目は終わりました。さようなら」と言われれば、僕は「あっそう」と言って、素直にこの世にグッドバイと言えるか。
そんな事を今日も考えながら、仏花に感謝の言葉を云いながら、後片付けをした。合掌
春・彼岸の事Ⅱ~シンクロニシティ
お彼岸参りのはなしの続き・・。
お彼岸の時しか、お参りに行かない檀家さんがある。
今回はその話。
そのご婦人は一人暮らし。三年前にご主人を亡くし、昨年、息子さんを40代の若さで亡くされた。
「なんで私だけが、こんな目に遭わなあかんねやろ?」が口癖である。親戚も多いが慰めの言葉も耳に入らない。
この奥さんにシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)が起った。・・こんな話だ。
(奥さん)「院主さん、私、仏さん(ご主人・あるいは息子さん)に救われたような気がして・・。」と話は始まった。
「いつものように夜眠れなくて・・。その日、又『なんで私だけがこんな目に遭うんや・・』と思い始めると目が冴えて・・、それで深夜ラジオのスイッチを入れたんです。
すると、ラジオのDjがハガキを読むコーナーでして、そのハガキの内容が『三年前に主人を亡くし、昨年、息子さんを亡くされた奥さんの話』でした。その奥さんは今、みんなの愛によって、ようやく救われているという話だったんです。
『私と一緒やん!・・私だけじゃ無かった』と思ったら、その日はなんか安心して、よく眠れたんです。
タイミングが良くて、不思議でした。」と言われた。
僕は「それは、まさしく仏さんからのメッセージですよ。奥さん、良かったですね。」と言った。
奥さんは、「やっぱり、そうですよねぇ。守ってくれてはるんですねぇ。」と嬉しそうにおっしゃられた。
僕は「そうです。そうです。」と言って、奥さんとご一緒に仏壇に合掌したのであった。
春・彼岸のこと
(河南町「善秀寺」さま)
ようやく忙しかった[春のお彼岸]行事が終ろうとしている。
19日には『観念寺』の彼岸法要。
こちらは、僕が[紙芝居法話]をした。
そして21日には、同じ河南町の『善秀寺』さまの[彼岸・永代経法要]で、[紙芝居法話]をさせて頂いて来た。
その他、檀家さんでのお彼岸のお勤めも多くあり、たいへん忙しかった。
自坊観念寺の法要では、最後に皆で『千の風になって』を唄う。
檀家の皆さんは、よく、お彼岸にはお墓参りをされる。
されど、この歌は「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません。眠ってなんかいません。」という歌詞が続く。
お墓参りをするのに、仏さまはお墓にいない。
これを、どう説明するか考えた。
僕はこう思って説明した。
この歌の(二番)は、亡き人は『秋は光になって畑にふりそそぐ。冬はダイヤのような雪になる。朝には鳥に成り、夜には星になる」・・ということは、[お墓]にもなっても良いじゃないか。・・そう思いませんか。要は、お墓の前でいつまでも『泣いちゃ』、そして『悲しんでは』ダメなのだ。
亡き仏さまに感謝をして合掌する。
そこには、お墓に仏様が変身される可能性だって十分ある。・・この歌は主旨は、きっとそうゆうことにある。
と、僕はそう理解し、檀家さんにこのようにお話した。
皆さん、しきりに頷いておられたので、賛同して頂けたのではないかと思った。
今年のお彼岸は、感動的なお話をたくさん檀家さんからうかがった。それは又、別の機会に・・。



