昨日、不思議な《夢》を見た。
目が覚めて半日経っても、はっきりと記憶に残っているのでここに記録しておく・・ことにする。
夢というのは、まったくわけのわからんもので、・・なぜそこにいるのか、又そこがどこなのかまったくわからない。話は突然始まる。
・・・夢の中で僕と妻は周り全体がまっ黄色の菜の花畑にいた。(カラーの夢です)
そして、そこから真っ直ぐ田舎道を歩いていくと、鎮守の森に出た。そこは映画『となりのトトロ』みたいな森だった。
その中に入っていくと下が砂利道で、目の前に大きな《宝篋印塔(ほうきょういんとう)〔東京タワーみたいな形のお墓の事〕》が現れた。その塔を大きな黒い蛇(ヘビ)が巻きつけている。それを見て妻が「ここの主(ぬし)と違うやろか?」と言うと、そのヘビは顔を上げてこちらを見た。その大きな宇宙人のような目は琥珀色でダイヤモンドのようにキラキラ輝いて、僕は思わず「綺麗やな・・」と思った。(今でも覚えている!)又その下にはもう一匹の背びれのついた白ヘビがいる。まるで龍のような・・。しかしだんだん怖くなってきて「帰ろ、帰ろ」と言って、後ろに下がろうとすると砂利道が全部色々なヘビに変わっていた。僕達はそのヘビを踏みながら帰ることにした・・・。
ここで目が覚めた。まだ真夜中だった。僕はその後トイレに行ったがしばらく興奮して眠れなかった。
はたしてこの夢は、何かを意味するのだろうか?それはわからん。・・気味が悪いが何か威厳に満ちた不思議な夢だった。こんな夢は初めてだ。
私の宗派の宗風(しゅうふう)に《深く因果の道理をわきまえて、現世祈祷やまじないを行わず、占いなどの迷信にたよらない》とある・・。僕はこの夢の意味を誰かに占ってほしいとは思わないが、それにしても変わった夢であった。
・・さて、皆さんは今年どんな《初夢》を見られましたか?
それでは最後、もし良くない夢を見てしまった時、こんな言い伝えがあります。(まぁ、執われないのが一番ですが、話の種ということで・・。気になるもんなぁ~)それは《悪夢を払う〔聖徳太子〕が作ったという歌》のおまじないです。(ほんまに太子が作ったのかどうかは眉唾ですが・・。)
『長(なか)き世(よ)の とおの眠(ねふ)りの 皆(みな)めざめ 波乗(なみの)り船(ふね)の音(おと)のよきかな』。
実はこれ〔回文歌〕になっていて前から読んでも後ろから読んでも同じになってます・・・。読んでみて!
この〔回文歌〕を紙に書いて枕の下に入れて寝たら悪夢を払えると何かの本で、昔読んだことがある。ちなみに僕はやったことがないのでその効き目は今だなぞですが・・。
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不思議な初夢
新年の急変!
あけましておめでとうございます。
本年も『紙芝居屋亭』のHPをどうぞよろしくお願い致します。
・・と、何気ないご挨拶で今日のところは終ろうと思っていたのですが、お寺におりますと色々なことが、突然起こってくるもんで・・。
うちのお寺は梵鐘(ぼんしょう)がない為、除夜の鐘がつけず、それでその代わりと言ったらなんですが、元日の朝《修正会(しゅうしょうえ)》という法要をするわけです。そこへうちの『仏教婦人会』の方々が集まってくださりお勤めをするのです。〔写真・2階の本堂〕

そしてその勤行が終わりますと、1階に移り、乾杯《ご流盃》の後、新年の挨拶などを述べて、皆でガヤガヤとおしゃべりをいたします。〔その時の記念写真〕
それで一連の流れは終わり、無事《解散》。それから今度は私たち家族の年1回のプライベートな時間。計画では実家に帰って〔お墓まいり〕をし、母親の顔を見ようと思っていたのですが、その時、突然一本の電話。「先ほど、○○が亡くなりました。お葬式をお願いしたいのですが・・」との電話の内容。・・それで私たちの計画はすべて中止。・・人が亡くなるのは待ったなし。正月も何も関係ないですね。・・一休さんの和歌を思い出しました。『門松は冥土の旅の一里塚 馬かごもなく 泊まりやもなし』・・それにしてもお寺というのは因果な〔本当はこんな意味で使わない!〕仕事かもしれません。南無阿弥陀仏 合掌
水道管の尺八とオカリナ (二人の助っ人の話)
昨日、今年最後の特養『白寿苑』での法話会を行った。
昨日のテーマは「今年一年を振り返り、ご自分は運が良かったと思いますか?そうでなかったと思いますか?」という事でお話し、結果的に仏教では〔運・不運に執われない生き方が大事〕というまとめ方で終えた。
・・ところで、ここでの『法話会』には最近お二人のゲストがずっと参加してくださっている。
お一人はこの苑の近くにお住まいの〔M葉さん〕という女性で、この方はボランティアグループ『くみどり』という会を主催され、オカリナの演奏をされる。(余談であるが、オカリナの小型で〔コカリナ〕という楽器も持っておられ、先日聴かせていただいた。優しい々音色だった) そう、この方は音楽ボランティアとしてあちこちを回っておられるのだ。私の法話会にも、会の後半にこのオカリナでその季節にあった曲を演奏をして下さり、優しい雰囲気を作って下さっている。(この日は「ふるさと」を吹いてくださった)・・ありがたい助っ人である。
そしてもうお一人・・。この方はこの苑の〔ケアハウス〕におられるS岡という男性で、ご趣味が水道管を改造して作った尺八を演奏することである。(これが又、本物そっくりの尺八の音色なのだから不思議だ) この手作り尺八で会の後半、やはりオカリナの後、季節の曲などを演奏して下さる。(時々、尺八とオカリナのデュエットもしてくださるから面白い)・・ではなぜ、この方が水道管で尺八を作ったのか。それは太平洋戦争で南方の国に出征しておられた時、退屈しのぎにジャングルの竹を伐って尺八を作り演奏し、気を紛らわせたのがきっかけだったらしい。《なんか小説『ビルマの竪琴』みたいやね。》・・それで戦後、水道関係の仕事をされ、残った水道管を再利用できないかと考えられ、戦争時の事を思い出し、尺八を作ったのが始まりということである。(これも余談だが昨日は水道管作りの横笛も見せてもらった。ほんま、なんでも作りはるわ!この人・・)
それで今年最後の『法話会』は、この尺八で「ホタルの光」を演奏してもらい、無事に〆ることができた。二人の助っ人さん、感謝です。ありがとうございました。又、来年もどうぞよろしくお願い致します!合掌
『地域ディ』ボランティア活動・オルゴールの会
本日、枚方は《香里ヶ丘けやき東集会場》において、ボランティアグループ『オルゴールの会』主催の月例講演会が開かれ、そこに呼んでいただきお話をさせてもらった。
この会は65才以上の、ここの地域住民の方ならどなたでも参加できる・・そうだ。そして本日の参加者は25名ほどで、その大半が女性であった。(写真参照)
・・実はこの会の代表の(H田さん)から、すでに1年ほど前に「出前講演」の依頼を受けていたのだが、その時僕は『休養宣言』を出していたのでお断りしてしまっていたのだ。・・が、再びのご縁を頂き本日の実施となったのである。
例によって、会は自己紹介から始め『紙芝居』の実演、そして質疑応答、最後に又〆の『紙芝居』で、約2時間お話させていただいた。
会が終わり、後片付けをしている時、大変心に残るお話を一人のご婦人に聴かせていただいたので、今回はそのお話でこのコラムを終わりたいと思う。
・・その女性は昔、子供さんを2才で亡くされたそうだ。僕が「お辛い経験をされたのですね・・」と言うと、「はい、でも子供が亡くなった時、私も大病で入院をしていまして・・、結局私は助かり、子供は亡くなったのです。きっと子供は私の身代わりになってくれたのだと思っています。・・私はまさかこの年まで生きれると思っていませんでしたので、今感謝で毎日を過ごさせていただいています」と涙をこぼしながらお話してくださった。
短い時間であったが、とても深い貴重な時間を過ごさせていただいた。『オルゴールの会』の皆さん、ありがとうございました。合掌
往生極楽ライブ!!

昨日、枚方のくずは駅前にある《px9cafe》というライブハウスにおいて、第8回歳末チャリティコンサート『往生極楽ライブ』が賑やかに行われた。
主催者は友人である僧侶・羽田雅法師である。
羽田師はこのライブの挨拶状において次のように述べている。「・・今年も毎日のように悲しい事件や、凶悪な犯罪が起こっています。・・中略・・私たちは誰一人として、自分ひとりだけでは生きていけないものです。自分の命を守る事も大切ですが、その為に何故、他人を攻撃したり復讐したりするのでしょうか。お互いが一歩でも歩み寄り、理解し合い、認め合う事が何故できないのでしょうか。皆様、本年も今一度、《命》の大切さと《世界平和》について考えてみてください。・・尚、今年の収益金は財団法人日本ユニセフ協会に寄付させていただきます。」と・・。
さて、このコンサートの内容について簡単に述べたい。
参加バンドは7団体で、全員がアマチュアバンドである。(中にはCDを出しておられるセミプロのような方もおられたが。) 1つのバンドの演奏時間は30分。音楽のジャンルは喧しい(失礼!)ロックあり、ジャズありブルースありの何でもありだ。
そして僕はそこでいったい何をするのか??
それは『ステージのバンドとバンドの入れ替わる10分ほどの空白の時間に3回ほど、仏教法話紙芝居をして時間をつないで観客に説教してほしい』という、なんとも難しい羽田師からのミッションであった。(簡単に言ったら、行った事はないけど、ストリップ劇場の踊りと踊りの合間に演じるショートコントのようなものである。分かり易いたとえやろ!)・・タバコの煙が万延しアルコールで目の据わったお歴々の方々に仏教の話をし、日頃、法話なんて聞いたこともない若者達に会の主旨の大切さを説明した・・つもりである。力不足であったが・・。後ろで、次のバンドのエレキ・ギターが《キーッン!》という音でチューニングをし、前では、観客達の聞いてるか聞いてないのか、よくわからんような眼差しを感じながらも、僕は紙芝居を3回演じた・・。《これはもはや修行だ。》
テーマは『思いやりの大切さ』、『運の善し悪しに執われずに今を生きる』、そして『本当に大切な贈り物って何か?』の3つに話を絞って、強いライトの中、汗を掻きかき無事演じきった。結果はともかく、罵声とビール瓶が飛んでこんで良かったと思う!あーしんどかった。
グループホームに行ってきました
今日、千早赤坂村にある『グループホーム夢野家(ゆめのうち)』という所へ、紙芝居法話の出前に行ってきました。《写真参照》 ここは古民家を改築したグループホームで入所者6名というほんとに小規模な施設でした。まるで田舎の家そのままのような・・。
僕はグループホームへの出前は初めてだったので少し緊張しました。・・普通の古民家そのままの・・、その中のお座敷でお話させていただき、御法事を勤めているような・・、そんな感じの不思議な体験でした。
そのまま突っ走る・・・か?
昨日の友人のお寺の住職夫妻と遅いランチを食べに行った。
その席でのこと。友人の奥さんが僕に「・・宮本さんは、このまま突っ走ってください」と言われた。
「突っ走る!」とはどういうことか。それは、僕が他人にどう言われようが、紙芝居を使った異色の自己流法話会の形、そのままに、あちこちで仏様の話を続けよという意味ではなかったか、と受け取った。
人と違ったことをやっていると、目立つが、その反面非難も多く受ける。そして落ち込む。やはり僕はお寺に生まれなかったからお寺の常識を知らないのだ。こんな事をいつまでもやっていてはいけないのかもしれない?・・と思うのである・・これしか僕はできないくせに・・。そんな事がたえず頭の中で暴れて混乱を起こす。そんな時、この「このまま、突っ走ってください!」という言葉が届いたのだ。
人はひとつの言葉によって元気をもらえることが多分にある。
言葉には、迷いを振り払ってくれる力があると思う。
この言葉は今の僕にとって、とても元気付けられる貴重な言葉であった。
だから、今日ここに記録する。
双子のご住職さん
今日、八幡市の『願生寺』というお寺の婦人部主催の「講演会」にお招きいただき「お寺の出前・活動紹介と紙芝居実演」と題したお話に行って参りました。こちらのお寺は新築からまだ2~3年しか経っておらず、バリアフリーの誰にでも気軽に入れる工夫があちらこちらにされた素敵なお寺でした。・・講演も無事に終わり、その後本堂で茶話会が開かれ、私も参加させていただきました。私の隣にご住職さんが座られ、色々と皆さんのお話を伺っていますと、玄関の中扉がガラッと開き、ご住職さんの顔形そっくりの方が同じ衣姿で入って来られました。きょとんとする私に隣のご住職はすかさず「私達ふたごですねん」とおっしゃられました。髪型が少し違うだけで、声までご一緒の双子のご住職さんにびっくり!まるでテレビCMを見ているような・・そんな感じでした。世の中にはこのようなことが、あるにはあるんやろけど、目の前で拝見するとホント不思議な感じでした。
まだ書いていない大切なことが・・・
このホームページを開設して10日ほど経つ。ホームページというものをどう扱えば良いか、まだよくわからないので、しょうがないと言えばしょうがないが、まだ大事な事を2~3書いていない。たとえば、僕の『自己紹介』。「あんたは自分で僧侶と言っているが、年はいくつで、いったいどんな人物なのか?どこで生まれて育ったのか?なぜ自作の紙芝居を使って福祉施設などを回っているのか。そして・・なぜこのホームページを開設しようと思ったのか?」というような事である。それは僕を知らない、初めてこのHPを見てくださった方には疑問であろう。・・が、それは追々書いていくつもりである。・・その前にもっと初めに書いておかねばならなかった事があった。それはPCが大の苦手なこの僕にHPの開設を熱心に勧めてくださり、何から何まで、このHPの基盤を作ってくださった檀家さまのお嬢さん(仮名:T元C絵さん)にお礼を述べねばならなかった事だ。このお嬢さんはHPの会社に勤務されていたので、作ることにかけてはプロ中のプロなのである。お仕事が忙しい中、時間を取ってくださり、約一年をかけてごちゃごちゃ注文の多いこの僕の意見を聞いてくださり作ってくださった。僕はまず、このC絵さんにお礼を言わねばならなかったのだ。遅くなりましたが、仮名:辻M千Aさん、ありがとう!そしてこれからもご指導よろしくお願いいたします。合掌
僧侶とは?~二つの大切なもの~
『お寺の住職は、ご門徒(信者さんのこと)に育てられていく』という話をよく聞きますが、拙寺にはまさにそのお手本のような方がおられます。ご主人を亡くされたのがご縁で、お参りに伺うようになって7年。ご門徒のMさんは、「あんたを息子のように思える」と若輩の私を一人前の僧侶に育ててくれようとする温かい思いが言動の端々に伝わってきます。個人的なことで色々と悩んでいた、そんな若僧の私の表情を察して、声を掛けてくださったことが忘れられません。近年は足腰が少し不自由になられましたが、そのぶん言葉で私を支えてくださっています。
「僧侶という者は二つの大切なものがあると思います。一つは威厳。もう一つは親しみやすさ。これが大事やと思います。私がもし悩んでいる時には威厳をもって力づけて欲しい。又反対のような言葉やけど、何でも話せる親しみやすさも欲しいのですよ。」と。
私はご門徒さんのこのような言葉を、あたかも仏さまの光明が衆生を照らして育ててくださる摂取のお働きとも思えるのです。大変尊い仏縁です。このお言葉を胸に、これからも法務に『出前』にがんばりたいと思います。


