住職のつぼやき[管理用]

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病院の《レイ》のもん・・?

 今日、ご門徒さんの御家にお参りに行かせてもらった時の会話・・。
 「院主(インジュ)さん、病院には《レイ》のもん(物)、居りまんのかなぁ?」と(この前まで病院に長期入院されていた)、そこのご主人が僕に聞かれた。
 「《レイ》のもんって何ですか?」と逆に僕が聞き直すと、ご主人は「《例》とちゃいまんでぇ、幽霊の《霊》でんがな・・」と改めておっしゃられた。
 詳しくお聞きしてみたら、昨年の夏にこんな事があったらしい。
 それは、二人部屋に入って居られた時の事・・。隣の誰もいないベットの横のテレビの上の〔ティッシュペーパーの箱〕が、突然バタバタッと動き始めたそうだ。
 それで、息子さんが「お父さん、地震や!」と言って伏せたら、別に他には何も揺れておらず、「ゴキブリでも入ってたんとちゃうか」と中を見たが何もおらず、「変なこともあるなぁ」と二人で話していたらしい。
 それから夜になって、例の〔ティッシュの箱〕が今度は膨らみ、又暴れだしたらしい。
 体のごっつい『何でもかかって来んかい!』という感じのこのご主人も、さすがにこれにはビビッてしまい、ナースステーションに駆け込んで今あった事を話した。
 すると宿直のナースさんは「最近、その部屋で二・三人続けて亡くなられましたからねぇ・・、今はお盆やし、帰って来られたんとちゃいますかねぇ・・」と何とも凄い〔病状を悪化させるような(笑)〕説明をされたそうだ。(もっと違う言い方なかったんかい!)
 ・・この親切丁寧(笑)な凄みのある説明に、ご主人はさらにビビリ「今すぐ部屋を変えてくれんと、病院を変わらしてもらうでぇ!」と言ったら、「はい、わかりました」とすぐに別の大部屋に変えてくれたというから、こりゃまた凄い。
 ・・《レイ》の話とは以上のような話であった。
 僕はその話を聞いて「それが《霊》やったのかどうか、僕にはよくわかりませんが・・ご主人が体験された事やし、ナースさんもそう言いはるのやからねぇ。・・又すぐに部屋変えてもらえて良かったですね」としか言いようがなかった。
 ・・ところで、今この《レイ》の部屋には誰が入っておられるのかなぁ?
 大丈夫かなぁ・・あっそうや、今は《お盆》と違うから大丈夫かぁ・・。

《花まつり》ってなぁに?

 4月8日は《花まつり》。
・・この日は、仏教の開祖〔おシャカ様〕がお生まれになった記念の日です。
 では、なぜ《花まつり》っていうのか?・・それはおシャカ様がインドの《ルンビニー》という花園でお生まれになった時、その回りの花々は一度に咲き揃い、何ともいえない良い香りを漂わせたことから、この名前が付いたと伝わっています。
 ・・各地の様々な《お寺》ではこの日をお祝いし、その日の前後に〔記念の法要〕をあちこちで開きます。
 私たち、浄土真宗本願寺派の〔石川南組〕という組織内の各寺院も、青年僧侶たちが中心となって、毎年この〔行事〕を行っています。
 ・・そして今年は〔富田林〕にある《円光寺》様の本堂を会場とし、昨日、この《花まつり》を開催いたしました。
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 その《進行》は、若者たちが中心となって〔お勤め〕をし、その後、〔『花まつりおめでとう』という、この行事の意味を説明するパネルシアター〕。そしておシャカ様の像に甘茶をかける〔灌仏(カンブツ)〕をして・・、(この意味の説明はいずれ又・・)
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 その後が私の出番で、この日は紙芝居『そんごくう』をして、〔仏様のお救い〕の話をしました。
 これで本堂での行事は一応終わり、その後〔イベント〕として、寺庭で青年僧たちが心を込めて〔たこ焼き〕などを作り接待し、お年寄りから小さなお子様たちが一緒になって、楽しい一日を過ごしました・・とさ。めでたし、めでたし。

河南町母子寡婦福祉会〔総会〕記念講演

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 昨日、わが町《河南町》の〔やまなみホール〕という所で、『母子寡婦福祉会』の〔総会〕が行われ、そこにお招き頂き《紙芝居法話~紙芝居を通して考える〔楽〕になる生き方~》と題してお話して来た。
 ・・情けない話であるが、最初僕はこの〔寡婦(カフ)〕という言葉の意味がわからなかった。
 〔母子〕というのは、おそらく〔母子家庭〕を意味するものだと思ったのだが、〔寡婦〕はいうのはまったく知らず、このお話を頂いてから、辞書やインターネットで調べた。
 ・・この場で簡単に説明すると、〔母子〕の母とは《配偶者のいない(離婚・死別・婚姻によらず母となった女子等)で、20歳未満の児童を扶養している方》をいう・・そうだ。
 そして〔寡婦〕とは《配偶者のいない女子で、かつて配偶者のない女子として、20歳未満の児童を扶養していた事のある方》をいうらしい。・・つまり解り易くいうと〔母子家庭〕の《先輩》にあたる方だと思う。
 つまり、この会は《女の方がひとりで子育てをしながら、仕事を続けて、自立し安定した生活をおくる為の〔その先輩も含めた〕協力・組織団体》と考えたら良いと思う。
 ・・長々と説明してきたが、・・どうしてこの会の講演に、僕が呼ばれたのか、話が終わった今もよくわからない・・〔笑い〕・・又、本当に僕で良かったんか・・?
 ただ、この会の会長さんに「女一人で、仕事をしながら子育てをするのは大変な事なんです。気持ちも常に強く持たねばならないし・・、落ち込むことも多いのです。それでみんなを元気づけるような、そんな《仏様のお話》をお願いします!」と頼まれた。・・その猛烈な勢いに飲まれ思わず、「はい、わかりました!」と言ってしまったのが、このお話を受けた理由かも・・。

 ・・今、会が終わり、「みんなも喜んでくださり、私も嬉しかったです」と会長さんにメールを頂いたので、まぁ良かったとしよか!力不足は許して下さい。又、お世話になりました役員の皆様、そして荷物を運んで下さった役場の職員さんありがとうございました。合掌

春の《偲ぶ会》!

 『講話クラブ』という、法話活動で毎月出前させてもらっている、特養老人ホーム『甍』では、毎年〔春〕と〔秋〕の二回、お彼岸に合わせて《偲ぶ会》という法要を行っている。
 この〔法要〕、何年か前までは、各階フロアーでちっちゃくやっていたのだが、今では一階ホールを使用して大々的にやらせてもらっている。
今日は、その春の方の〔法要〕の日であった。
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 《偲ぶ会》の進行は、読経・法話・施設長の挨拶と続き、・・その後、新たに苑内で亡くなられた方の〔思い出話〕や〔エピソード〕を、故人を良く知る介護職員さん達に語ってもらう・・そんな〔コーナー〕があってやっている。
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個人的には、僕はこの〔思い出を語るコーナー〕が一番好きだ!
 亡くなられた方の事を話している内に、何人かの職員さんは必ず感極まり泣かれる。・・それにつられて入所者の方も泣かれる。
 僕はこの《涙》は悲しみだけの涙ではなく、明日への頑張って生きる為の《糧》となる《涙》になると思うのだ。
 この《死》をタブーにするのではなく、しっかりと故人を思い出して語る!これがとても大事なことなのだといつも思う。(涙ながらに語るその姿が、ちょっと可哀想だけど・・)
 そして最後、皆で〔お焼香〕をして会は終了・解散となる。
 この〔お焼香〕・合掌の場面もとても感動的で素敵だ!
 この光景は、とても文字では表すことができない。だから一枚の写真を載せてこのブログを終わる事とする・・・。
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お寺の持つ《可能性》

 昨日、近隣の〔K福寺〕というお寺で『彼岸会』という法要があり、お参りさせていただいた。
 ・・正直にいうと法要の後に、プロの《落語家》による『浄土真宗・落語』なるものを演目でやると聞いたので、(お笑い好きの僕としては)・・それに釣られて参ったいうのが本音である。(すんません。動機が不純で・・〔笑い〕)
 結論からいうと『浄土真宗・落語』は「たいへん面白かった!」
 満員の広い本堂には、お年寄りから小さな子供までがぎっしりと座り、途切れる事なく笑い声がこだました。
 演目の題名は『お通夜の六さん』という創作落語で、或るお葬式の段取りをめぐり、お葬式の仕切り屋・ものしり〔六さん〕が起こすドタバタ喜劇?を〔浄土真宗〕の考え方を取り入れなから、笑わせそして考えさせるという趣向のお話であった。〔六さん〕の〔ハチャメチャ〕だけど筋の通ったセリフを通して、『浄土真宗』ってこんな考え方やってんなぁと、改めて僕も学ばせてもらったような気がする。
 又、お寺は涙を流すだけの場所ではなく、笑いそして学ぶ!そんな《可能性》を秘めた場所である事を再確認させてもらったような気もした。
 ・・それはそうと、落語家さんもこれからの演芸先の場所の開拓の模索には余念がないなぁと感心もしてしまった。

《ギターとオカリナの生演奏》とお彼岸の話

 昨日は、毎月定例の『特養老人ホーム白寿苑』での〔法話会〕の日であり、〔紙芝居法話〕に行って来た。
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ちょうど昨日から『彼岸の入り』なので、僕の話は『お彼岸って何?』というお話から入り、紙芝居は『二河白道物語』という〔極楽浄土へ向かう旅人〕のお話をした。(この話のあらすじはその内書きます!)
 そして引き続き、お彼岸といえば《墓参りやろ》という事で、〔お墓って何?〕というテーマで少しお話を続け・・、
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 その後、《墓参り》といえば『千の風になって』の歌やろ!という事で、先月からの打ち合わせで、相談員のK澤さんにギターで生演奏してもらいみんなで歌った。(キィを下げたので皆歌えた!)
(ただ歌詞の『私はお墓の中には居ません』という部分をどのように僕が解釈して、お話するかが問題だったのだが、その辺は適当に誤魔化した。《・・お墓の中には故人は居ないかもしれないが、お墓をお参りする姿を千の風になって、喜んで見てるかもしれませんよ~》・・という風に話して、〔墓参り〕の大切さもアピールしておいた〔笑〕)
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そして、〔お彼岸が終われば春やろ!〕ということで、最近毎月助っ人で、会を盛り上げてくださっているM葉さんに、オカリナで『春がきた』を演奏して頂き、これもみんなで歌った。
 ここ『白寿苑』に一遍に春が来たような、そんな今月の法話会であった。

続・世代間ふれあい事業〔森屋地区〕

ファイル 75-1.jpg 〔会場の赤阪小学校〕 
 昨日、千早赤阪村の〔森屋〕という地区の自治会が主催する《高齢者のつどい》プラス《世代間ふれあい交流会》が、赤阪小学校の体育館で行われ、お招き頂き『お寺の出前〔紙芝居法話〕』に行って来た。
 この日は、好天にも恵まれ、100人近い地元の方々がお集まりになって、賑やかに楽しい時間を過ごさせていただいた。
 前にも書いたと思うのだが、《高齢者の方》と《子供たち》との交流する機会が少なくなってきている昨今、このように世代を越え、又《旧家》と《新興住宅地》、ご近所の方々が皆一同に揃い、楽しいイベントを開催するというのはとても意義深い事だと思う。
 それはまるで《春の運動会》の様だった。
 お世話になりました区長様・福祉委員の皆様、有難うございました。

「まぁ、一杯飲んでいきなはれ!」

 僕の毎日の仕事は〔月参り〕といって、檀家さんのお家の《ご仏壇》に、読経に行くことである。
 読経が終わると、お茶やお饅頭を出して頂き、色々なお話をして帰る。
 それは《仏事》に関係のない話題も多い。
 たとえば、子供さん・お孫さんの学校での話や、お嫁さん、息子さんの仕事の悩み、又ご近所の事、病気の事、ペットの話など、エトセトラ、エトセトラである・・。
 この前も「住職さんはお経を上げてる時間より、終わってお話している時間の方が長いでんな~」とそこのご主人に笑われた。
 僕はこれは《褒め言葉》だと受け取っている。日頃から色んな会話をしておかないと〔いざっ〕という時、人間関係がスムーズに運ばないと思うし、・・それとは別に僕は人とおしゃべりするのが好きなのである。
 それで・・本題にはいる。〔たいした本題ではないが・・(笑い)〕
 うちの檀家さんに、奥様を先に亡くされた〔ご主人〕が居られて、この方は子供さんも居なくて、いつも一人でテレビを見ておられる。
 僕が読経を終えたら、たいてい「住職さん、こっちに来て一杯飲みなはれ!」と言われ、居間の方に行くとそこには「焼酎のお湯割り」の入ったコップが二つ並べてある。
 たいてい申し訳ないが、僕は〔お酒〕は断ることにしている。
 だってまだ他の檀家さんへのお参りがあるし、車で行かなければならない所もあるからだ。
 が、これはこのご主人の僕への〔心を込めた接待(布施)〕なのである。それは、いつもの態度で判る。
 だから、十回に一回はこの接待(布施)を受けることにしている。〔その日のスケジュールは全てキャンセルすることになるが、それは仕方がない事と思っている・・〕
 一緒に飲んでいたら、亡くされた奥さんの話や、一人の夜の長さ・寂しさの話など、色々と素面ではされないようなお話をして下さり、学ばせてもらうことも多い。
 お酒のつまみは(お断りしても)、ゴボてんや炊き込みご飯(ご自分で炊かれるのだ)などを出して下さり、お腹一杯になって自転車を押して「あー、ええっキモッちや~」とお寺に帰る。
 毎回、この接待を受けるわけにはいかないが、ここのご主人がいつもと違った《特別孤独な雰囲気のオーラ》を出しておられる時は、それを見逃さずに、一杯付き合うことにしている。
 僕はこれも《仏道修行》だと思っているのである。


 

『世代間ふれあい事業』in千早赤阪村〔水分地区〕

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『レディースエンジェントルメン!アンドおとっつぁん、おっかさん。おこんばんわ~、・・トニー谷ざんす~』・・で、始まる視聴者参加型の人気歌番組が、昔あった。僕は毎週欠かさずそのテレビ番組を見ていた。
 ・・この最初のふざけた〔つかみの挨拶〕でもわかるように、この番組は《世代》を越えて〔お年寄り〕から〔若い世代〕そして〔子供達〕まで幅広く愛されていた・・。
 今、大阪の《千早赤阪村(大阪で唯一の村)》という地域の自治会で、力を入れて取り組んでいる事業のひとつに『世代間ふれあい事業』というものがある。
 この《事業》も先の番組と同じように、お年寄りから若い世代、そして子供たちまでが一同に集い、楽しいふれあいフェスティバルを築いていこう!という趣旨でスタートしている。
 昨日そのイベントにお招き頂き、『思いやりの心を持とう!仏教紙芝居のはじまり、はじまり~』と題して約一時間、お話してきた。
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 場所は『赤阪小学校』の体育館、人数は約百名であった。
 この日は寒く、小雪がちらついていたが体育館の中は大人や子供たちの熱気でムンムンしていた。
 地域内の(ご近所トラブル)を未然に防ぎ、(子供達を巻き込む悪質な犯罪)から守る為の〔顔合わせ〕の方法と、もし考えるなら、このイベントほど〔価値あるものはないのではないか〕と感じた次第・・ざんす。
 次回もし、呼んでいただく事があるならば、先の番組のように、「レディースエンジェントルメン!アンドおとっつぁん、おっかさんにお子ちゃまたち・・おこんにちは。『お寺の出前』ざんす~」とパクッてみようかな~。でも、受けないやろな~。〔笑い〕


 
 
 
 

昼間の人魂(ひとだま)

 昨日は、特養老人ホーム『白寿苑』の月例〔法話会〕の日であった。そこでの印象に残ったお話を一つ書かせてもらう。
 僕が『苑』に着いたのは午後6時40分頃で、まだ始まるまで20分程時間があった。・・が、すでに二人のご婦人が待っておられた。
 そのお一人が、僕の顔を見るなりこう言われた。
 「・・住職さん、私ね、昼間に人魂(ひとだま)見たことありますねん。主人が戦争で《シナ》に行って戦死した時刻に、私、大阪の《松屋町》で人魂を見たんです。・・後で戦友さんに聞いたら確かに主人が亡くなった時間やったんです。住職さん、信じてくれはりますか?」と・・。
 話の脈略がなくて、突然のことで「はい。そんなことがあったんですか」としか言えなかった。
 そしたら、まだ話に続きがあり、その女性は興奮して「こんな〔人魂〕を見るなんて、私は何か悪い事したんでっしゃろか?」と続けられたので、思わず僕は「それは違うと思いますよ。おそらくご主人は、奥さんに最後の挨拶にお見えになられたんじゃないですか」と言った。
 ご婦人は少し安心して「前にも母が亡くなった時、四十九日までは〔夢〕に出てきてくれたのに、それから一切出てきてくれませんねん。・・〔何か私悪いことしたんやろか?〕と思いましてね・・」とゆっくり言われた。
 僕は「大丈夫ですよ。お母さんは心配させまいと〔夢〕現れんのと違いますか。・・僕はそんなことあると思います。信じますよ」と言った。
 ほっとされたのか、「そうですか、おおきに」と言われ、それから何も言わなくなられた。
 おそらくこのご婦人は誰かに〔この話〕をしたかったのだろう。又、この会話に2回出てきた〔私何か悪いことしたんやろか?〕という言葉の奥には、このご婦人の心にずっと潜んでいる〔何か後ろめたい気持ちと不安、(又、何かしらの後悔の気持ち)〕があるのだろうと思う・・。
 89才になられたこの女性に、これからもずっと僕は寄り添っていってあげたいと思った。
 
 

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