(富田林 専念寺さま)
(サザエさんの替え歌で、8月12日のお盆法要の様子をどうぞ・・)
「出前でございま~す・・。」
(一番)
お話抱えた僧侶が、や~ぁって来ーた
板持(イタモチ)、お寺へ、お盆会(エ)、出前さん
大人が笑ってる~ 子供も笑ってる~
ルール無いみたい~
お盆会いい調子~ 
(二番)
子供も大人も幸せに、なるはなし~、そんな依頼だ!
無茶だ~ぜ イモ~トさん(住職の本名)
子供がつっこむー、携帯音も割り込むー、
ルール、ルルッル~ 本堂いい活気~
「出前法話のご依頼は『専念寺』さまでした。チ~ン 合掌」
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富田林・板持(イタモチ)の専念寺様「お盆会(エ)」
「踊る、大お墓参り!」in 2010
(浜村純氏風に読んで下さい)
さて、みなさん・・、
今年も、わが村に昔むかしから続く、〔大お墓参り〕イベントが8月の9日、夜明け前の午前4時半より行われました。
今年も、我が村のお天気は、晴れて晴れて晴れて、大晴れでありました。
正に暑い暑い、石の熱の照り返しと、ロウソクの熱に線香の熱、それら猛烈な熱気の中、(ほとんどすべてのお墓へ)参る参る参ると、ほぼ六時間休み無しで、読経させて頂きました。
途中、お茶も飲み、オロナミンCも飲み、ありとあらゆるモノを飲み、水分補給をしましたが、すべて汗汗汗となり、一回もトイレには行きませんでした。・・それが、良い事か悪いことか?
今年も私は、一つ一つのお墓の前で、必殺、いや必救!真空急降下直角三段おリン鳴らし!などの大ワザを使い、拝む拝む拝む、合掌合掌合掌、読経読経読経、汗汗汗で、途中、目の前がくらくらもしましたが、友人僧や子供たち、そして檀家さんの助けもあって、無事に乗り切ることができました。
今は、とても嬉しい嬉しい嬉しい、喜ぶ喜ぶ喜ぶ、実~に達成観一杯な気分なのでございます。
これで、今年の夏の山場をひとつ越えることができました。
ほんとに、みなさん、ありがとぉ~う!
「朝の法座」への出前

〔会場の勝満寺様: お寺に着き、カメラのシャッターを押そうとした瞬間、偶然、ご住職がお顔を出されたベストハプニングいや、タイミングな一枚〕
・・先ほど、二泊した京都から帰ってきた。
今回は、《西陣》の三つのお寺(勝満寺様・長圓寺様・興徳寺様)共同主催による、毎年恒例の「夏の(二日間)早朝行事」、名づけて『朝の法座』にお招き頂き、「紙芝居法話」に行ってきたのである。
(二日間、こんな感じである)
朝の6時からの「勤行と法話」の二本柱に、毎年、会場を変えて行われる、この「酷暑の夏の行事」も、ご寺院さま方とご門徒様の(正に汗水流しながらの努力の)元に、続けられている《伝統行事》なのである・・そうだ。
(〔嫁おどし婆に変身!〕)
〔西陣織〕の賑やかな機織り機の音は、すでに時代とともに廃れてしまったそうだが、その変わりといったら何だが、〔セミ〕の声が、会場中(僕の声に対抗するかのように)鳴り響いた。
『ミ~ンミ~ン』と鳴く、セミに負けてたまるか!と、僕も『ブ~ツブ~ツ・・仏』と、賑やかにお話をさせて頂いたのであった。
三ヶ寺のご住職さま、そして勝満寺の坊守さま、ご家族さま、そしてご門徒の皆様、たいへんお世話になりました。本当に有難うございました。
セミに成り代わり、ここに暑く、いや篤く御礼申し上げます。 合掌
夏休み「寺子屋教室」への出前

本日、東大阪:「玄清寺」様の『夏休み:寺子屋教室』へ「出前紙芝居」に行って来た。
こちらには、毎年(今回で5回目)、夏休みに行かせてもらっているのだが、相変わらず『ちびっ子パワー』は凄い!
一瞬でも、こちらが気を抜くと、会場が騒音の《嵐》のようになって、収拾が就かなくなるのだ。
毎年、鳴門の渦潮の中に、巻き込まれているような感じである。(・・今年もそんな感じであった。)
また、一回やった紙芝居は、必ず(チビッ子は)覚えているので、やりづらい。(・・今回も、何年も前にやった「くもの糸」を持っていったのだが、先にラストをバラしてしまったチビッ子がいて、往生した。)
それで今回は、元気すぎるチビッ子には、「紙芝居めくり係」を命じて、手伝わせて、おとなしくさせた。(効果はあった・・)
そして最後は、こちらの御住職のリクエストに答えて、地獄めぐりの紙芝居もして、ビビらせて、ご本尊の仏さまにみんなで手を合わせて、早々と引き上げたのであった。
警告音の犯人~お参りの途中で
今日のお参り途中でのはなし・・。
或る農家のお家で〔月参り〕が終わり、車を発進させてしばらくすると、車の警告音が鳴った。
ぼくの車は、〔半ドア〕か〔シートベルト着用〕をしなかったら、この『ピーッ・ピーッ・ピーッ』警告音が鳴る。(余談だが、この『ピー』音は、だんだんと速くなり、ほっといたら『ピー・ピー』が『ピーッピーッ、ピピピピピッ・・』となって焦る。原因究明が遅れたり、解らなかったりしたら、返って精神的にストレスになって運転もあぶない。時々、誰か何とかしてくれー!と思う!)
さて、今日も道の端に、一端車をストップさせて、原因を調べたが、半ドアでもなく、自分のシートベルトもしていたので、ちょっとあせった。・・そして横をじっと見たら、犯人は先ほど貰った初物の「スイカ」だった。
ゴロンッとスイカを移動させたら、警告音は止んだ。・・スイカって、人間ほどの重量と車は認知するんやね~。勉強になりました。 今度からスイカもシートベルトをせねば・・。
今日の宿題
今日は『特養老人ホーム甍』の「講話クラブ」の日であった。
はっきり言って今日はうまくいかなかった・・と思う。
・・というのも、お一人、ただひたすらにひとり事を(中声で)喋り続けるお婆ちゃんが来られて、その方が僕が話している途中もずっと一人でしゃべり続けられ、・・なんというか、一つの部屋で、二つの大型テレビの音が鳴り続けているような状態であったのだ。
職員も(そのひとり事を)止めることができないし、クラブの途中から来られたので、僕も紙芝居を読んでいて、注意することが出来なかった。・・といってご自分のお部屋にも帰られない。ずっと喋りっぱなしだ。・・他の入所者の方も、僕の話が聞きずづらそうだし、そして(職員もお部屋に)つれて帰られもしない。
おそらく、ご自分のフロアーでも、皆から嫌がられているんやと思う。・・だから持て余され、このクラブにつれて来られたのやろう。そして、講話クラブやったら、このお婆ちゃんのお喋り癖が何とかなると、職員が思われたのかもしれない。(結果的にどうにもならんかったが。)このお婆ちゃん、誰かに自分の話をゆっくり聞いてもらいたいのやろう。・・同情はする。しかし、皆に迷惑を掛けるのはいかんこっちゃと思う。次回、この(認知症の)方が来られた時、どう対処するかが、今日の僕の宿題となった。
・・今度は、一番前の席に来てもらって、僕と面と面を合わせて、直接対話をし続けるか。・・はたまた、一番部屋の後ろの隅で、皆に迷惑をかけんように、一人しゃべり続けてもらうか。・・はたまた、僕の横に来てもらって、お客さんの方を一緒に向いてもらって一緒にクラブを進めるか。 なんか、これも学校のお喋り問題児が先生の机の横で、ずっと勉強をさせられてるみたいで良い考えとは言えんなぁ。・・が、いろいろとやってみねば、これは僕の(クラブの)小さな試練でもある。
極楽の音色
「・・(仏弟子)舎利弗(シャリホツ)よ、仏の国では、宝の並木や宝の網飾りがそよ風に揺れ、美しい音楽が流れている。
それは、百千種もの〔楽器〕が、同時に奏でられているようであり、その音色を聞くものは、誰でもおのずから仏を念じ、法を念じ、僧を念じる心を起こすのである。」 《仏説阿弥陀経より》
先日、大阪『いずみホール』にて、ショパン&シューマン生誕200年記念コンサート ~ワルシャワ・フィルコンサートマスターを迎えて~《室内楽の悦び》を拝聴させて頂いた。
この記念コンサートには、うちのお寺の檀家の〔植田延江〕先生が、ヴィオラ奏者として、ワルシャワ国立フィルハーモニーのコンサートマスター(ヴァイオリン)と協演されるという事で、(チケットを戴いて、)聞かせて頂いたという訳だ。
その演奏は、(ど素人の僕が聞いても)『凄い!』と思った。(手と指の動きが神ワザとしか(いや仏ワザ)とか思えないのだ。)
又、楽器も〔ヴァイオリンとヴィオラとピアノ〕の三種だけで、演奏する為、一つ一つの楽器の音色が「この楽器はこんな音色なのか~」と、はっきりと解って親しみやすかった。
又、演奏者同士、お互いの顔を見ながら、(楽しそうに)アイコンタクトを取って、音合わせをしている様子がはっきり解って、それも人間味があって良かった。
(・・さすが植田先生、コンサートマスターを相手に、堂々と演奏で、渡り合っておられるお姿がカッコ良かったですよ!・・又、演奏って、一人ひとりの個性(感情)が前面に出るもんなんですね。よーく解りました。個性ってある意味、恐くて大事なもんなんですね。)
・・さて、僕自身感じた事。
僕はコンサート最初の〔バッハ〕の曲を聴きながら、先の「仏説阿弥陀経」の極楽では、〔雅楽〕楽器が空中に浮いて、素晴らしい音色で自動演奏している箇所を思い出してしまった。
そして、もし、僕が極楽に往けたとしたら、願わくば(日本や中国の楽器よりも)空の上から、ヴァイオリンやヴィオラの素晴らしい音色を聞いてみたいものだと思った。
紙芝居「ある抗議書」と「恩讐の彼方に」の彼方に・・
昨夜、特養老人ホーム「白寿苑」の月例『法話会』で、新作紙芝居「ある抗議書」と「恩讐の彼方に」の《怨みと許し》をテーマにした〔菊池寛原作〕の二本立て紙芝居をしてきた。
テーマは『罪と罰』。
今回は、いつもの「昔、むか~し・・」から始まる郷愁を誘う『紙芝居』とは違って、重いテーマの話となったが、僕自身がやりたかったテーマでもあったのだ。
話が難しくなって、会場が白けないかと心配したが、昨日は『ケアハウス』のしっかりした方が多かったので、実施に踏み切った。
・・これは、死刑制度や教誨制度、〔加害者の懺悔と被害者家族の怒り〕、そして〔怨みと許し〕。そんな重いテーマが目白押しの話なので、僕自身が人生の大先輩である入所者の皆さんから、そこの所をどう感じられるかを聞いてみたかったのである。
でも、『ある抗議書』を読んでいる途中、会場にクリスチャンの方がお一人居られる事を思い出し、あせって『セリフ』を二回ほど噛んでしまった。(この話は、読みように依ったらクリスチャンを傷つけかねない話なので・・。)・・が、終ってから、恐る恐るその方に感想を聞いてみたら、「今日の話は良かったですわー。ものすごく考えさせられました。」と、言って下さったので、ほっと胸を撫で下ろしたが・・。
さてそれでは、皆さんの感想をまとめて、今日は終わりたい。
「人殺しをしたからといって、すぐに死刑はあかん。・・やっぱり反省して、長い時間掛けて(『恩讐の彼方に』の主人公のように、)罪を償って、被害者家族に謝ってから、そして死刑になるべきや。」
「お住っさん、やっぱり悪いことしたら、死刑になるという法律はあった方が良いと思いまっせ。・・歯止めになるもん。」
「人を裁くのも、裁かれるのも、どっちも嫌やわ。」・・エトセトラ、エトセトラ。
現代の「恩讐の彼方に」の彼方には、いったいどのような『罪と罰』が、待っているのであろうか?・・願わくば、罰など無い方が良い。
早からず、遅からず・・
〔月参り〕に行かせて頂いているお家で、必ず、ご一緒に『読経』して下さる一人のお婆ちゃんが居られる。
ただ、お耳が遠い。(・・50ccのバイクは自由に乗り回せるが、さすがに《90歳》のご高齢なので仕方がない。・・それって危険?!・・〔笑い〕)
まぁ、それで、今日もご一緒に『読経』させて頂いたのだが、なんせ、お聴力がお弱い為、僕の『読経』スピードに、ついて来られない。(僕もゆっくり、はっきり、お勤めしているつもりなのだが・・。)
それで、途中、ご自分が今、違う部分を読んでいる事に気づくと、スッと立ち上がって、経本を持ち僕の所まで来られ、「今、ドコの辺りでっか?」と聞かれる。
その度に中断して、「・・今、ここですよ」と答えて、『読経』は再開する。
そして僕は、お婆ちゃんの『読経スピード』に神経を集中させながら読むのだが、今度はお婆ちゃんの方が、僕を追い越したりするので、今度は僕が追いつく為に、スピードアップしたりする。
毎回このように、一回の『読経』はスリリングに進んでいく。(・・たまに、ヘトヘトになる)
『読経』をされる方は、どうか『早からず、遅からず』、ご注意ください。
気の弱い僧侶からのお願いでした。 合掌
「助けてもらいはったんですね。」と、言わんかいな
《ご仏壇》の前で、ご一緒に『読経』など、された事が無いご主人:Yさん。
今日は、どういう風の吹き回しか、(家にも居られ)一緒に手も合わされた。
そして『読経』終了後、「お住っさん、お茶でも入れてきまひょか?」と、きたので、僕は『何か、お話があるのやな?』と、思って〔探り〕を入れてみると、Yさんは「わし、この前まで〔大腸〕の手術で計三回、短い入院してましてん。・・まぁ、手術はうまい事いきましたから、今ここに居りまんのやけどな・・。」と言われた。
僕は「はぁ、そうですか。うまくいって良かったですねぇ。」と、言ったら、Yさんはブスッとして、「・・お住っさん、『はぁっ』ってなんでんのん。 そこは『はぁっ、良かったですねぇ』と違いまっしゃろ。『仏さん、先祖さんに助けてもらいはったんですね。』と言わんかいな。・・鈍いでお住っさん!」と、ボロカスに言われた。
僕はちょっと『ムカッ』と来たけど、心の中で「一理有る」と思って、「すんません」と謝った。
するとYさんは、「わし、手術中、全身麻酔してた時、夢うつつの中で、わしの葬式の夢みましてなぁ・・。夢なんで、話はあっちこっち支離滅裂でんねんけど、わしが葬式の準備の手伝いしてて、『此れ誰の葬式やねん?』と聞いたら、『何言うてんねん、お前の葬式やないけぇ。』と言われてびっくりしましたんや。・・又、色んな先祖さんが、ニコニコ笑って次から次に出て来るし、わしの墓地に一本の墓標が建っていて、『誰のやろ?』とわしが見たら、まだ名前が入ってまへんねん。・・おそらくあそこに、名前が入ってたら、わしは今ここに居りまへんなぁ。・・仏さん先祖さんに助けてもろたんや。・・これは理屈やおまへんで。わしの経験だっせ。・・これからは、健康に気をつけて感謝して生きていこと思てまんねん。」と、(タバコを一服しながら)言われた。
その〔一服のタバコ〕は気になったが、僕は今日のところは〔1敗〕してるので、注意はせずに「お身体、ご自愛を」とだけ言って帰宅した。

