(興徳寺さまの本堂)
今年のお彼岸ウィークは忙しい!
おとといは、大阪の老人ホームで「偲ぶ会」をし、昨日は、京都は西陣にある「興徳寺」さまでの、秋季彼岸会に出講させて頂いた。
「そうだ、京都へ行こう」というキャッチフレーズが、何年か前に流行ったが、その通り、観光シーズンの秋の京都は賑やかだった。
西陣には、阿倍晴明をお祭りした〔晴明神社〕があって、毎年、彼岸の〔中日〕には、盛大なお祭りが開かれ、近隣の道路に規制がかかり、車が入れなくなってしまうのだ。(《パワースポット》ブームの影響もあるらしい・・)
そのため、晴明神社のすぐ近くにある、こちらの興徳寺さまは、まともに影響を受けてしまうのだ。
お参りの方も車で来れないし・・、太鼓や鉦は賑やかだし、そら、色々な影響をお寺は受けてしまうらしい。
僕も、その事を聞いていたので、早めには行かせていただいたが、やっぱりその影響を受け、周辺をぐるぐる回った。(でも、西陣の町中を探険できて、それも楽しかったが・・)
(新作「地獄の話」を初披露)
まあ、それでも、法要には間に合って、(僕のへたな話は於いといて)何もかもスムーズに行ったと思う。
「やっぱり、秋の京都はええなぁ~」と思いながら、まだ、大阪での仕事が残っていた為、急いで京都を後にしたのだった。
興徳寺のご住職さま、坊守さま、そして、檀家のお手伝いの皆様、いろいろとお世話になりありがとうございました。
陰陽師パワーならぬ、ブッタパワーを頂きました。感謝 合掌
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京都西陣:「興徳寺」さまの彼岸法要
外国人留学生への「紙芝居」~京町屋旅館への出前
(京町屋旅館さくら)
昨日の夜、京都市下京区にある〔京町屋旅館さくら〕さんへ、「紙芝居法話」に行って来た。
こちらへは初めての「出前」で、僕のホームページを見て、《月のウサギの紙芝居と法話》をして欲しいというご依頼であった。
・・ただ、少々冒険であったのは、旅館自体も、初めてのイベントらしく、短期滞在留学生や、一般の外国人旅行者の宿泊が多いこの旅館内で、《お月見イベント》をやってみようということで、「月見うどん」の試食や、みんなで作る「月見だんご」などの体験コーナーも取り入れられ、要所々に工夫が凝らされ、ご苦労を感じた。
(月見うどん&月見だんごの試食)
さて、イベント内容であるが、「お月見」といったら、日本では〔尺八〕であろうと、若手ミュージシャンの「吉田公一」氏の(サックスのように吹き鳴らす)尺八生演奏パフォーマンスが初めにあって、僕も聞き惚れてしまった。
又、職員の方による沖縄楽器、サンシンの演奏もあった。
(吉田公一氏の尺八演奏)
そして、最後が僕のコーナー。
旅館の館主さんから、「留学生さんたちの日本語理解力は、かなりのものなので、安心して日本語でやって下さい。・・ただ、ゆっくりと、又、難しい日本語は英語に訳して頂けたら有り難いです」と言われたので、僕は極力、そこのところは気をつけた・・つもりだ。
「・・昔むかし、つまり、ア・ロングロング・タイム・ア・ゴー、やね。」というスタイルで初め、最後は、「・・ウサギ、リトルラビットは、ブッダに、輪廻転生、つまり、リー・インカネーションしましたさ。めでたし、めでたし、ハッピーハッピー・・」と、まとめ、無事に拍手喝采の中、終了することができた。皆さん、ストーリーは、どうにかこうにか、理解してくれたみたい・・。(〔ルー大柴〕の気持ちが、少しは解りました〔笑い〕)
・・ほんま、これまでも、色んな所で色んな事、演ってきたけど、今回も汗かいたわ~。・・まぁ~、面白かったからエエとしよか!合掌
河南町「中地区老人会」への出前

先ほど、河南町「中地区老人会」へ『お寺の出前』に行って来た。
こちらへの出前は、今回で〔3回〕目となる。
前回、前々回と、〔春〕にお話に行かせて頂いた為、「紙芝居」は〔春向き〕作品ばかりだったのだが、・・今回は初めて『月の神様になったうさぎ』などの、〔秋向き〕作品を織り交ぜることが出き、(私を含め)新鮮で楽しい時間を過ごさせて頂いた。
「ずばり、今回のテーマは、『人食い山猫と!燃え上がるうさぎと!ストーカー大ヘビ女と!・・そして、仏さま』です。」と、最初に言って面狂わせ、驚かせ、お昼を食べられ半分眠りかけのお方たちのお目を覚まさせて頂きました。
ここで一句、『中地区の 昼寝を覚ます 紙芝居、たった一声で 驚き眠れず』
・・起こしてしもて、すんませんでした。合掌
今年の「紙芝居創作合宿」
今年で〔9回〕目となる「観念寺:紙芝居創作合宿」が、今年も9月11・12日の二日間に渡って、自坊で開催した。
今年の作品は、枚方のドクター南ホスピス医師が、『死にゆく喜び』を云う作品を、わずか二日間で完成された。(あいかわらず、僕は作るのが遅く、例の『地獄のはなし』・『極楽のはなし』は、まだ完成さすことが出来なかった・・。トホホホ)
さて、このドクター南師の作品であるが、奇想天外な内容の作品で、ちょっとだけその内容を述べると・・、
一羽の〔モンシロ蝶〕の《シロ子》ちゃんが、仲間の蝶《モン太》君と不倫の恋をして、卵を内緒で生むのだが、途中に蜘蛛の巣に引っ掛かって、大怪我をしてしまい、それが元で死んでしまう。・・が、生前《モン太》君が、たいへん尊敬する《日蓮大聖人》が、《太陽》となって現れ、あの世からお迎えに来て下さり、《シロ子》ちゃんは思わず、「ナムミョウホウレンゲキョウ!」と称え、天国へ無事に到着し、虫ゆえに、一度も顔を逢わせた事のなかった亡き両親に対面でき、幸せに過ごす事ができた、・・というお話である。
・・さて、ナムアミダブツの僕のお寺の中で、ナムミョウホウレンゲキョウの日蓮さまがお救いになる!、そんな『紙芝居』を作ろうという、その神経そのものが、不思議でオモロイのだが(僕もその画像に協力したが・・〔笑い〕)それには理由がある。
在宅ホスピス医:ドクター南は、今、『日蓮宗』のお寺の住職をご子息に持つ、末期がん患者の一人のお婆さんの担当医をしている。
週に二回、南師が往診に行く中、毎回必ず、(南師は)往診前に御仏壇に向かって、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と大きな声で称えるらしい。(ちなみに、南師の家は、代々《浄土真宗》で、寺の総代もやっておられた。〔笑い〕)すると、その末期の母親は(痛みの中でも)たいへん喜ばれるらしい。
心から、そのご母堂は《日蓮》様を尊敬されて、死後、日蓮様に逢う事だけが、今の楽しみらしいのだ。
ドクター南師は、この「紙芝居」を次回、往診の時に持って行って、枕元で演じたいとおっしゃっておられた。
きっと、そのガン末期のご母堂さんは、その作品を見て、自分の人生と重ね合せながら、『死にゆく喜び』を感じられるに違いないであろう・・。
救急車の音(サイレン)聞こえず・・・
今年の夏は暑かった。(まだ、残暑〔超〕厳しいが・・)
しかし、お年寄りは〔クーラー〕の人工的な涼しさを嫌う方が多い。
特に田舎では、夏でも涼しい〔山の風〕がたまに吹く為、朝から窓を開けっ放しにして、うちわで涼を取っておられる方が多い。
これは、この前あったそれを代表する〔一人のお婆さん〕のお話。
僕は、そこのお家の〔御仏壇〕で、「汗水流せ~、涙を拭くな~」と〔星飛雄馬〕のような気持ちで、つゆだく、いや〔汗だく〕の読経をしていた。
そして、読経が終ったとたん、後ろで座って居られたお婆さんが一言。
「院主さん、裏の畑のお爺さんを呼んでもらえまへんか~。暑さで目まいがしますねん。救急車を呼んでもらおうかと思て・・」とおっしゃる。
びっくりした僕は、「すぐ呼んで来ますけど、〔救急車〕より僕の車の方が病院まで速いですよ!・・僕の車で行きましょう!」と言ったが、返事が無いので、横になってもらって、すぐにご主人を呼びに走った。
そして、驚いたご主人はすぐに帰って来られて、「お前、大丈夫か? 救急車呼ぼうか?」と言われたが、ご主人の顔を見られたら、ちょっと落ち着かれたのか、「やっぱり、まだええわ。・・ちょっと寝るわ」と言われて休まれた。
何か、僕に出きる事はないかとアタフタとしていたら、ご主人が、「院主さん、大丈夫ですわ。・・ちゃんと目を開いて、しゃべってたし・・。扇風機の風当てたら、顔色良くなってきましたわ。・・もうちょっと様子見て、あかんかったら救急車呼びます」と云われた。
それ以上、介入できないので、僕は「今日は、この周辺をずっとお参りして回ってますので、車が必要でしたら、すぐに僕の〔携帯〕に電話して下さいや。」と言って、その家を離れた。
その後、他の家でお参りしながら、常に耳をすませていたが、結局、救急車のサイレンは聞こえなかったので、僕はお寺に帰ることにした。
そして再び、今日、そこのお家にお参りに行ったら、お婆ちゃんが出てこられて、「院主さん、この前はありがとうございました。 あの後ちょっと休んでから、結局、病院まで行きましてん。そして、精密検査してもらったんやけど、どっこも悪いトコありませんでしたわ。 脳のトンネル検査(MRI検査の事か?)もしてもらったけど、大丈夫でした。きっと暑さのせいですわ。ご心配お掛けしてすみませんでした。」と言われ、そこのお家で取れた〔いちぢく〕のパックを山盛り下さった。
僕は「良かったですねー!」と思わず拍手した。
その〔拍手〕の中身は、扇風機を仏壇横にセットする事に、ようやく気づいて下さった事も入っていた。
「地獄のはなし」と「極楽のはなし」

今、「地獄のはなし」、「極楽のはなし」という、二本の「紙芝居」を同時に作っている。
「地獄のはなし」は、『よみがえり草紙』という古い本をヒントに、根性悪のお爺さんが、地獄世界を旅する話にして、最後は心を入れ換え、正しく生きようと決意し、甦って終わりにし・・、
「極楽のはなし」は、菊池寛氏の『極楽』という短編をヒントに、功徳を積んできた老夫婦が往生し、極楽世界に往く。しかし、そこでは猛烈に平和で退屈な世界が待っていた。そこで、地獄の世界を二人は想像しながら、退屈を紛らわすという話にしている。
なぜ、『地獄』と『極楽』のような両極端な世界の話を、同時に作っているかというと、
結論から言わせてもらうと、『地獄と極楽の《対極的》な世界を鮮明に表すことによって、どちらの世界も、変わりすぎていて、そう違いは無いかもしれない。・・だから、今、住んでいる世界が《まとも》で、大事しなければならない。 地獄・極楽世界にこだわるな!』という方向にもって行きたい為なのだ。
その為に、自分でも、今、地獄を書いているのか、極楽を書いているのか、解らなくなるような、あいまいな気持ちで、作りたいと思い、二本同時に作っているのだ。
今製作する中、多少、生活する中でも、僕の頭の配線が、『ここは、地獄か、極楽か?』といったように、こんがらがっては来ている。
ちょっと危ない状態ながら、(頭の配線がショートせぬ内、)秋までには、この二本を完成させたいと思っている! こう、ご期待。 合掌
I家、最後の「地蔵盆」と、「紙芝居法話」
うちの檀家さんに、Iさんという方が居られ、そのお家の前に、小さな〔お地蔵さん〕が一体建っている。
僕は毎年、〔地蔵盆〕の頃には、そのお地蔵さんにお参りをさせて頂いているのだが、昨日は、その〔地蔵盆法要〕最後の特別な日になった。
実はこの〔お地蔵さん〕、今から50年前に、Iさんのご子息さんが、ご自宅前で〔交通事故〕で亡くなられ、それを機縁に、ご主人が作られ祀られたものなのである。
その〔お地蔵さん〕も、今年で50年、50歳、50回忌。・・人間でいえば、お祀りの切上げの年に当たる。
ご主人、奥さんがおっしゃるのに、
「自分たちも歳を取りました。これから子や孫たちに、引き続いて、この〔お地蔵さん〕を守っていってもらうのも大変やろうと思い、今年の「地蔵盆」を最後に、自分たちの先祖のお墓の横に、移ってもらおうか思っているんですわ・・。」と、言われたのだ。
そして、「院主さん、今年で最後やから、近所の子供たちや、その親御さんに声を掛けますんで、そこで一席、例の「紙芝居法話」をしてもらえんやろか?賑やかに〔閉めの会〕をしたいんで」と続けられた。
「寂しいですが、喜んで・・。」と僕は引き受け、当日に至った。
そして、「20名ぐらい、集まってくれたら嬉しいのやけど・・」と、おっしゃっていたのに、蓋を開けたら、老若男女、子供たち、30名以上も、集まってくださり、皆で〔お地蔵さん〕にお参りをして、その後、Iさん宅に場所を移して、「紙芝居」をさせて頂いた。
家中、人でごったがやして、とても賑やかな「紙芝居法話会」になったが、ご主人も奥さんも、「こんなに集まってくださると思わんかった!」と、涙ぐんでたいへん喜んでおられた。
僕も終ってからご主人に、「きっと、亡くなられた子供さんが、皆を集めてくださったんでよね。だって、もうお地蔵さんに変身して、皆を守って下さっているんですから」と言ったら、ご主人は下を向いて、しきりに「うん、うん」と頷いておられたのであった。
お盆マイリー ダブル(W)
(白寿苑 盂蘭盆法要の様子)
世間では、〔お盆〕の時期は、もう過ぎた様であるが、僕の〔お盆マイリー〕は、まだ続いている・・。
しかも、昨日は〔ダブル〕であった。
それは、僕の毎月、行っている『老人ホーム 白寿苑』で、亡くなられた方を〔年一回〕偲ぶ『お盆法要』と、月例『法話会』を、続けて行うからである。(これは、結構キツイ。野球でいえば、ダブルヘッダーみたいなモノだから・・)
(法要後半の歌で偲ぶコーナー)
今年で〔14回目〕となる(苑で亡くなられた方のご家族さんをお迎えしての)『特養 白寿苑』での「お盆法要」は、3年前から趣向を少し変え・・、
前半は、亡くなられた方のお名前を拝読して「読経」をし、「法話」をし、(今年度は27名の方を偲んだ)
後半は、職員による(ギターとバイオリンの)生演奏で「歌で偲ぶ」コーナーを設け、皆で仏壇を前に、「涙そうそう」と「千の風にのって」を歌って、亡き方々を偲んだ。
その〔お盆法要〕が終ってから、苑内の皆さんは〔約1時間程〕休憩。
・・が、僕はその間、「白寿苑」専用の『過去帳』に、「新仏さん」達のお名前を書く為、休憩はない。 過酷やなぁ~と、毎年思うが、好きでやってることなんでしかたがない。
(紙芝居法話会の様子)
そして、引き続いて「紙芝居法話会」を行った。
さすが、少々この月は、へばるので、昨日は、30分程で「法話会」は、終らせて頂いた。
・・さて、いつまで続くか、このダブルの「お盆法要」と「法話会」!
願わくば、「仮面ライダー」シリーズのような、長寿番組みたいに、これからもずっと続けていければと思う。
(余談になるが、昨日、苑内のおばあちゃんのお一人が、僕にボソッと言われた。「こんなエエ、施設に入れてもらえて私は、幸せもんです。供養までしてもらえるんですから・・」と。
自分たちが亡くなっても、(忘れられず)、皆に(このように)偲んでもらえるというのは、(生きていく上で)とてつもなく大きな《安心感》をもたらすものらしい・・。『儀式』の意味合いは、ここにあるのかもしれん!)
・・が、僕も年々、歳を取っている為、だんだんと体力がついてこんようになっている。
『変人僧侶』と云われた僕も、歳には勝てん。
・・だれか、《中年マイラー》の僕に変わって、この法要を引き継いでくれる、若き「マイラー2号」や「V3」のような、ヘン人僧侶たち、はやく現れてくれ~!
求む、「変身!」じゃなくて、「変人!」
河南荘:〔地蔵盆〕 in 2010

今日、今年で〔13回目〕となる〔軽費老人ホーム河南荘〕の『地蔵盆法要』に行って来た。
こちらの施設は、今年度から《トップ》が変わり、まだ30代半ばのフレッシュな方に、新《荘長(トップ)》のバトンが移っていた。
それでか、施設内は、いつになく華やいでいたような感じがした。(ひょっとしたら、僕自身が勝手にテンションを上げて華やいでいたのかもしれない。・・お盆疲れの顔がバレんように・・)
さて、僕自身のこちらでの役目は、何も変わってない。
例年のように、自分で司会進行をして、読経して、皆さんにお焼香をしてもらい、それらが終ってから、
いつものように『紙芝居法話』をして、『地蔵盆』を終えた。
さすが、13年目となると、僕がどんな話をするか、ご存知の方も多く、「ここは、笑うトコですよ~。」と言わずとも、笑って下さるので、こちらもやり易かった。
まぁ、そんな感じで、今年も無事に「地蔵盆」が終わったのである。
それでは「河南荘」の皆様、又、来年お会いしましょう!
それまで、お元気で! 合掌
太子・光福寺様の〔お盆法要〕
(太子町 光福寺様)
過酷な『お盆読経参り』の日々と、お盆『出前法話』の旅が、ようやく昨日で終わりました。
・・その最後を飾ったのが、太子町にある〔光福寺〕様の『お盆法要』でした。
今年で〔9回目〕となった、津田(ツダ)ご住職の光福寺様の夏の「紙芝居法話」。
その模様を『森のくまさん』の替え歌でどうぞ・・。又、よろしければ、ご一緒にハモって頂ければ幸いです。 合掌
ある~日(ある~日)、寺の中(寺の中)、
津田さんに(津田さんに)、告げられた(今年もか)
今年も『盆法要』~、「紙芝居」やってくれ~
津田さんの~(住職の~)、言うことにゃ(言うことにゃ)
法要は(読経は)、長くなる(長くなる)、
時間はずれ込むが~、後はお任せだぜ~。
会場の~(本堂の~)、前列は~(前の席~)、
子供たち(幼子が)、陣取ってる(くつろいどる)
今日はデカ「紙芝居」~、ちょいとビビらせたる~
泣く子たち~(そんな子も~)、ちらほらと(気に掛かる)、
お母さん(父さんに)、張り付いた(恐かったか~?)
すたこら、さっさのさ~、僕は引きあげだぜ~
(もう、来年は無いやろなぁ~・・? 合掌)

