昨日、カナン・デイサービスへ、『出前法話』に行った時の話。
デイサービスの皆さんに、昨日は、紙芝居『地獄のはなし』をした。
こちらは、お寺の近くの施設なので、当然檀家(信徒)の方もおられる。
しかも、一番前に、何人か陣どって座っておられた。
僕は、『地獄紙芝居』をしながら、途中で気づいた。
・・この紙芝居には、子供たちが親より先に死んだ罪(僕は自殺にしたが)により、地獄でいじめられる場面があり、
・・それは、前に座っておられるSさんという女性に(病死で子供さんを亡くされたのであるが、)該当してしまう。
それで、紙芝居を見ることによって『気持ちを傷つけないか?』と思ったのである。
しかし、もう始めてしまったので、止めることはできず、なんとか話の本筋を変えなければと思った。
そこで、その場面には、ト書きにない説明(セリフ)を急遽アドリブで入れ(皆、助かる事にして、)話を(無理やり)進めた。
そして、話が終った後も、なぜ、『子供地獄が、作られたのでしょうか?』という話も、おまけとして少し付け加え、皆と話しあった。
まぁ、紙芝居の話の筋は、多少おかしくなってしまったが、そんな事はかまわない。
Sさんのほっとした顔が見れたので・・。これで良いのだ!
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「あっ、しまった!」と思った出前
幻覚に悩む奥さんの話の続き
それは突然の電話であった。
今日、お葬式から帰って来たら、(先日書いた、)〔認知症〕になった奥さんの家族さんから、電話があった。
「今、外から、お寺に電話を掛けてますねん。
院主さん、助けてほしいんですわ。・・やっぱりうちの母親おかしくて、『ずっと家の中に観音様が居てはる。お地蔵さまも来てはる。・・私をあの世から向かえに来たんや。うちは死ぬんや!』と言って騒いでまして、私等が『それは幻覚や』と言っても、聞きませんねん。
・・院主さんの口から『大丈夫や』と言ってもらえませんか?そしたら、落ち着くと思いますねん」と言われた。
僕がOKしたら、しばらくして家から電話があり、奥さんに電話を代わってもらった。
僕は『大丈夫ですよ。・・観音さまは、あの世からは向かえに来られませんよ。それは、奥さんを守ってはるんですよ』と言うと、「あら、うれしいー。そうでしたんか。よかったわー」と言って安心されて、受話器を置かれた。
しかし、電話を切っても僕はホッとできなかった。
これは一時のものである。・・しばらくすると、又、同じことが繰り返されると思う。
〔認知症の資料〕は、家族さんに手渡してきたが、やはりそれだけでは不十分だ。
僕は素人である。できる事に限界があるし、危険もある。
やはり、専門の医療機関にお任せするしかない。
こんど、知り合いのケアマネージャーに、こんな時、どうすれば良いのかと聞いてみよう。
みんな泣いた話
今日の〔法事〕の席でのこと。
読経と読経の合間の休憩時間に、ご主人がしみじみとおっしゃった。
「今日は父親の〔法事〕ですけど、先に亡くなった母親と弟の事を思い出してしまいました」と。
「なぜですか?」と、僕が聞くと、ご主人は「今から60年ほど前のはなしです。」と続けられ・・。
「私には、23歳で病気で亡くなった弟がおりまして・・。はい、もともと体は弱かったんです。
その弟が小学校2年の時です。歯が痛いと言いまして、歯医者に行っても直りません。それで、大きな病院で診てもらうと、歯茎の中が腐ってたみたいで、結局、三度、大手術することになりました。今みたいに、よく効く麻酔が無くて、弟にとっては病院に行くのが苦痛で、その日になると、外の竹藪の中に逃げよるんです。
母親は、当時小学校5年の私に、そんな弟を『摑まえて来い』と言うので、私は可哀想やけど、摑まえると弟が『いやや!』と泣き叫ぶんです。 私もつらいから、一緒に泣きながら母親の所につれて行くと、母親も泣いてて、私等二人を『ギュっ』と抱きしめてくれたんです。・・そして皆で泣きながら、バスに乗って病院に行きました。
貧乏やったから、父親も治療費を工面するのに、頭を下げ回って借金して、夜に泣いてました。・・そう、みんな泣いてばっかりでした。・・こんな(ひ孫が居る)年寄りになった今も、はっきりと、その時の事を覚えてますねん。母親の感触も。不思議なもんでんなぁ・・」と目に涙を一杯ためて、おっしゃられた。それを隣で聞いていた奥さんも泣いておられた。・・又、その姿を見た僕も貰い泣きをしてしまった。 そう、今日は読経中にみんなで泣いていたのです。
・・みんな泣いた話でした。
幻覚に悩む奥さんの話
《認知症》にも、さまざまな種類がある。
大きく分けて『アルツハイマー型』と『脳血管性』の二つと言われている。(昔、特養老人施設で教えてもらった。)
・・が、これはひょっとすると、『レビー小体病(幻視や妄想が出る病気)』と呼ばれる(近年、注目されている)認知障害かもしれない、・・と思った今日の話。
今朝、或る檀家さん宅へお参りに行ったら、ご主人が出てこられて、「妻(74~5歳)はまだ寝てますが、拝んでください」と言われた。
僕は『おかしいなぁ~、いつもはキチッとされている奥さんが・・。風邪でもひかれたかな』と思いながら、お参りをさせて頂いた。
そして、帰ろうとしたら、ご主人が「院主さん、最近、妻が〔幻覚〕を見るようになって、困ってますねん。・・昼夜も逆転してしもて、夜中ずっと起きてるんで、私がまいってます。仏壇の上に誰か居るとか、ずっと狸がいててうるさいとか・・。動作も遅いし物忘れもひどくなって・・。」と、深刻な顔で話された。
僕は素人なので、ハッキリした事は解らないが、『それって、〔レビー小体病〕という認知症の初期症状やん』と、とっさに思った。(この疾患は、早期の正確な診断で治療効果が出ると云われている)
僕はご主人に、「すぐに専門のお医者さんに掛かった方が良いですよ。ボケてきましたでは、手遅れになりますよ。又、今のままではご主人が倒れてしまいますよ。介護サービスを利用した方が良いですよ」とも言った。
「はい、そうしますわ。・・でもうちの家内はプライドが高いので、診てもらうの嫌がりますやろなぁ・・」と、ご主人は言われた。
僕は、早めに《認知症》のガイドブックをコピーして、持っていってあげようと思ったのであった。 待っててや!
鏡の中の私
京都の寺院へ、〔夜間特別拝観〕に行った時の(ちっちゃな)エピソード。
僕と妻は、早い晩御飯を食べておこうと、京都駅前に新しく出来た《イオンモール》に入った。
そこでまず、僕はトイレに入った。
手を洗って、出入り口から出ようとすると、僕と同じような姿形をした人間が入って来る。
僕が右に除けようとすると、相手も右に動き、左に除けようとすると相手も左に。
「あぁ、すみません・・。」と謝ると、向こうも謝る。
よく見ると、(出入り口横に作られた)等身大のピカピカに磨かれた鏡であった。
道理で同じように動くはずや。
僕は、おかしさと共に、突然恥ずかしくなって、誰も見ていなかったかと回りを見渡したが、・・運よく誰もいなかった。
絶対、誰かいてたら笑ったはずや!
トイレを出てから、何か猛烈におかしくなって、一人笑っていたら、妻から「何があったか?」と尋ねられ、今起こったことを話した。
妻は、「信じられんことするな~。ちゃんと前を見て歩きや」と、僕を叱った。
そして、「それ、他人に見られてたら、絶対《ブログ》ネタやわ!」と、ぬかしおったので、僕は今日、先に発表してやったわい!・・あぁ、むなしい。(笑い)
「永観(えいかん)、遅し!」・・夫、騒がし、妻、恐し
〔みかえり阿弥陀〕のちらし
今年も、京都へ『夜間寺院拝観』に行ってきた。
今年は、大泥棒:石川五右衛門が、登って「絶景かな!絶景かな!」と叫んだといわれる『南禅寺』と、もみじの名刹『永観堂』へお参りさせて頂いた。
『永観堂』のもみじは、まだ全部が真っ赤にはなっていなかったが、僕は《もみじ》より、闇夜にライトアップされる《みかえり阿弥陀》像が、見たかったのだ。
この《阿弥陀》像は、名前の通り、首が横を向いておられて、真横からも拝むこともできる。
こんな伝説がある。
はじまり、はじまり~(紙芝居と違うっちゅうねん!)
昔、永観(えいかん:〔ようかん〕)という、修行僧がいた。
永観は、真夜中、本堂内を「念仏」を称えて回り続ける『行道』という修行をしていた。
或る晩、行道中の永観は、自分の前を歩かれる一人の僧の姿に気づく。
よく見ると、阿弥陀仏像が、自分を先導しておられたのだ。
驚き、立ち止まった永観に、阿弥陀仏は振り向き、こう言われたという、「永観、遅し!」。
そのお姿が、忘れられなかった永観は、実際にその時のお姿に真似た阿弥陀仏像を作られ、祀られたという。(あくまでも伝説)
〔永観堂〕たくさんの参拝者だった
それを実際、雰囲気の出る夜分に見たかったのだ。
僕は少し興奮していた。
「永観遅し・・」「永観遅し・・」「永観遅し・・」「永観遅し、見たい」と、ブツブツ一人事を言い続けて並んでいたため、「お父さん、うるさい!」と、阿弥陀仏像のように妻は振り向き、「恥ずかしい!」と睨まれてしまった。
この時の妻の顔をいつか絵にして、「父さん、恥ずかし!」という紙芝居を作ってやろう! いつか・・。
常念寺さまの報恩講 ~草履が無い~
(富田林:常念寺さま)
昨日、富田林市にある〔常念寺〕様の「報恩講」法要があり、「紙芝居法話」に行かせて頂いた。
その帰りのこと。
玄関に行ったら、僕の雨用「草履」が無い。
大きな法要には、たくさんの僧侶方が参集される。
おそらく、誰かが間違えて、僕の草履を履いて帰ってしまったのだろう。
そこには、誰かの違う僧侶用「草履」がポツンと揃えてあった。
僧侶の草履は、皆同じ形をしていて、本当にわかりづらい。
だから、僕の草履には、みやもとの《み》と、鼻緒にマジックで書いてある。
だから、今まで間違えはほとんど起らなかったのだが・・。
お寺の檀家さんも探して下さったが、やっぱり解らなかった。
それで、結局、残った草履を履いて帰ってきた次第である。
違う人の「履物」で帰って来るというのは、どこかぎこちないものだ・・。
僕の雨用「草履」、いずこへ!?
「阪神高速:松原線、通れません!」
毎月定例の「特養老人ホーム白寿苑」へ、『法話会』に行く時は、僕は(たいてい)高速道路を使って行っている。
それは、夕方の大阪市内の道路渋滞を避けるためである。(・・そう、『法話会』は夜にやっているので。毎度、夕方からお寺を出発するのです。)
しかし、昨日はそれでも遅刻した。
それは、阪神高速:松原線が、全面改修工事の為、閉鎖されてた事に気がつかなかった為である。
すでに(阪和自動車道)という違う〔高速道路〕に入っていた僕は、途中からいつものように(阪神高速)に分岐して入ろうと思っていたのだが、閉鎖の為、急遽、別の(近畿自動車道)に入り、途中で降りて一般道から向かおうと思った。
・・だが、これが又失敗で、大渋滞の為、その高速を途中で降りる事もできず、結局あっちゃこっちゃ回り、ほぼ、大阪市内を半周して、二時間半掛けてようやく目的地に着くことができた。(新幹線やったら、東京まで行けるやんけ!)
もちろん、途中で「白寿苑」には、電話を入れて遅刻しそうな旨を伝えたが、やっぱり30分間の法話会に対して、(20分ほど)遅刻してしまった。
「白寿苑」に着いたら、職員さんから「・・あぁ、そういえば、松原線閉鎖のことは、テレビで宣伝してましたねぇ」と云われた。
『わかってるんやったら、一本電話くれよ~』と(心の中で、)僕は訴えながら、法話会の準備を始めた。
そして、会も無事に終ってから、お寺に帰り、今日の事を妻に話したら、「・・あぁ、そういえば、松原線閉鎖のことは、新聞に書いてありましたねぇ」と言いよった。
今度は口に出して、「わかってたんやったら、出発前に言ってくれよ~」と、僕は言った。
妻は「あぁ、今度からそうします」とだけ、言いよった。
・・まぁ、気がつかんかった僕がアホでした。(紙芝居を作るのに夢中になっている時は、テレビも新聞も上の空なのです。)
又、人は自分に直接関係ないことには、無感心なもんなんやと改めて思ったのだった。
『羽曳野市白鳥校区福祉委員会』への出前、長いなこの題名の巻
(白鳥〔ハクチョウ〕会館)
大阪府羽曳野(はびきの)市に〔白鳥陵〕という古墳がある。
そこが、日本史の英雄〔ヤマトタケル〕が死後、白鳥に変身して降り立った場(お墓)と云われている。
そのすぐ側にあるのが、今日の出前場所〔白鳥会館〕である。
この会館は、英雄の故郷にふさわしく、ひとりの町民の遺産・寄付によって建ったらしい。凄い!
(司会:藤澤元子様)
さて、こちらへは今回が〔二度目〕の出前で、町の高齢者の方、対象の(お食事付き)講演会である。
僕もそのお食事のお相伴に預かったが、結構デラックスなお弁当で、お腹が一杯になった。(食事の後の講演会だったので、みんな眠らないかと、ちょっと心配でもあった・・。又、僕も頭が眠らないかと、それもちょっと心配であった。まぁ、眠って居られた方は二名ほどであった。僕の見る限り・・。)
さてさて、この会の司会は、前回に引き続き、地元の町民〔藤澤元子(写真)〕さまがして下さった。(やる前から、めちゃめちゃ誉めはるので、恐縮した・・。ホンマ、恐れ、縮まった。眠ってられへん・・)
(僕)
そんなこんなで、緊張感もあり、三本『紙芝居』を持って行ったのだが、自己紹介に尾ひれ羽ひれが付き、気がついたら、全体の半分近くの時間を費やしおしゃべりしてしまった。
その後、おトイレに行かれた方を待ってる間、『健口(こう)体操』などして時間を使っていたら、益々時間が無くなり、結局『紙芝居』をしたのが、残り10分ほどになってからだった。
時間配分のできない人間で、すんません。
(さて、皆さん)
でも、司会者の方や、他の皆さんからも、「今日の話はおもしろかった~。又、次回もお願いします。今回出来なかった紙芝居の分も含めて」と、言ってもらえて苦笑いしながらもホッとした。
羽曳野市福祉委員の皆様、拙い話で失礼しました。合掌
毎年恒例!今年の『報恩講』のハプニング
昨日、自坊「観念寺」の『報恩講法要』が、無事に終った。
毎年のことだが、この法要が終ったら、一ぺんに緊張感が解ける。(今はもう、へにゃへにゃ状態である)
この法要は、準備からまず大変で、まず『準備委員等』で〔会議〕をし、役割分担(受付や買い物係)を決め、その後、一週間のち皆で〔大掃除〕。(今年も晴れてくれて助かった!窓と庭と仏具がピカピカになった。)
そして、前日のお供物(御餅や果物)のお供え。(又、今年は、この日に大きな『お葬式』が入り、又、近隣寺院の「報恩講」への出勤もあり、頭と体がパニクッた。・・チオビタ二本飲んだで!)
そして、ようやく当日を向かえ、午前中に〔幕張〕をして、買い物等の支払いを済ませ、午後からの本番を迎える。(・・書いててもしんどいわ。〔笑い〕)
法要前は、どどどっと、どっどっどっと(注意:ここは宮沢賢治風に読む所)、一辺に一緒にお勤めして下さる近隣寺院の御住職方が来られる。
そして、赤飯をお供えし、お線香と赤ロウソクに火を入れて、ようやく《昼の部》の『法要』が始まるのだ。
・・さて、毎年恒例の今年のハプニング〔大騒ぎ〕であるが、僕が和ロウソクに火を付けて、法衣に着替えようと一度部屋に戻った所、その頃、本堂では和ロウソクの炎が、異常に燃え上がっていたようで、「院主さん、たいへんや、ロウソクの炎が異常に燃え上がっとる!仏花に火がつきそうや!火事になるで!」と、檀家さんが飛び込んで来られた。
「そいつわぁ、えらいこっちゃ!行くぜ、ハチ公!・・ガッテンでい、親分!」と、独り芝居をしながら、穿きかけのハカマを又ぬいで、本堂に飛んでゆき、無事、炎を消し止め、新しいロウソクに代えた。(もうちょっとで、火災報知機が鳴るとこやったで!)
・・まぁ、そんなこんなで、色々あったが、賑やかに今年もお勤めができ、たくさんの参拝者の方がお参り下さって、うれしかった。・・後は早く来い来い、お正月!(もう、しんどいわ!)
めでたし、めでたし。合掌

