住職のつぼやき[管理用]

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年忘れ、笑わして貰いました会話

 今年最後に笑わして貰った〔檀家〕さんとの会話をどうぞ・・。

 お参りが済んで、帰り際の玄関先での会話。
 僕「それでは、〇〇さん、来年もどうぞよろしく。良いお年を。」
 (忙しく少し慌て気味の檀家さん)「ああ、ごていねいに・・、住職さんも、来年こそは、良いお年を。」
 「来年こそは、来年こそは、来年こそは・・。今年の僕って、どんなんやったの・・?(笑い)」
 これって、「住職さんの方こそ、来年も、良いお年を。」と、言おうとして短くしすぎたんやね。
 本人も言った後で、そこに気づき、頭を掻いて謝られました。
 そして二人で大笑いしました。
 皆さんも、言葉の省略系には、くれぐれも気をつけましょう。

 それでは、来年も又、良い(落とし〔オチ〕)を。いや、御年を 合掌
 
 
 
 
 

今年の「出前」を振り返る・・(生・老・病・死の現場への出前)

 今年も後わずか・・。
 今回は、今年の「出前」を〔生・老・病・死〕に分けて、(大ざっぱに)振り返ってみたい。
 まずは〔老〕。老人ホームや、地域の「お年寄りの会」への出前。
ファイル 619-1.jpg(『ゆうせいデイサービス』への法話)
 まず、毎月定例の「老人ホーム」への『出前法話』は、現在三箇所あり、これは今年も変わることがなかった。
 ただ、施設内での『風邪』の流行のよる『会』の中止などは、度々あった。
 又、こちらの「お葬式」などの都合による日時の変更や中止も、度々あった。(これは、しょうがないなぁ・・)
 又、年に一回ないし、半年に一回の「特養老人ホーム」、「軽費老人ホーム(ケアハウス)」、「有料老人ホーム」、「グループホーム」などへの『出前法話』も、あいかわらず多かった。
 そして〔病〕は、これも年一回の看護師さん主催の「病院内イベント」へ、依頼を受けて参加した。
ファイル 619-2.jpg(『豊川病院』での法話)
 次に〔生〕。元気盛んな小学生たちへの「イベント法話(造語)」や、夏休み寺子屋教室への「紙芝居法話」。
ファイル 619-3.jpg(寺子屋教室の子供たち)
 そして例年の如く、「ライブハウス」で若者達に向けての『出前法話』を、DJブースから発信した。
 そうそう、社員研修と称し、「会社組織」へも紙芝居を持って出前させて頂いたなぁ。
 又、変わったところでは、京都の『旅館』から、外国人観光客や留学生に向けての「紙芝居法話」の依頼があり、片言(アドリブ英語)を混ぜて「紙芝居」をした。
ファイル 619-4.jpg(京町旅館内での法話)
 又、お寺での法要にも、多々お招き頂き、拙い「紙芝居法話」を、地元や、京都や岐阜へも出前させて頂いた。
 最後に〔死〕。
ファイル 619-5.jpg(白寿苑での盂蘭盆追悼法要)
 これも現場は「老人ホーム」になるが、施設内で亡くなられた多くの方々に対し、遺族さんをお招きし、「追悼法要」や「お盆法要」、「彼岸法要」などをさせて頂いた。
 又、身寄りの無い方の「ボランティア葬(これも造語)」も、多々させて頂いた。
 そして、今年最後は、テレビ番組の取材もあって、バタバタと忙しかった。
 ・・こうして、一年振り返ってみると、今年もあっという魔、いや〔間〕だった。
 家内に先日、「お父さん(僕の事)は、イラチ(気短モノ)で、血圧が高いんやから、来年はもうちょっと、歳相応に、身体に気をつけて、落ち着いて行動して下さいよ。・・もう若くはないねんから・・。お寺の出前も、なんでもかんでも引き受けたらあきませんよ」と、しかられた。
 その通りだとは思うが・・、いろいろな場所から、呼んで頂いている内が《華》だと僕は思っている。 
 お浄土のホトケさまから「もうええよ、還っておいで」と、お呼びがあるまで、おそらく、(家内に叱られつつ)来年も走り回ることになるでしょう。まぁ、身体が動くだけやろうと思っています!よろしく。合掌

「わかっていらっしゃる・・」

ファイル 618-1.jpg

 「院主さん、年末ですねぇ。クリスマスですねぇ・・。今年もお世話になりました。これは、私からの気持ちです」と、お参りの帰り、スーパーでお勤めの檀家さんから(飲みすぎに注意と)〔ウコンドリンク〕と(クリスマスに飲んで下さいと)〔シャンパン〕を頂いた。
 仏教徒とはいえ、ちゃんと僕の欲しいモノをわかっていらっしゃる。・・ほんま、ありがたいことです。頂きます。合掌

エエ話、ワルい話・・

 「私、〔エエ話〕と〔悪い話〕の二つを、今日持って来ましてん。・・聞いてもらえますか?」と、最近、檀家さん宅へお参りの度に、(読経後、)お茶をよばれながら話している。
 『聞かなしゃあない』ような雰囲気で僕はしゃべる為、檀家さんは哀れんで聞いて下さる。
 「・・で、最初は悪い話。うちの番犬が亡くなりましてん」と、一部始終、犬が倒れてから死ぬまでの話をして、その後、
「今度は、エエ話。・・テレビ局が、先日取材に来ましてん。こんど僕、テレビに映りまんねん」と話す。
 こすい僕は、その両極端な二つの話をしながら、檀家さんの顔色の変化を見ている。
 悪い話には、「犬は人間よりも寿命が短いですからねぇ」と、悲しそうに相づちを打ち、慰めて下さり、
 良い話には「今から放送日を楽しみに待ってまっせ」と、カレンダーに〇をつけて喜んでくださる。
 ほんまに、仏教教義に関係のない、他愛もない話なのだが、このこちらから発信する小さな〔話題〕が、檀家さんと僕の距離を又一つ縮めてくれているような気がする。
 難しい話よりも、みんなが共感できるような話題(感情が揺さぶられるような話)を、これからも見つけ、発信してゆきたいと思う。

「坊サンタ」からの贈り物

ファイル 616-1.jpg(法話会は合掌から始まる)
 昨日は、今年最後の「特養老人ホーム白寿苑」での『法話会』の日。
 いつものように〔合掌〕で始まり、『紙芝居』をする。(ちなみに昨日の演目はO・ヘンリー作の「賢者の贈り物」を、無理やり日本に置き換えた紙芝居をした)
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 その後、僕は「坊さん」から「サンタ」に変身。
 名を「坊サンタ」という。(ここ、今回唯一の『笑う』トコです)
 そして、友人から頂いたプレゼント用の大きなソックスに、『百きん』で買った〔数珠〕やら〔肩たたき〕などを入れ、プレゼント。
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 これは、(毎年)一年に一回の僕から皆さんへの『歳末感謝祭』のつもりである。・・本当は、もっと良い品をプレゼントしたいのだが、予算の都合上しかたがない・・すんません。
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 「住職さん、この〔数珠〕、男モノやで。女モノに代えてぇな」とか、「住職さん、職員さんにもあげてぇな」とか言われながら、汗を掻いて配りまくった。
 でも、皆さんの子供のような嬉しそうなお顔を拝見してると、こちらの方が、とてもステキなプレゼントを頂いたような幸せな気持ちになる。
 「このプレゼントにもろた〔数珠〕持って、来月も『法話会』に参らせてもらいます。」とか言われたら、『さすがお年寄り、人をおだてんのん、うまいなぁ』と思ってしまう。
 白寿苑の皆さん、来年も又、よろしくお願い致します。アーメン、じゃなくて合掌。

「宮本酒店」、在りし日の写真

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(写真)は、在りし日の『宮本酒店』である。
 昔むかしの写真である。(30年ぐらい前か・・?)
 僕は、ここで生れ育った。
ファイル 615-2.jpg(懐かしい店内)
 先日のテレビ局の取材で、「昔の家の写真を見せて欲しい」との依頼で、母親が大事にしまっていた写真をアルバムから取り出して来てもらった。
 僕の家は、大阪市内の〔城東区中浜〕という所で、商店街の中にあり、賑やかなところであった。
 僕は長男なので、この酒屋を継ぐものだと、小さい頃から薄々思っていた。
 ・・が、今はご縁あって、南河内の寺の住職である。
 この酒屋も、今はもう閉めて無い。
 人間の運命は、ほんと解らないものである。
 テレビ放映では、カットされるかもしれないので、今回アップする事にした。

ポッキーの死

 本日、午後二時五分、番犬ポッキーが死んだ。
 十三年の命であった。
 僕ら家族が、町からこちらの〔寺〕に引っ越して来て、捨て犬ポッキーはすぐにやって来た。(慣れない田舎生活の寂しさから、息子が飼いたいと言いだしたので・・。)
 だから、こちらでの生活はずっと一緒だった。
 最後は僕が看取った。
 体が震え、そして硬直し、少し暴れて、ポッキーは死んだ。
 眼を見開き、荒い呼吸をするのは、父の臨終前の姿と同じだった。 人も犬も死にゆく姿は、とても似ていると思った。
 見ていて肩に力が入った。
 先ほど、息子と一緒にお線香を焚いて読経した。
 ダンボールに入れて、お花を一杯飾ってやった。
 しばらく、悲しみが続くだろう。
 明日、役場に持っていって、手続きし焼いてもらう。合掌

ポッキーの介護

 今週の初め、我が家の番犬〔ポッキー〕(柴犬:13歳)が、突然倒れた。
 動物病院で診てもらったら、〔肝臓ガン〕とのことで、「高齢で手術は不可能。肝臓が肥大し胃を圧迫している為、何も食べれず衰弱死するだろう」との宣告。
 点滴だけしてもらい、家に帰る。
 犬も13年一緒に居ると、家族のようであり、可哀想でたまらない。
 もうすでに、水も飲めなくなってきていてフラフラであるが、扉を開けると、なんとか外へ出ようとする。
 抱いて外へ出してやると、座り直してオシッコをする。
 〔給水シート〕を引いているので、「頑張って外でしなくて良いから、そこでオシッコをしなさい」と言っても、やはり外へ出ようとする。
 やはり、自分のテリトリーを汚したくない本能が働くのだろう。
 手のひらに、蜂蜜に薬を混ぜて、舐めさせようとしても、顔を背ける。
 ・・残念だが、もうおそらく、そんなに長くないだろう。
 なるべく、付いていて最後を看取ってやりたいと思う。
 

 
 

法雲寺さまの『定例法座』への出前

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 昨日、地元での『お葬式』終了後、(車を飛ばし、)豊中の『法雲寺』さまの〔定例法座〕へ、「紙芝居法話」に行かせて頂いた。
 ここのお寺は、まったくもって変わっている。(噂には聞いていたが・・)
 敷地に入った時、思わず笑てもた。(失礼!)
 それは、お寺の敷地内が、コンクリートの〔スポーツ公園〕になっていて、大きなバスケットコートがあるのだ。・・しかも、地元の若者たちに、地域振興と青少年育成の為にと〔無料〕で場を提供しているらしい。(公園の写真を撮り忘れたのが残念!・・笑て撮るの忘れたわ)
 僕が敷地に入った時も、中高生たちがバスケを(遠慮もせずに、賑やかに、楽しそうに)やっていた。
 この形にされたのは、ここのお寺の前住職さんだそうで、お寺の敷地を、庭園っぽくするより、地元の若者たちの為に、何か役立てた方が良いと考案され、『スポーツ公園』にされたそうだ。(翔んだ人だ)
 又、ここは、スポーツ公園としての形だけでなく、〔フリーマーケット〕も臨時に開催されるらしい。
 又、現住職も、それに輪を掛けたような変わった人で(失礼!)、お寺内で、『アマチュア落語家のトーナメント大会』も開いているらしい。(なんちゅう寺や・・、うらやましいわい。これからのお寺はこうでなくちゃあいかんと思う。)
 まぁ、前置きが長くなりすぎたので、こちらの法座の感想は、簡単に述べさせてもらうと、
・・いろいろごちゃごちゃ、あれこれ、やんややんやと、お寺を使って様々なイベントを行っておられるので、檀家さんとお寺さんとの関係がひじょうに密接(ファミリー的)になっているなと感じた。(話しやすいというか、ノリが良いというか、何かの時には『ガッテンでぃ!』と腕まくりし、すぐ『いざ、鎌倉!』とばかり、お寺に飛んで来て、助けてくれそうな感じがした)
 二代に渡るイベント住職さま方、あのバスケで遊ぶ若者たちは、やがて近未来、ご住職さんの右腕、左腕、中腕(・・どこや?)になって、きっと寺院活性のために活躍してくれるに違いないと思いますよ!・・うらやましい次第です。合掌
 尚、この時の模様は、法雲寺さまのホームページ『イベント坊主に喝!』、下記にてアップです。
 (http://blog.zaq.ne.jp/hounjisportspark/article/569/

CBCテレビの〔取材〕が、やって来た!

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 昨日、CBCテレビ(TBS系列局)が、名古屋から『お寺の出前』の取材にやって来られた。
 これは、毎週(金曜日)午後1時50分から、TBS系列(大阪は〔毎日放送〕)で放送されている、
『ごごネタ!キラキラテレビ』という、ミニミニ・ドキュメンタリー番組の取材の為である。
 そして、僕が出演する予定日は、来年の1月14日(金曜日)午後1時50分である。(・・見逃されても、CBCのホームページから見れるそうです。)
 まぁ、取材を受けた感想だが、『わずか5分の番組に、これほどの時間と労力を費やさねばならないのか?!』と、疲れるとともに、デレクターの凄い情熱に驚かされた。
 なんせ、朝の9時から夕方の5時頃まで、ずっとカメラが回りっぱなしなのである。(お寺、紙芝居を書いてるトコ、昔の紙芝居、施設での法話会、移動しながらカメラは回り続けていた)
 ・・これをどうやって、編集されるんやろう?
 僕は客観的にデレクターを見てて、これは『5分間のファイター』やと思った。
 「昔の家の写真や、家族の写真はありますか?」とか、「それは、何年前の話ですか?」とか、まるで、検事の取調べのように(厳しくは無いのだが、)デレクターは聞いてこられる。
 一つの番組を作るという事は、(時間の長さに関係なく、)いかに難しいものなのかという事がよーく解った。
 「なぜ、そんなに撮り続けるのですか?」と僕が聞くと、
デレクターは、「たくさん撮ったフィルムの中から、ピッピッと自分の中で閃き、『これだ!』というものを生み出す為に、テープを回すのです」と、いうような事をおっしゃられた。
 ・・さぁ、半日掛けて撮った膨大なフィルムの編集は、カットされカットされ、編集され、またまたカットされ編集され、最終的にいかなるモノに成るのだろうか・・?
 お手並み拝見とともに、今から放送日が楽しみである。
 
 
 

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