住職のつぼやき[管理用]

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旅の雑誌『ノジュール』に載りました

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 JTBパブリッシング社発行の(団塊の世代向きの)旅の雑誌『ノジュール』4月号に、「お寺の出前」の記事が紹介されました。
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 その内容は、『今あらためて注目される親鸞の人間像に迫る!』というミニ特集の中の、さらに〔おまけ〕のようなコーナー(他に紹介されたお寺さま、失礼!)《教えをもっと身近に! お寺以外に広がる語り場》というコーナーに掲載されたわけなのです。
 この大震災で、日本中は今、大混乱していますが、ちょっと息抜きしてコーヒーブレイクタイムのように、パラパラッと見て頂ければ幸いです。
 また、この記事を読んで下さいました一般読者さま、どうぞ、遠慮なく、南河内にある『紙芝居の寺 観念寺』まで、一度お参りくださいましたら、尚幸いです。合掌

運命

「運命は、努力次第で変えることができます。」と、あるスピリチャル宗教書に書いてあった。
 ・・が、しかし、現実は努力しても報われないことの方が多い。
 又、「運命」も(より良い方に)変えることは、とても難しいような気がする。
 が、が、しかしである。
 「運命」を変えることが出来なくても、努力することは、とても素晴らしく、尊いことだと思う。
 要は、「努力しているその《過程》が大事」なのではなかろうか?
 その一見無駄に思えたような努力(変えれなかった運命)も、長いタンス、ダンス、いやスタンス(人生全体)からみれば、自分のそして、それを見た他の人の《運命》をも変える原動力になるのではなかろうか。・・と思うのである。
 それは、ひょっとこすると、いや、ひょっとすると、国の未来の運命をも変える力になるのでは・・・。
・・そんなことを、被災地救助活動、並びにボランティアをされているすべての人を見て思った。合掌

豊中仏教青年会の募金活動

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 昨日、『豊中仏教青年会』主催による、「ニュージーランド及び東日本大震災」駅前募金活動にお邪魔させて頂いた。
 三月半ばだというのに、阪急豊中駅前は寒かった。(豊仏青の皆様、本当にご苦労様でした)
 僕は、自分が集めた『募金』を手渡したら、すぐに失敬するつもりであったのだが、仏青の怪鳥、いや回腸、いや会長に引っ張られ、募金活動に飛び入り参加することになった。(本当は参加できて嬉しかったのです。ありがとう!)
 この日は総勢五人での『募金活動』になったが、一人一人が皆発するセリフ(口上)が決まっていて、たまに寒さのあまりコンガラがり、緊張感の中にも笑いがあった。
 たとえば、最初の一人目の僧侶が「こちらは豊中仏教会です」という。 すると間髪おかず、二番目が「ただいま、東北大震災」、そして三番目が「並びにニュージーランド沖大地震の募金活動を募っております」という。
 そして四人目が「この募金は全額、赤十字に寄付いたします」とつづく。・・その調子で、五人目がまとめに入り、最後に皆で「皆さん、よろしくお願い致します」と言って終る。そして又、一番目に戻り、エンドレスでこの口上が続くのである。(長々と書いてしまったが、まぁ、こんな調子で行ったわけだ。取り合えず、雰囲気だけお伝えしました)
 さて、子供たちが、百円、千円と、募金箱に入れてくれる姿は本当に尊いものであった。
 又、おばちゃん達が、「又、ここでも募金かいな。・・ほんましゃあないなぁ。」と言いながら、千円、五千円と入れてくれて、ほんま頭が下がった。(大阪のおばちゃん、「いよっ、口は悪いが懐(ふところ)厚し、いや篤し!」)
 又、若いサラリーマン風の兄ちゃんが、「今の坊さんも、まんざらじゃないなぁ・・」ってな事をおっしゃってくださり、この言葉も胸に残った。
 ほんま、こんな感動的な「募金活動」に参加させて頂けて、僕は幸せ者でした。回腸、いや怪鳥、快調、最澄、番町(どんどん離れてゆく・・)会長、並びに豊仏青の皆さん、本当にお世話になりありがとうございました。
 あの後、夜の7時から、大阪市内の特養ホームで、霊、いや礼、例の津波の紙芝居「稲むらの火〔復興編〕」をやって、大変、降雹、いや好評の内に『法話会』を終えましたよ。・・一応ご報告まで。合唱、いや合掌。・・もうええか。

私の役割とは?

 変な話であるが、今日、お参りに行かせて頂いた檀家さん宅で、僕はそこのご主人に聞いてみた。
 「ご主人、この未曾有の大惨事に対して、宗教者としての僕の役割って何だと思いますか?・・僕は何をすべきでしょうか?」
 頭が混乱している僕は、このような(稚拙な)質問をあちこちでしている。(檀家の皆さん、勘弁してください)
 このご主人は僕に対して、
 「住職さんて云うか、宗教者に今求められてるのは〔心のケア〕でっせ。・・今は、まだ住職さんの出番と違いまっせ。・・今は自衛隊などの専門家の出番であり、そんな焦ってもあきまへん。・・今行ったら、かえって迷惑でっせ。・・いずれ、必ず住職さんの出番が来ますって。」 こうおっしゃられた。
 その時、僕の携帯電話に、地域の副区長さんから電話があり、『次月、地域の年配の方たちに講演をして欲しい』と連絡が入った。 理由はこのような社会的状況なので、『平常心であること。そんな心のあり方』などを(紙芝居を使って)話してほしいとの事であった。
 そんな会話を、横で聞いて居られた先ほどのご主人は、「ほら、みなはれ、こっちの人間も焦燥感・無力感にかられてまんねんで。・・こっちでも、住職さんがやらなあかん事が、ようさん、ありまんねんで。・・焦りなはんな。」と言われた。
 その通りかもしれん。
 又、こんな状況なので、こちらでの『春の彼岸法要』はお休みにしようかと悩んでいた僕は、檀家さんに「今週の土曜日、いつもどおり『法要』をやりますんやろ?・・行かせてもらいますからね。こんな時やもん。皆でお参りせな。・・孫に『ばあちゃん、日本沈没するの?』って聞かれましてん。テレビや友達から影響を受けますんやろな。まだ小さいのに。是非、お参りに行かせてもらいますから。」と言われた。
 僕は改めて、今、こちらでの僕の役割を再確認した。 合掌

東北・東日本の大地震への支援について

 東北大地震被災地への出前ボランティア(亡くなられた方々への読経・お葬式・法要など)を考えたが、(テレビなどの報道から、まだ時期尚早と考え)延期することにする。
 今、ちっぽけな自分にできることは何か?
 やはり、自坊でのお参りと、義援金を集めて送金することではないかと思った。
 阪神大震災の時も、復興支援の道(月日・期間は)、とても長いものであった。
 あせらず、気長に続けていければと思う。
 そして、いずれ被災地に何らかの形で入り、復興協力したいと思う。

謹んでお見舞い申しあげます

 東北・太平洋沖大地震により、被災を受けられましたすべての皆様、謹んでお見舞い申し上げます。

 突然の「大地震」のニュースで、身体がすくんだ。
 十五年前に起った「阪神淡路大地震」の場面が、走馬灯のように思い出され、身体が震えた。
 前にも書いたが、妻の両親が〔西宮〕に暮らして居た為、あの〔大地震〕の次の日から、曲がりくねった「阪急電鉄」の線路の横を歩いて訪問する日々がはじまった。何ヶ月も・・。その後、仮設住宅や避難場所へのボランティア訪問で、悲しいお話を被災されたたくさんの方からお聞きし涙した。・・それを思い出した。
 それ以来、〔地震〕の報道に関しては、トラウマを持つようになってしまい身体が硬直してしまう。(思考が停止し、まばたきも止まる)

 大地震がおこったら、人はその後どう行動すべきなのか?
 そんな答えを見つける為、「稲むらの火」という、地震と津波とその復興の「紙芝居」を、去年の暮れから、現地リサーチをし、それから作り始め、今ようやく80パーセントまで完成したところであった。
 その「紙芝居」が、被災地のテレビニュースの画面と重なる。
 タイムリー過ぎて、しばらく筆が止まるような気がする。
 今、自分に何ができるかを一生懸命考えている。合掌
 

「ゆうせいディサービス」からのお礼状

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 先月、このブログでも書かせて頂いた「ゆうせいディサービスセンター」の職員さんからお礼状を戴いた。
 この手のお手紙は(失礼な言い回しですんません)とても嬉しく、かつ感動もしたので、少し内容をアップしたいと思う。(職員のOさん、お手紙のお礼方々、(僕の感想も入れ)記載させて頂きます。)
 「(前略)・・日頃は出前紙芝居で何かとお世話になり厚くお礼申し上げます。」(僕:『いえいえ、どういたしまして』)
 「風邪の方は、回復されましたでしょうか。」(僕:『はい、お陰様で。・・僕のブログを(日頃より)読んでくだっているので、風邪の事を知ってはったのですね?!・・恐縮&感謝です』)
 「さて、先日はゆうせいディサービスセンターに来ていただきありがとうございました。
 仏教説話の一つ『子供を亡くしたゴータミー』は、最愛の子供を亡くしたという事を受け入れる事がなかなかできず、悲しいお話でもあり、多くの人が苦しい運命に耐えて生きている、『つらいのは自分だけではない』という、前向きになれるお話でもあると思います。」(僕:『長~い一文ですが、よく気持ちは伝わってきます。ありがとう。』)
 「お話を聞き、涙を流すご利用者、今回の紙芝居で、最愛の息子さんを亡くされたご利用者様がおられるという事を知りました。」(僕:『その人を知るという人間関係構築の作業が、一歩進んだのかもしれません。良かったですね。』)
 「これからも、おもしろく、前向きになれる素敵なお話、紙芝居をよろしくお願い致します。」(僕:『おもしろくって、前向きになれる話ですか?・・悲しくて、後ろ向きになってはいけないのですねぇ。・・又、腹が立って、斜め向きになる話もあかんのですね。・・またまた、踊りたくなって、右斜め45度にそってもいけないの・・。もう止めとこ。(笑い)・・難しいですが、まぁ考えてみます。』)
 「先日の日本経済新聞の記事(写真)を同封させていただきます。まずは、取り急ぎお礼まで かしこ」(僕:『ご丁寧にありがとうございます。・・これって、苑内に掲示するとおっしゃっておられたモノですよね。・・戴いて良かったのでしょうか?・・又、あの時、僕が「コレ欲しいよー」と駄々を捏ねたから送って下さったのですか?・・大事にしますね。ありがとう』)
 以上。
 ・・では、又お会いできます日を楽しみに。 合掌

金剛山の「霧氷(むひょう)」

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今日、お寺の総代さんと共に、金剛山に登って来た。
 金剛山は、うちのお寺から割りと近い為に、二~三時間で登って降りて来れる。
 朝から出て、昼前にはお寺に帰ってこれたのだが、山頂には雪がまだ積もっていて歩きにくかった。(3月にも関わらず・・)
 ・・が、途中のブナの木には、『霧氷(むひょう)』という〔自然現象の木々への着氷現象〕が見られ、とても綺麗であった。
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 僕は、総代さんに「まるで、地獄の針の山のようですね。針の山のモデルは霧氷ではなかったんでしょうかねぇ?」と言ったら、「住職さんは、何でも『あの世』の話にしまんなぁ」と言って笑われた。
 僕の頭の中は、常に『極楽と地獄世界』が、霧氷の如く張り付いているようだ。

映画「ヒアアフター(来世)」を観て

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 昨日、クリント・イーストウッド監督の映画最新作「ヒアアフター」を見て来た。
「ヒアアフター」というのは、「あの世」・「来世」、または仏教的にいうと「彼岸」と訳しても良いと思う。
 つまり、この映画は「死後の世界」の映画なのである。(僕が、最も興味を持つお話である)
 さてこの映画、「死後の世界」の映画なのに、「あの世」は、はっきり、断定して出てこない。・・つまり、「この世」の人間ドラマなのである。
 内容はこうだ。(まだ、見ていない方の為に簡単に・・、)
 双子の兄を事故で亡くし、「もう一度、兄に会いたい」と願い、様々なスピリチャル宗教家を訪ねる、孤独なイギリスの少年。
 津波にあい臨死体験をした事によって、「人間の生死の意味」を模索し出すフランスの人気女性ジャーナリスト。
 自分に霊と話せる力があるため、変人扱いを受け、身も心も疲れ果て今は世間から隠れるように暮すアメリカの孤独な青年。
 この三人が主人公で、各国でのそれぞれの暮らしを描きながら、やがて三人は何かに惹かれあうかのように出会い、心の孤独を癒しあってゆく。
 簡単ではあるが、これがストーリーである。
 もう一度いうが、「ヒアアフター(あの世)」という題の映画なのに、全編、『今』を必死で〔生きる〕人間を描いた作品なのである。(クリント・イーストウッド監督らしい・・)
 そして結論は、『死』の意味を真剣に考える者こそが、『生』の意味を覚ることができる。・・という所に持って行っていると(僕は)思う。(説教臭くなく、一つのイデオロギー(宗教観)の押し付けにもなってなくて、そこも好かった。)
 50歳になったおっさんの僕が、不覚にも泣いてしまった、そんな映画であった。(映画館がガラガラで良かった)
 

連ちゃんの日

 二月は〔28日間〕しかないので、(個人的)休みが無く「出前:出講」の日を取りにくい。
 だから今日はまとめて、(休みを取り、)午前と午後〔連ちゃん〕で、出前させて頂いた。(一日二講演である)
ファイル 649-1.jpg(特養甍:苑内)
 午前は、大阪市内まで車を走らせ、『特養 甍』に行く。
 こちらでは、前々からやらせてもらおうと思っていた「地獄のはなし」の紙芝居と、「あの世って信じまっか?」という法話をして来た。
 今日は、途中、よく「つっ込み発言」が入って、(楽しく)中断した。
 「私はあると思いまっせ!あの世!・・見て来たもん。主人が・・」などと、自分の無き夫の話を自分の事のように話される女性があって、ほんま面白かった。(前に出て来てもらって、30分ほどしゃべって貰いたかったわ。ほな楽させてもらえんのに・・。ほとんど、僕の法話は脱線の連続やなぁ・・(笑い))
ファイル 649-2.jpg(ゆうせいディサービス内)
 そして、午後からは、一度お寺に帰ってから(汗かいたので、着替えたのだ)再び、車で、富田林市の『尾崎クリニック内:ゆうせいデイサービス』へ、「紙芝居法話」に行って来た。
 こちらでは、昨日の「日経新聞」のコラムを読んでから、「子供を亡くしたゴータミー」というコラムに出て来た「紙芝居」をさせて頂いた。(タイムリーやと思ったので。)
 後で、職員の女の子に、「認知症でいつもウロウロと動き回りはるおばあさんが、今日は涙を流しながら、じっと聞かれていて良かったです。悲しいけど、良い話ですねぇ」と言ってくださり、僕もうれしかった。
 でも、さすがに一日「二連ちゃん」は、ほんま疲れたわ・・。

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