
昨日、河南町にある『デイサービスセンター白ゆり』さんへ、お寺の出前に行って来た。
到着して、紙芝居の準備が出来『さぁ、始めよう!』と思ったら、「住職さん、今おひとりがお風呂に入ってて、もうすぐ出て来られますので待って下さいね」と言われたので、しばらく椅子に座って、前に待機中のおバァちゃん達とべちゃべちゃと雑談し始めた。
その時、「今日は、もうすぐ「お彼岸」ということなので、極楽のお話を二本立てでさせてもらいますね。」と僕が言ったら、「住職さん、極楽に往ったことあるんか?」と(冗談顔で)責めてこられたので、僕は「そんなん往ったこと無いに決まってますやん。・・往ってたら、ここにはおりまへんで。・・お経に書いてあることを、書いてあるままに、紙芝居でお話しまんねん。今日のところは、そのへんで勘弁ね。頼みまっせ」と言って笑いでごまかしたら、話のおバァちゃんが介護師さんと一緒にお風呂から出て来られたので、「さぁさぁ、始まりまんで~、誰も往ったことのない不思議な『極楽』のおはなし』と言って、ちゃっちゃと話を始めた。
紙芝居は、新作『共命鳥のはなし』と後一本お話をした。
どちらとも解りやすい話だったので、文句を言ってたおバァちゃんも、最後は笑顔になって「又、来てくださいや」と言って下さった。(内心ほっとした。)
最後に帰ろうとしたら、職員さんから綺麗な〔花束〕をお礼にと戴いた。
「綺麗な花束ありがとうございます。極楽に飾らせて頂きます。」と(又いらん事を)言ったら、先のおバァちゃんが又、からんでこられそうだったので、後ろを見ずに早々と引き上げたのだった。
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『デイサービスセンター白ゆり』への出前と、お礼の〔花束〕
紙芝居製作のよくある中断
僕は「紙芝居」を、よくお寺の一階ホールで描いている。
その姿は、ガラス越しに、よく外から見えるようだ。
今日も、お昼休みに「紙芝居」の色塗りをしていたら、二人のお婆ちゃんが、偶然?それを見つけて、お寺の中に入って来られた。
僕は「どうぞ、お入り下さい」と、何も言ってないのに(笑い)、「ほら、○○ちゃん、院主さんが絵を描いてはるわ。見せてもらおか?」と、二人揃って入って来られた。
そして、「こら、ありがたいわ。・・ありがたそうな絵やわ」と、僕は何も絵の説明をしていないのに(又、笑い)、勝手に「あーだ、こーだ」と、独自に講釈を入れながら、会話を始められた。
その内、「これは、どういう意味の絵ですか?」と、等々話の中身に踏み込んで来られたので、僕は筆を置き、(めんどくさそうな顔はせず・・(ここもついでに笑うとこ)、)一枚一枚の絵の説明に入った。
しかし、やがて「あっ、そろそろ公民館で「老人会」が始まる時間や。・・ぼちぼち歩いていこか?」と、二人合わせて僕の顔をじっと見つめられるので、僕は(邪魔臭そうな顔はせず・・、(まだ笑ってもらうとこです))「じゃ、僕が車で公民館まで送ってあげますわ」と言うと、
「そぉ~~お、悪いね~、院主さん」と遠慮もせず、靴を(さっさと)履かれ外に出られた。(まぁ、ここも笑って下さい)
そして公民館まで、お婆ちゃんをお送りして、僕は又お寺で、いそいそと紙芝居の色塗りを再開し始めたのであった。
このように、紙芝居製作はよく中断されるのです。・・が、これも又、お寺の仕事やと思って(いつも作り笑顔で・・(最後に笑うとこ))僕は今日も絵を描いております。
葬儀会館発、老人センター行
お寺の出前をやっていると、どうしても法務(お寺の仕事)と重なる突然の事態が起こってくる。
昨日もそんな日であった。
堺市にある「堺市立南老人センター」での出前法話を以前から頼まれていたのだが、その前日にうちの檀家さんがお亡くなりなり、出前と葬式の日が重なったのだ。
その時間帯だけが、微妙にずれた為に、どちらも行けるだろうと僕はふんだ。
つまり〔お葬式〕が、富田林の「葬儀会館」で午後12時から1時まであり、1時半から2時半までが「堺市の老人センター」で〔出前法話〕の時間と決まっていた為、(30分で車を飛ばせば)何とか間に合うと思ったのだ。
だが、お葬式終了後、斎場(焼き場)まで同行せねばならない仕事がある。すると、どうしても終りが1時半になり、出前法話が間に合わない。
そこでお葬式終了後、娘とバトンタッチして、斎場までの同行は頼んだ。
檀家さんにも葬儀社の方にも、そこはお頼みして了承してもらった。(娘は、霊柩車に同乗して斎場まで行くという仕事を、気持ちよくやってくれた。感謝である。)
それで僕は、お葬式終了後、カーナビを頼りに急いで車を走らせ、目的地の「南老人センター」にギリギリ到着することが出来た。
(堺市立南老人センター)
会場は、すでに多くの皆さんが待っておられ、僧侶姿で息をきらせて突入して来た僕を、拍手で歓迎して下さった。
僕は「皆さん、すんません。今日、お葬式ありましてん・・」と言い訳しながら、紙芝居の準備をしてお話に入った。
終ったら、会場の御一方から「院主さん、忙しいのにすんませんでしたなぁ。でも、今日の話を聞かせてもらって、後10年は長生きできるような気がしましたわ」とおっしゃってくださった。
僕は「今日、お葬式した93才の方と同じぐらい、長生きしてくださいや」と片づけながらお話した。
でも、僕はその話に感動してる余裕がなかった。・・会の終了後、すぐにこんどは〔初七日法要〕をする為に、又、富田林の葬儀会館まで引き返さねばならなかったからだ。
僕の気持ちは、この時すでに「葬儀会館」に向かっていたのだった。
二つの新たな依頼
「どうしようかなぁ・・?。受けるか、受けまいか。・・受けたら一層忙しなるやろなぁ。・・でもちょっと、やってみたいなぁ。」と悩み、結果的に二つともお引き受けしたのが、この春から始まる二つのご依頼であった。
一つは、浄土真宗本願寺派大阪教区が毎月発行している『月刊 御堂さん』という冊子の中の「住職茶話」という、いろんなご住職さんのエッセイに付ける『イラスト』の依頼。
これは難しい。(すでに、この春の四月号に載せるエッセイの原稿は読ませて頂き、その話に添ったイラストを書き、送らせてもらったのだが、さてさて反響はどんなもんか?・・ちょっと心配である。)
二つ目は、昨日、お寺に地元の元小学校の先生が来られ、「この春から、校内で(放課後の時間に)『本の読み聞かせ教室』を開きたいと思うのだが、その〔読み聞かせ〕チームに入って、紙芝居を子供たちにしてもらえないだろうか?」というものだった。
これは、この地元の校長先生のお考えらしいのだが・・、もちろん、僕は突然、仕事で行けなくなることもあるので、その点は考慮させてもらうが、「月一回でも良いので、是非今こそ、その「紙芝居」を子供たちにして欲しい。改めて校長からもお願いに参りますから。」と、篤く語られ迫られた。
・・これも自信はない。しかし『こんだけ言って頂けるのなら、どうなるかわからんが、まぁ、やってみるか』と腹を据えた。
お寺の出前紙芝居は、病気の人やお年寄りの方の為に、仏法の解り易さを考慮し作ったものだった。 しかし、今、思いも寄らぬ方向に『出前』は、向かい始めている。
まぁ良い。
この春から新たに増える、この二つの『出前依頼』に、いかに僕自身、向き合ってゆく事が出来るか・・? 自分自身の勉強、いや《行》だと思って、取り合えず挑戦してみます。
富田林:山東学童指導員会議への出前&神山いきいきサロンへの出前
昨日の午前中、娘に檀家さんへのお参りを頼み、僕は『(富田林市)山東学童指導員会議』へお寺の出前講話に入って来た。
会場は、富田林市役所内だったので、(場所が広くて)どこに行ったら良いか少し迷った。
到着したら、すでに学童保育指導員の(お若いおばちゃん、いやお姉さま)先生方が、ちらほら座っておられた。
こちらの(今回ご連絡を頂いた)担当の学童保育の先生から、「(日々過労気味な)指導員さん方へ、心の安らぎになるような話を紙芝居を使ってをお願いします」と頼まれたのだが、はたして、それが実現出来たかどうかは解らないが、僕はいつものように、紙芝居を使って精一杯お話させて頂いた・・つもりである。(カメラを忘れたので、この時の様子を写した写真は無いのです。残念!)
それとこの後が忙しくて、話が終ってから僕は直ぐ、お寺に帰って用意を整えてから、(檀家さん宅へ)ご法事に向かわねばならなかった。(結果的になんとか間に合った。良かった!少し、読経は過呼吸気味になったが・・〔苦笑〕)
法事が終って、この日は〔(河南町)神山地区いきいきサロン(老人会)〕へのお寺の出前が、午後から控えていたので、焦りながら檀家さん宅でお茶を頂いていたら、僕の携帯に、先ほどの『学童指導員』の方から電話があり、「紙芝居を幾枚か、役所に忘れておられたので、夜にでもお寺に届けます」との連絡が入った。
その紙芝居を、僕は午後からの〔老人会〕でする予定であったので「すんません、今からすぐにそちらに取りに伺います」と言って、再び、富田林市へ向かう。
そして、紙芝居を無事に受け取った後、その足で〔河南町:神山地区〕へ向かい、滑り込みセーフであった。
この日は、車を運転しながら『僕は今、どこに向かっているのだろうか?』と何度も思った、今日の出前であった。
皆、こない成りまんねんでぇ
おおといの特養ホーム「白寿苑」での法話会の時のこと。
始まる15分程前から、最前列で二人のお年寄りが待っておられる。
一人は男性、もう一人は車椅子の女性。
「紙芝居法話」の準備をしながら、僕はお二人に話し掛けた。
「今月の節分の日には、苑内で〔豆まき〕やりはりましたか?」と僕。
それに答えて、その男性が「はい、やりましたよ。豆は〔乳ボウロ〕でしたけど」と答えて下さった。
それを聞いた隣の女性が、「はい、やりましたよ。そうそう、豆は乳ボウロでした。・・そう言うたら、昔、私の家でも・・・・・」。
そこで話が止まる。
しばらく待つが止まったままなので、僕は又話掛ける。「そうですか、昔はよく『鬼は外、福は内』って、家の中で豆、巻きましたよね」と。
すると、その話が止まったままの女性が又、話し始めた。「そうそう、『鬼は外、福は・・・』、あかん、何言うか忘れてしもた。」と言われた。
しばらく又、沈黙が走る。
すると隣の男性が、僕に話し始める。「こんなもんでんねんで、年を取るっちゅうことは。・・今話そうと思ってたことも、忘れてしまいまんねん。皆、こない成りまんねんで。・・住職さんもやで。30年、40年先のはなしや。」と言われた。
それを聞いていた隣の女性が、「そうそう。」とおっしゃった。
・・そうなのだ。僕はよく家の中で「あっあかん。今話そうと思ってたこと忘れてしもた」と妻に言うが、年を多く取るとそんなもんじゃなく、話している最中にも、〔その内容〕を忘れてしまうのだ。
「皆、こない成りまんねんで」と、(寂しそうに)言われた男性のその言葉が、今も胸に響いている。
皆、他人事ではない。・・生きるということは、老いてゆくということでもあるのだ。
滝畑地区で、「滝畑に磨崖仏あり」の紙芝居披露
(滝畑老人会館)
本日、このプログでも(先日)紹介した「滝畑に磨崖仏あり」という紙芝居を、本家本元の舞台地「滝畑地区」で披露させて頂く機会を得た。
それは大変光栄なことであった。
なぜかといえば、この滝畑地区に現在お住まいの皆様、又(あまり良い言い方ではないが)村がダムに沈み、現在〔新滝畑台〕という地区に引っ越された皆さん、又、滝畑ダムの所長様、河内長野市行政の皆さん、そしてこの場をセッテングして下さった「かわちながの観光ボランティア倶楽部」の皆さん方が一同に会して、この紙芝居を見て頂く機会を頂戴したからである。
驚くべきことは、この紙芝居の最後方で登場する『落慶法要』の場面の、〔餅巻き〕に、実際参加されたお方が名乗りを上げられて、びっくりするやら(僕の拙い絵と表現方法に)恐縮するやらで、まいってしまった。
又、観音磨崖仏像のお写真を、間近で撮ったものが、「(仏壇の上に飾ってあり)うちにあるので、今、取って来ます!」と言って、走って持って来てくださった方もあって、嬉しいやら驚くやらで、これも恐縮しっぱなしだった。(本当にありがとうございました)
やはり、現地の人の話が、一番説得力があって凄い!と思った今回の「紙芝居披露」であった。
(チョコレート贈呈の一幕)
最後に、今日はバレンタインデーなので、観光ボランティアさんからチョコレートを頂き、「仏教の坊主が、西洋の風習の贈り物を頂戴して良いのでしょうか?・・でも、正直嬉しいです!」といらん事を言ってしまい、会場は爆笑であったが後で反省した。(Mさんすんませんでした)
でも、今日はとても勉強になりました。
このようなご縁(ご仏縁)を頂き、私は幸せ者です。
ほんま、ありがとうございました。合掌
(観光ボランティアスタッフの方と共に)
「くすのきデイサービス」でのハプニング
先ほど、羽曳野市にある「くすのきデイサービス」に、お寺の出前に入って来た。
(三度目の訪問となる)こちらでは、今回「ねずみのお経」と「くもの糸(続・くもの糸付き)」の二本の紙芝居をした。
それで、・・ハプニングというのは、たまに起こるものなのだが、今回は「くもの糸」の時に起こってしまった。
続編の「パタパタ変身カード紙芝居」の紐が突然切れてしまい、肝心の変身ができなくなってしまったのである。
それで、急いでアドリブで何とか繋いで、無事に終らせたのだが、はてさて皆にはバレてしまっただろうか??
まぁ良いわ。・・いろんなハプニングは、思いもよらない時に起こるものだ。問題は(ハプニングが)起こった後、どう対処するかだ。
慌てふためかず、照れて「ちょっとしたミスさ」と、知らん振りして誤魔化し話を進めるか?・・はたまた、堂々と「えらぃ、すんまへん!」とあやまって話を進めるか。
どちらも、(良いか悪いか?解らんが)場の雰囲気を見て、臨機応変に出来るようになってきた。
場数を踏むというのは、ある意味『度胸』が付くという事かもしれない。(厚かましくなってきたんやなぁ・・)
『度胸』よりも『読経』を大事にせねばならない(僕の)仕事なのに、へんな力が付いてしまったような・・、ちょっと反省。それより早よ、修理せな。
『中外日報』「人生ジャーナル」に掲載されました
昨日、宗教新聞『中外日報』の「人生ジャーナル」欄に、「お寺の出前」が掲載されました。
内容は〔医療福祉の最前線〕というコーナーに、「お寺の出前 紙芝居屋亭」のはじまりから、現在に至るまでを(中外記者さんがうまくまとめて)書いて下さっています。
最後に「ボランティアは私を育ててくれる。まだ作りたい話がたくさんあります。人間(の物語)っておもしろいなぁと思います。・・後10年で(紙芝居)200本が目標です。」で、掲載をまとめて下さっているので、(自分自身、言い出しっぺの)プレッシャーと共に、新たな製作意欲もふつふつと沸いてくるような、そんな感慨を受けました。
連日の二つの法要
先週の土曜と日曜の連日、東大阪市の「善林寺」様の『新年法要』(夜の法座)と、羽曳野市の「願行寺」様の『報恩講法要』(昼と夜の法座)にお招きいただき、「紙芝居法話」に行かせて頂いてきた。
又両日共、そのお寺の法要前に、うちの檀家さんのご法事を承っていたので、(車を運転している時と、お経をあげている時以外は)ほとんど早足で移動としていた。・・で、さすがに昨日はぶっ倒れてしまった。(一日寝てました。一月は忙しかった。)
でも、よく寝たので今日は元気です。(笑・・単純な男です)
その二つの法要で、共通して面白かったは、話が終って帰り際、どちらもお檀家さんから、「思い出したわ!おじゅっさん、この前テレビに出てはりましたやろ?!・・そやそや、人間国宝さんや!」と言われたことであった。
その言葉に、周りの人達も「ああっ、そやそや、どっかで見たことあるような気がすると思っててん。」とざわめいた。(改めて、あの番組は人気番組やってんなぁと思った)
僕はおちゃらけて「・・そうでんねん。ホンマもんでっせ。『隣の!』が付く人間国宝やけどね。」と冗談で言うと、会場は大爆笑で、楽しい雰囲気を醸しながら本堂を後にした。
昨年の夏のテレビ放映やったのに、今も覚えていて下さっている方が多く居られたことが、とても嬉しかった。

