住職のつぼやき

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皆、こない成りまんねんでぇ

 おおといの特養ホーム「白寿苑」での法話会の時のこと。
 始まる15分程前から、最前列で二人のお年寄りが待っておられる。
 一人は男性、もう一人は車椅子の女性。
 「紙芝居法話」の準備をしながら、僕はお二人に話し掛けた。
 「今月の節分の日には、苑内で〔豆まき〕やりはりましたか?」と僕。
 それに答えて、その男性が「はい、やりましたよ。豆は〔乳ボウロ〕でしたけど」と答えて下さった。 
 それを聞いた隣の女性が、「はい、やりましたよ。そうそう、豆は乳ボウロでした。・・そう言うたら、昔、私の家でも・・・・・」。
 そこで話が止まる。
 しばらく待つが止まったままなので、僕は又話掛ける。「そうですか、昔はよく『鬼は外、福は内』って、家の中で豆、巻きましたよね」と。
 すると、その話が止まったままの女性が又、話し始めた。「そうそう、『鬼は外、福は・・・』、あかん、何言うか忘れてしもた。」と言われた。
 しばらく又、沈黙が走る。 
 すると隣の男性が、僕に話し始める。「こんなもんでんねんで、年を取るっちゅうことは。・・今話そうと思ってたことも、忘れてしまいまんねん。皆、こない成りまんねんで。・・住職さんもやで。30年、40年先のはなしや。」と言われた。
 それを聞いていた隣の女性が、「そうそう。」とおっしゃった。
 ・・そうなのだ。僕はよく家の中で「あっあかん。今話そうと思ってたこと忘れてしもた」と妻に言うが、年を多く取るとそんなもんじゃなく、話している最中にも、〔その内容〕を忘れてしまうのだ。
 「皆、こない成りまんねんで」と、(寂しそうに)言われた男性のその言葉が、今も胸に響いている。
 皆、他人事ではない。・・生きるということは、老いてゆくということでもあるのだ。
 
 

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