
‥という事で、現代も吉備津神社内で、ウラの言った『鳴釜神事(なるかましんじ)』は続いている。
余談ながら、どうやら江戸時代の怪奇小説家[上田秋成]もこの神事を知り、『吉備津の釜』という物語を書いている。‥有名になっていったのですね。桃太郎の昔話よりは度合いが小さいけど‥。
(※余談ながら、私もこの[鳴釜神事]を実際、三度程見た事がある。‥ほんとに不思議な事に、タネも仕掛けも無いお釜の蒸気の音がその場で、大小変化するのである。ホンマびっくりポンである!)
(吉備津神社)
それでは、この紙芝居の最後は、有名な『桃太郎』の歌(桃太郎さん、桃太郎さん、という歌)‥で終わるとしようかのう。
‥ただし、あまり知られていない、4番と5番だけに‥。
4番『‥そりゃ進め、そりゃ進め、一度に攻めて 攻め破り 潰してしまえ 鬼が島』
5番『面白い おもしろい、残らず鬼を攻め伏せて、分捕りものを えんやらやー』
‥正義って、いったい何なのでしょうね。
平和の世が早く来ますように。合掌
おしまい
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紙芝居『新・桃太郎の伝説』(その6最終回)
紙芝居『新・桃太郎の伝説』(その5)

この大合戦の結果、桃太郎は都から褒美として、吉備の国の国守(今の知事のようなものか)を与えられた。
‥がしかし、桃太郎を悩ませたものが一つあった。
それはウラの首を埋めた地面から、夜な夜な聞こえる怨みの泣き声であった。
その声は、土の中から聞こえるような、妻たちが毎晩隠れて泣いているような、「おぉ〜ん、おぉ〜ん」と桃太郎の回りから聞こえて来た。
‥その声は13年間続き、桃太郎を苦しめた。
そんなある晩‥.
桃太郎の夢に、ウラが現れた。
「桃太郎、オレの悲しみは果てる事が無い。この気持ちを癒すには、首を埋めた所をきちんと祀って、オレの女房に墓守をさせてくれ。そうすれば、オレは癒されるであろう‥。
もしそうしてくれたら、その礼として、そこでお釜にお米と水を入れ沸かせて、そこでシューシューと音を鳴らしてくれ。
その音の大小で、その年の稲作の吉凶を教えやろう。お釜の音が大きくなれば、その年は豊作。小さく鳴れば、凶作じゃ。」と言った。
桃太郎はその通りにした。
すると不思議な事に泣き声は止んだという。
又、その吉凶は不思議に当たった。そしてそこから色々な事の占いが始まったという。
桃太郎はその後、長生きして281歳まで生きたということじゃ。(長生きし過ぎや!)
※又余談だが、このウラの首を埋めた場所を吉備津神社内で今日も祀り、(今も⁇)ウラの妻の子孫たち?(今もウラの関係者が巫女をされているかどうかはわからない。)が巫女としてお祀りをされ、神社の神主さんが祝詞を上げ、共に様々な吉凶を占って下さる神事が続いているという事である。つづく
(吉備津神社)
