いつも、僕は『紙芝居』制作について考えています。
頭の中は、次回作の事(ストーリーやページ割りの配分、主人公の表情やセリフの事、色についての構成など)でいつもいっぱいなのです。
もっと時間があれば、しっかりとした紙芝居が作れるのにと思っていますが、その時間を創り出すのが難しい。
僕は、現役のお寺の住職なのです。
やる仕事が毎日あります。
檀家さん宅への月参りやら、年忌法要、お葬式、お寺の法要、お寺の事務、掃除、そしてお寺の来られる方の人生相談、さらに布教講演活動など・・。
ああ、住職を引退したいと思うこともあります。
そうすれば、紙芝居制作一本に時間が取れる!と、わがままに思ってしまうのですが・・、それはそれで生活するのがたいへんになってしまうので、やはり今みたいな生活配分がベストなのでしょうねぇ。
後、何年生きて、後、何本作れるか解りませんが、とにかく僕の人生観・世界観・宗教観を絵に込めて、次回作・次回作に全力を費やしたいと思っています。
・・でも、もちろん住職の仕事もきちんとしますよ。(笑)
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いつも、[紙芝居]の事を考えています
結婚情報誌『ゼクシィ』
ボツにした『紙芝居』
僕の作る紙芝居に(構想したが、)『ボツにした幻の紙芝居』という物がある。
それは、昔、隣町で実際起った事件『河内十人斬り』をモデルにした紙芝居だ。
これは明治時代に起こった、痴情と怨恨が絡む残虐な事件を題材にした話だ。(今では多々ありそうな話ではあるが?・・)
僕は、人情ものの心温まる話も好むが、人間が起こす悪業の話(何でそんな事するねんなぁ、しゃあない奴ちゃなぁという話)も好むのだ。
この、当時の大事件。世間は(デリケートなところがあるにも関わらず)タブーにせず、『河内音頭』の元(歌詞)にもして、何度も(この殺人者たちを)芝居小屋など劇場でお芝居の主人公にしている。(今ならテレビワイドショーが黙ってない話題なのだ)
なぜだ!・・残虐な事件なのに、不思議すぎる?
これは人間のどうしようもない(仏教でいう)[業]が絡む何かがある。 そんな匂いがする。
この二人の極悪な殺人者たちは、地元ではなぜか?「・・あれは悪いあほな奴やっちゃ、どうしようもないバカ者や。・・けど、どこか気の弱いあほやったそうやで。・・わしのお爺さんから聞いた話やけどな。」と、なぜか?好意的ともとれる部分をぼやかしてお話される。
僕がインタビューした人のほとんどが、そうであった。
けど、この話、今からそう遠くはない明治時代の話でもあり、事件の被害者の方々の子孫も居られるのだ。
この事件をフィクションにして、脚色し紙芝居にして、人間の(やってはいけない)[業]をテーマにした作品を作ろうと思っていたのだが、・・やっぱり止めた。
この紙芝居の構想を、或る檀家さんに話していたら、「住職さん、その紙芝居は作るのを止めた方がええで。その話を聞かれて嫌な思いをする人も居るかもしれん。又、住職さんの紙芝居は『人を助ける』・『人の気持ちを救うもの』やとわしは思うから、その話は住職さんが作るものと違うとも思うねんで。」と言われたからだ。
そうこう、いろいろ考えた上で、この紙芝居はボツにしたのである。
今年一年を振り返る(出前編)
さて、今年の『お寺の出前』を振り返ってみる。
今年の福祉分野への出前は、『大阪介護者家族の会』、『NPO法人遺族支え愛ネット』の会などに、行かせて頂いた。
又、施設へは、『特養白寿苑』の彼岸法要や『軽費老人ホーム河南荘』の地蔵盆などに行き、お勤めの後、紙芝居法話をさせて頂いた。
又、近くの地域の『老人会』なども行かせて頂いたなぁ。
そして、あちらこちらの地域より紙芝居の見学に『バスの団参』も、今年もたくさん来て下さった。
又、あちこちのお寺から、『紙芝居法話』の布教に呼んで頂いた。
・・有難く幸せなことだった。
変わったところでは、『薬剤師の会』への出前も忘れてはいけないなぁ。
薬剤師さんへ[三尺三寸のお箸]で、薬ならぬ飴を、強制服用(笑)させて頂いた。(写真参照)
そして最後は、仏様からのご褒美(⁈)に超宗派の宗教新聞[中外日報]に、この出前活動を載せて頂けた。
ほんとに、有難い一年であった。
さぁ、来年も頑張るぞ! 合掌
今年一年を振り返る(寺内編)
今年も後わずか・・。
そこで、今回は二回(寺内編)・(出前編)に分けて、今年を振り返ってみたい。
(お寺の一年)
今年も一月は、新年法要から始まった。
お勤めの後、お善哉を食べビンゴゲーム。その後、息子の友達が演奏会を披露してくれた。
五月は、永代経法要。今年は、交流のある『河内長野観光ガイドボランティア』のメンバーの方達が音楽付「紙芝居」を披露して下さった。
そして、二か月に一度のペースで観念寺婦人会が、『フラワーアレンジメント教室』や『ちぎり絵教室』、『パッチワーク教室』、『歌声サロン』などを開催して下さった。
そして、今年のバス旅行は『奈良の吉野』へご門徒の皆さんと旅した。
又、近場では『観念寺大人の遠足』と題して、みんなで『富田林寺内町雛めぐり』をして歩いた。
でも、やはり今年の一番思い出に残る行事は『寺カフェ』であろう。
この行事は、ご門徒だけではなく、地域一帯を巻き込み、来年も続けることになった。
さて、来年は何をしようか?
又、みんなで考えよう。合掌
寺カフェの効果

お寺でコーヒー・紅茶を飲んで、みんなにくつろいでもらう。
これをコンセプトに始めたのが『寺カフェ』という。
この「くつろぐ」という効果が、もう出てきている。
たとえば、奥さんを亡くされ、泣き疲れたご年配のご門徒がいる。
「寺カフェに来ませんか?」と何度も誘ってみたが、なかなか行動に移されない。
そこで、先日、無理やり(笑)電話を掛けて車で迎えに行った。
すると、すっと来られた。
僕は、すでにおしゃべりに夢中なお客さん達に「○○さんという方が初めて来られましたー。イェーい」と言う。
すると、お客さんのお一人が「こっち、こっちへおいでや。・・ここ座って。(すでに座っておられるお客さんに対して)『もう、あんたはそろそろ帰る時間やろ!』」とみんなに笑いを飛ばし、無理やり席を空け仲間に入れて下さった。
そしてそのご門徒さんは、寂しい身の上話を、コーヒーを飲みながらいろいろと語り、そしてみんなもそれを聞いて下さり、初めてにも拘らず一杯お話をされ、喜んで過ごされた。
その帰りの車の中で「楽しかったですわ。又、来月も来ますわ」とおっしゃった。
コーヒーを飲みながらワイワイと喋る。
これは、お寺で無くても出来るかもしれないが、『南無阿弥陀仏』とお名号が掛かっている中で、皆で『くつろぐ』というのは、又ちょっと違った、心が優しくなれる雰囲気ができる。・・と思うのである。
寺カフェは、良いものである。
紙芝居を描いている所
妙好人の紙芝居って?
妙好人とは?
《純粋な信仰心を持ち、その(信心の)レベルの高さにおいては、飛びぬけた人》を云う。
又、お寺の僧侶であるという権威を持たず、一般家庭の信者の方が多い。
又、主に浄土真宗の門徒(信者)を差すことも多い。
余談ながら、(あまり知られていないが)今年の大河ドラマ『花燃ゆ』の主人公、吉田松陰の妹・文も《妙好人》の一人と言われている。
僕は、この[妙好人]という言葉が好きで、憧れもあり、たくさん《妙好人紙芝居》を作った。
『大和の清九郎』さん、『因幡の源左』さん、『讃岐の庄松』さん、『浅原才市』さん、『物種吉兵衛』さん、エトセトラ・・。
そして、これからも作り続けるだろう。
一般に、浄土真宗の門徒(信者)の方(僧侶も含めて)は、この[妙好人]の話(エピソード)を聞くのが好きだ。
それは、僕と一緒で《スーパーマン》に憧れるような感覚で、彼ら妙好人の[胸がスカッとするような(一休さんのような)奇抜な行動・言動]や[そんな、奴おらんやろ~⁉、んな、あほな⁈]や[よくぞ、(私に代って)言ってくれました!]というようなおもしろい行動に、一喜一憂して拍手喝采したいからだと思う。
又、単純に『こんな風になりたいなぁ!』という感じもある。
それが最近、門徒さんの中にも「妙好人って誰?何なの?」という言葉が多い。(少なくとも僕の回りでは・・。)
又、「妙好人とは、ごく普通の人なんです。エピソードは誇張です。」という、頭の固いインテリ僧侶も多い。
僕は、ほんま、もっと一昔前の「紙芝居」を観るような感覚で[妙好人]を知って楽しんで頂きたい。
そんなワクワクするような、(時には真面目すぎる)妙好人の紙芝居をこれからも作っていきたいと思う。
次の[紙芝居]制作へ⁉
「紙芝居を一本作るのに、日数はどれくらい掛かりますか?」とよく聞かれる。
その作品の[内容]の深さにもよるのだが、「だいたい、[三か月]ぐらい掛かります。」とよく答える。
それは、資料集めから始まり、現地取材、構想、そして文章を書き、絵を描く。・・やっぱり、三か月は掛かる。(仕事の合間に作るのだから、仕方がない。)
今年は、一本の枚数は12~3枚だが、内容の濃い作品が多かった為、三本しか出来なかった。
又、「一日、何時間ぐらい、机に向かって絵を描いているのですか?」とも聞かれる。
・・それはまちまち。
昔は、暇さえあれば、一日中でも描いていたが、病気をしてからは、一日10~30分ほどだ。右手も前より不自由になった。(だから、描くスピードが遅い) でも描けるだけ良いとするか?!と思っている。
今、新作『妙好人 物種吉兵衛さん』の紙芝居の下絵が(ようやく)完成した。あとは、色塗りだけだ。(ここまで来たら、後は楽だ。)
それで、次回作『妙好人 六連島(むつれじま)のお軽(かる)さん』の制作準備に入っていて、
先日、お軽さんの故郷、山口県下関の[六連島]に行ってこようと計画を立てたのだが、
島のお寺の住職から「12月は玄界灘の海の波が荒れる日が多い為、舟の欠航が多く、こちらに来るのは止めたほうが良い。」とのお電話を頂いた。
そのため、取材旅行は中止にした。(来年の春に延期だ。)
さて、お軽さんの制作は、次の々にするとして、次回は何の作品を作るとしょうかな?
岡山市:真宗本派『光清寺』様の[定例法座]への出講
11月14・15日。
岡山市の浄土真宗本願寺派[光清寺]様に、お招き頂き、息子と共に車で行かせて頂いた。
遠方なので、こちらもビジネスホテルで一泊。
運転は息子にしてもらった。
(岡山市:後楽園)
時間があったので、お寺の近くの、紅葉の[後楽園]を見学。
(息子と記念撮影)
・・心が洗われました。
(居酒屋の日本酒[獺祭])
その夜、息子と近くの居酒屋へ。
そこに、アメリカのオバマ大統領へ、日本の首相からプレゼントしたという日本酒[獺祭(だっさい)]があったので、頂きました。
・・胃が洗われました。
(光清寺さま)
さて、光清寺さまのこと。
コンクリート二階建てのお寺で、二階の本堂へはエレベーターがあり、羨ましい限りであった。
そして、一階が控え室と、門徒さんの納骨堂になっている。これも羨ましかったです。
他のお寺を見たら、最近「羨ましい!」ばっかり。・・今を感謝し満足せねば!・・反省。
(ご住職と共に)
又、こちらの住職さんも、一般家庭(在家)からお寺の世界に飛び込まれた方だそうで、色々と[お寺世界]の苦労話にお互い花が咲きました。
岡山のご門徒さんにも、受け入れて頂けた[紙芝居法話]。
ご住職さま、坊守様、お寺の役員様とご門徒の皆さま、本当にお世話になり有難うございました。合掌




