住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『一疋(ぴき)の竜』(後編)

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 竜は、皮の無い赤い肉ばかりで、地に横たわっておりました。
 この時、日がカンカンと照って、土は熱く、竜は苦しさにバタバタしながら、水のある所へ行こうとしました。
 その時、たくさんの小さな虫が、その竜の体を食おうと出て来ました。
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 この時、竜は考えました。
「今、私の体を、この虫たちにやるのは、誠の道(仏の道)だ。
 今、肉をこの虫たちにくれておけば、やがては[誠の道]をこの虫たちに教えることができる。」と。
 竜はだまって動かずに、虫に体を食わせました。
 そして、とうとう乾いて、死んでしまいました。
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 死んで、この竜は天上に生まれ、後に、世界で一番偉い人[お釈迦様]になって、みんなに一番の幸せを与えました。
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 そして、のち、この虫たちもみんな人間に生まれ変わりました。(・・そうか、僕らは竜の体を食べた虫だったのか⁉・・余談)
 そして、竜の考えたように、未来で、お釈迦様のみ教えを(お経を通して)聞いて、誠の道に入りました。
 このようにして、お釈迦様が誠の為に、身を捨てたことは、今は世界中、あらゆる所を満たしております。
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 この話は、おとぎ話ではありません。おしまい

 ・・もう一度、この話はおとぎ話ではありません。

紙芝居:『一疋(ぴき)の竜』(前編)

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(この紙芝居を描く為に、買って作った[竜]のプラモデル。結構作るのが難しかった。・・鉄のプラモなので手を切って血だらけになってしまった。[笑])
 (はじめに)
・・何年か前に、岩手県の『宮沢賢治記念館』へ行ったことがある。
 そこで、学芸員の方に『賢治』の仏教的作品について、色々と教えて頂いた。
 その作品に(ジャータカ(仏の前生談)などの影響から)『よだかの星』なども(自己犠牲談も)あるが、僕はこの『手紙』という名で、後世に残った『竜』の話がとても印象にのこった。・・なぜ、この題名が『手紙』かというと、賢治が誰かに宛てて書いた手紙ではなく、物語を思いついたら、やたらめったに友人や知らない家のポストに入れまくって配ったから、こんな題名が付いたらしい・・。もらった人はどう思ったろうか?案外迷惑な『手紙』だったのではなかろうか?「これ何?」と思ってすぐに捨てられた方もあったのであろう?・・が、それが賢治らしくて僕は好きだ。
 尚、この紙芝居は、原作の表現を少しわかりやすく変えて作りましたので、原文を読まれたい方は、文庫本を買って読んでください。
 それでは、はじまり、はじまり~
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 昔、あるところに、一疋(ぴき)の竜がいました。
 力が非常に強く、形も大層恐ろしげでありました。
 それに強い毒も持っていました。
 それで、あらゆる生き物がこの竜に遇えば、弱いものは気を失い、強いものでも死んでしまうことがありました。
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 が、ある日、この竜は良い心を起こしました。
「これからは、もう悪いことはしない!すべてのものを悩ませない!」と誓ったのです。
 そして、静かなところを求めて、林の中に入り『物事の正しい道筋』を考えていました。
 が、とうとう疲れて眠ってしまいました。(ねっ、寝んのかい⁉)
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 竜は眠っている間は、形が『へび』に変わります。(・・そんなん初めて知ったわ⁉・・余談だが、ブッタの弟子のカッサパ三兄弟の話に出てくる竜も、ブッタに諭されて蛇に姿が変わったと書かれてあったような・・、知らんけど)
 この竜も大きな蛇の形になりました。
 体は綺麗な瑠璃色や金色の紋があらわれていました。
 そこへ、猟師たちがやって来ました。
 そして、この蛇を見て、ビックリするほど喜んだのです。
(喜ぶ前に驚いて怖がれよ‥余談)
「こんな綺麗な珍しい皮は見たことがない。王様に献上すれば、さぞや喜ばれるであろう!」と。
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 そして、猟師たちは杖でへびの頭を押さえて、その皮を剥ぎ始めたのです。
 竜は気が付いて考えました。
「俺の力は、この国さえも壊せる。こんな猟師ぐらいなんでもない。
・・けれど、私は『もう悪いことはしない!』と誓った。
 この猟師を殺したところで可哀そうだ。
 もはや、この体は投げ捨てて、こらえてやろう。」と、竜はへびから元の姿に戻るのを、我慢しました。
 そして、すっかり覚悟が決まりましたので、目をつぶって痛いのをじっとこらえました。
 又、猟師たちに毒をかけないように、息をこらえて、悔しいという心さえ起こしませんでした。
 そして猟師たちは、皮を剥いだら行ってしまいました。
 そこで、ようやく蛇から、竜の姿に戻りました。 
 後編へつづく
 

紙芝居: 『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(後編)

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「あなた、この私には、まだ年頃の子供がおりまして・・、その子たちの将来のことも考えてやらねばねぇ・・。
 私が死んだら、どういうことになるか⁈・・心配で心配で・・。」と言って、薬を飲むのを断りました。
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 医者のふりをしている師匠は、次に彼の妻に声をかけました。
 そして、薬を手渡しました。
 妻は考えました。
 そして、やがて涙をためて言いました。
「主人は、今日までの寿命だったのですわ。・・私が死んだらこの赤ん坊はどうなりましょう⁈誰が育ててくれるでしょう?・・この薬を飲むわけにはいけませんわ。」と。
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 そうこうしているうちに、薬の効き目がなくなって、弟子は身体を自由に動かせるようになりました。
 彼はその時、誰一人、自分のものではない事を、はっきり悟りました。
 そして、ベッドから降りて、師匠と共に家を出て行きました。
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 師匠は弟子に話されました。
「これで分かっただろう・・。
 でもただ一人、自分のものと呼べるお方がいる。
 それが、神仏だよ」と。
 おしまい

紙芝居: 『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(中編)

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弟子は言われた通りにしました。
・・そして、死んだようになりました。
 母、妻、その他の肉親たちは、彼が突然亡くなったと思い泣き始めました。
 折も良し、その時、医者に変装した師匠が訪ねてきました。
「わしは医者だが、どうして泣いているのか⁈」と訪ねると、家族は訳を話しました。
 そこで、医者はみんなの前で言いました。
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「ここに良い薬があります。これを飲ませると、旦那さんは必ず生き返ります。
 ・・だが、一つ条件があります。
 この薬は、まず最初に、親族の者が飲まなければならないのです。
 それから、旦那さんに飲ませます。
 すると、旦那さんは生き返ります。・・が、最初に飲んだ者は死ななければなりません。
 見渡したところ、お母さんも奥さんも、親戚の方たちも、何人もおられる。
 きっと、どなたか、この薬を飲んでくださるでしょう。
そうすれば、この前途ある若者の命は助かります。」と言いました。
 もちろん、幽体離脱した弟子は、すべてを聞いていました。
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 医者のふりをしていた師匠は、まず母親に声を掛けました。
 母親は嘆きのあまり、床の上を転げまわって泣いていたのですから・・。
「お母さん、もう泣くことはありません。
 早くこの薬をお飲みなさい。そうすれば、息子さんは生き返ります。・・もっとも、あなたは死にますが・・。」と言いました。
 母親は薬を手のひらにのせて、考え始めました。
 ずいぶん、考えました。
 そして、医者に言いました。 つづく
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紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~頼りになる者の巻』(前編)

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インドのえらーいお坊様のお話の続編
 ある日、えらーいお坊様は、弟子のひとりに、こうおっしやいました。
「神様、仏さまだけが、お前のもの。ほかの者は、誰一人お前のものではないんじゃよ。」と。
 それを聞いて、弟子の一人が不服そうな顔をして、反論しました。
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「でも、先生!私の母も妻も、大層良く私の世話をしてくれます。
 一度会って下されば、お分かりになります。
 彼女たちは、とても私を愛してくれています!」と言いました。
 すると、師匠はニッコ笑って・・、
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「それはお前、錯覚というものさ・・。誰一人、お前に属している人間はいない。
 その事実を私が見せてやろう。
 ここに、不思議な薬がある。
 これを家に帰ったら、すぐ飲んでベッドに入って寝ていなさい。
お前は誰が見ても死んだようになる。
 家族は驚く!お前が死んだと思うだろう。
 だが、お前の意識はハッキリしていて、何でも見えるし聞こえる。いわば、幽体離脱じゃ。
 その時、わしが医者に変装して、お前の家を訪ねて行こう。」と言いました。つづく

紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~縛られた人の巻』(後編)

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だが、二匹か、三匹くらいがドボーン、ドボーンと、音をたてて逃げてゆく。
 そんな時、漁師は言うよ。「おっ、一匹デカいやつが逃げちまったぞ!」と。
 これが『悟れた人』。大いなる安らぎが手に入った人じゃ。
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 しかし、網にかかった大部分の魚は、逃げようともしない。
 それどころか、網の目を口にくわえて、湖の底に潜り込んでじっとしてる。「もう心配ない。俺たちはうまくいっている」と考えている。
 世の中はそんなもんじゃ・・。
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 やがて漁師たちが網を引き上げ、一匹残らず捕まってしまうことが、どうしてもわからない。
 これが、そっくりそのまま、『縛られた人』の有様じゃ。
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 皆の衆、世間の楽しみなど、幻のようなもんじゃ。
・・地位、名誉、お金、すべては幻・・。
 漁師の網を抜け出す!それは、世間の束縛の網!
 大いなる安らぎを求める、そんな方法をそれぞれが探すこと・・それが大切な事なんじゃよ。 おしまい

紙芝居:『インドのえらーいお坊様のお話~縛られた人の巻』(前編)

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わしの名は『ラーマ・クリシュナ』。
 インドのえらーいお坊さんじゃよ。
 皆の衆、しばらく、わしの話を聞いておくれ。
 それでは、はじまり、はじまりじゃ。
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 わしの見る所、世の中には、四種類の人間がいるのぉ。
 一人目は『世の中のあらゆることに縛られた人』。
 二人目は『そのあらゆることから、脱け出して悟りを求める人』。
 三人目は『あらゆることから、悟れた人』。
 そして、四人目が『人びとを幸せにするためだけに、この世に居る人』じゃ。
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 たとえ話をしよう・・。
 湖に漁師が網をしかけた。
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 賢い魚は、決して網にはかからない。
 これは、人びとを幸せにすることだけを考えている人じゃ。
 世俗の楽しみに、まったく興味がない。
 ブッタなどの偉大な聖者たちの魂じゃな・・。
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 だが、ほとんどの魚は網にかかってしまう。
 この中で、幾匹の魚は、逃げよう!と頑張る。
 これが、悟りを求める人じゃ。
 けれども、皆が逃げれる訳ではない。
 世の中には、誘惑が多いので、逃げるのが難しいのじゃ。
 後半に、つづくじゃ。

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その6 最終回)

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 足の速い神[韋駄天]のもう一つのエピソード。
 韋駄天には、お釈迦様のボディガードという仕事の他に、もう一つ仕事がありました。
 それは、お釈迦様やお弟子たちへの『食料調達係』という、(足の速さを買われての)仕事でした。
(※余談だが、ボディガードと食料調達仕事は、両立したのだろうか?・・もし、食べ物を集めている途中、お釈迦様が襲われたらどうしたろうか⁈・・が、考えてみたら、仏様のボディガードの神は、韋駄天だけではない。ほかにも沢山(ケビンコスナー級[笑]のガードマンたちが居たろうから、そんな心配は無用なのだろう・・。)
 韋駄天は、自慢の足の速さを使って、食べ物材料の調達係をしました。
 山を越え、谷を越え、野菜や果物などを集めて回ったのです。
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 それで皆は韋駄天に感謝し、「韋駄天様、馳せて走って、食べ物を集めてくださり有難うございます。・・馳走さまでした!」と言いました。
 それがやがて、『ご馳走さまでした』という言葉の由来になっていったそうです。
 今では食事の最初に『尊い命をいただく』ので、『いただきます。』と言い、
 最後に、韋駄天のように(馳せて走って)食事を用意して下さったたくさんの人たちへの感謝を込めて、『ご馳走様でした』というようになったそうです。
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 仏様の為に、たくさんの人々のために、走り回って活躍した神様『韋駄天』。
 今も、京都は泉涌寺さまの『舎利殿』で、仏舎利を守っておられます。
 又、『馳走』の由来から、様々なお寺の台所にお祀りされております。 
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(仏舎利と韋駄天)
 おしまい

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その5)

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(能楽『舎利』[舎利を抱える鬼])
紙芝居では、『舎利』を盗んだ鬼の逃亡者[足疾鬼]が、追跡者[韋駄天]に捕まり、「もうしませーん!」と反省したが、実はそうではなかった。
・・そう、この話にはまだ後日談があるのです。
今回は、その余談のお話になります。
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(会場:茨木クリエイトセンター)
 能楽に『舎利』という演目があります。
 昨日、茨木クリエイトセンターに行って観てきました。
 物語は、実は足疾鬼が、まだ『舎利』をあきらめきれず、あれから日本の『泉涌寺』に奉られた『舎利』を、人間に変装して盗みにやって来るところから始まります。
 そして盗みに成功した鬼の、また逃亡が始まります。
 泉涌寺の寺の僧たちの祈りに応えて、天界よりまたまた韋駄天が呼び出され、『ルパーン、待てー!いや違う、足疾鬼、逮捕じゃー!』と銭形のとっつぁん警部のように、舞台の上で、足疾鬼と追いかけっこをして、最後には無事に『舎利』を取り戻し、お寺に返すというストーリーです。(これが本当の鬼ごっこ)
 (ゴジラの動きのようで?)あまり激しい動きのないの能楽には珍しいアクション活劇ですよね。・・けっこう面白かったです。セリフは余りわからんかったけど・・。)
 が、最後は足疾鬼が、まだ残念そうに『舎利』を持ち去る韋駄天を見つめる所で舞台は終わっているので、きっとこれは『続編』を考えていたのでは?と思ってしまいました。 
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(泉涌寺:『舎利殿』)
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(今も韋駄天は、仏様の『舎利』を守っている)
 ・・さて、この紙芝居はまだ終わりません。
・・もう一つ大事な『韋駄天』のエピソードがあるからです。 次回、最終回   つづく

紙芝居:『走る!韋駄天(いだてん)』(その4)

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 韋駄天は、神様です。
 鬼がどこに逃げようと、直感で分かります。
「あっ、あそこに見えるは、大事に何かを抱える鬼⁉・・あやつこそが[足疾鬼(そくしつき)]に違いない!・・待てー!」と、韋駄天は鬼を発見し、追いつきました。
 そして、ついに足疾鬼を捕まえたのでした。
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「許してくだされー。わしもお釈迦様の[舎利]を持って、幸せになりたかったのじゃー。もう、悪いことはいたしませーん。舎利はお返しまーす。」と、足疾鬼は泣く泣く言いました。
「鬼よ、素直に返すなら命はとらぬ。・・人の物を盗むことで幸せにはならぬぞ!よーく、反省せよ。」と、韋駄天は言いました。
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「この通り、お釈迦様の歯の[舎利]は、無事に取りもどしました。お受け取り下さい。」
「確かに。・・韋駄天、感謝いたします。有難う!」と、お坊さんたちは厚く御礼を言いました。
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 そして、やがてこのお話が世界各地に伝わり、足の超・速い人のことを『韋駄天走り』と、日本でも云われるようになりました。
 今も日本の陸上競技会では、若き『韋駄天』たちが、たくさんの声援を受けて大活躍していますよね。 つづく

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