住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『私が住職になった理由(わけ)』(前編)

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 私が後悔しない僧侶の道で生きていこうと思ってから、何年かが経ちました。
 がしかし、相変わらず酒屋の二階に、家族(父母、妻と子供二人)と共に暮らして居ました。
さてこの紙芝居は、私がお寺の法務員(役僧)から、今のお寺(観念寺)の住職になるまでのお話です。始まり、はじまりー。
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 宮本酒店の規模は縮小し、父親一人でも運営出来るようになっていました。
・・というよりも、時代の波でお酒を置いたコンビニが増えだし、ウチのような小さな酒屋は縮小せざるを得なかったのです。
 私は相変わらず、お寺の仕事をしながら、酒屋の仕事も手伝っていました。
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 又それとは別に、休みの日には、その頃[仏教ホスピス活動]と呼ばれていた[ビハーラ活動]にも参加していました。
 これは、老人ホームや病院などへ宗教者が出向き、様々な奉仕活動をさせて頂くものです。
 私はこのような[宗教と福祉と医療]が共に手を携えて、社会の為に貢献してゆく奉仕運動が本来したかったのです。(ちっちゃな事ですが)
 この活動が私の運命を変えました。 
 ある日、このビハーラ活動の恩師から、次のようなお話がありました。
 それは、平成10年の春でした。
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 恩師は私に突然言われました。
「大阪は南河内に後継を探しているお寺がある。
 良かったらそこに来ないか?新住職として迎えるから・・」と。
 「・・ただし、」と話しは続き、
「すでに、その寺には留守番僧として、老人姉弟が住んでいる。
 その御老人達と暮らすのが、条件なのだが・・」と言われたのでした。つづく

紙芝居:『私が僧侶になった理由(わけ)』(後編)

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 そして、私は午前中、法衣を羽織り[檀家参り]をして、
 午後からは(酒屋に戻り)、前掛けをして[お酒の配達]という[二足のわらじ]を履くという生活が始まりました。
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 やがて、檀那寺の御住職は腰痛の手術の為、病院に入院されました。
 するとやはり、私のお寺の仕事は増え、今度は酒屋の仕事が疎かになり始めました。
 父が怒り出しました。
 当然です。
 配達要員が居なくなったのですから・・。
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 父はそして堪忍袋の緒が切れました。
「商売をするのか、僧侶でいくのか?はっきりしろ!」と。
 私は最終通告を出されました。
 悩んだ末、私は恩師に相談に行くことにしました。
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 その恩師は私に言われました。
「人間というものは、いつか必ず死ぬ。・・それがいつかは分からぬが、その最後の臨終の時、『この仕事を選んで良かった』と思える道を選びなさい。君は酒屋か、僧侶か、どちらが後悔しないかな?」と言われたのです。
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 私はこの一言で、「後悔しない」と思う、僧侶の道を選びました。
 そして、父にも自分の意志をはっきりと言いました。
父はがっかりしていましたが、「お前が選んだなら、それで良い」と最後は言ってくれました。
 そして私は、正式にお寺の役僧(法務員)になったのでした。
 第一部、おしまい 第二部『私が住職になった理由(わけ)』につづく

紙芝居:『私が僧侶になった理由(わけ)』(前編)

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『お寺の出前 紙芝居屋亭』亭主の宮本直樹です。
 私は出前先で、「なぜ?在家(一般の家庭)の者が、お坊さんになったのですか?」とよく聞かれます。
 又、「なぜ?今のお寺の住職に?」とか、
「なぜ?紙芝居を作って演じるようになったの?」とかも聞かれます。
 ・・という事で、今回は[3部作]にして、その質問に「紙芝居」でお答えしようと思います。
 題して第一部、私の短い自叙伝もどき「私が僧侶になった理由(わけ)」から始めたいと思います。はじまり、はじまり〜。
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 私は昭和35年、大阪の小さな酒屋の長男に生まれました。
 店は私で3代目。当然、小さい頃は自分も大きくなれば、酒屋を継ぐものだと思っていました。しかし・・、
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いつの頃からか、宗教に興味を持ち、学校も仏教の大学を選んで進みました。
 大学卒業後は、結婚もして、酒屋の跡取りとして店を手伝い始めました。・・それが父親との約束でしたので。
 が、どうしても心は満たされず、神仏、そしてスピリチャルなものに常に向いておりました。
 ちょうど、そのような時・・.
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私の家にお参りにくださっていた檀那寺のご住職が腰痛を起こし、「お参りを空いている時間だけ手伝ってくれないか?」という話が起こりました。
 御住職には息子さんが居られましたが、まだお若かったのです。
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 「僕がお坊さんになる!?」というこのお話は、私自身の心の中のモヤモヤ感や闇を、照らす一筋の光に感じました。
 両親も「困っておられる檀那寺を助け、空いている時間だけなら良い。」と賛成してくれて、このお話をお受けすることになりました。
 後編へつづく。

紙芝居:『白骨の御文章~蓮如上人からのお手紙2』(その4 最終回)

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『・・遺体はそのままにしておけないので、野辺に共に行き火葬する。
 すると、夕方から夜にかけて煙となって、後には白い骨だけが残る・・。
 あぁっ、なんと哀れな事じゃろう。
 ・・さてさて、死ぬことを考えると、人間のはかなきことは年寄りが先か、若者が後かは決まっておらぬ。
 だから皆さま方、いつかやって来る[死]というものを、常に忘れないようにして下され。
 そして、今を大切にして下されや。
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 もっとも大切なことは、極楽浄土へと導いて下さる[阿弥陀様]を頼りにして、お頼み申し上げることじゃ。
 それは、お念仏することなのじゃ。
 お念仏して下されよ。・・南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ。
 ・・もったいない事、もったいない事。合掌』
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 こうして青木民部の縁者たちは、涙してこの『御文(おてがみ)』を味わいました。
「・・なんとっ、わが身に迫る無常な思いが心にしみる。
 蓮如さま、ありがとうございました。ナムアミダブツ、南無阿弥陀仏・・」と。
 その後、このお手紙は『白骨の御文章(御文)』という名で、ご門徒たちに広く伝わり、時代を越えて多くの人に拝読されることになったという事です。 おしまい

(ほんの少しあとがきを・・)
 以前、私の友達の僧侶から「蓮如上人の『白骨の御文章』は、蓮如さまのオリジナルではないよ。あれは、縁者にあたる[存覚(ぞんかく)]様と後鳥羽上皇の文章を基に、蓮如さまが作られたものだよ。」と聞いたことがある。
 僕は「へっ~、そうなの⁉」と聞いていろいろと調べてみたら、その通りであった。・・知らんけど、(笑)・・本当の史実はどうなのかは?
 ・・しかし、この文章の持つ響きや深さ悲しさは、蓮如上人が持つ人間的魅力(発せられるインパクト)にぴったりではないかと、この紙芝居ではあえて『蓮如上人からのお手紙』という題名にさせて頂いた。余計なことだけど少し足させていただく。

紙芝居:『白骨の御文章〜蓮如上人からのお手紙2』(その3)

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こうして蓮如上人は筆を取られました。(以下、現代語訳)
『さてさて・・、人の人生の移り変りをじっくり考えてみると、生まれてから死ぬまでの間は、幻のようにあっという間なのだ。
 なぜなら、この世に1万歳も生きた人などいないからじゃ。
 一生なんて、あっという間に過ぎてゆくのじゃよ。
 100歳になって、元気で過ごして居られる人なんて、本当にまれじゃ・・。
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死ぬのは自分が先なのか?
 他人が先なのか?
・・それも今日なのか?明日なのか?
 それもわからない。
 人の命は、草の葉先の露や根元にかかっている滴のように、遅い速いの違いはあれ、いずれは落ちて無くなってしまう。
 朝には元気な顔であっても、夕方には白い骨となってしまうような、そんな身なのじゃ。
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無常の風が吹けば、二つの目はたちまちに閉じる。
 そして息は絶える。
 その元気だった顔も美しさも失い、親戚や家族が集まって嘆き悲しんでも、どうすることもできぬのじゃ・・。』
つづく

紙芝居:『白骨の御文章~蓮如上人からのお手紙2』(その2)

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そして、娘はその日の夜、あっけなく亡くなってしまいました。
 民部(みんぶ)の夫婦は、それは驚き悲しみました。
 がしかし、氷のように冷たくなった亡骸はどうする事も出来ません。
 隣近所や友人達が手伝い、その次の日、娘の遺体は野辺送り(火葬)となりました。
 そして後に残ったのは、白い骨だけとなったのでした。
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「これが、待ちに待った娘の嫁入り姿なのか?!・・おぉっ、おぉっ・・」
と、民部は変わり果てた娘の骨を手に乗せて、泣き崩れました。
 ・・そして、その夜、民部も同じように息絶えてしまったのでした。
 又、妻も後を追うかのように、数日後、亡くなりました。(これは明らかに伝染病やね・・)
 こうして、数日の間に一家全員が亡くなってしまったのでした・・。
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 そしてその後、親類縁者が集まって相談して、残された民部の家財道具一式は、家族が信仰していた蓮如上人のお寺に寄進されることになったのでした。
 その時の事。縁者の一人が、蓮如上人に願い出ました。
「蓮如さま、民部一家の事は大変つらい出来事でした。
 どうか、私たちに人の世の無常のことわりを表し・・、又苦しみを和らげる・・、そんな御文(ふみ)を書いてはいただけないでしょうか?
 お願いいたします!」と。
「よし、わかった。すぐに筆を取ろう!」と蓮如上人は答えられました。つづく

紙芝居:『白骨の御文章~蓮如上人からのお手紙2』(その1)

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『朝(あした)には紅顔ありて 夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となれる身なり・・』
 この文は、浄土真宗の葬儀などの場で、読まれる『御文章(ごぶんしょう)』の中の[白骨の章]という有名な一節です。
 作られたのは浄土真宗八代[蓮如(れんにょ)上人]というお坊さんです。
 ご門徒(信者)に向けて、人の世の無常のみ教えを、手紙の形で書いておられます。
 さて、この紙芝居は蓮如上人がこのお手紙を書かれたエピソードを物語にしたものです。
 それでは始まり、はじまり~
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 昔々の室町時代。
 京の山科(やましな)という所に、[青木民部(あおき・みんぶ)]というお侍が住んでいました。
 民部には妻と娘が居り、貧しいながらも、つつましく幸せに暮らしておりました。
 そして、この家族は自宅近くにあった蓮如上人のお寺によくお参りをしておりました。
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 ある時、民部の娘に身分の高いお武家からの、たいへん良い縁談の話が持ち上がりました。
 この話はすぐにまとまり、民部はそれは喜び、先祖伝来の鎧などを売りお金に換えて、嫁入り道具をそろえました。
 ・・そして、結婚式の当日の朝を迎えました。
 「お父様、お母様、今までお育て頂きありがとうございました。」とあいさつを終えたその時・・、
 娘はフラッとその場で倒れてしまったのです。つづく
 

紙芝居:『蓮如上人からのお手紙~伝染病について』(その5 最終回)

 そして最後に蓮如上人は次のようにおっしゃいました。
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『このような時代じゃからこそ、御門徒の皆様には、今まで言いました事をお忘れなき様お願いいたします。
 ・・私達は皆、阿弥陀如来の救いの中にあるのじゃよ。もったいない事、もったいない事、南無阿弥陀仏。』
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このお手紙を聞いて、御門徒達はハッとしました。
「・・蓮如様の仰るとおりじゃ。
 この病気に罹らなくても、いつかはワシらの死んでゆく身であった。
 その事を蓮如様は思い出させて下さった。
 一日一日を大切にして、頂いた命をありがたく過ごそうぞ。なっ、皆の衆!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」 
 こうして念仏道場は、安らかで力強いお念仏の声が響き渡ったのでした。おしまい
 (終わりに)
 現在、世界中で[新型コロナウイルス]が猛威を振るい、我々は不安な日々を送っております。
 このような病や死を身近に感じる時、私達は蓮如上人からのお手紙の中で、「我々は死んでゆく身である。」と改めて学ばせていただきました。
 そして不安に思う私たちへ、「限られた命を大切にして欲しい。阿弥陀様が見守ってくださっている。」とメッセージを受け取らせていただきました。
共に悩み、共に苦しみながらも、お念仏のみ教えを聞き、共に歩んで参ろうではありませんか。合掌

紙芝居:『蓮如上人からのお手紙~伝染病について』(その4)

 蓮如上人のお手紙はつづきます。
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『・・だがな、阿弥陀如来は常に私達を見守って下さっておられる。
 必ずお浄土へ連れて行くと誓われた仏様じゃ。
 御門徒達よ、私達が気づいていない時でも、阿弥陀如来は私達を救おうとされているのじゃ。
 この事を今一度思い出してくだされ。
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 ・・私達の不安な気持ちは消えるものではない。
 しかし、そんな私達一人一人を必ず救うと阿弥陀如来はおっしゃってくださっておられるのじゃ。
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 私達は「南無阿弥陀仏=[仏様ありがとうございます]」と、そんな阿弥陀如来に向かって感謝のお念仏を常に申すのじゃ。
・・皆様方の不安な気持ちはこの先もつづくじゃろうが、どうか阿弥陀仏を信じ、限られた命を大事にしてくだされ。』つづく

紙芝居:『蓮如上人からのお手紙~伝染病について』(その3)

・・御門徒の一人が、蓮如上人からのお手紙を読み始めた。(以下、私訳)
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『御門徒の皆様へ
 この頃、悪い疫癘(伝染病)が流行り、多くの人が亡くなっておられる。
 そちらの皆様も、さぞやご心配のことじゃと思われます。
 しかし、思い出してみて下されや。
 人は生まれた時から、皆死ぬ事が決まっておろう。
 それが私達の頂いた命のことわりというものじゃ。
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 今、多くの人達が伝染病で苦しんでおられる。
・・さぞや不安であろう。
 しかし、伝染病に罹った者は死に、罹らなかった者は死なないという事ではないのじゃ。
 私達はこの病気に罹らなかったとしても、いつかは命の終わりを迎えるのじゃ。
 助かろうとして、まじないや祈祷を行なっても、寿命を変えられる訳ではないのじゃ。』つづくじゃ

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