(法雲寺さま)
昨日、今日の二日間、豊中市にある浄土真宗本願寺派『法雲寺』さまの「永代経法要」にお招き頂き、「紙芝居法話」をさせて頂いて来た。
こちらの「永代経法要」様への出講は、今年で三回目となる。
毎回、書かせて頂いているように思えるが、こちらのお寺はちょっと変わっている。
(お寺の)お庭が、スポーツ公園になっていて、バスケットボールなどのスポーツが(無料で)楽しめるようになっている。
これも、こちらの『地域振興』を旗印とする、青少年育成の為の教育活動の一環なのだそうだ。
・・が、少年たちのエネルギーは、時に(想像を越えるほど)絶大で、たまに廻りの(ご近所)へのトラブルを、生み出してしまう事もあるそうだ。・・間にたって謝る住職さんは、つらいなぁ。
・・しかし、負けるな若住職!きっと明るい未来が待ってる!・・かもしれない。
さて、二日間に渡る、『紙芝居法話』であるが、今年は一日目に「アミダ仏物語」と(住職のご希望で)「犬たちをおくる日」をさせてもらい、
そして二日目の今日は「おしゃか様物語」と休憩を挟んで「狭山池の底の石棺」と「でんでんむしのかなしみ」を演じさせてもらった。
そして最後に、又来年のこちらでの法要のご法縁(予約)まで頂き、(有り難いが)恐縮、恐縮、恐縮してしまった。
・・あぁっ困ったわい、来年、何しゃべろ?!
まぁ、それはその時考えることにして、とりあえず、今年は無事に「紙芝居法話」を終えることが出来ました。
法雲寺のご家族の皆様、総代様、門徒活性化委員の皆様、ご門徒さま、お世話になりありがとうございました。合掌
ちなみに、この時の模様は、下記の風雲、法雲寺のホームページで見れますよー。
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豊中市「真宗(西)法雲寺」様の永代経法要
三重県津市「真宗(西)西光寺」さま〔子供の集い&永代経〕への出前
(津城跡)
5月5日、お天気にも恵まれた今年の『こどもの日』、三重県津市の『浄土真宗本願寺派(西)西光寺』様の〔子供の集い&永代経法要〕にお招き頂き、「紙芝居法話」をさせて頂いて来た。
(津観音寺)
ところで、津市は、僕の弟(図書館勤務)が住んでいるところ。
・・で、(車の混雑も考え)前日から津に行って泊まり、一年ぶりに弟とも会い、食事(うなぎ弁当)を共にすることが出来た。そして、写真の日本三大観音(寺)の一つである『津観音寺』や『津城跡』なども、弟は案内してくれた。(又、次の日にはお寺(西光寺様)まで車で案内してくれた。持つべきものは、やはり弟である。合掌)
(西光寺御住職と)
ところで、なぜこちらのお寺様に御縁を頂いたのかを、少し書かねばならない。
それは、こちらのお寺様の隣にお住まいの〔門徒推進委員(熱心なお念仏者であり、かつお寺の強力なサポーター)〕のAさんが、昨年、うちの寺へ団体参拝してくだったのがご縁で、今回の『御法要』への段取りを(ご住職を通じて)取りはかってくださったという訳なのだ。(この場をお借りして、Aさん、いろいろとご厚情を篤く賜り誠にありがとうございました。大合掌)
(子供の集いの模様)
さて、こちら御法要は(先ほども書いたが、)午前は『子供の集い』であり、子供ちゃん中心の紙芝居(『くもの糸』・『三尺三寸のお箸』など)をして、午後の部は『永代経法要』ということで、大人向きの紙芝居(R15)『アミダ仏物語』と『嫁脅しのお面』をさせて頂く。
又、僕の頼りのない話をしっかりと受けて、まとめの御法話をして下さったK先生にも、この場をお借りして、深く感謝を申さねばならない。大大合掌
さて、個人的な感想を最後に一言。
とても、お話し易かったです。ノリの良い、又熱心なご門徒の皆様、受けて下さって本当に有難うございました! 大大大合掌。
又、ご住職さまのご家族の皆様、(ここでは、そのひとつひとつを、とても書けないほど)たくさんお世話になりました。有難うございました。大・大・大・大合掌!(どんな合掌やねん?!〔大失笑〕)
今、作り始めている紙芝居
今年の連休は、全日程、『お寺の仕事(ご法事など)』や遠方への『お寺の出前』などが入っていて、なかなか新作紙芝居が作れない。
今年は、上半期でようやく『中甚兵衛さん』と『重源さん』の二本の作品が完成したような次第である。
実は、今作り始めているというか、資料を集めているというか、取材に周っているというか、一度に三本の作品の製作に入っている。
その一本が、『金子みすゞと仏さま』という作品で、熱心な念仏信者であった〔金子みすゞ女史〕と仏教との関わりを中心にして、その生涯を描いた紙芝居だ。
この作品を完成させるに当たって、今年中に山口県の仙崎に取材に行って来ようと思っている。
僕は、金子女史の童謡(詩)の原点は、故郷長門市仙崎での『くじら法会』にあると思っている。
だから、くじらをおまつりしているお寺に一度行かねばと思っているのだ。
二本目が、『円空上人と小さな仏さま』と作品で、生涯12万体の仏を彫ったといわれている〔円空〕さまの生涯を、子供達とのエピソードを中心に描き始めている。
この作品も、三年前より、岐阜県への仕事の途中などに、円空様の史跡などに寄って、調べながら作っている。
そして三本目が、『捨聖 一遍上人』だ。
この作品は、昨年の『犬たちをおくる日』という紙芝居の取材の為に、愛媛県松山市に行った途中に、一遍さん所縁のお寺や神社に取材に廻り、資料を集めたりしている。
ところで、僕は興味が湧かないと、なかなか作品が描けない。
又、昔は、『文(シナリオ)』の完成から紙芝居の製作に入っていたのだが、この頃は、『絵』から入ることが多くなった。
『文』は最近、『絵』が完成した後で(なるべく短くまとめて)書けば良いと思い始めているからである。
だから、最近、画用紙ばかり文具店へ買いに行っているような次第である。(笑)
・・さて、今このプログを読んで下さっている方の中で、『いっぺんに、三本も紙芝居を作って頭の中がこんがらないの?』とおっしゃる方があるかも知れない。
しかし、それは無い。
一度に一本だけ、紙芝居を描いている方が(頭の中が)こんがらがってしまうのだ。 筆が進まなくなってしまうとスランプに陥るのである。
こんな時、違う作品に取り掛かると、スランプを脱出できる。
そして、前の(筆の止まった)作品の製作にうまく戻ることができるのだ。
・・そういうものなのです。・・僕の作品作りって。
東近江市「真照寺」さまの『花まつり』への出前

昨日、滋賀県東近江市にある「真宗(東)真照寺」様の『花まつり法要』にお招き頂き、〔紙芝居法話〕に行かせて頂いて来た。
この日は、ゴールデンウィークの中日であり、又良いお天気でもあったので、名神高速が混雑するだろうと予想し、朝六時には出発した。(それで、混雑には遭わなかった・・です。講演時間に間に合わんかったらシャレにならんもんなぁ。) 
広大な平地が続くの〔近江平野〕の真ん中に、目的地『真照寺』さまは創建されている。(カーナビのおかげで、方向音痴のぼくでも迷わずに着けてよかったっす)
そして法要後に、今日は1時間半の長時間の講演となる。(紙芝居もたくさん演じた・・、声も嗄れた)
その後、お昼からお寺を離れて、近くある(山の中腹の)岩壁に存在する『太郎坊宮』を拝観。(長い石の階段がきつかった)
が、お寺の上から見る近江平野の眺めは格別であった。
この『太郎坊』とは、天狗の名前だそうで、京都の鞍馬山の『次郎坊』の兄なのだそうだ。遠く離れて兄弟の寺が存在するんやねぇ。
今日は、東近江の地をゆっくり散策させて頂く機会まで頂き、真照寺御一同さま、誠に有難うございました。合掌
第2回観念寺「写経会」
昨日、第2回観念寺「写経会」を開いた。
夜の7時半開始にもかかわらず、15名の門徒さんのご参加でした。
読経し、塗香で身を清め、クローブの実を噛みしめ、皆さんと共に、静かな、静かな1時間を過すことが出来ました。
ありがとうございました。合掌
真宗大谷派「圓受寺」様ご一行の団参

本日、尼崎から、真宗大谷派の「圓受寺」さまご一行が、(団体参拝)バスでいらっしゃった。
こちらのお寺様は、本日、難波別院(南御堂)にて、『親鸞聖人750回大遠忌法要』にご参拝され、その帰りにうちに寄ってくださったという事で、こちらに着かれた時、すでに少々お疲れ気味だと感じた。
・・で、(眠気を覚ましてもらおうと)テンションを上げてお話させて頂いたのだが、その結果、紙芝居のセリフをあちこちで噛んでしまいました。(すんませんです、はい)
ところで、この上の(写真)は、こちらの御住職さま所有の『仏旗』で、一緒に歩いている時、風にあおられ(又、応援団みたいで)とてもカッコよかったので、ちょっとポーズをつけて写真に写ってもらったものです。(ええ、写真やわ!)
さて、本日の紙芝居は、『三尺三寸のお箸』と『アミダ仏ものがたり』の他に、〔仏の三十二相〕という新作話も、させて頂いた。
なんか、僕はこんなん作るの、又、お話するの、ものスゴイ好きやわ。・・楽しかった。
そして、最後は記念撮影。 長い一日、お疲れ様でした。合掌
東大阪市:『清證寺』さまの〔永代経法要〕への出前
(清證寺さま山門)
昨日の〔昼〕と〔夜〕の法座、そして今日の〔昼〕の法座と、二日間に渡って(計三回)、東大阪市吉田(今米町)にある『浄土真宗(西)清證寺』さまの〔永代経&戦没者追悼法要〕にお招き頂き、「紙芝居法話」をさせて頂いて来た。
(中甚兵衛屋敷跡)
さて、こちらのお寺の周辺には、先日完成した紙芝居『中甚兵衛ものがたり』の舞台地である、中甚兵衛所縁の(生家跡や記念碑が)すぐ近くに建っている。
(近くにある中甚兵衛記念碑)
そして、お寺の近くに、甚兵衛さんの御子孫になるお家『川中家』がある。
その僕の紙芝居が完成した事を(御住職からお聞きになった)『川中』様もお寺にお参り下さり、(緊張感ある)そして賑やかな法座となった。(元々、『川中』様はこちらのお寺の檀家さんなのです)
そして、地元の青年団や『川中』家の皆様、そして総代・婦人会の檀家様の前で、『中甚兵衛ものがたり』を観て頂いた。(緊張したわぁ・・。だってここの地元の偉人の話やもん)
でも、若者達も「自分たちの家の近くに、昔こんな偉い人が居たなんて知らんかったっす、スゴイっす」と、素直に感動してくれて、僕も嬉しかったっす。
そして紙芝居が終ってから、『川中』家の皆さんも、「たいへん良かったです。是非今度は、うちの家でのイベントで、紙芝居をお願いします」と頼まれ、嬉しくそしてホッとした次第です。
『清證寺』の皆さま、たいへんお世話になり有難うございました。合掌
追伸:清證寺のご住職様、『金子みすず』さんの貴重な写真集をお貸しくださり有難うございます。『みすず』さんの紙芝居が無事完成したら、お返しに上がります。
「大阪府立狭山池博物館」からのお客様
昨日、隣々町にある「大阪府立狭山池博物館」から、(学芸員、事務局職員の方やボランティアさん達)総勢八名のお客さまたちが、お寺に来られた。
目的は、先日完成した『狭山池の底の石棺』という紙芝居を観てくださることにあった。
僕は、この『紙芝居』をほとんど想像の世界を膨らませて描いたものなので、実際の『博物館』でお仕事をされてる皆さんに観ていただくのは、とても恥ずかしい事であった。
まぁ、しかし、「見るだけ観て頂き、おかしな箇所は(なんぼでも)修正してもらったらエエわ」と開き直って、演じさせて頂いた。
そして観て戴いた後、いろんなご指摘やご意見・感想などをお聞きすることができ、僕もたいへん勉強になった。
ほんま有難うございました。
さて、この「紙芝居」、その内コピーされ(修正され)て、いつか『博物館』来館者の皆さんにお披露目することになるのであろうが、それは又、別のお話。
その時を楽しみにしております。・・ああ、それと『狭山池博物館飴ちゃん岡持ち』の製作も楽しみにしてまっせ。 合掌
元勝寺さまの〔永代経法要〕へ出前
昨日、羽曳野市にある『元勝寺』様の〔永代経法要〕へ、「紙芝居法話」に行かせて頂いた。
こちらは、昨年の秋の「報恩講法要」に引き続き、二回目の出講となる。
こちらの住職がおっしゃるに、前回、紙芝居を観て下さったご門徒さまからの(再びの)リクエストで、また又、お招きいただくことになったらしい。(どちらの御方か存じませんが、有難うございました!)
さて今回は「永代経法要」という事なので、《命》と《慈愛》について、お昼、そして夜の法座で、お話させて頂いた。
御聴聞いただきましたご門徒様、度々のご法縁を有難うございました。
又偶然、雑談の中で、こちらの坊守さまが、僕の母親の(名古屋の)母校と同じ卒業生であるという事が解り、ご縁の不思議さに、改めて驚いた次第でございます。
遠く離れていても、どこかで何かがつながっているのですね。合掌
中甚兵衛さんの御子孫の御一方が来院されました
本日、先日完成した紙芝居『大阪の川の流れを変えた男 中甚兵衛』の御子孫の御一方(川中さま)がお寺に来院された。(甚兵衛さんの御子孫の方は現在、『中様』と『川中様』の御二家に分かれているのです)
そして、僕の紙芝居を見て下さったのです。(しかも手土産:郷土銘菓『甚兵衛』饅頭まで持って来て下さったのです。〔写真〕こんなん在るんやなぁ・・。)
しかも、川中家の檀那寺『清證寺』のご住職夫妻とご一緒に来られたのだから、感無量であった。(・・忘れてました。清證寺さま、ゴージャスな手土産有難うございました。)
さて、まさか甚兵衛さんの御子孫が、僕の『紙芝居』を観て下さるなんて夢にも思わなかったので、実演させて頂き大変緊張しました。(「私の先祖の甚兵衛さんは、こんな人とちゃうで~」と言われたらどうしょうかと思っていたが、たいへん喜んで下さりとても嬉しかったです。感謝感謝。)
この作品、今月には清證寺さまで(甚兵衛さん所縁の地元の方たちに)披露させて頂きます。
さあ、地元方達はどのように受け取ってくださるやろ?楽しみ&ちょっと不安。




