住職のつぼやき[管理用]

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西城秀樹のコンサートへ

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 ファンでもない僕が、割とご高齢の方が目立った女性たちの多い「西城秀樹」氏の生コンサートへ、昨日、観に行って来た。
 理由はただ一つ。
 僕と同じ病気[脳卒中(=西城氏の場合は脳梗塞)]をされた、西城秀樹氏が、病(やまい)から復活後、どれぐらいまで、人前でパフォーマンスを見せることができるのか?を見たかったからである。
 又、本当に何曲も歌えるのか?(口パクではないか?)も、見たかった。(僕はオペラグラスを持って、ずっと口元ばかりを見ていた・・嫌な客である。)
 でも、僕もこれから人前で「紙芝居」を演じるに当たって、どれぐらいまで[やれるのか⁈ドクターストップはかからないのか⁈]を知りたかったのである。
 結論から言うと、横と後ろに「手すり」を張り巡らせて、椅子に座ったり、立ったりしながら、約二時間、歌を唄い続けられた。(僕が思うに、掛け声は本物の声だか、歌はやはり怪しい。それは途中での言語障害のあるトークと、歌声の差で解る。そして、汗もあまりかいていないし、水も飲まなかった。・・水ぐらい飲んだら良いのにと、僕は心で叫んだ。プライドがあるんやろか⁈)
 余談ついでに、僕もリハビリ病院で、カラオケで歌声を出す発声練習を毎日した。言語会話の発声は難しかったが、歌は案外楽に歌えるものである。・・だから、一概に口パクであるとは言えないし解らない。
 そんなことより、僕はやはりコンサートへ行って良かった!
 歌は「YМCA」と「ギャランズゥ」しか知らなかったが、手すりを持ってヨタヨタ歩きながら、必死に不自由な右手を振って歌う西城秀樹の姿に、僕は感動した。
 心の中で「秀樹、頑張れ!脳卒中なんかに負けるな!」と必死で応援していた僕がいた。
 本人が言ってたが、来年は『秀樹、カンレキ!=還暦』らしい。
 頑張れ!秀樹。国民年金をもらえるまで!

歯医者さん通い

 「どうせ、長期休養せねばならんのやから、この際、歯のチェックをしてもらおう。」と、安易な気持ちで、歯医者通いを始めたのが、六月の最初。
 それが、まるまる三か月間も通院に掛かり、今日やっと終わった。
 この際と思って・・たら、虫歯やら何やらで、夏をぜんぶ使ってしまうことになったのだ。
 時には、あの金属音が歯にしみて、いてててと思ったが、頭の手術に比べたらましやと、自分に言い聞かせたら、何てことなかった。
 それでも、長い事かかったなぁ・・。
 

七割の力

 お医者さんから、そして家族から「今年の夏に、『紙芝居法話』の講演するのは(体力的に考えて)まだ早い。」と言われた。
 また、「それでも・・どうしても、やるというなら(余力はあっても)七割の力でやりなさい。病気が再発するかもしれないので、無理は禁物です。」とも言われた。
 大病をして、まだ半年。・・しかし、もう半年。あせりはある。
 すでに、この夏のお盆以降、相手のご住職に事情を説明しつつ、二つのお寺の講演を終えた。
 七割どころか、半分ぐらいの力しか、はっきできなかったのは自分自身よくわかっている。
 しかし、(今の力でも)講演をさせて頂くと、僕自身、おしゃべりの感覚がどうにか戻ってきて、回復が早まるような気がするのだ。
 「七割で良い」と、ご依頼くださる方のお言葉に甘えながら、『お寺の出前』を少しずつ、再開したい。

あぁ、夏はゆく

 今年も無事に[お盆]は終わった。
 病のため、お盆参りは、今年はほとんど娘と妻に行ってもらった。
 そして、恒例のお墓参りは、友人にお願いし無事に終えることができた。

 ゆえに、僕は休息をとることができた。
 そして、無事に病は(再発せず)、半年を越せた。
 なんと、長い半年だったのだろう。
 また、なんと長く感じた今年の[お盆]であったのだろうか。
 

自動車再運転

 半年ぶりに、自動車の運転が出来るようになった。
 「脳出血」の病気は、自動車の免許証が[一時停止]になる為だ。
 ・・まず、お医者さんに「診断書」を書いてもらい、それを持って[光明池自動車免許センター]に行く。
 そして、ゲームセンターにありそうな自動車運転のテストをする。それに合格すれば、免許証再発行をしてもらえるのだ。(それほど難しいものではない。)
 
 今日から八月。
 一年で一番忙しい[盆参り]に、なんとか間に合いそうだ。

アクリルたわし講習会

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 おととい、観念寺にて『アクリルたわし制作講習会』を開きました。
 『アクリルたわし』というのは、洗剤を使わずお皿などがきれいになるエコな『たわし』です。
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 今回は、[棒針]を使って作ろうということになり、[かぎ針]よりも、悪戦苦闘させていた方が多いようでした。
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 ・・ということで、午後七時半から始めたのですが、十時近くになってまだ熱心に制作を続けられ、それでも完成しない方が多かったので、再来週続きをすることに、急きょ決まりました。
 いつもの法要の時間よりも熱心?な講習会でした。

快気祝い

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昨日、久々に家族全員集まって、僕の「快気祝い」の食事会をした。
 場所は、大阪狭山市にある(小さいが)有名なレストランで、ピアノの生演奏もあった。
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 そして、サプライズに、[ご回復おめでとうございます]と、チョコレートで書かれてデザートが出て、たいへん嬉しかった。

一日の出来事

 リハビリの日々が続いている。
 朝のラジオ体操で始まり、それが終われば、本堂で勤行。
 塩分の少ない野菜中心の食事を取り、長めの散歩に出て、帰って来たら、腹筋・腕立てなどの筋トレをやる。
 その次に、ボイストレーニング。
 ・・お昼からも、続けれる日はやっている。
 夜眠って、朝目覚めて、『昨日、こんなにリハビリをやったから、今日は元気さが戻っているだろう。』と、思いきや、体調はその日によって違う。
 良い日もあれば、悪い日もある。
 でも、リハビリは続ける事に意義があるのだろう。
 紙芝居を描くのと同じ。根気だ。
 倒れてから、四か月。
 「今年はダメでも、来年は[お寺の出前]を頼みます。」と、来年の予定もすでに聞いている。
 頑張って、元に戻れるとこまで、体力を戻すぞ。
 

写経会と沙羅双樹と紫陽花と

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・・梅雨です。
 小雨の中、お寺の(小さな)庭に、[ヤマボウシ]と、
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 [沙羅双樹(夏椿)]と、
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 [紫陽花]が、一杯咲いた土曜の夕方、一階ホールで『写経会』をやりました。
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 10名のご参加でした。
 『正信偈』を、みんなで心静かに写経しました。
 ふと庭を見ると、沙羅双樹の花びらが、ぽたりと落ちました。
 朝開き、夜散るのですね。儚さの中に、美しさを感じました。

嫌われる患者、好かれる患者

 僕が脳内出血で倒れて、最初に運ばれた病院での事。
 手術も終わり、約三週間が経った頃、僕は六人部屋に移された。
 もう、そこはぎっしり詰まった部屋で、隣のとなりの人のいびきまでが聞こえる窮屈な部屋であった。
 僕はそこで、みんなから『嫌われる患者』と『好かれる患者』の違いを学んだ。
 僕の隣が『嫌われる病人』であり、前が『好かれる病人』であった。

 嫌われる病人とは・・、看護師の一言一言に「だけどな・・」と、いちいち逆らいつっかかり、そして、医師にはへりくだり、お見舞い家族には、文句ばかり言って、せっかく来てくださっている家族を怒らせ話している途中に帰られてしまう患者の事である。
 僕は横で聞いていてへどが出そうであった。(文句をいわれている新人のような看護師さんが、かわいそうで、かわいそうで、泣きそうになり何度も体を硬直されて震えておられたな・・。僕も関係ないけど、看護師さんについ味方をして慰めたわ)

 好かれる病人とは・・、何を言われても「あっありがとうございます」と看護師にも、掃除婦さんにも感謝する患者である。
 気の毒なほどに、点滴の注射がへたな看護師さんにも「ええよ、ええよ、ありがとう」と、感謝しておられた。

 一度、この二人がほとんど同時に⁈、ナースコールをしたことがあった。

 「嫌われ患者」の方が、ボタンを押すのが少し早かったと思われるが、断然「ありがとう患者」の方に先に看護師さんが来られた。そして、丁寧に対処しておらた。
 そして、ずいぶん「嫌われ患者」が遅くなり、ブツブツ言っておられたけど、看護師さんは、自由に動けるんやもん、サッとごまかして逃げたなぁ。
 そら、看護師さんも人間やもん、感謝してくれる人間の方を選ぶわなぁ・・。
 単純なことやけど、大事なことやったな。合掌

 

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