
岸和田市の『慈光寺』さまには、昨年、御迷惑をお掛けした。
「報恩講」という大法要に、『紙芝居法話』をさせて頂くお約束をしていたのに、僕の体調が悪くキャンセルさせて頂いた為である。
それでも今年、『花まつり(=お釈迦さまの誕生日祝)』法要で、お呼び頂いた為、「(昨年のお詫びを兼ねて)何としてでも出講させて頂かねば!」という思いから、今日、行かせて頂いて来た。
人数は多かった。お近くの幼稚園児たち多数と、ご門徒さまの児童たち、さらに、お寺のご婦人と壮年の方々・・。
どの年齢層に合わせて語れば良いか、多少考えたのだが、(難しいジブリの映画でも、子供たちが観る時代なのだから・・)と思い、多少難しい表現をそのまま入れて(『悟り』とか『老・病・死』とか入ったこの紙芝居を)、そのまま演じた。
退屈していた子供もいたが、中には、真剣に見ていた子供いて、こちらも緊張しながら演じさせて頂いた。
こちらも、大変勉強になりました。合掌
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慈光寺さまの『花まつり』
「うわぁ~」「あぎゃー」
皆さんは、何か失敗した時、その後悔と恥ずかしさから、家に帰って一人、部屋の中で叫ぶことって無いですか?
私はよくあります。・・昨日もありました。
特に、人の前でお話したことが、全然受けなかったり、しらけたりしたら、この傾向が良く出ます。
『誰も居てないな』と回りを見てから、「うわーー!なんちゅう恥ずかしいことを、言うてしもたんやー!」とか、
「あぎゃー、又やってもうた~!もう、俺は人の前では話せん!いやいやいや。」とか。
そんな時に限って、横の部屋で家内が聞いとったりして、「どうないしたん。・・反省するんやったら、もっと最初から練習しとけば良いのに」と、ボソッと言われて、傷口がさらに広がります。
こう、言われたら、又倍増する恥ずかしさから『あぎゃー!』
『安心した』と言ってくれ!
昨日のお参りの途中での話。
僕の携帯に突然の電話。
檀家さん宅を出て、(番号を見て)車の中で折り返しの電話をする。
知らない奥さんからの悩みの相談電話であった。
奥さん「・・あの六歳になる子供で、相談にのってもらえませんか?・・今から主人とお寺に行かせて頂いて良いでしょうか?」
僕「今日はちょっとお参りで遅くなるのですが、込み入ってお話ですか?・・よろしければ、今お話頂けませんか?(『どこのどちらさんか知りませんが?』とは言わんかったが・・)」
奥さん「今日の朝、息子が私に『僕、お星さまの所に行くねん。』と言うんです。・・それが気になって、気になって。大丈夫でしょうか?」
僕「それは毎日、そう言っているのですか?」
奥さん「いいえ、今日が初めてです。
僕「幼稚園か?保育園で何か変わったことがありましたか?たとえば、いじめとか?」
奥さん「聞いていません。いや、聞けませんでした」
僕のこころの声「それを聞かなあかんで」
僕「それで、幼稚園の先生に何か無かったか、聞くとか?・・もっと他に、子供さんの挙動に何か信号がなかったですか?・・たとえば最近、子供さんの身に大きな変動か何かがなかったですか?」
奥さん「そう言えば、私今、妊娠していて、もうすぐ第二子が生まれるんのですが・・、この間、二人水子になってしまっていて。それで、今お腹の子を大事にしすぎて、息子にをかまってやれないところが、あったかも・・。今年から小学校に入るし、大丈夫と思って。」
僕「ひょっとしたら、息子さんは『僕にもかまって』と信号を出して居られたんと違いますかね?」
奥さん「そうかもしれません。そうかもしれません。それでは又。」
そう言って、電話が切れた。
どこの誰だか知れないけれど、『安心した』と言って欲しかった。
『近江第三組同朋婦人会』の皆さまの来院

浄土真宗大谷派(お東)『近江第三組』というのは、滋賀県栗東・守山・草津方面の地域を、そう呼ぶらしい。
今日、その地区の[同朋婦人会]の御婦人の皆さまが、うちのお寺に「紙芝居法話」を見学にお越しになった。
総勢、大型バスで69名。・・結構な人数だ。(写真で見て頂いたら解るが・・)
聞けば、朝の七時に滋賀県を出発されたらしい。
きっと、うちの寺に着いた時(午前九時半)、小腹も空き、お疲れがすこーし出られる頃、と思ったのだが、どうだったかな?・・お昼のランチを召し上がったら、バスでゆっくり休んで下さいね。
紙芝居は『アミダ仏物語』・『三尺三寸のお箸』、そしてお彼岸は少し過ぎたが『二河白道物語』をさせて頂いた。
遠い所からの皆様とのご法縁に、感謝! 合掌
善秀寺さまの『彼岸会&永代経法要』への出講
我町[河南町]に、友人のお寺浄土真宗本願寺派『善秀寺』さまがある。
昨年、こちらの春の法要に、紙芝居法話でお招き頂いたのだが、僕が緊急入院した為、取り止めになってしまった。(・・こちらのご住職がピンチヒッターでお話されたらしい。)
本当に急な事だった為、申し訳なかった。
そして一年が経ち、・・今年もお招き頂いたので、お詫びの気持ちも込め、精一杯、今年はお話させて頂いて来た。
と言っても、一時間ほどだが・・。
こちらのご門徒さんが、心配して下さっていたというので、紙芝居は二本、入院中に作ったお話をした。
『脳出血になった話』と『極楽の鳥カラヴィンガ』のお話だ。
そして前半の紙芝居か終わった後、『脳卒中、予防・確認方法』の話。
後半は、病気にリハビリ効果のある、カラオケを付けた『紙芝居』を披露した。
歌の部分は、皆さん、大きな声で歌ってくださり、超嬉しかった。
善秀寺の皆さま、ご法縁有難うございました。合掌
春の彼岸法要
昨日、観念寺の春季彼岸法要をお勤めした。
ご門徒さまが、30名お参りに来て下さり、賑やかな法要になった。
そして今回は、復帰第一弾として、僕が法話をした。
もちろん、紙芝居を使って一時間、二本立ての紙芝居法話である。
『大病になった時の話』と『極楽鳥カラヴィンカ』のどちらも、入院中に作った紙芝居をする。
ご門徒さんには、昨年、ほんとうにご迷惑をお掛けした。
そのお詫びを兼ねて、一生懸命に演じさせて頂いた。
終わってから、婦人部長さんが「感動しました。・・この話をする為に、仏様があなたを病気に、させはったのかもしれませんね。ありがとう。」と、涙ぐんでおっしゃって下さった。
僕もほっとし、そしてその言葉に感動したのであった。
富田林『じないまち雛めぐり』に行って来ました
病気をしてから、なるべく毎日(一万歩を目標にして)、歩くようにしている。
その方が体調も良いし、血圧も安定するからだ。
昨日も「住職さん、隣町の町中を一緒に歩きましょう!」と、お寺の総代さんが主催する『歩こう会』に誘われて、お昼から富田林市の『じないまち雛めぐり』に行って来た。
富田林寺内町は16世紀中頃、浄土真宗の京都興正寺の証秀聖人が、町衆と協力してつくった自治都市で、1997年には大阪府唯一の重要伝統建造物群保存地区に選定され、現在も大商家や町家が昔ながらの姿を残している。
今回のこのイベントは、100か所以上の民家や商店・町かどに、お雛様が飾られて、春の花と共に雛節句をお祝いするものである。
僕は歴史が好きなので、古い歴史ある町中を歩くのが大好きなのだが、病気をしてしまってもうそれは無理と思っていた。・・が、何とか復活できたので(無理のない程度に)ぼちぼち復帰している。(先々週は、奈良の『今井町』を歩いた)
今回の寺内町散策も良い運動にもなり、いろんな昔のお雛さまを観て歩くのは、心の健康にもとても良いものだった。
家の中で、じっと養生している時期は終わった。
これからも、近場で楽しそうなイベントがあれば、いろいろと参加してみたい。
奈良教区三山組(さんざんそ)仏教婦人会の来院
本日、奈良教区三山組(さんざんそ)『仏教婦人会(27カ寺)』の会員の皆様が、(総会も兼ねて)来院下さった。
大型バス三台、総勢92名の方々が、来て下さったので、うちのちっちゃなお寺に、それだけの人数が入れるかどうか、心配した。
が、なんとか全員納まって?下さったようだ。(『イモ洗い』いや失礼、『おもちゃの缶詰め』状態。・・後ろの方は、玄関の靴置場に足を投げ出して腰かけ、紙芝居を観てくださったようで、申し訳なかったな・・。ごめんなさい)
なんせ、これだけの収容人数は初めて・・。
緊張してしまって、写真を撮るのも忘れてしまった。
だから、証拠写真は本日ありません。あしからず(笑)。
お寺の出前、復活!

一年ぶりに、お寺の出前を復活させた。
出前先は、近所の公民館。
依頼主は、老人会会長。
会名は、寛弘寺老人会。
「村の(80歳以上の)老人会で、何か話をして欲しい」というご依頼だった。
僕は「それじゃ、僕が入院中に作った紙芝居をしましょか。そして、脳卒中にならない為に、何に気を付けたら良いかという、お話させていただきましょか。・・そして、もう一本、それにリンクする他の紙芝居も組み合わせて・・」と言ったら、
会長さんは「それで、頼みます!」と言われた。
ということで、会場には地元のボランティアさんも含め、約50名ほどの人数で満員御礼状態の中、楽しくお話させて頂くことが出来た。
ほぼ、一年振りで、緊張したが地元の方ばかりで、ほのぼのとした中、無事にお話することができた。
今日は『お寺の出前、復活!』に向け、少し自信がついた日であった。
・・丸一年が経ちました。
・・3月4日、この日は僕の人生の中で、大事な日である。
そう、丁度、昨年のこの日(3月4日)に、僕は病気で倒れたのである。
(丁度、その時の写真)
思いおこせば、昨年の今頃(午後3時頃)、僕は大阪市内の天王寺にある『クレオ大阪』で、講演をしていた。
一時間の講演時間で、ちょうど30~40分が過ぎた頃に、舌が回らなくなって来て、早めに、講演を終えた。
そして、控え室に帰った途端、目が回り出し、ふらつきながら、紙芝居を直した。
とにかく、カバンに荷物を詰め込んで、帰ろうとしたが、講演料のサインが出来ない。
右腕が動かないのだ。
そうしているうちに、講演会の担当職員さんに「ただ事じゃないですよ。救急車を呼びましょう!」と言われた。
僕は『そんな大層な』と心で言っているのだが、声にはならなかった。(この時、かなりの量の血液が頭の中であふれていたらしい。=脳内出血だった)
そのまま、坊さんの法衣姿のまま、そこから2・3分の救急病院に運ばれ、すぐに緊急手術だった。
4時間ほど掛かったらしいが、発見が早かったた為、手術は成功した。
後遺症も心配されたが、(病院側に嫌がれる程、夜遅くまでリハビリを繰り返し[笑い])、僕は復活した。
昨日も、お医者さんに診てもらったが、順調に回復していると言われた。
体重が3キロほど増えたので(現在61キロ)それには気を付けるようにとのことだった。
クスリの量も、減らす方向でゆくらしい。
仕事も開始し、車ももう乗れる。
講演も、出来る範囲で開始している。(新たな講演ネタ『脳卒中には気を付けろ!』が増えた。(笑い))
・・と言っても、家族はまだ心配している。(そりゃそうやな。)
今までは『依頼された講演は断らない!』だったが、これからは『依頼された講演は、ゆっくりできる範囲で、考えてやる!』にする。
まずは今日で、1年、生き延びた!

