「住職さん、甘いもんはお好きですか?」と聞かれたら、
「はい、お饅頭も好きですが、どちらかと言うとチョコの方が好物で・・」という、厚かましい《長期洗脳作戦》が功を制したのか、14日の檀家さま宅へのお参りには、たくさんの心のこもったチョコを頂き誠にありがとうございました。
仏教徒として《西洋のイベント》にしっかり便乗し、口の回りをチョコだらけにしてお経を上げてる自分を、ただただ深く反省している次第です。
頂きましたチョコや焼いてくださったケーキは、昨日お寺の仏さまにお供えさせて頂きました上、私が責任を持って食べさせて頂きましたのでご安心下さい。
又、ついでと言ったらなんですが、アオキ松風庵の《チョコ餅(9個入り)》を仕事の帰りにお土産に買ってきてくれた我が妻よ。自分もそれを食べながら、「来月のお返し楽しみにしてるよ!」と脅し文句のような言葉を述べてくれてありがとう。うれしかったです・・。
・・それでは頂きましたこれらのチョコの〔お返し〕は、来月〔きっちり〕させて頂きますので、お楽しみにしていて下さい・・ね。合掌
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・・御礼申し上げます。
《『老健』と『特養』の違い》と《キューティー・ハニー》

一昨日、堺市にある『老人保健施設《かたおか》』という所に、出前に行って来た。
この日は施設内で《節分の会》というイベントがあり、そこで『仏教紙芝居』をせよ、とのご依頼だったのだ。
・・興味の無い方にはどうでも良い事かもしれないが、ここのように『老人保健施設』と、よくこの《ブログ》に出てくる『特別養護老人ホーム』との違いっていったい何なのか??・・皆さん知ってましたか?
僕もよく解ってなかったので、「この際!」と思い、ここの職員のリーダーさんに聴いてみた。
すると『老人保健施設』(以後『老健』と呼ぶ)とは、〔医療系施設〕でリハビリ施設を持ち、必ず〔常勤の医者〕がおられるそうだ。つまり『老健』とは〔家庭(在宅)復帰をめざす医療・リハビリ施設〕なのだ。
・・だから《終の棲家》にはならない。(一応名目上は・・そうらしい)。だから、必ずいつかは退出しなければならないだが、聴く所によると元気になって退出される方はホンの一握りだそうである。
・・つまり《終の棲家》に事実上なっている。
そして又、次にここから『特養老人ホーム』に移る為の〔つなぎ施設〕の役割もしているということだ。
・・で、『特別養護老人ホーム』(以後『特養』と呼ぶ)は、《終の棲家》となる為〔寝たきりの方〕も多く、又〔嘱託医(他の医院などの開業医)〕はいるが、常勤の医者はいないらしい。これは〔医療系施設〕でないからだそうだ。そこに《老人福祉法》という法律が関係しているとの事らしいのだが・・、だんだんと〔頭の回線〕がごちゃごちゃになってきたので、ここで話題を変える。
・・ここの《節分の会》の〔おもろかった〕話をする。

写真を見ていただければ判ると思うが、この会でぼくはいつもの〔紙芝居法話〕を50分程した。今回のテーマは節分なので、《鬼》の出てくる紙芝居に絞ってお話した。
・・そして次に職員による〔寸劇〕が始まった。
男子の職員が《赤鬼》に扮して会場内で暴れる。(極度の緊張からであろうか・・、ちょっとテンションが上がり過ぎてホンマに危ない鬼になっていた)。それを女の子の職員が扮した《キューティー・ハニー》がやっつける。又その応援に、お年寄りに始めに手渡された(玉入れ競技用の)ポールを〔豆〕に見立てて、《鬼》にぶつけるという趣向の劇であった。
最後、キューティー・ハニーから皆に、『それじゃ、みんな!最後に私のテーマソングを歌って踊りましょう!』とメッセージがあり、「この頃流行りの女のこぉ~・・」と曲が流れ出す・・が、・・お年寄りに《キューティ・ハニー》の歌と踊りは少し〔無理〕があった(笑)ようにと思う。
・・最後、一緒にこの劇を見ていた僕の隣のおばあちゃんが、ずっと僕の手や体を一生懸命に触って、それを自分の体に擦り付けている。・・それで「何をしてるのですか?」と聞いたら、「痛い所に擦り付けたら直るんちゃうか、ご利益があるかもしれんと思いまして・・」と言われた。
・・『僕はお寺の《厄除け線香の煙》かい!!』と思わず笑って言ってしまった。
最後にこのおばあちゃんに僕から歌を捧げます!「いやよ~いやよ~、いやよ触っちゃいや~、ハニーフラッシュ!」終わり
甍(いらか)の〔講話クラブ〕・・そして秘密の〔男クラブ〕?

特養老人ホーム『甍』には、苑内に様々な〔クラブ活動〕がある。それらを大ざっぱに紹介すると、〔音楽クラブ〕であったり、〔健康クラブ〕〔書道クラブ〕などなど。・・で、その中のひとつとして、僕が担当している〔講話クラブ(仏教法話会のこと)〕がある。
・・そしてもうひとつ、ここには素晴しい〔クラブ〕がある!
それは〔男(オトコ)クラブ〕だ!(笑)。
大きな声では言えないが、このクラブは〔男だけのクラブ活動〕である・・そうだ。(・・と、確かに僕は職員の辻M君からこの耳で聞いた。なぁ辻M君!) この〔クラブ〕は、密かに苑内で数少ない男の入所者達が集まり、男性職員と共に居酒屋や女性があまり興味を持たないような○○などに行くらしい。又男だけの秘密の映画鑑賞会もあると聞く。(はっきり言わせてもらうが、僕もこのクラブに入会したい!是非!なぁ辻M君、頼むわ!入れて・・)こんなことを書いている場合ではない・・。今回は〔講話クラブ〕について書こうとしていたのだ。
・・が、もう少しこのユニークな〔クラブ活動〕等の発想について言わせてもらうと、この施設の《理念》が〔自立・離床・共有・仲間・信頼をモチーフにして、あくまでもこの施設が《住み慣れた家》にいるかのような人間らしい自由なスタイルを取る〕という環境づくりを大切にしているからである。(・・ちゃんとフォローしたやろ、辻M君!だから僕も〔男クラブ〕にいれてや!〔笑〕)
・・さて、〔講話クラブ〕は平成13年からスタートし、始めは僕一人でクラブを担当し、それから『お寺の出前の会』として二人でやるようになり、今また一人になって、月1回行っている。・・行なってることは毎度お馴染みの「紙芝居仏教法話」である。これは変わらない。
・・又、この苑では年2回、春と秋の〔お彼岸〕時に苑内で亡くなられた方の〔追悼法要〕として『偲ぶ会』も大々的にやっている。(この様子はいずれ書く)
なぜ、この苑に行くようになったかというと、昔この苑内で、或る会社が〔ヘルパー養成講座〕を行い、そこに僕も〔特別オジャマ講師〕として、お話に行ったのがキッカケなのである。
それから、苑内スタッフがわざわざ、僕のお寺まで来てくださって、「苑内で是非、毎月〔紙芝居法話〕をやってほしい」と皆で頼まれた。こういう義理人情に僕は弱い・・。それからのお付き合いである。まぁ長くなったが、そういう《ご縁》で今日もクラブに行ってきた。今日は(今月こればっかりだが)お馴染みの紙芝居『ねずみの嫁入り』をやってきた。・・『大きな声でゆっくりと話す!』を心がけ、今日も《独り言で僕の話に張り合う認知症のおばあちゃん》の妨害に負けず、頑張って話してきた。話の出来自体はどやったかワカランが今日も全力でやりました!だから悔いはありません!そやろ辻M君!
特養老人ホーム『あんり』の話
特養老人ホーム『あんり(古里)』は、私の寺から歩いて3分、走って1分、スベッてコロンで30分(昔のギャグ!)の近距離にある。
ここは3年前に〔全室・個室〕の完全ユニット型の入居者定員数80名の新式施設(まるでモビルスーツ・ガンダムの説明みたい!〔笑〕)として開設された。
又1階は通所介護センター『デイケア・カナン』も併設されている。
・・最初に述べたように、ここの施設は私の寺の近所であるが為、開苑当初から私はここの〔評議員《意味・評議する委員(笑)》〕と〔第三者委員《意味・利用者の方と施設側とのトラブル発生時における仲裁人のようお役》〕を仰せつかった。
・・と言っても、今はまだ、これと言ったトラブルもなく〔平和〕である。
・・という事情から(義理もあって)、私はここに毎月2回《入居者フロアーに1回・デイケアフロアーに1回》、〔お話会〕と称して『紙芝居法話』に行っている。
・・それで昨日も行って来た。今年、最初の〔お話会〕という事もあり、景気の良い『ねずみの嫁入り』の紙芝居をやってきた。
下を向いたままの無表情なお年寄りも、僧侶のかっこのおっさんの私が、恥ずかしげもなく「私、あの方の所へお嫁に行きまチュ~!」と大きな声で紙芝居を読み上げたら、顔を上げて微笑んでくれた。・・で『この方、ちゃんと理解しておられるわ!』と思って嬉しかった。まぁ、毎回こんな調子でやってます。ちゃんちゃん。
Y田さん、逝く
1月14日、特養老人ホーム『白寿苑』の名物男だったY田さんが亡くなった。
Y田さんの宗旨はSO-TO宗だったが、《遺言》もあって昨日、僕がお葬式を執り行った。(もちろん親族の了解も得てのことだ・・。)
Y田さんは《片足》だった・・。
若い頃、仕事場の工事現場で、トラックに乗り上げられる事故に遭い足を失ったのだ。
事故を起こしたのは、Y田さんの可愛がってた後輩の若者だった。まだ新婚で小さな子のいたこの若者は、責任を感じて、「一生面倒をみます」と言ったそうだが、Y田さんは「あんたはまだ若いねんから、そんな心配せんでも良い」と言って賠償を拒否したらしい。・・・昔、(と言っても10年程前であるが・・)そんな話を直接聴いた。
はにかみ屋で男気のある親切な人だったので、お葬式はたくさんの施設職員がお焼香に来た。配膳係のおばちゃんも来ていたのは驚いた。Y田さんに、色々と手伝ってもらっていたらしい。(親族は2人だったが・・、『そんなの関係ねぇ!』)
焼き場まで行く途中、車の運転をしてくれた指導員のS田君が泣いて泣いて・・。それで、僕に車内でボソッと言った。「僕、今まで入所者の方と100人近くお別れしてきたけど、涙なんか流した事なかったっす。僕には《涙》など体内にないと思ってきたけど、今日はあきませんでしたわー。だって親とおった時間より、Y田さんと過ごした時間の方が遥かに長いんですもん・・。色々な事を教えてもらいましたわー。ほんま寂しいっすわー」と言った。阪神タイガースと競艇の好きだったY田さん、お別れです。又、お浄土で逢いましょう!合掌
新年会!
『落ち着け!』
昨日、《書初め》をした。
そこに今年の目標を書いた。
『落ち着け!』・・これが僕の今年の目標である。
お寺には突然の緊急電話が入る。
それは〔お葬式〕の依頼である。
受話器の向こうはおそらく病院内であろうか・・。声がうわずっておられる。
「今、○○が亡くなりました。もうすぐ家に帰ります。枕経(まくらきょう)〔臨終勤行ともいう〕をお願いします・・」という内容の電話だ。
僕はその(枕経)の準備の為、もう少しだけ話を聞く。
これがあかん。
そしたら、向こうはすでにプチ・パニック状態の為、わけがわからなくなりだし、それがこちらにも〔うつる〕・・。
お互い頭が《ハイ》となり、そこで話さなくても良い事を長々話して時間を費やしてしまう。又肝心なことを聞き逃す・・こともある。
この前、そんな様子を後ろで聞いていた妻が、「お父さん(僕のこと)、もうちょっと落ち着いて話したらどうですか。お父さんの声が、だんだん大きくなって早口になってましたよ。そんな風にしてたら、向こうさんはもっと混乱してしまわれますよ。もうちょっと落ち着いて!」と言われた。
腹が立つが〔その通り〕だと思う・・。
それで今年は〔落ち着いて話をする!〕ということに目標を定めた。
忘れたらあかんので、自分に言い聞かす為、〔電話機〕の上に今年は貼っておく事にする。(写真参照・《笑》」)
不思議な初夢
昨日、不思議な《夢》を見た。
目が覚めて半日経っても、はっきりと記憶に残っているのでここに記録しておく・・ことにする。
夢というのは、まったくわけのわからんもので、・・なぜそこにいるのか、又そこがどこなのかまったくわからない。話は突然始まる。
・・・夢の中で僕と妻は周り全体がまっ黄色の菜の花畑にいた。(カラーの夢です)
そして、そこから真っ直ぐ田舎道を歩いていくと、鎮守の森に出た。そこは映画『となりのトトロ』みたいな森だった。
その中に入っていくと下が砂利道で、目の前に大きな《宝篋印塔(ほうきょういんとう)〔東京タワーみたいな形のお墓の事〕》が現れた。その塔を大きな黒い蛇(ヘビ)が巻きつけている。それを見て妻が「ここの主(ぬし)と違うやろか?」と言うと、そのヘビは顔を上げてこちらを見た。その大きな宇宙人のような目は琥珀色でダイヤモンドのようにキラキラ輝いて、僕は思わず「綺麗やな・・」と思った。(今でも覚えている!)又その下にはもう一匹の背びれのついた白ヘビがいる。まるで龍のような・・。しかしだんだん怖くなってきて「帰ろ、帰ろ」と言って、後ろに下がろうとすると砂利道が全部色々なヘビに変わっていた。僕達はそのヘビを踏みながら帰ることにした・・・。
ここで目が覚めた。まだ真夜中だった。僕はその後トイレに行ったがしばらく興奮して眠れなかった。
はたしてこの夢は、何かを意味するのだろうか?それはわからん。・・気味が悪いが何か威厳に満ちた不思議な夢だった。こんな夢は初めてだ。
私の宗派の宗風(しゅうふう)に《深く因果の道理をわきまえて、現世祈祷やまじないを行わず、占いなどの迷信にたよらない》とある・・。僕はこの夢の意味を誰かに占ってほしいとは思わないが、それにしても変わった夢であった。
・・さて、皆さんは今年どんな《初夢》を見られましたか?
それでは最後、もし良くない夢を見てしまった時、こんな言い伝えがあります。(まぁ、執われないのが一番ですが、話の種ということで・・。気になるもんなぁ~)それは《悪夢を払う〔聖徳太子〕が作ったという歌》のおまじないです。(ほんまに太子が作ったのかどうかは眉唾ですが・・。)
『長(なか)き世(よ)の とおの眠(ねふ)りの 皆(みな)めざめ 波乗(なみの)り船(ふね)の音(おと)のよきかな』。
実はこれ〔回文歌〕になっていて前から読んでも後ろから読んでも同じになってます・・・。読んでみて!
この〔回文歌〕を紙に書いて枕の下に入れて寝たら悪夢を払えると何かの本で、昔読んだことがある。ちなみに僕はやったことがないのでその効き目は今だなぞですが・・。
新年の急変!
あけましておめでとうございます。
本年も『紙芝居屋亭』のHPをどうぞよろしくお願い致します。
・・と、何気ないご挨拶で今日のところは終ろうと思っていたのですが、お寺におりますと色々なことが、突然起こってくるもんで・・。
うちのお寺は梵鐘(ぼんしょう)がない為、除夜の鐘がつけず、それでその代わりと言ったらなんですが、元日の朝《修正会(しゅうしょうえ)》という法要をするわけです。そこへうちの『仏教婦人会』の方々が集まってくださりお勤めをするのです。〔写真・2階の本堂〕

そしてその勤行が終わりますと、1階に移り、乾杯《ご流盃》の後、新年の挨拶などを述べて、皆でガヤガヤとおしゃべりをいたします。〔その時の記念写真〕
それで一連の流れは終わり、無事《解散》。それから今度は私たち家族の年1回のプライベートな時間。計画では実家に帰って〔お墓まいり〕をし、母親の顔を見ようと思っていたのですが、その時、突然一本の電話。「先ほど、○○が亡くなりました。お葬式をお願いしたいのですが・・」との電話の内容。・・それで私たちの計画はすべて中止。・・人が亡くなるのは待ったなし。正月も何も関係ないですね。・・一休さんの和歌を思い出しました。『門松は冥土の旅の一里塚 馬かごもなく 泊まりやもなし』・・それにしてもお寺というのは因果な〔本当はこんな意味で使わない!〕仕事かもしれません。南無阿弥陀仏 合掌
水道管の尺八とオカリナ (二人の助っ人の話)
昨日、今年最後の特養『白寿苑』での法話会を行った。
昨日のテーマは「今年一年を振り返り、ご自分は運が良かったと思いますか?そうでなかったと思いますか?」という事でお話し、結果的に仏教では〔運・不運に執われない生き方が大事〕というまとめ方で終えた。
・・ところで、ここでの『法話会』には最近お二人のゲストがずっと参加してくださっている。
お一人はこの苑の近くにお住まいの〔M葉さん〕という女性で、この方はボランティアグループ『くみどり』という会を主催され、オカリナの演奏をされる。(余談であるが、オカリナの小型で〔コカリナ〕という楽器も持っておられ、先日聴かせていただいた。優しい々音色だった) そう、この方は音楽ボランティアとしてあちこちを回っておられるのだ。私の法話会にも、会の後半にこのオカリナでその季節にあった曲を演奏をして下さり、優しい雰囲気を作って下さっている。(この日は「ふるさと」を吹いてくださった)・・ありがたい助っ人である。
そしてもうお一人・・。この方はこの苑の〔ケアハウス〕におられるS岡という男性で、ご趣味が水道管を改造して作った尺八を演奏することである。(これが又、本物そっくりの尺八の音色なのだから不思議だ) この手作り尺八で会の後半、やはりオカリナの後、季節の曲などを演奏して下さる。(時々、尺八とオカリナのデュエットもしてくださるから面白い)・・ではなぜ、この方が水道管で尺八を作ったのか。それは太平洋戦争で南方の国に出征しておられた時、退屈しのぎにジャングルの竹を伐って尺八を作り演奏し、気を紛らわせたのがきっかけだったらしい。《なんか小説『ビルマの竪琴』みたいやね。》・・それで戦後、水道関係の仕事をされ、残った水道管を再利用できないかと考えられ、戦争時の事を思い出し、尺八を作ったのが始まりということである。(これも余談だが昨日は水道管作りの横笛も見せてもらった。ほんま、なんでも作りはるわ!この人・・)
それで今年最後の『法話会』は、この尺八で「ホタルの光」を演奏してもらい、無事に〆ることができた。二人の助っ人さん、感謝です。ありがとうございました。又、来年もどうぞよろしくお願い致します!合掌



