
昨日、特養老人ホーム『甍』で、春の「偲ぶ会」を行った。
これは毎年、春と秋の年二回、苑内でお亡くなりになられた方を偲び、行っている追悼法要である。
苑の職員さんが、総合司会をして、僕が読経と「紙芝居法話」をする。
そして、施設長の挨拶があり、若い職員たちの故人を偲ぶ「思い出話」を頂き、その後、皆でお焼香をして閉会となる。
又、最近では、亡くなられた方のご家族さんも参加して頂き、家族さんからも、施設の思い出話なども頂いている。
今年は、その家族さんから、「今は無きおじいちゃんが、認知症で、何度も行方不明となり、警察のお世話ばかりなって、このままでは家族がストレスで潰れてしまうというその時に、ここの施設と出会い、そして救われ、その後おじいちゃんに感謝できる余裕を持ちつつ、最後を見送るができました」、というお話をお聴きした。
又、それとは対照的に、「私は、認知症と病の二重苦の妻をここに入所させて頂き、有難かったと思ったら、その後、持病が悪化し、わずか二ヶ月で亡くなってしまい、こんなに早く別れるのなら、家で最後まで見送れば良かったと思い、・・そんな罰当たりな後悔をしているのです」という年老いた夫の方のお話もお聴きし、老人ホームの存在自体を改めて考えさせられたのであった。
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特養老人ホーム『甍』・春の偲ぶ会
南先生が、やって来た!

わが町「河南町」に、本日、ある時は僕の父のような『良き相談者』であり、又ある時は『紙芝居創作仲間』である、おちゃめな《南吉一》医学博士が、『母子寡婦福祉会』の講演にお出でになられた。
たくさんの会員さんを前に、約一時間、『自立と友愛』というテーマで、(お茶を二度ひっくり返し〔笑い〕、のどをからしながらの)大熱演だった。
・・脳梗塞で倒れられ、一時は再起不能かと思われたが、必死のリハビリを決行し、「僕は、日本ではじめての車椅子ホスピス医になります!」と頑張り、いつの間にか〔車椅子〕も不要となり、今日も杖をついて遠方から、電車を乗り継いでやって来られた。
「先生、凄いです!」
僕も会場の皆さんと同じように、今日、先生から元気をもらいました!ありがとうございました。
河南町の「業務用?軽自動車」に、ちょこんと乗られ、富田林駅まで送ってもらおうとされるお姿が、とても、阪大医学部の偉い「医学博士」とは思えませんでした(笑い)。・・それで、とても可愛らしかったので、お写真を一枚撮らせて頂きました。
なんか、とても良い絵になっているような・・(笑い)。似合っておられますよ。(何も、杖を窓から出してポーズを取らなくてもエエと思うのですけど・・)
それでは、又お会い出来ます日を楽しみに!それまでお元気で。
「お寺の出前」が、お寺へ出前!~京都編~
(浄土宗西山深草派・法雲寺)
昨日、京都市北区にある〔法雲寺〕様の「彼岸法要」にお招き頂き、《紙芝居法話》に行って来た。
こちらへは、今回が二回目の「出前」。
二年前に寄せて頂いた時、こちらの檀家さんで、「自称、うちらは、この法雲寺の『かしまし娘』ですね~ん」と言われた陽気な『おばちゃん娘』達とお出会いし、「うちら、今日、宮本さんのファンクラブを作りましてん。絶対に住職に頼んで、又お呼びしますから、それまで元気でおってや~」と、別れ際におっしゃられたのだが、ホントに実行されたらしい・・。(うれしいけど、・・なんか「きみまろ」さんみたいで複雑やわ。まぁええか。・・その路線で行くか)
それで、今回は「愛と別れと仏のはなし」という、演歌調の演題にして、笑いと涙の60分間、お話させていただいた。(笑い)
帰り際、又、おばちゃん達に「次に来られた時は、三回目ですね。新しいネタを期待して、お待ちしてます!」と、言われたので、又、ご縁があるような、そんな予感が・・・。
名前のはなし
昨日、特養老人ホーム『白寿苑』で、「名前」をテーマにした《法話会》をした。
始まる前に、会場の皆さんの「お名前(寒菊さん・愛子さん、馨さん、清さん、・・みんな結構シャレた名前だ!」)」を、お聴きし、それを(ある程度?)頭に入れてから、「今日は、名前を主題にしたお話と『紙芝居』をしまーす」と言ってはじめた。
導入の話は、「今年人気ナンバーワンの名前は、男の子は《翔太(しょうた)》君、女の子は《優奈〔那〕(ゆうな)》ちゃん、なんだそうです。・・さて、それでは、今からお話する主人公の名前なのですが、これは恐らくワーストナンバー1かもしれません」と言って、『意地悪くん』という題の紙芝居を始めた。
この話は、『意地悪』という変わった名前であるが故に、いじめられる男の子が、「名前を変えたい!」と、新しい名前探しの旅に出るのだが、結局、名前を変えるより、《心》を変える方が先であると気づき、名前を変えなかったという、ちょっと変わったストーリーである。
この紙芝居をしてから、皆さんのお名前にまつわる色々なエピソード・〔思い出話〕を聞かせて頂き、話を盛り上げ、(盛り上げ過ぎて、)ここで時間が無くなり、今回は終った。
本当は、おシャカ様の息子さんも、「ラーフラ(邪魔者のという意)」という変わった名前の持ち主だったという話をして、まとめようと思っていたのだが、それも出来ずに、今回も「ちゅ~うと半端」に終ってしまい、大団円を迎えたのであった。めでたし、めでたし。(又、いつかこの続きはやることにしよう・・。)
Kさんの事・・・
・・十五年程前の話になるが、(今のお寺に)入寺する前、僕の自宅にて、《仏教勉強会》なるものをやっていた。
生徒さんは、どちらも定年退職をされた(看護師さんと介護福祉士の先生の)二人の女性であり、「仕事を終え、老いてゆくにあたり、心の拠り所が欲しい。それで仏教を学びたい」、というご要望で、ご縁があり、(浅学ながら)この《勉強会》を始めるに到ったのである。
約二年間、毎月一回、この《勉強会》は続いた。(勉強会というより、「仏教書」の朗読会に近かった。)
お二人とも大変熱心な方であった。(・・今もお二人との交流は続いている)
その生徒さんのお一人が、Kさん(現在79歳)である。
Kさんは、介護福祉のエキスパートであったが、数年前に体調を崩され、現在〔要介護1〕の認定を受けておられ、自宅で養生なさっておられる。
そのKさんから、昨日メールが届いた。それで、今日はその文を紹介したいと思う。(とても、感慨深い内容なので・・)
「(前文、略)・・人の世話になるというのは、心から感謝しなければならない事なのに、・・元気になると、ヘルパーさんとの人間関係が煩わしくなります。
この歳になると、健康も精神も、山あり谷ありで、今は《山》であっても、何時、《谷》が来るか解らないのでして、《谷》になると、ヘルパーさんが〔神様〕になり、元気になると鬱陶しくなるのです。全く私という人間は、得手勝手だとしみじみ思います。・・」
このような内容なのであるが、非常に正直に、日々の心の変化をを語っておられ、心を打たれる。
僕もきっと、同じように感じながら、歳を取ってゆくのだろうなと思った。
「Kさん、それだけ自分自身を客観的に見つめる事が出来ているなら、まだまだ身体も心も大丈夫ですよ!そのヘルパーさんをしっかりイビッて、教育してあげて下さい!〔笑〕」
南河内の隠れたヒーロー『中山久蔵』さんの事・・
皆さんは『中山久蔵(ナカヤマ キュウゾウ)』さんって知ってますか?
(・・恥ずかしながら、最近まで私は知らなかった!・・この方が、友人のお寺さんの門徒さんである事を、先日の新聞記事で知って、初めてわかったのです)
この人は、明治時代の方なのですが、今でも北海道ではヒーローだそうです。(教科書の副読本にも登場されるそうです)
・・では、いったい何をされたのかというと、北海道で初めて《米作り》に成功された方だそうです。(だから、北海道人にとって大恩人なのですね)
でもその出身は、北海道ではなく、私達の暮らしている地元『南河内』の人なのです。(正確にいうと、南河内郡太子町春日の出身です)
・・で、この人は、最初から農業の専門家であったのかというと、そうではなく、十七歳で家を飛び出してからは、江戸から仙台、そして北海道へとあちこちを転々とし、明治時代になってから、何も成さなかった過去の自分を深く反省し、単身、北海道で《米作り》に挑戦するのです。
この決心は、すでに四十二歳の時であり、第二の人生のスタートにしては遅すぎたかもしれませんが・・。(人生五十年といわれた時代ですから・・)
・・が、単身、北海道に渡り、厳寒の地では不可能といわれた、米作りを工夫と努力で成功させます。
そして、そこからが、この人の偉いとこで、発芽した〔種もみ〕を今度は、各地の開拓者達に、無償で配布し、育て方を教え、北海道の《稲作》普及の為に尽されます。
自分の成功だけで終らず、当時、生活や食料に困っている人たちの為に尽したところが、『寒冷地、稲作の父』と呼ばれる由縁だったのかもしれません。
又、面白いエピソードとしては、あの『青年(少年)よ、大志をいだけ!』で有名なクラーク博士のこの名言は、実は〔久蔵〕さんの家で言った言葉ではないかと言われており・・・(一説ですが)、
実は、この言葉には『・・この老人のように。』という、現在カットされた、続き言葉が、まだあったというのです。
『青年よ、大志をいだけ。・・この老人のように!』。
では、この〔老人〕とは誰か?・・クラーク博士自身を指して言ったのかもしれませんが、・・ひょっとすると、〔中山久蔵〕さんの事を言ったのかもしれません。
なぜなら、クラーク博士自身が、「北海道で米作りは無理である。ジャガイモと小麦だけを作れば良いのだ!」と言われた方だったからです。
日本を去るに当たって、農学校の学生達を連れたクラーク博士は、偉業を成し遂げた〔久蔵〕さんに対して、『敗北宣言』をしたのではないかと、僕はそう思うのです。(こう考えた方が、ドラマチックなので・・。でもフィクションですが。)
今、この〔中山久蔵〕さんの紙芝居を作っています。
もちろん題名は、『青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように』でいくつもりです。
沙門(しゃもん)・・サモンしい・・さもしい・・バンザーイ、バンザーイ
「定額給付金の二万円をもらうまでは、死ねませんなぁ。元気でおりまっせぇ!」と言って、笑いながら、近所の檀家のおばあちゃんは、今日も元気よくデイサービスに行かれた。
それを見て息子さんは「住職さん、さもし(い)、おまっしゃろ。うちのばあちゃん、ハッハッハッ」と笑われた。
わが町河南町は、今週の土曜日から、大阪府で一番初めにこの〔定額給付金〕が出るらしい・・。マスコミも来るとの噂である。
・・そんなことはどうでも良いのだが、この息子さんが言われ、総理大臣も言われた、この話題の言葉《さもしい》。
実は、『原義』は一説によると《沙門(しゃもん)》=『修行僧』から転じた言葉であるって知ってましたか?
沙門から、サモンしいになって、『さもしい』になったそうです。バンザーイ、バンザーイ!
意味は『見苦しい。又は、みすぼらしい』ということらしいです。(広辞苑に書いてありました)
昔の修行僧は、さも、みすぼらしい格好で、頑張って修行していたのでしょうねぇ。(今は、なんとも法要の時は、派手で・・〔笑い〕)
さぁ、僕も来週あたり、さもしく、沙門しく(そのまんまやなぁ・・)、給付金をもらうとするか・・。
お寺の出前『紙芝居』の動画が見れる!~イベント坊主さん、有難う~
初めて《動画》で、お寺の出前『紙芝居』の様子が、見れるようになりました。(紙芝居は『道成寺物語』です)
・・それを試みてくださったのは、この〔ブログ〕によくコメントを下さる《イベント坊主》さんです。
彼は私と一緒の〔浄土真宗本願寺派〕の青年僧であり、又別名、〔転覆亭〕住職だそうです。(笑い・・ちなみに僕はこの名が大変気に入ってます!)
彼は、先月行われた〔豊中仏教会〕主催、『涅槃会の集い』の中での『お寺の出前』の様子をビデオ撮影して下さったのです。
それをご自分のHP『イべント坊主に喝!!』で、掲載して下さったのです。(ほんま、有難うございました!このご恩は一瞬、いや一生、忘れません)
・・では、前置きはこのへんにして、そのHPのアドレスを書かせて頂きます。宜しければ、見て見て見て下さい。
http://blog.zaq.ne.jp/hounjisportspark/daily/200903/08
特養あんりの『お話会』
先ほど、特養老人ホーム《あんり》の月例『お話会』に行って来た。
〔写真〕を見て頂ければ、わかると思うのだが、こんな風に少人数で、お年寄りの方々とダラダラ~、ダラダラ~と世間話(今日は花粉症の話)をして、おやつ(今日はお饅頭だった)を食べて、お茶を飲んで、沈黙が起こり、気詰まりな雰囲気になったら、僕がアホな話題(花粉症なのでマスクをして、お経を挙げたら怒られるやろか?という話題)をして、どうにか、こうにか今日も有意義な時間(笑い)を過ごさせて頂いた。・・沈黙と生ぬるいスローな時間と冷や汗に今日も感謝。(何のこっちゃ・・)
お年寄りの子供サンド・ウィーク
先ほど、『カナンデイサービス』から帰って来た。
・・振り返れば、今週は、週の初めと最後に『老人ホーム』に行き、真ん中は『小学校』にお寺の出前に行ったことになる。
・・正に〔お年寄りの子供サンド、出前ウィーク〕であった。(変なネーミングですんません・・)
・・で、その最後の日の今日は、僕の言葉使いが、子供向きにしゃべっているのか、お年寄り向きにしゃべっているのか、微妙に変化し、最後は自分自身、訳がわからんようになってしまった。
・・でも、ちょっと自分でも頭が混乱している自分自身がおもしろかった。(笑い)
それでは、そんな一週間を歌にして、終りたいと思います。
月曜日は、老人ホーム~、
水曜日は、学童保育~。
金曜日に、子供に話し~、
土曜日は、高齢ばかり~。
皆様よ、これが私の~、一週間の出前です~、
テラ、テラ、テラ、テラ、テラ、テララ~、
テラ、オテラの出前~。(失っ礼しましたー)

