住職のつぼやき[管理用]

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今年の石川南組「花まつり」

ファイル 289-1.jpg 〔富田林市・妙慶寺さま〕
今日は毎年恒例の、「石川南組(イシカワミナミソ)・寺族青少年会」主催の《花まつり》の日。
 これも毎年同じ説明になるが、《花まつり》とは、おシャカ様の誕生日をお祝いするお寺での法要・行事である。
 そして、例によって今年も、僕は〔おシャカ様〕の生涯を語る紙芝居をする。
 そう、例によって、例の如く、例のものを演じた訳である。
 今日は疲れたので、これにておしまい。・・礼。

「中山久蔵」さんの事で、「山田智光」さん、ありがとう・・・

 先日、このブログで書いた、「南河内のヒーロー『中山久蔵』さんの事・・」というページを、偶然見て下さった、北海道・北広島市教育委員会のヒーロー(ちょっと違うやろか・・?)「山田智光』様という方から、実際の『中山久蔵』さんが、北海道で育てたという『赤毛種』という《稲穂》(本当に先が赤い毛なんですね!)と、北広島市で製作されたという、地元のレア「紙芝居」・『ふろの湯で米づくり』(荒木順子さま作)、そして、その他諸々(失礼・・)の貴重な資料をたくさん送って来て下さった。
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 ご縁というのは、本当に不思議なものですね。「山田久蔵」さま、いや「山田智光」さま、本当に嬉しかったです。(ちょっとびっくりしてしまいました。中身を空けた時、「わぁー、わぁー!」と叫んだので、家内がびっくりして、飛んできました!(笑い・・ホンマの話))有難うございました。
 今、一生懸命に『中山久蔵』さんの紙芝居を作っております。
 完成したら、必ずこのホームページに載せますね!
 その時は、北海道で宣伝よろしく!(・・冗談です)
 ・・取り急ぎ、御礼まで。合掌(北海道に行って、実際の「久蔵」さんの香りを嗅いでみたいです!)

 追伸・「久蔵」さんの檀那寺:太子町春日の『光福寺』の御住職に、頂いた『赤毛種』の稲穂と、『紙芝居』をお渡ししておきました。又、「久蔵」さんのご先祖の『松村』様にも、これらの資料を見て頂けるように、お願いもしておきました。
 願わくば、『久蔵』さんの夢や志が、今の北海道と大阪を紡ぐ、善きご縁となりますように・・・。合掌

北御堂《朝の仏教講座》への出前

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 昨日の早朝(7時より8時半まで)、大阪は本町にある《北御堂・津村別院》にて、『朝の仏教講座』への「出前」に行かせてもらった。
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 大きな本堂(ホール)での講演会ではあるが、早朝でもある為、聴きに来て下さる方は少ないかと思っていたのだが、職員様の宣伝効果もあっての事か、又、終了後は(月の初めの日だけ)、牛乳とパンのサービスがある為か、出勤前のサラリーマン・OLを含め、ご年配の方々や、又、「テント村」のホームレスの方々も多く来て下さり(笑い・・このサービスは、とても良い事だと思っています!〔本音〕)、盛況の内に会は終った。
 見ていて面白かったのは、ホームレスの方のお一人が、よーく眠っておられるのに、皆が拍手していると、ガバッと起き上がり、人並み以上に大きな拍手をして下さり、終れば又、すぐ爆睡される。その繰り返しが、見ていて起こすのが気の毒なような・・、オモロイような・・複雑な心境ではあったが、何度も「ここで拍手をお願い致します!」と冗談を連発させ、起こして遊んでしまった。
(暖房も効いてるし、後の牛乳とパンも楽しみやし、気持ち良くお休みだったのに・・?すみません。ごめんちゃい)
 講座終了後も、メールやお電話で、色々と嬉しい感想を聴かせて頂いた。(・・たとえば、「ホームレスの方も久々に、ニコニコ顔でお寺から出て行かれましたよ」とか、夜間学校の教師の方が「生徒たちにこの紙芝居を是非見せたいので、今度学校への「出前」を頼まれないだろうか?」と言っておられたとか・・など)ほのぼのしたり、恐縮したり、とても嬉しく光栄な気持ちになった。
 お寺の門から出る時は、皆、ニコニコ顔でワイワイ言いながら、出て行ってもらいたいものだなと、改めて思った。
「仏法広まれ!世の中安穏なれ!」

特養老人ホーム『甍』・春の偲ぶ会

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 昨日、特養老人ホーム『甍』で、春の「偲ぶ会」を行った。
 これは毎年、春と秋の年二回、苑内でお亡くなりになられた方を偲び、行っている追悼法要である。
 苑の職員さんが、総合司会をして、僕が読経と「紙芝居法話」をする。
 そして、施設長の挨拶があり、若い職員たちの故人を偲ぶ「思い出話」を頂き、その後、皆でお焼香をして閉会となる。
 又、最近では、亡くなられた方のご家族さんも参加して頂き、家族さんからも、施設の思い出話なども頂いている。
 今年は、その家族さんから、「今は無きおじいちゃんが、認知症で、何度も行方不明となり、警察のお世話ばかりなって、このままでは家族がストレスで潰れてしまうというその時に、ここの施設と出会い、そして救われ、その後おじいちゃんに感謝できる余裕を持ちつつ、最後を見送るができました」、というお話をお聴きした。
 又、それとは対照的に、「私は、認知症と病の二重苦の妻をここに入所させて頂き、有難かったと思ったら、その後、持病が悪化し、わずか二ヶ月で亡くなってしまい、こんなに早く別れるのなら、家で最後まで見送れば良かったと思い、・・そんな罰当たりな後悔をしているのです」という年老いた夫の方のお話もお聴きし、老人ホームの存在自体を改めて考えさせられたのであった。

南先生が、やって来た!

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わが町「河南町」に、本日、ある時は僕の父のような『良き相談者』であり、又ある時は『紙芝居創作仲間』である、おちゃめな《南吉一》医学博士が、『母子寡婦福祉会』の講演にお出でになられた。
 たくさんの会員さんを前に、約一時間、『自立と友愛』というテーマで、(お茶を二度ひっくり返し〔笑い〕、のどをからしながらの)大熱演だった。
 ・・脳梗塞で倒れられ、一時は再起不能かと思われたが、必死のリハビリを決行し、「僕は、日本ではじめての車椅子ホスピス医になります!」と頑張り、いつの間にか〔車椅子〕も不要となり、今日も杖をついて遠方から、電車を乗り継いでやって来られた。
 「先生、凄いです!」
 僕も会場の皆さんと同じように、今日、先生から元気をもらいました!ありがとうございました。
 河南町の「業務用?軽自動車」に、ちょこんと乗られ、富田林駅まで送ってもらおうとされるお姿が、とても、阪大医学部の偉い「医学博士」とは思えませんでした(笑い)。・・それで、とても可愛らしかったので、お写真を一枚撮らせて頂きました。
 なんか、とても良い絵になっているような・・(笑い)。似合っておられますよ。(何も、杖を窓から出してポーズを取らなくてもエエと思うのですけど・・)
 それでは、又お会い出来ます日を楽しみに!それまでお元気で。
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「お寺の出前」が、お寺へ出前!~京都編~

ファイル 282-1.jpg(浄土宗西山深草派・法雲寺)
 昨日、京都市北区にある〔法雲寺〕様の「彼岸法要」にお招き頂き、《紙芝居法話》に行って来た。
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こちらへは、今回が二回目の「出前」。
 二年前に寄せて頂いた時、こちらの檀家さんで、「自称、うちらは、この法雲寺の『かしまし娘』ですね~ん」と言われた陽気な『おばちゃん娘』達とお出会いし、「うちら、今日、宮本さんのファンクラブを作りましてん。絶対に住職に頼んで、又お呼びしますから、それまで元気でおってや~」と、別れ際におっしゃられたのだが、ホントに実行されたらしい・・。(うれしいけど、・・なんか「きみまろ」さんみたいで複雑やわ。まぁええか。・・その路線で行くか)
 それで、今回は「愛と別れと仏のはなし」という、演歌調の演題にして、笑いと涙の60分間、お話させていただいた。(笑い)
 帰り際、又、おばちゃん達に「次に来られた時は、三回目ですね。新しいネタを期待して、お待ちしてます!」と、言われたので、又、ご縁があるような、そんな予感が・・・。

名前のはなし

 昨日、特養老人ホーム『白寿苑』で、「名前」をテーマにした《法話会》をした。
 始まる前に、会場の皆さんの「お名前(寒菊さん・愛子さん、馨さん、清さん、・・みんな結構シャレた名前だ!」)」を、お聴きし、それを(ある程度?)頭に入れてから、「今日は、名前を主題にしたお話と『紙芝居』をしまーす」と言ってはじめた。
 導入の話は、「今年人気ナンバーワンの名前は、男の子は《翔太(しょうた)》君、女の子は《優奈〔那〕(ゆうな)》ちゃん、なんだそうです。・・さて、それでは、今からお話する主人公の名前なのですが、これは恐らくワーストナンバー1かもしれません」と言って、『意地悪くん』という題の紙芝居を始めた。
 この話は、『意地悪』という変わった名前であるが故に、いじめられる男の子が、「名前を変えたい!」と、新しい名前探しの旅に出るのだが、結局、名前を変えるより、《心》を変える方が先であると気づき、名前を変えなかったという、ちょっと変わったストーリーである。
 この紙芝居をしてから、皆さんのお名前にまつわる色々なエピソード・〔思い出話〕を聞かせて頂き、話を盛り上げ、(盛り上げ過ぎて、)ここで時間が無くなり、今回は終った。
 本当は、おシャカ様の息子さんも、「ラーフラ(邪魔者のという意)」という変わった名前の持ち主だったという話をして、まとめようと思っていたのだが、それも出来ずに、今回も「ちゅ~うと半端」に終ってしまい、大団円を迎えたのであった。めでたし、めでたし。(又、いつかこの続きはやることにしよう・・。)

Kさんの事・・・

 ・・十五年程前の話になるが、(今のお寺に)入寺する前、僕の自宅にて、《仏教勉強会》なるものをやっていた。
 生徒さんは、どちらも定年退職をされた(看護師さんと介護福祉士の先生の)二人の女性であり、「仕事を終え、老いてゆくにあたり、心の拠り所が欲しい。それで仏教を学びたい」、というご要望で、ご縁があり、(浅学ながら)この《勉強会》を始めるに到ったのである。
 約二年間、毎月一回、この《勉強会》は続いた。(勉強会というより、「仏教書」の朗読会に近かった。)
 お二人とも大変熱心な方であった。(・・今もお二人との交流は続いている)
 その生徒さんのお一人が、Kさん(現在79歳)である。
 Kさんは、介護福祉のエキスパートであったが、数年前に体調を崩され、現在〔要介護1〕の認定を受けておられ、自宅で養生なさっておられる。
 そのKさんから、昨日メールが届いた。それで、今日はその文を紹介したいと思う。(とても、感慨深い内容なので・・)

「(前文、略)・・人の世話になるというのは、心から感謝しなければならない事なのに、・・元気になると、ヘルパーさんとの人間関係が煩わしくなります。
 この歳になると、健康も精神も、山あり谷ありで、今は《山》であっても、何時、《谷》が来るか解らないのでして、《谷》になると、ヘルパーさんが〔神様〕になり、元気になると鬱陶しくなるのです。全く私という人間は、得手勝手だとしみじみ思います。・・」
 このような内容なのであるが、非常に正直に、日々の心の変化をを語っておられ、心を打たれる。
 僕もきっと、同じように感じながら、歳を取ってゆくのだろうなと思った。
 「Kさん、それだけ自分自身を客観的に見つめる事が出来ているなら、まだまだ身体も心も大丈夫ですよ!そのヘルパーさんをしっかりイビッて、教育してあげて下さい!〔笑〕」

南河内の隠れたヒーロー『中山久蔵』さんの事・・

 皆さんは『中山久蔵(ナカヤマ キュウゾウ)』さんって知ってますか?
 (・・恥ずかしながら、最近まで私は知らなかった!・・この方が、友人のお寺さんの門徒さんである事を、先日の新聞記事で知って、初めてわかったのです)
 この人は、明治時代の方なのですが、今でも北海道ではヒーローだそうです。(教科書の副読本にも登場されるそうです)
 ・・では、いったい何をされたのかというと、北海道で初めて《米作り》に成功された方だそうです。(だから、北海道人にとって大恩人なのですね)

 でもその出身は、北海道ではなく、私達の暮らしている地元『南河内』の人なのです。(正確にいうと、南河内郡太子町春日の出身です)
 ・・で、この人は、最初から農業の専門家であったのかというと、そうではなく、十七歳で家を飛び出してからは、江戸から仙台、そして北海道へとあちこちを転々とし、明治時代になってから、何も成さなかった過去の自分を深く反省し、単身、北海道で《米作り》に挑戦するのです。
 この決心は、すでに四十二歳の時であり、第二の人生のスタートにしては遅すぎたかもしれませんが・・。(人生五十年といわれた時代ですから・・)
 ・・が、単身、北海道に渡り、厳寒の地では不可能といわれた、米作りを工夫と努力で成功させます。
 そして、そこからが、この人の偉いとこで、発芽した〔種もみ〕を今度は、各地の開拓者達に、無償で配布し、育て方を教え、北海道の《稲作》普及の為に尽されます。
 自分の成功だけで終らず、当時、生活や食料に困っている人たちの為に尽したところが、『寒冷地、稲作の父』と呼ばれる由縁だったのかもしれません。

 又、面白いエピソードとしては、あの『青年(少年)よ、大志をいだけ!』で有名なクラーク博士のこの名言は、実は〔久蔵〕さんの家で言った言葉ではないかと言われており・・・(一説ですが)、
 実は、この言葉には『・・この老人のように。』という、現在カットされた、続き言葉が、まだあったというのです。
『青年よ、大志をいだけ。・・この老人のように!』。
 では、この〔老人〕とは誰か?・・クラーク博士自身を指して言ったのかもしれませんが、・・ひょっとすると、〔中山久蔵〕さんの事を言ったのかもしれません。
 なぜなら、クラーク博士自身が、「北海道で米作りは無理である。ジャガイモと小麦だけを作れば良いのだ!」と言われた方だったからです。
 日本を去るに当たって、農学校の学生達を連れたクラーク博士は、偉業を成し遂げた〔久蔵〕さんに対して、『敗北宣言』をしたのではないかと、僕はそう思うのです。(こう考えた方が、ドラマチックなので・・。でもフィクションですが。)
 今、この〔中山久蔵〕さんの紙芝居を作っています。
 もちろん題名は、『青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように』でいくつもりです。

沙門(しゃもん)・・サモンしい・・さもしい・・バンザーイ、バンザーイ

 「定額給付金の二万円をもらうまでは、死ねませんなぁ。元気でおりまっせぇ!」と言って、笑いながら、近所の檀家のおばあちゃんは、今日も元気よくデイサービスに行かれた。
 それを見て息子さんは「住職さん、さもし(い)、おまっしゃろ。うちのばあちゃん、ハッハッハッ」と笑われた。
 わが町河南町は、今週の土曜日から、大阪府で一番初めにこの〔定額給付金〕が出るらしい・・。マスコミも来るとの噂である。
 ・・そんなことはどうでも良いのだが、この息子さんが言われ、総理大臣も言われた、この話題の言葉《さもしい》。
 実は、『原義』は一説によると《沙門(しゃもん)》=『修行僧』から転じた言葉であるって知ってましたか?
 沙門から、サモンしいになって、『さもしい』になったそうです。バンザーイ、バンザーイ! 
 意味は『見苦しい。又は、みすぼらしい』ということらしいです。(広辞苑に書いてありました)
 昔の修行僧は、さも、みすぼらしい格好で、頑張って修行していたのでしょうねぇ。(今は、なんとも法要の時は、派手で・・〔笑い〕)
 さぁ、僕も来週あたり、さもしく、沙門しく(そのまんまやなぁ・・)、給付金をもらうとするか・・。
 
 

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