住職のつぼやき[管理用]

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小さなつっこみ人

 昨日、富田林市の『専念寺』様にお招き頂き、《お盆法要》「紙芝居法話」に行って来た。
 夏休みの夜の《法座》ということもあり、ちびっ子達も大人たちに混じって、たくさん参加されていた。
 その中での面白かったエピソード・・。
 一番前に、ちっちゃな可愛い男の子の観客さんがひとり。
 この子が、僕の話に〔つっこむ、つっこむ!〕
 今、思い出しても、笑えてくる。
 たとえば、僕が最初に自己紹介をしていたら、「長い自己紹介やなぁ。そこまで言わんでええやろ」と、うまく絡んでくる。
 又、最後には、「そこは、早く言いすぎや。もっとゆっくり言わなあかん・・」とか。
 まるで、大人のプロの突っ込みのようで・・。(昔の大阪の演芸ホールに居った、ちょっと酔ったお客のようで)
 でも、顔はかわゆい小学生。
 その〔おっさん言葉〕と〔幼い顔〕のギャップが、たまらん!
 お話をしながら、この子を題材にした〔オリジナル紙芝居〕の構想がムクムク湧き出してしまった。
 いつか、作ってみます。
 仮題:『お寺座の怪童~〔小さなつっこみ人〕現る!』
 

岐阜行き、余話

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 ・・岐阜への出前、余話。
岐阜に行ったら、是非行きたいと思っていた場所が、一ヶ所あった。
 それは、『落語の祖』といわれるお坊さん、〔安楽庵策伝(アンラクアンサクデン)〕さんの故郷、そして〔策伝〕さんの出家したお寺《浄音寺》(写真)であった。
 〔策伝さん〕は、戦国時代のお坊さんで、美濃の国〔今の岐阜市三輪〕の出身である。(岐阜別院から、北へ車で40分ほどであった。・・カーナビを使って、田園風景の中に埋もれるお寺へ、なんとか、たどり着いた。嬉しかった!・・その晩、策伝さんがお寺で出迎えてくれた夢を見た!)
 〔策伝さん〕は、由緒ある家柄の出であったそうだが、(写真)の浄土宗《浄音寺》で、七歳の時に出家。十一歳で、京都に上がり修業を積み、そののち、二十代半ばから全国各地を回り、廃れていたお寺を次々に再興し、この岐阜の《浄音寺》の住職を経た後、やがて六十歳で、京都の《西山深草派総本山・誓願寺》の第五十五世法主となられた。
・・とまぁ、立身出世された凄い方なのであるが、僕が興味を持ったのは、その全国を行脚しておられた時の「めっちゃ、おもろかったお笑い体験談」を『醒睡笑(セイスイショウ)』という全八巻の本にまとめ上げ出版された所に惹かれたのだ。(戦国時代にも、〔お笑いネタ〕が一杯あったのね!・・いや、時代があまりにも悲惨だったので、皆を笑わして慰めようとされたのか・・?)
 今、この〔策伝さん〕の『落語ネタ本:醒睡笑』を紙芝居化しようと思っていて、ずっと練っているだが、その為には、やはり〔策伝さん〕の故郷を見ておきたかったのである。
 僕はこの誰もいない、《浄音寺》で合掌し、念仏して、〔策伝さん〕に語りかけた。
「策伝さん、あなたは、こののどかな田園風景の中で、ご自分が経験されたおもろい、オチのある話を、たくさん思い出し、そして書き溜めていたんですね。・・さぞかし、夜中、布団の中でも、一人思い出し笑いを、一杯されたことでしょう。 はっきり言って、あなたはお坊さんとして『変』です!・・でも大好きです。憧れます。 そんな「変テコ」な本を書き残そうとされたところが・・。あなたがいなければ、おそらく今の『落語』は無かったでしょう。いや或いは、違う形となっていたでしょう。 僕もあなたの足元にも及びませんが、おもろい話や、自分が感動した話を精一杯「紙芝居」やブログに書いて、発表したいと思っています!・・だから、キレのあるお笑い『仏教法話』ネタが、今後一杯思いつくことができますように、お浄土からどうかお力をお貸し下さい。たのんまっさ!」と。 合掌

お寺の出前、岐阜へゆく!

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昨日から、一泊で「岐阜県・岐阜市」にある『本願寺岐阜別院』に行って来た。
その用事は、〔黎明(レイメイ)講座〕という〔五日間連続で、朝の6時からやる講演会〕の一日目に、お話に行かせて頂くのがその目的だった。
 僕は移動する時間をなるべく短縮させようと、車を運転して行ったのだが、それでも三時間半は掛かった。(途中何度も休憩したが、結果的に腰が痛くなった)
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『岐阜別院』というのは、岐阜市の中心街にある大きなお寺であった。
 お寺自体も古い作りで、まるで昔の芝居小屋のようで、椅子席を畳の席で囲むような作りになっていて、「まるで、昔のお芝居小屋でお話させて頂いているような気分です」と言ったら、聴聞に来られているお客さんには受けたが、向こうの職員さんは苦笑された。
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 こんな朝早くから、講座に来られる方があるのかなと思っていたが、天候が悪いにも関わらず、100名程の方がお参りに来られていてびっくりした。(熱心やね)
 最後に職員の方が、皆さんに〔スタンプカード〕らしきものを配っていて、その説明をされていた。
「五日間、連続で来られてこのスタンプがすべて埋まった方には、記念品が出ますよー」と。
僕は終ってから、「それって、昔の小学校でやってた朝のラジオ体操の出欠カードみたいなもんですね」と言ったら、又、苦笑された。
 しょうもない事を二回も言ったので、もう二度と呼んでもらえないかもしれない・・。(笑い、・・そして合掌)

『ゆうせいデイサービス』への出前

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先ほど、富田林市にある『尾崎クリニック(写真)』の裏に併設する『ゆうせいデイサービスセンター』へお寺の出前に行って来た。
 今日は、お昼から大阪市内で、お葬式のボランティアが入った為、こちらには間に合わないかもしれんと思って心配したが、高速道路を飛ばしたので、ギリギリ間に合った。(ほっとした。)
 こちらは初めて行かせてもらったデイサービスで、とにかく初めての所は、こっちも緊張するが、向こうさんも同じく緊張される。
 又、僕はお葬式を執行してきたトコだったので、声が嗄れてうまく呂律が回らず往生した。
 が、紙芝居も終って、『質問コーナー』に移ったら、「どこから来たのか?、何という寺か?、名前は何というのか?」とか、質問され、ちょっとは僕に興味を持ってもらえたかと少し安心はした。
 僕の目の前を何度も、何度も、何度も、何度も、行ったり来たり通り過ぎ、トイレに行かれる男性の姿に気は散ったが、さすがに、何度も何度もが続くと、最後は「どうぞー」とか「お帰りー」とか言って、本来のおチャラかな僕の姿が出てしまい、自分で自分がおかしくなった。
 でも、この男姓、体操をしたり、僕が話をしたりしている時だけは、じっと座っておられたなぁ。つまり、「紙芝居」には関心がなかったということか~。

盂蘭盆(ウラボン)は、裏盆ではありません!

 昨日、お参りに行かせて頂いた檀家さん宅での会話・・。
「住職さん、関東では7月15日に〔お盆法要〕をやりまんねんなぁ~。関西よりも一ヶ月早い! だから関東での〔お盆〕は『表(オモテ)盆』。だから、関西では『裏盆』っていいまんねんなぁ」と、お家の方に言われた。
 僕は「ちょっと、違いますわ~。(本当は全部違うが・・〔笑〕)」と、遠慮がちに答えた。
 「その〔裏〕と違うんです。・・〔盂蘭〕と漢字で書くのですわ」と、(自分もしっかり書けないので)畳にちゃっちゃっと書くまねをした。
「そぉ、なんですか!知らんかった。・・でも、それってどういう意味なのですか?」と、聞かれたので、(いいんじゃないか!それって僕の得意分野の話や!さぁ、「紙芝居」の持ちネタから、じっくり説明するぞー!)と、僕ははりきって、「お盆の由来」のお話をさせて頂こうとすると、・・その時、お孫さんが習い事に行く為、「おじいちゃん、おばあちゃん、車で送ってー」と部屋に入って来た為、話自体が中途半端なままで、ご家族さんは僕を一人取り残したまま、去って行かれた。
 後に残った僕は、消化不良のまま、すごすごと家を後にすることになる。
 僕は誓った!「このモヤモヤ感は、あっちこっちの家で、今日は(話を聞きたくない人にも)この話題を語り続けてやる!」と。
 そして僕は雨の中、泣く泣く自転車で飛び出して行ったのであった。
(もし、これを読んで「お盆の由来」の話を知りたいと思われた方は、僕のホームページの《出前メニュー》「仏教もの1」から、探して勝手に読んで下さい。・・へんっだ!)

その場しのぎの住職・・・喜ぶ声が聞きたくて

 ここんとこ連日、8月の「お盆参り」の予約、プラス「紙芝居法話」の予約を、電話でお聴きし、お受けしている。
 『ご依頼される方の、喜ぶお声が聞きたくて・・・、あぁ、ただそれだけで、それだけで・・、』
「ハイ、解りました。その時間にお参りに行かせて頂きます」、
「ハイ、承知しました。『紙芝居法話』ですね。喜んで!」と、
よ~く、自分のスケジュール帳とカレンダーも確認せずに受けるので、
「『あっ!』と、同じ時間に二つ入れてしもうた。ダブルブッキングや!すぐに謝りの電話を入れんとあかん!」、と手帳を見ながら半分泣き顔で、「すみません、すみません、すみません、すでにその時間は詰まっておりました。予定を変えて頂けませんでしょうか?すみません、すみません・・」と謝り続けている。
 ああっ、なんと僕はその場しのぎで生きてるんやろ・・。
 気が弱く、エエかっこしいな自分が情けない。・・そして愛しい。
「人の喜ぶ声を聞いて、快感を覚えるには、どうやらまだ修行が足りないようだ。特に頭の修行が・・・。」

もったいのぉ、ございます・・

 今日も南大阪(河内地方)は暑い!
 お参りに行かせて頂いても、「扇風機では、ロウソクが消えまっさかい、団扇で後ろから、扇がせて頂きます」とおばあちゃんに言われ、今日も読経中、ずっと扇いで下さった。
「もったいのぉ、ございます!」そんなんして頂いたら、かえって気を使い、(早く終らせようと)読経スピードが上がり、読経が雑になります!
 「私なんぞ、ほっておいて下さい。読経が終わり、頂くものを頂いたら、さっと帰りますので・・・。はい、帰ってクーラーに張り付きますので。」
 「・・それと、読経中に話しかけるのは、どうか止めてください。中断したら、どこを読んでいたのか、わからんようになりますので・・。はい、私は麦茶で結構でございます。ウーロン茶か麦茶かで悩みはいたしません。 熱いのもOK!冷たいのもOKでございますよ!」
 住職からの感謝とお願いでした。

こんなん、貰った!・・・が?

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昨日、お参りに行かせて頂いたお宅で、上記(写真)の《運動器具》一式を頂いた。
〔自転車型運動器具〕と〔足踏み型運動器具〕と〔ローラー型運動器具〕である。(ちゃんとした「通販用」の名前がわかりましぇん)
 ・・頂いた家のおばちゃんがおっしゃるには、「家の中で出来る運動と思って〔通販〕でこれら一式を買ったが、一回やっただけで挫折しました。捨てるのは勿体無いので、お寺で使ってもらえませんか?願わくば、住職さんに使ってもらえれば・・。」と言われたのだ。 ・・って、言われても。
 つまり、遠まわしにこれを使って、僕に「痩せなさい」という命令を発っせられたのだろう・・か? 又、お盆参りを無事に乗り切る為に体力アップを図れということかもしれん。・・・エエように受け取ったら。
 悪いように受け取ったら、これらすべて場所取るし、ただ邪魔になったんやろなぁ・・。
まぁ、どっちでもええわ。せっかく貰ったのやから運動してみるか。一応来月まで。でもこれ等、ほんまに場所とるなぁ・・。

新作紙芝居:「ダンテの『神曲』」完成間近!

 昨年から、作り始めていた「ダンテの『神曲』」という大作紙芝居が、ようやく完成間近まで来た。
 この紙芝居は何度も中断して、なかなかすべて書ききれなかった。(昨日も夢でうなされてしまった。・・地獄の世界を絵に書くのはこれやから嫌だ!・・早く書き終えて、次回作「落語」の紙芝居に早よ移りたい!)
 実は、仏教の「あの世の世界」を描いた「源信さまの『往生要集』」の紙芝居を作った時から、「次は西洋の「死後の世界」、『神曲』だ!」とずっと思っていた。
 が、仏教の「地獄」・「極楽」世界に対して、ダンテの死後の世界観は、「地獄」・「煉獄(れんごく)」・「天国」の三つに分かれている為に、さらに手間がかかってしまった。
 そして紙芝居は、迫力を出す為、オール飛び出す紙芝居スタイルにした。(けっこう気味悪く、又、面白く出来たと思っている・・。その内、このホームページで発表したいと思います)
 ・・ところで、おもろい余談なのだが、『神曲(しんきょく)』と翻訳したのは、森鴎外氏なのだが、イタリアの原題は『(神聖なる)コメディア(喜劇)』という名なのである。
 ・・「なんでやねん!」と突っ込みが入りそうだが・・。
これは、「この地獄を旅する幻想物語の最後は、ハッピーエンドなのですよ」というダンテの深い意図があって、そう名づけられたらしいのだが、やっぱり中身から見るとちょっと変!・・いやだいぶ変!(このダンテのおっちゃん、絶対ネーミング間違えたと思うのだが、鴎外氏の『神曲』と訳した名も、無理やりな感じで、さらに解りづらい!なんで、イタリア語の『喜劇』を翻訳したら『神曲』になんねん!とずっと『一人突っ込み』を入れながら、紙芝居を作っていた。
 どうせなら、中取って『神さまと悪魔たちの神喜劇』の方が良いと思うのだが・・。さらに変か!?

日蓮宗寺院からの「紙芝居法話」依頼

昨日、長野県の日蓮宗「大法寺」様というお寺の御住職から、日蓮様のご命日法要(お会式というらしい)に、『紙芝居法話』に来て欲しいという、なんともタマゲタ・ユニークな御依頼があった。
 ・・これは常識であろうが、日蓮宗というのは「ナムミョウホウレンゲキョウ」というお題目を称える。・・そして僕の宗派は、浄土真宗といって「ナムアミダブツ」というお念仏を称える。
 おのずと、考え方(教義・教学など)は全く違う・・が、おもしろい!それを知ってて呼んで下さる、御住職の懐の深さと言おうか、度量の大きさと言おうか、(何考えてはんねん!?)と感動してしまい、思わず「ハイ、喜んで行かせて頂きます!」と言ってしまった。
・・が、「ただし・・」と、御住職のお話はまだ続き、「日蓮さまのご命日ですので、通仏教(超宗派)的な、紙芝居をお願いしたいのですが・・、できましたら、昨年、鎌倉の浄土宗「光明寺」で見せてもらった『子供を亡くしたお母さんの話』を、うちの檀家さんに是非やってほしい!」と続けられた。
 そらそうであろう・・、日蓮様のご命日法要に、「親鸞様」のお念仏の話をするわけにはいかない。(・・やったらどうなるやろか?ちょっと入れてみよか・・)
 一つの宗教・宗派(イデオロギー)にこだわっている時代ではない。今、日本は年間三万人以上の自殺者を出している。青少年の心を軽視した悪質犯罪も年々増えている。「千の風になって」や「おくりびと」のヒットは、一般大衆が今、宗教に対して何を求めているかを暗示してくれているではないか!『物協会』(笑い・・)、いや『仏教会』が、今立たずして誰が立つ。・・キャシャーンがやらねば誰がやる!(古い!)

 鎌倉の〔浄土宗〕の寺院で、やらせてもらった「紙芝居」を偶然見られた、長野県の〔日蓮宗〕の御住職が、大阪から〔浄土真宗〕の紙芝居坊主を呼ぼうと思われた、その粋なお計らいと不思議さに、僕は今猛烈に感動している!星君!(マンガばっかりかい・・)

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