心臓手術の後、家でリハビリの日々を送っている。
病院を退院すれば、いっぺんに元気になって動き回れると思っていたが、その考えは大間違いだった。
朝起きても、まだ痰が絡み声が掠れて出ない。お医者さんは「その内声は出るようになりますよ。」と言われたが、中々・・・。ご飯もしっかりと食べれない。
又、ようやく傷痕の痛みは治ってきたが、節々の痛みはまだ消えない。
毎日、頑張って歩いているが、・・回復はまだまだ先のようだ。
心臓音を確認する為に、Amazonで聴診器を買った。
ドクッドクッという、心臓音を毎日聞いて、ああ僕は今日も生きてるぞ!と改めて思う。
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リハビリの日々
心臓弁膜(べんまく)症という病気
(入院中の僕)
健康診断から、心臓弁膜症(僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症)であるという事がわかった僕は、手術をせねば治らないのか?どうか?を尋ねて回る行脚(笑)の日日が始まった。
セカンドオピニオンという、異なった病院・お医者から色々なご意見を聞かせて頂き、ほぼ僕のこの病気は重症で、このままほっておけば、心不全になり命は終わりという事がわかって、「まず手術は必要!」という結論に達した。
が、これが割と大きな手術になるというのだ。で、びびってしまった。
一番初めのドクターは、「胸をバッサリ上から下へ切って、胸骨も切ります。でも大丈夫、三ヶ月もしたら骨は引っ付きますから。」とあっさり言って下さったじゃあーりませんか。
「・・そうなものか。じゃ我慢するか。どうせしなければならないなら、早く頼みます。」と言おうとしたが、その説明を一緒に聞いていた、娘が「まだ、手術をするかしないかもう少し待って下さい。」と答えを引き延ばした。
そして先ほどのセカンドオピニオンの紹介状を書いて貰って、今回の大学病院での、手術になった。
・・驚いたが、セカンドオピニオンをお願いした病院では、手術をするまでは同じなのだが、こちらは「ダビンチロボット手術機」を使って、バッサリ胸を開かず切らず、骨と骨との間に小さな穴を開けて、そこからロボットの手を入れて操縦して、悪い部分を治すというのだ。
スターウォーズの世界やん!また、出血も少なくて済むらしい。しかも早く回復するらしい。「・・ええやん、それ!」とすぐにお願いした。が、そんな夢のような手術、すぐやってもらえるか?どれぐらい待たねばならないのか?手術のお値段はどんなもの?と色々と質問し、それに決めた。
そして、このほどの入院手術となったのである。
長くなったので、この辺で筆を置くが、紙芝居師の僕が気になったのが、ただ一点。手術ロボの『ダビンチ』ってあのレオナルドダビンチ!なの?そうならば、入院期間中、そのダビンチの紙芝居を是非作りたい。そして、僕の手術とリンクさせてやる。と誓ったのでした。
で、「ダビンチ」の紙芝居はこの入院期間に完成した。又、続編のダビンチと入院日記もついで作った。
そのうち発表しますので、見て下さい。
実際。全身麻酔が回るまで、しっかり見ましたが、ダビンチロボットって、ロボコップの敵ロボみたいでした。
長らくお休みしておりました
このブログ、長らくお休みしておりました。
心臓弁膜症で入院しておったのです。
この病気がわかったのが、去年の後半。
そして、病院を変わったり、検査入院があったりして‥。
で、今年の2月の後半から手術の為、本格的な入院に入りました。
・・僕は9年前の3月4日.脳出血で倒れ、講演の場から救急車で天王寺の病院に、緊急搬送されました。そして手術をしてもらい命拾いしました。
今回も同じ3月4日、同じ天王寺(病院は違うが)で、手術は成功し無事、病院を退院する事になりました。(今度は退院なのです)
不思議でありがたいことです。(3月4日という日に何か因縁めいたものがあるのでしょうか?・・全くわかりませんが)
これから、少しこの入院生活であった事を述べさせて頂こうと思います。
続く
紙芝居『木村蒹葭堂(きむらけんかどう)』と『上田秋成(うえだあきなり)』

江戸後期の文化人、『木村蒹葭堂』と『上田秋成』の紙芝居がまもなく完成する。
この二人はどちらも町人学者で、大変仲良し。大親友と言っても良いだろう。
が、あまり性格は似ていない。
この変な名前の蒹葭堂(けんかどう)は、穏やかな性格で人付き合いが良く友人が、めっちゃ多い。そして大変親切。そして無欲である。
かたや、秋成(あきなり)は、性格は偏屈で超ナイーブ。そして友達はあまり居ない。
この(友情物語としてハリウッド映画が飛びつきそうな)ドラマチックな人生を送った超有名な二人の文化人。
一人は今の世では、確実に芥川賞選考代表委員になっていただろう。彼は怪奇ロマン歴史小説『雨月物語』を書き、
もう一人は、何でも出来る超天才ながら、それはあくまでも趣味の範囲内で、今でいうオタクの走りとして、一町人としてその人生を送った。
この変わった二人の天才の人生を、ユーモアを混ぜ込み紙芝居にしました。
完成したら、アップします。お楽しみに
「石上露子と戦争展」in富田林市立中央図書館
今、「石上露子を語る会」主催の『石上露子と戦争』パネル展が、富田林市立中央図書館で展示されています。
僕の描いた露子さんの絵も、その中に二展ほど展示されていますので、よろしければ、おいで頂きご覧になってください。合掌
只今、制作中の紙芝居
只今、新作の紙芝居の制作に入っている。
一本目は仏教もの『三人の尼僧』というお話。
日本のお坊さんの始まりは『男姓』と思われがちだが、実は三人の『女性』、しかも少女たちであったという実話のお話。
この作品の取材の半分ぐらいは終わっている。が、制作はまだ下絵程度である。
(紙芝居『日本仏教のはじまり~三人の尼僧』)
二本目は昔話もの『医聖 華岡青洲先生』。
おそらく、乳癌麻酔の世界的トップランナー医師であろうと云われている人物のお話。
この作品の取材は、和歌山や大阪の富田林などですでに終らせている。
あとは描くだけなのだが、中々筆が進まない。おそらく今年の夏までには完成すると思うのだが・・、しらんけど。
(紙芝居『医聖 華岡青洲先生』)
その後、企画段階に入っている作品は、外国もの紙芝居『ダビンチvsミケランジェロ 天才達の戦い(仮題)』。
この作品も今年中に作りたいと思っている。
依頼を受けた装丁画(そうていが)
今、知り合いの方の出版される装丁画(本の表紙画)の依頼を受けて、思案している。
なんせ、題材が難しい。
原稿はすでに読ませて頂いたのだが、ノン・フィクション物で、三本の全く違う話の連作になっている。
一本一本、関係無い話と思っていて読んでいけば、最後で全てが繋がっていたという話なのである。
この話の表紙画なので、どう繋げた絵にすればインパクトがあるかを思案しているのである。
僕はプロの絵描きでは無い。・・それを知りながら依頼されたのだから、僕らしい絵で良いという開き直りの心が少し。でも期待に応えたいという欲もある。
さぁ、どうするか。締め切りは二月末・・考えよう。
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。
本年も、ホームページをよろしくお願い致します。
さて、去年から少し体調を崩してしまい、今年は「お寺の出前」の講演を上半期は休まして頂こうと思っております。
本格的に再開するのは、今年の6月頃になるかなと考えておりますので、よろしくお願いします。まだまだ作りたい紙芝居はたくさんあるので、体調を整えて頑張ります。合掌
最新『紙芝居』完成間近!
ニューズレター『かわずみ家』に載りました

今年の夏から秋に掛けて、東大阪市の「旧河澄家」で行った『郷土の人々紙芝居展』の様子が、『ニューズレターかわずみ家』に載りました。
今年もお世話になりありがとうございました。合掌





