住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『相撲のはじまり』(その4)

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野見の宿禰(すくね)は、天皇に言いました。
「天皇さまからの、有難きお言葉なれど、勝負とはいえ、人ひとりの命を奪ってしまいました。‥私は素直に喜べません。
 私は先祖より、人の命は尊きものと教えられてきました。
 もし、他にご褒美が頂けるなら、・・私に、人の命を頂けませんか⁈」と。
 それを聞いて、天皇は「それはどういう意味じゃ?宿禰」と聞かれると・・、
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「はい、今、位の高い王族の方が亡くなられると、お墓(古墳)の周りに『殉死』といって、元気な人もあの世のみちづれに、・・つまり、生き埋めにされます。
・・それをやめて頂きたいのです。
 その代わりと云っては何ですが、私が作りました[人]や[馬]などの『埴輪(はにわ)』を代わりに埋めるというのは、どうでしょうか?
 そうすれば、元気な者も死なずに済むし、その家族も喜びましょう。」と、宿禰は言いました。
 それを聞いて、天皇は「うーん、それは良い案じゃ・・一度考えてみよう。」と云われました。
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(埴輪類[近つ飛鳥博物館]より)
 こうして、やがて[垂仁32年]から、『殉死』は禁止され、お墓の周りには、[埴輪]が飾られるようになりました。
 そして野見の宿禰は、天皇から、『土の師』と書く『土師(はじ)』という苗字をもらい、こののち、[土師の宿禰]という名前に変わったのです。つづく

「浄土宗大阪教区児童教化連盟」からの出前依頼

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(大阪市天王寺区:『浄土宗 大阪教務所』)

昨日、「浄土宗大阪教区児童連盟」様からの依頼を受けて、『紙芝居に学ぶ 子供への教化』という講題で、講演に行ってきた。
 この日、大阪は天神祭りで、道路も混んでいたが、何とか間に合った。
 他宗のお坊さんたちへの講演は、やはり緊張するが、知り合いの方もいて、どうにかいつもの感じで乗り切った。
 理事長さま、事務局長さま、大変お世話になり有難うございました。合掌
 

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