
・・・まず始めに『どうして、仏教の坊さんがキリストさんのお話しはるの?』という疑問の声が聞こえてきそうである。
それは次のような理由からなのだ・・。
或る年の11月半ばの老人ホームでの法話会の場の事。(《の》が多すぎるのぉ・・)
苑内では、次月のクリスマス会の準備の為、色紙で作ったサンタクロースやトナカイなどの絵が壁一面に飾り付けられていた。
この日の『法話会』終了間際に、一人のお年寄りのご婦人が口を開いた。「おじゅっさん(住職のこと)、クリスマスって何ですか?商店街のバーゲンセールみたいなものですか?」と。
僕は「違いますよ。西洋のお坊さんでイエス・キリストという方が生まれはったのを記念しお祝いする日なんですよ。キリスト教を開かれた偉い方です」と言った。
そしたら「ふーん、外国にも宗教があったんやなぁ・・。私は戦後、マッカーサーが来てから日本はおかしなったと思ってる。・・そのキリスト教って何を教えてはるのですか?」と問われた。
とっさの事で、僕は思わず『愛です!』と答えた・・。
すると「愛ねぇ・・、よう解からんわ」と言われた。それで僕は「それやったら来月、そのキリストさんの紙芝居を作って持ってきますわ。それを見てもらいましょう」と言ってしまった。
・・・それがこの『紙芝居』《紙芝居メニュー・西洋もの1》を作った理由だ。
結果的にいうと、僧侶の姿で『イエス・キリスト』の紙芝居をするのだから、なんだかヘンテコな気分だった。又、変人やと思われたら嫌なので(まぁええけど・・)、仏教的なものも入れなあかんと思い、この紙芝居終了後は《仏教とキリスト教はどう違うの?(写真参照)》というクイズ形式のお話もした。
又、CDラジカセを持って行き、仏教の声明音楽とキリスト教の讃美歌を少しづつ聞いてもらい聴き比べコーナーもやった。
この会終了後、この質問をされた方が僕の所まで来て、「よくわかりました。ありがとう」と言ってくれたのを、今でも鮮明に覚えている。
(あらすじ)
大工の子として生まれ、神の声を聴き、奇跡を起こし病人を救うが、時の権力者に疎まれ、弟子に裏切られ、十字架に磔られ処刑される。・・が、復活し?!昇天。そして今でも神の子として我々を導いてくださっているというお方のお話。・・でした。
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西洋のお坊さん『イエス・キリストの一生』
宗教の枠を超えた偉人『マザー・テレサの生涯』
マザー・テレサは、平成9年9月15日、心臓発作の為インドで87才で亡くなられた。
僕は宗教の枠を超え働かれたこの方が大好きだったので、ショックだった。
・・それで、この方の『紙芝居』を是非作って、老人ホームの皆さんに見ていただこうと思い、同じ平成9年の12月に完成させ、皆さんに見ていただいた。
紙芝居を演じて驚いたことが1つあった。それは紙芝居の後、入所者のお一人方が「私、直接マザー・テレサと会うたことあるんやでぇ。小っちゃい可愛らしい人やった・・、西成区にも来たんやでぇ。」と言われたことだ。
《そうなのだ!この方は何度も日本に来られているんだ。》と改めて思った。それにしても、この入所者のおばあちゃん、前はヘレン・ケラーと会うたことがあると言うとった。歴史の生き字引みたいな人がこの施設には居る。《へたなこと言えんで・・ほんま》
さて、(あらすじ) 《紙芝居メニュー・西洋もの2》
旧ユーゴスラビアに生まれたアルバニア人の三人兄弟の末っ子、アグネス・ゴンジャ(のちのマザー・テレサ)は幼年期は幸せに過ごします。しかし9才の時、建築家であった父が亡くなり(一説には殺されたとも言われています)、宗教家(修道女)の道を選ぶことになります。やがて縁あってインドに渡り、そこで悲惨な社会状況・貧富の差を目の当たりにします。

そこからがテレサさんの凄いところで、持ち前のアイデアと行動力で『死を待つ人の家』・『孤児の家』・ハンセン病の方の施設『理想村』などを作られ活躍されます。
そして69歳の時、その偉大な愛の功績に対し『ノーベル平和賞』を受賞されます。そして『世界宗教者会議』に出席の為、昭和56年初めて日本に来られ、東京は「山谷」、大阪は「あいりん地区」を回り、広島の原爆記念館を訪ねられ、平和の祈りをささげられました。
それでは最後に、紙芝居でも書いた日本での講演のお話で終わることにいたしましょう・・・。
「・・日本というこの豊かな国で貧しさを見ました。道端で倒れている人をなぜ誰も手を貸そうとしないのですか。この人も誰かの夫・・誰かの兄弟であるかもしれないのに・・、本当の貧しさとは社会から必要とされないことなのです・・」。
無駄をした事によって、かけがえのないものを手に入れた 『賢者の贈り物』
毎年12月になると、この『賢者の贈り物』という紙芝居《出前メニュー・文学もの17》をあちこちで演じます。それはこのお話がクリスマスの日を舞台にO・ヘンリーが書かれた作品で或るからかもしれません。・・ちなみにこの紙芝居を作るに当たって、僕は月日の設定をクリスマスから「結婚記念日」に変えました。(だから別に12月に演じなくても良いのですが、ただなんとなく・・) そして、時代設定も大正時代の日本に(髪の毛の売買がまだありそうな時代のような感じがしたから・・)置き換え、主人公たちも、ジムを「仁(じん)」にテラを「点子(てんこ)」に勝手に変えて、お年寄りの方に親しみやすいように作りました。
《あらすじ》
これは若くて貧しい夫婦のお話です。美しい髪の妻・点子は、夫・仁の懐中時計をつるす為の鎖を買う為に、髪の毛を売ります。そして、仁は点子の美しい髪に似合うクシを買う為に、懐中時計を売ってしまいます。
お互いに贈り物がちぐはぐになりますが、それは無駄ではなくお金に変えることができないものが、相手に届けられるというお話です・・・。
さて、僕の紙芝居では、最後に次のような言葉を入れて終わるようにしました。『・・この世には無駄に見えるものでも、価値あることはたくさんあります。私達も時々、自分のしている事が無駄であるように思うことがあります。しかし、それは本当に無駄なのでしょうか?神仏はちゃんとあなたを見守り、温かくつつんで下さり、その代償にとても高価なモノを与えて下さっているかもしれませんよ・・。おしまい』と・・。
余談ですが、ちなみに髪の毛って、今でも売れるそうですね・・。
僕は、『そんごくう』

『そんごくう』という、話の紙芝居(文学もの11)を作った後、不思議な夢を見た。
それは僕自身が、自分の作った紙芝居の中にいる夢だ。
この物語は、主人公のそんごくうと三蔵法師一行が、天竺の国に向かって旅をする有名なお話だ。
この紙芝居の最後の場面に、ついに天竺という理想郷のゴールが見え、旅の一行は感激して立ち尽くすという絵がある。(写真参考)
夢の中で、僕は「そんごくう」自身になっていた。
横を見れば、仲間のブタの猪八戒・カッパの沙悟浄、そして馬に乗った三蔵法師がいる。そしてなんとこの仲間達の顔が、みんな僕になっているのだ。
そして、そんごくう自身である僕は、この仲間達を見ながら、「彼等はみんな僕の分身なのだ!」と思うのだ。
猪八戒は食欲と性欲に汚い僕であり、沙悟浄は猜疑心が強く優柔不断な僕。又、僕の本体であるそんごくうは直情的で短気、そして自惚れやな僕そのもの・・なのだ。
そしてそのボスは、ひ弱だけれど、理想主義者の三蔵法師であり、これも僕自身なのである。
このボスの三蔵法師は口を開けば、「人間は真っ直ぐに清く正しく生きねばならない」と言う。この説教臭いお坊さんを仲間達皆は疎ましく思う。・・が、それでもやはり皆はこの方が好きなのである。だからリーダーとして仰ぐのだ。この人の言っていることは正しいと心の底で思うので、しぶしぶながらも皆お供してついて行くのだ。(理想を目指す人生という旅に!)
別に天竺というゴールに着かなくても良いのだ。旅をしながら、善人にも悪人にも逢い、時には化け物にも出遭い、成長していくのが目的なのだから・・。
しかし、どこに行ってもどんな目にあっても、すべては仏様の手の中で動いているのだから、安心して進めば良いのだ。
そんな事を、僕はこの夢の中で悟った。
考えてみれば変な夢だ・・。でも、ひょっとすると『そんごくう』という物語が、いつの時代にも皆から愛されている理由は、案外こんな所にあるのかもしれない・・。不思議な夢だったが、目が覚めた後、やけに清々しかったのを今憶えている。
紙芝居を作りながら、こんな夢を見たり、新たな発見ができたりするので、描くのがやめられないのかもしれない・・。
冬の定番・紙芝居 『最後の一葉』

毎年、冬が近づくと、老人ホームなどで必ず演じる紙芝居が、このO・ヘンリー原作の『最後の一葉』です。(出前メニュー・文学もの12)
・・・一人の若い女性が肺炎にかかり、生きる力を無くしてベットに横たわっています。窓の外には、レンガの壁に葛の葉が少しだけ残っていました。女性はその葉が全部散った時、自分の命も終わると信じこんでいます。ある夜、強い風が吹き大雨が降ります。・・次の日の朝、女性は不安げにカーテンを開けるとなんとまだ一枚葉っぱがレンガにしがみついていました。それを見つめ彼女は生きる力を取り戻していきます。しかし、その葉は実は、ひとりの老人が彼女を助けようと、命がけで描いた絵だったのです・・。
私はこの紙芝居を毎回演じた後、導入のお話として『命ってな~に?生きる力ってな~に?』という法話をしています。「生きててもしょうがない。早く仏さんからお迎え来てほしいねん」と言われるご老人を諭す為に・・。ちなみにこのお話の舞台はニューヨークですが、私はご老人にも親しみやすく聞いてもらえるように昭和初期の東京に舞台を変えて作りました。
『ゴータミー』と私
私が病院や施設で、何度も何度も演じている紙芝居に『子供を亡くしたゴータミー(出前のメニュー・仏教もの7)』という作品があります。
これは仏教経典に書かれてあり、幼い子供を亡くしてノイローゼのような状態になったゴータミーという若い母親を、お釈迦様がお救いになるお話です。
亡くなったわが子の死が信じられず、その子を抱いたまま、救いを求めてインドの町を走り回るゴータミー。
そんなゴータミーにお釈迦様は「ケシの実」をもらってくれば、なんとかしてやろうと言われます。「ただし一度もお葬式を出したことのない家からもらってくるように」との条件をつけて・・。喜び勇んで何軒もの家を尋ねて回るゴータミー。どこの家にも「ケシの実」はあるのですが、今の日本とは違い、当時のインドは皆が大家族で生活をしていた為、お葬式を出さない家は結局一軒も見つかりませんでした。
しかし、ゴータミーは正気に戻って悟ります。
それは一軒一軒の家で、それぞれの別れの話をじっくり聴かせてもらったからなのでした。ゴータミーは思います。「悲しい別れは私だけではないのだわ。みんなつらいのだ。(共感) そして人というのは必ず死ぬものなのだ。(真理)」と・・。
私はこのお話が好きです・・。二千五百年も前のお話ですが、今も私達の心を深く打つのは、この物語のテーマが普遍的なものだからでしょう。ゴータミーが悟った(この当たり前だけど、誰もが気づきたくない真実)をこれからも私は紙芝居を通して伝えていきたいと思います。
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