住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『恩讐の彼方に』 ~その3~

 『恩讐(オンシュウ)』とは、どういう意味なのか?・・
 《広辞苑》で引いてみたら「〔情け〕と〔あだ・うらみ・仇とする事〕」と書いてあった。
 つまり『恩讐の彼方に』とは、「〔情け〕と〔怨み〕の果てに何があった(ある)のか?」・・という意味だろうか?
 意味の深い、難しい題名だが、この『紙芝居』を作りながら、ずっと、そんな事ばかり考えていた。

 紙芝居:『恩讐の彼方に』~その3~ (今回完結)
 ・・その恐ろしい敵とは、〔了海〕がまだ〔市九郎〕と名乗っていた時、命を奪った殿様の息子であった。
 その息子が大人になって仇打ちに現れたのである。
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 彼の名は〔実之介〕といった。
 父が非業に死んだ為、お家は断絶し、彼は親戚に預けられ大きくなった。
 今や彼の目的は、父の〔仇打ち〕だけが、生きがいとなっていた。
 そんな彼が諸国を回り、ようやく九州の地で、父の仇らしき男の噂を聞いたのであった。
 彼は直ぐに洞窟へ向かった。
 そして「この洞窟に昔、〔市九郎〕と呼ばれていた〔了海〕という僧はおるか?おるならすぐに会いたい!」と人足に言った。
 それを聞いて〔了海〕は、すぐにはいずりながら出て来た。
 〔実之介〕は、〔了海〕に問い質すと間違いないという。
 「ようやく会えた!父の仇、覚悟せよ!」と〔実之介〕は剣を抜いた。
 その言葉に〔了海〕は少しも動ぜず、「誠、その通りでこざいます。覚悟は出来ております。この首、お打ち下さい」と首を差し出した。
 その騒ぎを聞いて、洞窟から〔人足〕達が集まって出て来た。
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 その中の〔棟梁〕らしき人物が、やがて口を開いた。「お武家様、この〔了海〕様は、苦節二十年近く、身を砕かれて、この洞窟を掘られました。いかに自分の悪業とはいえ、《誓願成就》の前にお果てになるのは、さぞやご無念でしょう・・。どうか、この洞窟貫通まで、仇打ちはもう少し待って下さいませんか?・・何、もうそんなに長くはかかりせん。どうかそれまで〔了海〕様のお命、我等に預けていただけませんか?完成のあかつきには、我等もう何も言いませんので・・」と言った。
 他の人足達も「道理じゃ、道理じゃ」と叫んだ為、〔実之介〕はそれを受けざるを得なかった。

 ・・が、そう約束したものの、「〔了海〕は夜にこっそり逃げるかもしれん」と疑い、皆が寝静まった深夜、〔実之介〕は「やはり、今、打とう!」と洞窟に入って行った。
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 深夜ゆえ、中は誰もおらず静まりかえっていた。
 その時、一番奥から「カッ、カッ!」と小さくはあるが、力強い音が聞こえて来た。
 見ると、ただ一身に(槌)を振る〔了海〕であった。
 これを見て〔実之介〕は、「もはや、逃げる気はないに違いない」と思い、今度は好意を持って「〔誓願成就〕の日まで待ってやろう」と思った。
 だが、ただ呆然と待っているだけではなく、「一刻も早く、復讐が遂げられるように!」と思い、気がつけば・・・、
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〔実之介〕自身も(槌)を振るっていた。
 今や、敵と敵とが、合い並んで(槌)を振るうという、不思議な光景が生じ始めていた。
 〔了海〕も〔実之介〕の姿を見て、早く《本懐》を遂げさせてやろうと、懸命に(槌)を打った。

 やがて、月日は二十一年が経とうとしていた。
 そんなある夜、「あっ、」と〔了海〕が声を上げた。
 小さくはあるが穴が開き、向こうから《月明かり》が差したのである。
 「おぉっ!」と全身を震わせ、狂ったかのように歓喜の声を〔了海〕は上げた。
 そして横にいる〔実之介〕に、「〔実之介〕殿、御覧なされ!二十一年かかりましたが、今宵遂に《誓願成就》致しました。さぁ、〔人足〕達が気がつけば、又何を言うかわかりません。早く、私の首を打たれよ。それがお約束でしたから・・」と言った。
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・・が、〔実之介〕は、〔了海〕の手を握り締め、ただ涙にむせぶ事しか出来なかった。
 このような哀れな姿になってまでも、成し遂げたこの《大偉業》に敵とはいえ、ただただ感動し胸が一杯になっていたのだった。
 彼は再び、この〔老僧〕の手を硬く握り締めた。
 そして二人は、そこですべてを忘れ、感激の涙にむせぶのであった。 おしまい。
 

紙芝居:『恩讐の彼方に』 ~その2~

 この〔菊池寛〕氏のお話はフィクションである。
 ・・が、モデルはある。
 主人公〔市九郎〕こと〔了海〕は、《禅海》という実在の僧をモデルにしている。
 前回から続くこの物語の舞台は、今回、江戸から九州・大分県の〔耶馬渓〕という所に移るのだが、この〔耶馬渓《青の洞門》〕には2回程旅行で行った事がある。
 この地には、今でも〔了海〕こと《禅海》さんの像が建ってる。

 『恩讐の彼方に』 ~その2~
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 〔了海〕は、京・大阪・山陽道と〔罪滅ぼし〕の為、行く先々で苦しむ人々を助けた。
 そして、やがて彼は、九州は豊前の国(今の大分県)、山国川の《鎖渡し》という難所に到着した。
 ここは毎年、十数人は谷に落ちて亡くなるという難所で、街道を切り立った山が〔通せんぼ〕していて、その横の細い山壁を鎖を持ちながら越えて行かねば、向こうの国に出られるという難所であった。
 〔了海〕は「この山に穴を開け、向こうの国まで貫通させれば、もうこの難所で命を失う者はなくなる・・」と考えた。
 そう思った〔了海〕は、その日の内に〔ノミ〕と〔金槌〕を手に入れ、穴を掘り始めた。しかし、向こうの国までは三町(約330m)もあった。
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 〔了海〕は、朝に〔托鉢〕をして食べ物を手に入れ、昼から深夜まで穴を掘った。
 そんな姿を見て、里の人々は「身の程知らずのたわけじゃ」と言って笑ってバカにした。
 
 やがて一年が過ぎた。
 が、わずか一丈(約3m)程の洞窟しか出来なかった。
 「あれを見よ。あの変な坊主が一年もがいて、わずかあれだけじゃ!」と言って里人は又、笑った。
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 二年が経った。
 里の人々はもう何も言わなくなった。彼等の嘲笑は、驚異へと変わっていったからであった。
 〔了海〕のヒゲと髪は肩まで伸び、頬はこけ、足はやせ細り真っ直ぐに伸びなくなっていた。
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 ・・九年が経った。
 穴は入り口より二十二間(約42m)までの深さに達していた。
 里の人々は、この頃ようやく〔了海〕の事業の可能性に気づき始めた。
 里人は、自発的にお金を出し合い、数人の〔石工人足〕を雇い、〔了海〕の手伝いを始めた。
 ・・・が、事はそう容易くいかない。
 一年も経たぬ内に、一向にはかどらぬこの事業に、皆嫌気がさし、「入らぬお金を使こうてしもうた」と言って〔人足〕達を引き払った。
 こうして、〔了海〕は又、一人で掘り続ける事になった。

 ・・十年が過ぎた。
 〔了海〕の足はもう立つことも出来ず、目は石の破片によって傷つき、わずかな物しか見えなくなっていた。
  
 ・・十三年が過ぎた。
 洞窟はこの時、全長六十五間(約123m)まで達していた。
 里の人々は、再び驚異の目を開けた。
 そして、今度は十人の〔石工人足〕を雇い、〔了海〕の手伝いをさせた。
 が、やはり今度も、このいつ終るか解らぬ《事業》の出費に皆、不安になり、一人減り、二人減り、やがて皆この《事業》から手を引いてしまった。
 
 やがて十八年が経とうとしていた。
 ただ一人、(ノミ)を打つ〔了海〕であったが、今や彼は〔主殺し〕や〔おいはぎ〕の罪の記憶も薄れ、ただ機械のように(ノミ)を打ち続けていた。
 山の壁は、今や半分まで貫かれようとしていた。

 里の人々は、もはや誰一人、〔了海〕の事業に疑問をもたなくなった。彼等は過去二回の自分達の非を恥、今度は七郷すべての人々に声を掛け、協力を求め、又〔郡奉行〕までが動き、今やたえず三十人程の〔人足〕達が、毎日〔了海〕を助けた。
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「もう穴堀は〔人足〕達に任せて、〔了海〕様は《現場監督》だけしておくんなせぇ」という里人達の声も聞かず、〔了海〕はただ(金槌)を振るった。

 こうして、十九年が経ち、「もう後、二~三年程で貫通する。後少しの辛抱じゃ」と、身に迫る(老い)という敵を感じつつも〔了海〕は懸命に(金槌)を振るった。

 ・・が、しかし この〔了海〕の前にもっと恐ろしい敵が、その命を狙おうとしていたのだった・・・。 つづく

 
 

 
 
 


 

 

紙芝居:『恩讐(オンシュウ)の彼方に』 ~その1~

 アメリカの9.11、同時多発テロ事件・・。そしてそれに対してのアフガン・イラクへの報復戦争。
 いったいこの怨みの連鎖は、どうすれば止まるのだろうか?
 そんな事を考えていたら、この〔菊池寛〕氏の有名な小説を是非『紙芝居』化したくなって作った一作。全3回にして載せます。

 『恩讐の彼方に』(文学もの15)
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 昔むかしの江戸時代のお話。
 〔市九郎〕という名の身分の低い侍がいた。
 彼は、〔三郎兵衛〕という殿様に仕えていた。
 ある時、〔市九郎〕は、殿様の〔お妾〕の一人と恋に落ちた。
 それが殿様にバレた。
 怒った殿様は〔市九郎〕を手打ちにしようと刀を振るったが、一瞬のスキができ、気がつけば〔市九郎〕が、殿様を刺し殺していた。
 そう、〔市九郎〕は、主殺しという大罪を犯してしまったのである。
 〔市九郎〕は、自分の罪に慄きその場で自害しようとした。・・が、隠れていた〔お妾〕に誘われ、金を盗んだ上、江戸を逐電したのだった。
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 そして、二人は『木曾』の山中で、茶店を開いた。
 しかし、一度犯した悪事は、もうハドメがきかず、二人は昼は茶店で金持ちの客を見定め、夜、こっそり先回りをして、その客を殺し、お金を奪ったりした。
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 そんなある日、いつものように〔市九郎〕等は、若い金持ち夫婦を襲って殺した。
 〔市九郎〕は、財布だけを奪い逃げようとした時、〔お妾〕だった女が、必死の形相で、その遺体に跨り、(くし)や(かんざし)を引き抜こうとする姿を見て、自分のやっている事が改めて、恐ろしくなり、気がつけば何もかも放り出して逃げ出していた。
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 そして、奉行所に自首しようとしたが、その前にあるお寺に駆け込んで〔懺悔〕する事にしたのだった。
 〔市九郎〕がお寺の御上人に仔細を話すと、御上人は「重ね重ねの悪行、自首すれば直ちに磔・獄門であろう。・・それよりも、本当に懺悔する気があるならば、〔出家〕し、死んだ気で、この寺で修行し、亡くなった者への供養の為に、仏道を歩んではどうか?」と言われた。
 その言葉に目が覚めた〔市九郎〕は、その場で出家し、名を〔了海〕と改め、死ぬ気で修行に励んだ。
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 やがて何年もが経ち、〔市九郎〕こと〔了海〕は、御上人の許可を得て、苦しむ人々を助ける為に、諸国行脚の旅に出たのであった。  つづく・・

 
  
 

紙芝居:『月の神様になったうさぎ』

 紙芝居:『月の神様になったうさぎ』(仏教もの2)

 昔むかしの大昔、神様がこの世に色々な《生き物》をお作りになったばかりの頃のお話・・。
 地上では《生き物》たちが、みんな仲良く暮らしていました。
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 そんな姿を《帝釈天(タイシャクテン)》という神様は、最初は微笑ましく眺めておられたのですが、ある時、『フト』脳裏に疑問が走りました。
 ・・というのは、『彼等は皆一見、仲良さそうに見えておるが、実の処、意地悪な〔心〕を皆隠し持っておるのではないか?』という疑問でした。
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 それで、この神様は、哀れなおじいさんの姿に変装して、地上に降りてこられ、皆に「私は腹ペコで、もう何日も何も食べておりません。どうか、食べるものをくだされ~」と訴えました。
 優しい動物達は、皆で会議をして、このおじいさんの為に何か食べ物を見つけてこようと相談しました。
 やがて、クマやキツネ、サル、鳥、みんなそれぞれにおじいさんの為に〔木の実〕や〔果物〕など食べ物を見つけて、持って帰って来ました。
 ・・が、一匹の〔うさぎ〕だけが、その日、何も見つけることができなかったのです。
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 それで、この〔うさぎ〕は、何か思いつめたあげく、突然、おじいさんに「火をおこして!」と頼み込みました。
 おじいさんが、訳がわからず火をおこすや否や、〔うさぎ〕は「おじいさん、ゴメンね。・・僕はあなたの為に何も食べ物を見つける事ができませんでした。だからお詫びに僕を食べて下さい!」と・・、
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あっと言う間に、火の中に飛び込んでしまいました。

 動物たちもおじいさんも、その一瞬の事にどうすることもできず、すぐに火は消し止めましたが、間に合いませんでした。
 やがて、皆は黒焦げになったうさぎの遺体を囲んで、ワンワン泣きました。
 中でも一番後悔したのが、おじいさんでした。
 おじいさんの姿は、いつの間にか元の〔帝釈天〕の神様の姿に戻り、皆に言いました。「私が、皆の心を試そうとしたが為に、尊い〔うさぎ〕の命を奪ってしまった・・・。私は今から、お詫びの気持ちとして、この〔うさぎ〕を〔月〕につれて行って蘇らせる。そして〔月〕の神様にする。お前たち、もし喧嘩をしそうになったなら、自らの命を捨てて、他のものを助けようとしたこの尊い〔うさぎ〕のことを思い出してやっておくれ」と言い、〔うさぎ〕を抱いて空高く飛び立ちました。

 こうして、〔月〕に〔うさぎ〕が棲むようになったという事です。 おしまい。
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紙芝居:『二つの墓穴(ハカアナ)』

 仏教紙芝居 『二つの墓穴』 (仏教もの44) 〔本生経〕より
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 昔むかしのインドのお話。
 或る村に、〔父〕と〔息子〕の二人で暮らす貧しい家が一件あった。
 その息子は、年老いた父を一生懸命に働いて養っていた。
 父はそんな息子を不憫に思い、知人に頼んで働き者の〔嫁〕を息子に世話してもらった。
 その嫁は、最初は親切に舅(シュウト)の世話をし、夫にもよく仕えた。 
 しかし、やがて子供が生まれ、その子が七つになった時・・、
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 舅もだんだんと弱り、耳も遠くなり、物忘れもひどくなってきた。
 すると、息子の父に対する言葉使いも荒くなり、それを見た嫁も同じ様に、舅に対して荒く当たりだし、その世話もいい加減な気持ちでするようになってきた。
 その気持ちがさらに高じた頃、嫁の心に一匹の〔鬼〕が棲みついた。 
 そして鬼は或る恐ろしい計画を嫁にささやいた。それは、舅を墓場につれて行き、埋めてしまう計画であった・・。
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 或る晩のこと、嫁はその計画を夫に話した。 
 夫はびっくりして最初はためらった。・・が、やがて妻に説得され、父を墓場につれて行き埋める決意をしたのだった。
 そんな父と母の話を密かに聞いていたのが、七つになる子供であった。「これは絶対にやめさせないと!」と子供は思い、舅を墓場につれて行くその日に、「僕も一緒に行く!」と言い張り、ついて行くことにした。
 
 やがて〔老父〕と〔父〕とその〔子供〕は墓場に到着し、父は大きな穴を掘り始めた。
 どれぐらい時間が経ったであろう。
 やがて子供は、父に尋ねた。「父ちゃん、なぜそんな大きな穴を掘っているの?」と。
 すると父は、「じいちゃんは、年寄りで、病気で、あんなに苦しんでいるだろう。だから、早く楽にしてやろうと〔穴〕を掘って埋めてやるつもりなんだよ」と答えた。
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 すると子供は「あっ、そうなんだ!」と言って自分もその横に〔穴〕を掘り始めた。
 父は不思議そうな顔をして「お前は何をしているんだい?」と尋ねると、子供は「うん、僕もね、父ちゃんの真似をして、今から父ちゃんが年老いた時に埋める〔穴〕を掘ることにするの!」と言った。
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 その言葉に父は『ハッ!』とし、『自分はなんと恐ろしい事をやろうとしていたんだ!』と我に返った。
 そして、涙を流し心から〔老父〕に詫びて、子供にお礼を言った。
 それから大事に〔老父〕をつれて帰り、妻を叱りつけ、かつ自分も深く反省した。
 それを見た〔鬼〕は居たたまれなくなって、妻の心から逃げ出した。こうして妻も我に返り、元の優しさを取り戻した。
 その後、老父の介護は、みんなで仲良く助け合って行い、幸せに暮らしたという。

 ・・これは《おシャカ様》の〔前世〕が、賢い子供だった時のお話だと伝わっています。
 昔から、〔介護〕の問題って国を問わずに、あったんですね~。
 又、《おシャカ様》って〔前世〕でも、マセた(いやいや・・)智慧の深いお方だったのですね~。 めでたし、めでたし・・・。
 
 

  

紙芝居:『祇園精舎のはじまり』~スダッタ長者とギータ王子~(後編)

 『祇園精舎(ギオンショウジャ)』の『祇園』とは、この「紙芝居」にも登場している《ギータ王子》〔漢訳されて《祇(ギ)》〕の《園(ソノ)森林・荘園》という意味である。
 つまり『祇園精舎』とは、「ギータ王子の荘園であった所に建てられた《お寺》」という意味である。
 それでは〔後編〕のはじまり、はじまりー。

 (スダッタ)「とほほっ、コーサラ国一の大金持ちだったこのわし〔スダッタ〕様が、今や一文無しか。腹もぺこぺこ・・。が、ものは考えようじゃ。金持ちの時は、財産が無くなりはしないかと毎日心配であったが、今はそんな心配をしなくても良い。そう思ったら、気が楽じゃ。さぁ、今日も頑張って働らき《金貨》を稼ぐぞ!」と、そんな独り言を言う〔スダッタ〕を、〔ギータ王子〕は、こっそり観察していた。
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 (ギータ王子)「あんな事を言ってるが、お金を見つけるときっと、食べ物を買いに行くに違いない!」と、〔ギータ王子〕は、腹ペコの〔スダッタ〕の前に、わざと《金貨》を落として、〔スダッタ〕を試した。
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 すると、なんと《金貨》を見つけた〔スダッタ〕は、急いで、〔ギータ王子〕の荘園に走って行き、又一枚《金貨》を敷き詰めた。
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 それを見た〔ギータ王子〕は「負けた!」と思い、〔スダッタ〕の前に飛び出し、手を握って言った。「あなたの勝ちだ!この土地はすべてあなたにお分けしましょう。・・でもなぜ、そこまでして、この土地が欲しいのですか?」と尋ねた。
 〔スダッタ〕が理由を話すと、「そうでしたか、そのような素晴らしいお話なら、この土地はただで差し上げましょう。そして、私にも、《お寺(精舎)》を建てるお手伝いをさせて下さい!」と言った。
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 そして、執念の〔スダッタ〕、若さ溢れる〔ギータ王子〕のコンビは、息がぴったり合い、みるみる内に、立派な大寺院『祇園精舎』は完成したのであった。
 そして、・・やがて、おシャカ様一行はやって来られ、ここで連日、コーサラ国の人々に尊いみ教えを説かれたという。
 
 最後におまけ・・・。
 この『祇園精舎』から名前を取り、町の名にしたのが、京都の〔祇園〕。
 これは、京都の〔八坂(ヤサカ)〕という所に祀られた《牛頭(ゴズ)天王》という疫病の守護神が、インドの『祇園精舎』の守護神であったという所から、・・この地に『祇園社』というお寺が建てられ、この『祇園社』というお寺の名前が、この町の名の由来になったという事です。
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 しかし、もし〔スダッタ長者〕が、今のこの町の艶っぽさを見られたら、きっと驚かれるでしょうね・・? おしまい
 

紙芝居:『祇園精舎のはじまり』~スダッタ長者とギータ王子~(前編)

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり・・・」
 これは、有名な『平家物語』の一節である。
 この『祇園精舎(ギオンショウジャ)』とは何か?
 答えは、インドのおシャカ様の《お寺》の名前なのである。
 これは、その《お寺》の始まりのお話。
ファイル 167-1.jpg (仏教もの25)〔前編〕
 昔、インドのコーサラ国に、〔スダッタ〕という名の大金持ちの商人がいた。
 ある日、〔スダッタ〕は、商談の帰りに、隣国の兄の所へ寄った。
 が、兄は、おシャカ様の接待に忙しく〔スダッタ〕の相手どころではなかった。
 おシャカ様の存在を知らなかった〔スダッタ〕は、「この弟の私を、ほったらかしにする程、・・それ程、〔おシャカ様〕とはご立派なお方なのか?」と、次の日の朝、おシャカ様の滞在されている所へ向かった。
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 すると、偶然にも、おシャカ様は〔スダッタ〕の所へ歩いて来られた。
 そのおシャカ様の光輝くお姿を見た〔スダッタ〕は、「なんと、尊いお姿なのだろう!」とその場でしゃがみ込み、涙を流して合掌した。
 その姿を見ておシャカ様は、「そなたは、どちらのお方ですか?」と訪ねられ、〔スダッタ〕はそれに答えた。すると、おシャカ様は「おお、そなたはコーサラ国のお方ですか。私も一度、そなたの国に行ってみたいと思っているのです」と言われた。
 それを聞いて〔スダッタ〕は、「是非、おいで下さい!その時は、私めが、あなた様の《お寺》をお建てしてお待ち致しましょう」と言ってしまった。
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 それからというもの、〔スダッタ〕のお寺を作る為の場所探しの日々が始まった。
 そして、ついに〔スダッタ〕は良い場所が見つけたのだが、そこは、コーサラ国の〔ギータ王子〕の別荘地であった。
 〔スダッタ〕は〔ギータ王子〕に、何とかこの土地を売って欲しいと頼み込んだ。・・が、〔ギータ王子〕は首を縦に振らない。
 そして、その余りに執拗な〔スダッタ〕の願いに、根負けしてついに〔ギータ王子〕は、「この土地を《金貨》ですべて被い尽したら、分けてやる」と言った。
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その言葉の通り、なんと次の日から〔スダッタ〕は、自分の全財産を《金貨》に変えて、その土地に敷き詰め始めだした。
・・が、そう簡単に、そのような事は出来るわけがない。
 半分程、《金貨》を土地に敷き詰めただけで、全財産は無くなり、いつの間にか〔スダッタ〕は一文無しの男になってしまった。
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 (後編)へつづく・・・
 

 

紙芝居:『先生にならなかったお坊さん』

『仏道修行は、指導者が、正しいか誤っているかに掛かっている。 弟子は〔良質の材料〕のようなものである。 指導者は〔大工〕のようなものである。たとい、良質の材料であっても、上手な大工の手にかからなければ、見事な材質が現れないであろう。たとい、曲がった材木であっても、名人の手に掛かれば、材木の価値はたちまちに現れるであろう』 (『学道用心集』道元著書より)
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昔、インドに、一人の若いお坊さんが住んでいた。
 このお坊さんは、まじめでたくさんの本を読み、毎日一生懸命、勉学に励んでいた。
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ある日の事、そのうわさを聞いて、一人の立派な大学の校長先生が訪ねてきた。
「おっほん、私はお坊さん養成の為の大学の校長であ~る。あなたの噂を聞いて、山越え谷越えやってきました。是非、私の大学で、生徒たちに勉強を教えていただけませんか?お願い致します」と言われた。
 この若いお坊さんは、それを聞いて「でも、私はまだ学問も浅く、とても《先生》などにはなれません」と答えた。
 すると、校長は「まぁそう言わず、ゆっくり考えて下さい」と言って帰っていった。
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 若いお坊さんは悩んだ・・。「私はまだ、人に教える程の学力・知識はない。しかし、この話はとても良い話だ。断ったら、もったいないなぁ」と思った。
 そう思いながら、一日の日課である托鉢に出た。
 そして、色々な事を考えながら歩いていると、その時、田んぼの中から「ゲコゲコ、グェー」と苦しそうに鳴く蛙の声が聞こえた。
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見るとそこには〔小さな水ヘビが、大きな蛙を飲み込もうとかぶり付いている姿〕があった。
 蛙も苦しそうだが、ヘビも飲み込めず、同じように苦しそうであった。
 それを横目に見ながら、お坊さんは町へ托鉢へと向かった。
 そして、夕方になって帰ってきた。
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 すると、田んぼから「ゲコゲコ、グェー」となんと、まだそこに、蛙を飲み込めぬヘビがいた。
 それを見てお坊さんは「バカなヘビめ!自分は小さいくせに、自分より大きな蛙を飲み込めるはずがないじゃないか!さっさと離せば良いものを、それも出来ないでいる。身の程知らずめ。あれじゃ蛙が可哀想だ。いつまでも苦しみが続いている。大きなヘビなら一口で蛙を飲み込み、苦しみも一瞬で終れるだろうに・・」と思った。
 その時、「ハッ」とお坊さんは思った。
 「このヘビは私だ!私のような未熟な先生が生徒を教えたら、生徒の学問の疑問はいつまでも続くであろう。私が大きな人物ならば、そんな心配はいらない・・。やはり、このお話はお断りしよう。私の学問に自信がもてた時、改めてお受けしよう」と思った。
そして、お坊さんは苦しむ蛙と水ヘビを引き離した。

 そののち、この若いお坊さんは立派な《先生》となり、やがて沢山の生徒たちを立派に育てあげたという。おしまい

紙芝居:『おこり地蔵』 

 何年か前、広島のお寺に〔紙芝居講演〕で行った帰りに、《原爆記念館》を寄った。その時に、そこで見つけたのがこのお話。・・実は以前から、「『おこり地蔵』を紙芝居にしてはどうか」と元教員の檀家さんに言われていたのだが、すっかり忘れていて、又ストーリーもしっかり把握していなかった。 
 が、・・ここでこの本と出会うという事は、作らねばならない時が来たのだなと勝手に思い、作ったのがこの紙芝居。
ファイル 147-1.jpg 〔文学もの9・山口勇子原作〕
 昔、日本が世界のたくさんの国々と戦争をしていた頃のお話。
 広島の或る横丁に、小さな〔お地蔵さん〕が立っていた。そのお地蔵さんは、「うふふ・・」と、笑った顔をされていたので、皆は〔笑い地蔵〕と呼んでいた。
 ある日、ひとりの女の子が通りかかり、「あっ、お地蔵さんが笑ってる」と言って、自分も「うふふ・・」笑った。このように、このお地蔵さんは皆から愛されていた。
 昭和20年8月6日、この日もお地蔵さんは笑った顔で立っていた。
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 午前8時15分。
 真っ青な空に、急に敵の飛行機が現れたと思うと、グーンと高度を下げ、広島の町の真ん中に《原子爆弾》を投げつけた。
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 一瞬、あたりが白っぽい、ギラギラした光に塗りつぶされ、広島は大爆発を起こしていた。それは、まるで太陽が落ちて来たとしか言い様のない光景であった。
 ビルも家々も電柱も火の塊となって、地面に叩きつけられ、空に吹き飛ばされた。
 火は太い柱となり突き上がり、空の上で大きな塊に広がった。赤、橙、黒、色々な色が混じり合った火の塊は、まるで大きな毒キノコのようであった。
 目はつぶれ、耳は破れ、身体中、焼け爛れた人々が「いたいよー」、「助けてー助けてー」とあたりを這いずり回って叫んでいた。
 〔笑い地蔵〕も吹き飛ばされた。『ずっどーん!』と石の地蔵は、焼けた砂の上に落ち、笑った顔だけが、地面の上から覗いていた。
 焼けちぎれたシャツを着た人や、髪の毛までチリヂリに焼けたお母さんが、死んだ赤ちゃんを抱いたまま、お地蔵さんの前を通り過ぎて行った。
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やがて、焼け野原となった広島の町の向こうから、ひとりの〔女の子〕がゆらゆら揺れるようにお地蔵さんの所にやって来て、ばったり倒れた。
 その子は、あの「うふふ・・」と笑った女の子であった。女の子は、お地蔵さんの見つけると母親と勘違いして、「母ちゃん、水、水が飲みたいよぉー」と言った。
・・が、水などこの焼け野原に一滴もあるはずがない。
 女の子の声が、しだいに弱弱しくなってきた時、不思議なことが起こった。
 なんと〔笑い地蔵〕の顔に力が入り、
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口は真一文字になり、目はカッと見開き、まるで仁王さんのように変わったと思うと、目から、溢れるように涙を流し、女の子の口へと流れて入った。
「うっくん、うっくん」と喉を鳴らしながら、その涙の水を飲んだかと思うと、女の子はやがてがっくりと前に伏せて亡くなった。
 そのとたん、一杯一杯に張り詰めたお地蔵さんの顔が、『もうこれ以上耐え切れん!』という風にぐさ、ぐさ、ぐさっと砂の粒になって崩れ落ちた。
 こうしてこのお地蔵さんは、〔胴体だけの頭のない地蔵〕となった。
 やがて、何日も何日も経ち、・・このお地蔵さんは、又、誰かに抱き起こされ、祀られることになった。
「頭がなければかわいそうじゃ」と誰かが、丸い石を胴体に乗せて、顔の代わりにした。
 その丸い石は、三つの窪みがあって、目と口のように見えたのだが、その窪みはだんだんと怒ったような形になっていき、誰からともなく、このお地蔵さんを《おこり地蔵》と呼ぶようになったという。
 そして今でも、広島の或る横町に、怒った顔でじっと立っているということじゃ。おしまい

 この《おこり地蔵》のお話は、実はモデルとなった本当の《お地蔵さん》があり、今は、四国は松山の『龍仙院』というお寺で祀られているという事です。
 詳しくは、http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/tuika/06.okorijizoumatuyama.htm 

 
 

仏教版「クリスマス・キャロル」、紙芝居:『極楽讃歌』(後編)

「あなたにとって、一番大切な《物(モノ)》って何ですか?・・それは〔お金〕ですか?」
「人は《性格》を変えることが出来ると思いますか?・・言葉を言い換えるならば、『生まれ変わった気持ちで頑張ります!』と、よく言いますが、それって本当に可能なのでしょうか?・・又、どうすれば〔それ〕が出来ると思いますか?」
・・という《テーマ》などを、皆さんに投げかけながら、僕はこの『紙芝居』をいつも演じる・・。 それでは(後編)のはじまり、はじまり~

 ・・二つ目のお寺の鐘が「ゴオーン」となり、気がつけば、《スグベエ》の目の前に、二番目の〔お客様〕が立っておられた。
 その方は言われた。「私は〔現在〕を守護する仏、《地蔵菩薩》である。《スグベエ》よ、今から、お前が世間の人々に、どのように思われているかを教えてやろう。さぁ、私について参れ!」と言うや否や、《お地蔵》様は《スグベエ》の肩をつかみ、シュワッチ!と空高く舞い上がった。
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 そして、あっという間に《スグベエ》の店で働く〔番頭〕の《六助》の家の前に降り立った。そしてふたりは、(そぉ~っ)と中を覗いた。
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そこには《六助》と妻が、子供を見つめながら、〔囲炉裏〕を囲んで話をしていた。
 妻は言った。「お前さん、明日は〔お盆〕なので、皆でお墓参りをしましょうね・・。それにしても、あなたの主人の《スグベエ》さんは、本当にケチンボですね。夜遅くまで働かせておいて、ほんのちょっとの給金なのですから。これでは、病気の〔子供〕の薬代も買えませんよ」と。
 それに対して《六助》は、「お前、《スグベエ》さんの悪口を言っちゃいけないよ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだよ。あの人も昔から、あんな人じゃなかったと思うよ。・・だけど、子供の薬代がないのには困ったなー」と言った。
 それを聞いた《スグベエ》は泣いた。「お前は、こんなワシをもかばってくれるんか!それにしても病気の子供がおったとは・・。知らんかった。許せ《六助》!」と手を合わせた。
 ハッと気がつくと、《スグベエ》は又、布団の上にいた。「今のも夢か?・・いや違う、この涙は真実じゃ・・」、と思ったその時、三つ目のお寺の鐘が鳴り、そこに最後の〔お客様〕が現れた。

 「私の名は《弥勒菩薩》。〔未来〕を司る仏である。さぁ、《スグベエ》、お前の未来の姿を見せてやる!ついて参れ!」と言って、光の輪の中に入って行った。
 光の輪から出た時、そこは《スグベエ》の店の前で、お役人が出たり入ったり、又、多くの人だかりが出来ていた。
 その人たちの声に耳をすますと、「可哀想にねー、泥棒に入られ、みんなお金を盗まれ、その驚きで〔心の蔵〕が止まっちまったんだとさ。」「可哀想な事なんてあるもんかい!みんなザマアミロって思っているよ。あんな血も涙もない男!」と話し合っていた。
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 それを聞き、顔を引きつらせた《スグベエ》は、《仏様》に無理やり、店の中につれられ、その遺体と対面させられた。
 遺体は当然の如く、《スグベエ》本人であった。
「ギャーーーー!・・お許し下さい、仏さまー!お慈悲でございます!改心致します!お助け下さい!」と、必死で手を合わせた。
 ハッと気が付くと、又、布団の上におり、そのまま《スグベエ》は倒れ込んで、深く寝いってしまった。

 やがて、「チュンチュン」と小鳥の声に起こされ、《スグベエ》は、目を覚ました。
 「なんと、ワシは生きている。それにしても何と爽やかな朝なのじゃ。・・今日からワシは生まれ変わる!きっとこれまでの事は夢ではない!仏様が、ご先祖様が、ワシを全うな人間にさせようと仕組まれたのだ!」
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 「ああ、有難うございます!これからワシは正しい人間になる!・・よし、今から《六助》の家に、薬とお金を持って行ってやろう。又、親のいない子達の為にも、何か買って持っていこう。・・そうじゃ、あの壊れたままでみんな困っている大川の橋をワシの金で直そう!・・そして今日は〔お盆〕じゃ。まず、お寺の仏様にお参りに行こう!・・そして墓参りもきちんとしようぞ!・・・おかしな事じゃ、お金が無くなる事ばかり考えているのに、なぜか、ワクワクして、とても幸せな気分じゃ!」
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 そして、その通り《スグベエ》は実行した。
 又、世の為・人の為になるなら、自分の財産を惜しみなく使い、町の為に協力し、尽した。
 そんな《スグベエ》の姿を、最初、町の皆は、うさんくさそうに見ていたが、やがて、心からの《スグベエ》のその行いに皆が感動し、最後は協力もし始めた。
 ・・やがて、血も涙もない男と呼ばれた《スグベエ》は、〔仏〕の《スグベエ》と呼ばれ、幸せに天寿を全うしたということじゃ。おしまい。

 

 
 
 

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