住職のつぼやき[管理用]

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紙芝居:『注文の多い料理店』 (前編)

 『注文の多い料理店』 宮沢賢治原作より(文学もの13)
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 今より、少~し前のお話。
 ここは、日本のと或る深ーい山の中。
 二人の男がカッコつけて、イギリス兵の真似をして、鉄砲担いで、犬つれて、猟に来ておりました。
 男A「ここの山はけしからんねぇ。鳥も獣も一匹もおらん。何でもいいから、早くこの鉄砲でダダァーンとやってみたいねぇ」と、残酷なことを言って歩いておりました。
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 二人は随分、山奥に入りました。
 そして、ついに犬までアワを吹いて倒れてしまいました。
 二人は犬の介抱もせず、先に進みましたが、結局、獲物は見つかりません。そして、ついに道に迷ってしまいました。
 風はドゥと吹き、草はザワザワ、木の葉はガサガサ鳴りました。(出ました!賢治さんの擬声語)
男A「もう歩けないよ。さっきから腹が空いて、横っ腹が痛くて堪らないんだ」
男B「僕もそうだ。何か食べたいなぁ」
 その時、フト後ろを見ると・・、
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 なんと、そこには『西洋料理店 山猫軒』と看板に書かれた、立派な西洋風のレストランがありました。
男A「『どなたでも、どうかお入り下さい』か・・。君、入ろう!」と、二人は中に入りました。
 中に入ると、扉に『当軒は、注文の多い料理店ですから、そこはどうかご承知下さい』と書かれてあり、そしてその扉の裏に『お客様、ここで髪をキチンとして、靴の泥を落として下さい』と書かれてありました。
男B「おお、ここはきっと作法の厳しい所なんだ」と云われた通りにしました。
 さらに進むと、又扉があり、『ここで、鉄砲や弾は置いて下さい』と書いてあり、そしてその扉の裏には、「ここで帽子と外套と靴とお取りください」とあって、みんな云われた通りにしました。
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 そして、まだ先に扉があって、そこに『メガネや先の尖ったものは、みんな外して下さい』と書かれてあり・・、その戸を開くと、そこに『つぼのクリームを顔や手足に塗って下さい』、さらに『壷のお酢の香水を振り掛けて下さい』とあり、二人はヤッターマンの悪役コンビのような顔になってしまいました。
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 ここに来て、二人はようやく、おかしい事に気がつきました。(鈍いやっちゃなぁー)
 そして、その次の扉の『色々と注文が多くてうるさかったでしょう。でも、もうこれだけです。そこにある壷のお塩を体中に、よく揉み込んで下さい』という文字を読み終えた時・・、
男B「どうもおかしい。・・僕が考えるに、つっつまりこの店は、来た人に西洋料理を食べさせてくれる店ではなくて、来た人を西洋料理にして食べてしまう店なんだ!」
男A「・・ということは、つまり僕達は!」と、二人はガタガタ、ガタガタ震え出しました。
 その時です。目の前の大きな扉の鍵穴から、金色に光る目玉が、キョロキョロ動いて、恐ろしい話声が聞こえてきました。
 あ~っ、どうなるのか、このボヤッキー達!ドロンジョ様はここにはいない!・・究極の『お仕置きだべ~』となってしまうのか? (あかん、賢治ワールドから離れていく・・)後編へつづく。


 

紙芝居:『青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように(中山久蔵の生涯)』~その3

(実際の『赤毛品種』:北広島市教育委員会からの頂いた稲穂)
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 稲作に成功したのち、久蔵さんは56才で、自宅を改築し『島松駅逓(エキテイ)所』〔宿泊と運送の便を図る為の場所〕の経営を始めます。
 そしてその後、幸せな半生を送り、92才でその生涯を終えます。
 その晩年、久蔵さんは、稲作を始めた頃のことを振り返って、次のような事を述べられています。
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 「開拓使長官であった〔黒田清隆〕長官は、ワシに『お前は、山の中で、ずっと一人で暮らしておるので、姓を《中山》にしたらどうじゃ』と言われたので、ワシは《松村久蔵》から《中山久蔵》に変えたんじゃ。
 ・・又、初めの頃は、ワシに『北海道での稲作は無理じゃ。栽培する者は懲罰にするぞ』と脅かされた。・・が、ワシは『北海道での稲作はきっと成功する!米の収穫が百万石になるまでは、ワシは死なん!』と言ったら、ワシは笑い者になった。・・しかし見るが良い。こんなに稲作が盛んになったではないか!百万石の収穫も今では夢ではない」と・・。
 ここにもう一つ、久蔵さんのエピソードを・・。
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 この「紙芝居」の一番初めに名前を挙げました〔クラーク博士〕は、明治9年、札幌農学校〔現・北海道大学〕の教頭として赴任され、翌10年、アメリカに帰国されます。
 これは、その帰国途中でのお話・・。
〔クラーク博士〕と農学校の生徒達は、別れの場所として、久蔵さんの自宅を選ばれました。 そしてそこで、生徒達と昼食をご一緒に取られました。
 そして、その別れに当たって、『ボーイズ・ビー・アンビシャス!・・ライク・ディス・オールドマン!』(青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように)と言われたそうです。
 これは、「北海道で〔米作り〕は無理である。小麦とジャガイモだけ作れば良い」というような事をおっしゃった〔クラーク博士〕の久蔵さんを前にしての、自嘲と、彼への尊敬を込めた言葉、そして博士自身の敗北宣言ではなかったでしょうか?!(あくまでもフィクションですが、この方がドラマチックでしょ・・。〔笑い〕)
 現在、奇しくも、〔島松沢〕の久蔵さんの自宅前には、〔クラーク博士〕と〔久蔵さん〕の記念碑が、並んで建っています。
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 久蔵さんは、長生きでした。
 先ほども申しましたが、大正8年92才で、ご自分が切り開いた〔島松の里〕で人生を終えます。
 その亡くなる前日まで、水田を見回っていたと伝わっています。
 
 最後に、久蔵さんは、成功を収めたのち、故郷の〔大阪〕は『太子町・春日』に何度もお帰りになったそうです。
 やはり、故郷が懐かしかったのでしょうか・・。
 そして、ご自分の檀那寺である『光福寺』さまに、お米やお金など、多額の寄進をされました。
 今もはっきりと残る、山門下の石段と本堂前の石畳に刻まれた、『中山久蔵』の文字に、往時が偲ばれます。 おしまい
ファイル 294-5.jpg (光福寺・石畳の文字)
 
 
 
 
 

紙芝居:『青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように(中山久蔵の生涯)』~その2

・・どうして、僕がこの〔久蔵〕さんの「紙芝居」を作りたいと思ったのか!?
 理由は二つある。
 一つ目は、この地元の『隠れたヒーロー』を、今、第二の人生を模索されてる、団塊の世代の人達に紹介し、元気を出してもらいたかったから。(久蔵さんは、中年になってから、頑張って成功したのです)
 もう一つは、〔久蔵〕さんの出身地である〔太子町・春日〕の『光福寺』様の御住職とは知り合いで、(久蔵さんはここのお寺のご門徒さんだったのです) こちらのご門徒の皆さんに「こんな凄い人が身近に居られたのですよ!」と「紙芝居」で紹介したかったからである。(毎年、夏の《お盆法要》の時には、こちらのお寺に「紙芝居法話」で寄せて頂いているので、今年は〔中山久蔵〕さんの事を皆さんに宣伝したいと思っている)・・以上、余談でありますが、製作動機でした。
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 久蔵さんは〔大阪〕から〔仙台〕、そして〔北海道〕へと活動の場を変えていきます。
 この当時(明治初期)、「寒い北海道で、米作りは不可能だ!」と言われていました。
 又、開拓使団も「ジャガイモや、小麦だけを作れば良い!」と奨励していたのです。
・・が、しかし、久蔵さんは「日本人の心と暮らしには、絶対に《米》が必要なのじゃ」と、反発し、野草や木の実、又小動物などを食べて、米作りに挑戦し続けました。
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 そんな苦労を見た友人は、久蔵さんに「食べる為の米を少し贈ろう」と言ったのですが、「餓えは無くなるが、それでは《自立》の精神を失う」と言って断ったそうです。
 やがて、久蔵さんは試行錯誤の末、寒さに強いといわれる『赤毛』という品種の種籾を手に入れ、稲作を続けます。
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「夜中は水が冷えて、苗がダメになる」と思い、札幌から大きな風呂樽を取り寄せ、大きな石を焼き、それを風呂樽に入れて湯を沸かし、水田に流し続けました。(気の遠くなる様な重労働・単調作業やなぁ・・)
 又、水路をジグザグに掘り、少しでもお日様の熱で水を温めてから、水田に水を流す工夫もしました。
 このような執念ともいえる苦労で、やがて発芽に成功し、そして、遂に・・・、
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二~三年ののち、苗はりっぱに育ち、やがて、たくさんの米の収穫に成功したのです。
 こうして、北海道の《米作り》の夜明けが遂に来ました。
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 この成功を収めてからも、久蔵さんはさらに〔旭川〕などの寒冷地に赴き、無償で、多くの人々に〔苗〕を分け与え、育て方の指導に当たったりしました。
 このような人柄が、『寒冷地稲作の父』と呼ばれる由縁になっていったのかもしれません。
 このように、やがて北海道全域で〔米作り〕は広がっていきました。 久蔵さん、あっぱれ~。 つづく

紙芝居:『青年よ、大志をいだけ!・・この老人のように (中山久蔵の生涯)』~その1

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 「ボーイズ・ビー・アンビシャス・・、青年(少年)よ、大志をいだけ!」。
 この言葉はあまりにも有名で、誰もが明治初期に、日本の教育指導の為に(北海道大学に)やって来られた《クラーク博士》の言葉であるという事を知っている。
 ・・では、実は(一説によると)、この言葉にはまだ〔続き〕があって、「ライク・ディス・オールドマン (・・この老人のように)」と続き、完結するというのは、知っておられるだろうか。
 では、「ディス・オールドマン(この老人)」とは、誰を指すのか?・・
 「それは、もちろん自分自身(クラーク博士)の事を言っているのだ!」というのが、常識なのかもしれないが、・・ひょっとして、ひょっとすると、今から〔全三回〕に渡ってお話する「紙芝居」の主人公〔寒冷地稲作の父〕と呼ばれた《中山久蔵(ナカヤマ キュウゾウ)》さんの事を言ったのかも知れないのだ。
 「青年よ、大志をいだけ!・・この老人(中山久蔵さん)のように」・・と、クラーク博士に言われたかも知れないこの人は、明治時代の人なのだが、今でも《北海道》では「偉人(ヒーロー)」なのである。
 でも、この〔久蔵さん〕。実は、北海道生まれではなく、大阪府南河内郡太子町春日(カスガ)の生まれなのである。(大阪の人やんけ!・・うちの寺から、近いやんけ!)
 それでは、フィクション交じりの「紙芝居」のはじまり、はじまり~。
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 中山久蔵さんは、江戸時代の終わり頃、文政11年に生まれました。
 記録によりますと、「松村三右ェ門」氏の次男として生まれたとあります。
 次男であるがゆえに、〔家の跡取り〕ができず、悩んだ末、久蔵さんは、17才で家出をして、江戸へ向います。
 「江戸で一旗挙げよう!成功するぞ!」と、頑張りますが、何一つうまくいきませんでした。
 ・・が、しかし、縁あって25才の頃、(どんな縁やったんやろか?・・)
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 仙台藩士の下僕(下働きの男)として、仕える事となり、《仙台》と、その〔北の防備〕の為の出張所『北海道』《白老(シラオイ)》との間を行き来することになります。
 ところが、明治維新がおこり、サムライの時代は終わり、武士は皆、『職』を失います。
 当然の如く、久蔵さんも無職となりました。
 この時、久蔵さんは40才になっておりました。
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 久蔵さんは悩みました。
「今までワシの人生は、失敗続きであった。それに、もう42才の厄年・・。世の中の、何の役にも立たなかったこのワシではあるが、今一度、生まれ変わった気持ちで頑張ってみよう!
 そうじゃ、北へ向かおう。新天地で出直そう!」と決心したのでした。
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 そして、再び、北海道へと渡りました。
 何度も通った《白老》に行き、さらに《苫小牧(トマコマイ)》に移り、当時、誰も住まなかった未開の原野で、一人、森を切り開き、開墾して、生き方を探るのでした。
 やがて、《苫小牧》が、開墾に向かないと判断した久蔵さんは、現在の《北広島市・島松沢》に居を移し、『米作り』に挑戦し始めたのでした。ゆけ、ゆけ、久蔵、どんとゆけー! つづく。
 

 

紙芝居:『透明人間・龍樹(リュウジュ)さま』 (後編)

 インドに生まれた〔龍樹菩薩〕さまは、『空(クウ)の哲学者』と呼ばれ、その著作に《仏教百科事典》ともいうべき『大智度論』や『十住毘婆沙論』などがある。・・「でも、そんなの関係ねえ・・、この紙芝居には・・」。
 この「紙芝居」は、この大天才ともいうべき御方の、その若き頃の自惚れと挫折と、その転機を描くのが目的なのだから・・では、オッパッピー、後編のはじまり、はじまりー(ちょっと古いなぁ・・)
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その夜、罠が仕掛けられてる事など露知らず、〔龍樹〕たちワルの四人組は、お城に忍び込みました。
 しかし、床の砂に残った足跡めがけて、隠れていた兵士たちが一斉に飛び出し、やたらめったら斬りつけたのでした。
「ギャーッ!」と、仲間達は、こうして次々と斬り殺されていきました。 
 この様子を見ていた〔龍樹〕は、とっさに、王様の後ろにぴったり張り付き、難を逃れたのでした。
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 その後、生き残った〔龍樹〕様は、自分の自惚れと愚かさゆえに、友人を死に追いやってしまった自責の念で、深く反省し、その場で髪を切り、頭を丸めて『出家』しました。
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そして、ヒマラヤの山奥で、師匠に就いて、もう一度、仏教を学び始めたのでした。
・・が、元より頭の良い〔龍樹〕様は、たちまち、師匠からすべてを学び尽してしまいました。
 こうなると、又自惚れ心が湧いてまいります。
「なーんだ、仏様の教えと云っても、たかがこれだけの事か!あー、つまらん、つまらん!」と山の頂きで叫びました。
 すると、それを聞いた《天》の〔ミロク菩薩〕様が、「小僧、何を言うか!仏教の奥義も知らず、少しかじったぐらいで偉そうに言うな!」と、お怒りになり、《龍》のお姿に変身し、〔龍樹〕様を、海の底へとつれて行ったのでした。(なんか、もうこの辺り、めちゃめちゃなストーリー展開ですが、偉人伝説ってこんなもんです・・)
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そして〔ミロク菩薩〕様は、海の底の《竜宮城》で、〔龍樹〕様に『玉手箱』を一つ差し出しました。
 その『玉手箱』を開けた〔龍樹〕様は、「あっ」と驚き、(見る見る内にお爺さんの姿に変わったのかと思うと、そうではなく・・、)その箱の中の一冊の『華厳経』というお経の本に目が奪われたのでした。
(このへんのお話は、『浦島太郎』のお話の方が、後に出来たものでパクリなのです。・・ではここで一曲。「昔、むかし~リュウジュは~、怒った龍に乗せられて~ 、竜宮城に来て見れば~、なーんとそこには華厳経~」・・おそまつ!)
 「龍樹よ、お前はまだ、その経典を知らぬであろう。そのお経を読み、もう一度、勉強し直せ!」と、〔ミロク菩薩〕様は、そうおっしゃいました。
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 こうして、下界に戻った〔龍樹〕様は、一心にそのお経を読み、学びました。
 そのお経には、次のような事が書かれてありました。
《私達が、仏様にお助け頂く道は「二つ」ある。
 一つは、険しい山道をてくてくと歩いて、自分で越えてゆく道=〔自力〕。
 そして、もう一つは、〔アミダ様〕という仏様の船に乗せてもらい、お任せして、楽に海を渡っていく道=〔他力〕、がある。》と。
 〔龍樹〕様は、この〔他力〕という方法を見つけた時、大変驚かれ、「そうだ、その通りだ。私達は罪深く、何の力もない。煩悩は尽きる事がない。この私がそうなのだから・・。険しい山道を越えてゆく事は、大変難しい。それよりも、この仏様に、すべてをお任せして、信じて生き抜こう。それが良い。」と、悟られました。 こうして、下界に戻った〔龍樹〕さまは、その後、この教えを多くの人々に説いて回られ、やがて《龍樹菩薩》様と呼ばれる「どえらりぁ」偉い人になったと云うことです。 めでたし、めでたし。 おしまい

紙芝居:『透明人間・龍樹(リュウジュ)さま』 (前編)

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 ・・その昔、ピンク・レディーのヒット曲に「透明人間」(阿久悠作詞 都倉俊一作曲・編曲)という歌があった。
 「まさかと思っているのでしょうが、実は 実は 私 透明人間なのです *ショック・・ショック・・ショック・・ショック・・世間をさわがす不思議なことは すべては透明人間なのです・・」(もうこの辺で止めとかな、本題に入られへん〔笑〕)
 実は、今からお話する「紙芝居」の主人公、大乗仏教の祖と言われる《ナーガル・ジュナこと=龍樹》菩薩も、「透明人間」であったという伝説があるのです! う~、ショック、ショック、ショック~(・・もうエエか?!)
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 昔むかしのインドのお話。
 おシャカ様が亡くなられて、700年ほど経った頃のお話です。
 南インドに、〔龍樹(リュウジュ)〕という名の頭脳明晰で、しかも大金持ちのお坊ちゃまがおられました。
 お金はあるわ、頭は良いわ、しかも〔バラモン〕という特権階級のお生まれであった〔龍樹〕様。それはもう「鬼に金棒」。
 それで、今日も今日とて〔龍樹〕様は「あー、退屈だなぁ。学問でも、地位の高さでも、俺様に敵う奴はいない。ヴェーダ聖典もみーんな読んでしまったしなー」と、吉本新喜劇のように、独り言を呟くのでした。
 そこにやって来たのは、悪友三人組。
「おい、龍樹。遊びに行こうぜー!」
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 皆は外に繰り出し、ぶらぶら歩きながら、やがて悪友の一人が〔龍樹〕様に尋ねました。「おい、龍樹。なんか、人をあっと言わせるような面白いことはないか?」と。
 〔龍樹〕様は「おお、あることはあるぜ。この前よー、或る本に「透明人間」になる方法が書いてあったんだ!」と答えました。
 「そりゃー、面白そうだ。早速、それを作ってくれよ。・・それを使ってお城に忍び込び、女の子にイタズラをしようぜ!今晩早速やろう!」と、悪い相談はすぐにまとまり、その夜、決行することになりました。
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姿を消した〔龍樹〕たちは、お城に忍び込み、そこでさんざんイタズラをしました。
 「キャー、助けてー。おばけー!」とお城の中は大騒ぎ。
 なんせ、姿が見えないのですから、誰もどうする事もできません。
 自宅に帰って来た〔龍樹〕たちは、「面白かったなぁ。明日も又やろうぜ!」と、それから毎晩、お城に忍び込みました。
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 この騒動に王様はカンカン。「・・透明人間、現るあらわる~、いかんいかん、歌っている場合ではない! 誰か、あの騒ぎをなんとかせよ!」と命じました。
 やがて、その中の知恵者の家来が、「王様、お城の中の床に、隅からすみまで《砂》を敷き詰めましょう。いくら、姿が見えない化け物でも、足跡まで消せますまい。隠れた家来達に、その足跡めがけて、刀や槍で、やっつけてしまいましょう!」と進言しました。
 「よーし、それでいこう!」と王様は言い、早速、その作戦は準備されました。
 何も知らない〔龍樹〕様たちは、その夜も、お城に忍び込んで来ました。あー、ショック、ショック・・ショックー! 〔後編〕へ続く
 

紙芝居:『鬼子母神のおはなし』 (後編)

「鬼は~外、福は~内。・・でも追い出された鬼はいったいどうなってしまうのか?・・・おシャカ様なら、おそらく『福は~内、鬼も~内』って改心させた後に言うんじゃないかな・・。」では(後編)をどうぞ・・・。
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 朝になって帰って来た《ハーリーティ》は、一人、自分の子がいない事に気づきます。そして、彼女は血眼になって屋敷中を探し回りますが、やがていない事に気づき、外へ飛び出して行きました。
 《ハーリーティ》は目の色を変えて、森や山の中を探して回りましたが、見つかりません。
 そして遂に町の中に探しにやって来ました。
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「あのー、私の子を見かけませんでしたか?」と声を掛けて、家々を訪ねて回りましたが、皆は恐れ、あわてて戸を固く閉めてしまいます。「あー、待って下さい。もう10日も探しているのです。誰か、力になって下さい!」と《ハーリーティ》は訴えて回りました。 ・・が、当然です。誰一人彼女に近寄る者はいませんでした。
「もう駄目だわ・・」と思った時、どこからか何ともいえない良い香りがしてきました。「あっ、そうだわ。あの方に御すがりしてみましょう」と、(妖術も使えない程)疲れ切った彼女は、足を引きずりながら、《おシャカ様》の元へと向かいました。
 《おシャカ様》は夕日を背に座禅をしておられました。
 彼女の訴えを聞いた《おシャカ様》は言われました。
「お前は、五百人の子供がいると聞く。一人ぐらい居なくなっても良いではないか」と。
 すると《ハーリーティ》は、「何をおっしゃいます!どの子だって私の大事な子。私は母親です。あの子さえ見つかれば、この命など要りません」と答えました。
 「そうか、お前は母親か。ならば、子を失った母の悲しみは痛い程解るであろう」と《おシャカ様》は言われ、そしてぐっと睨み、「考えてみよ。子供とは親にとってかけがえのない者。その子供を奪われ、ましてや食われたとしたら、お前はどう思うか!」と言われました。
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《ハーリーティ》は激しいものに打ちのめされた様に草の上で、泣き伏しました。そして、「お許し下さい。・・私はなんと罪深い鬼であったのでしょう。この罪をどう償ったら良いか。これからは、どんなに餓えようと二度と子供は盗りません」と言いました。
 《おシャカ様》はそれを聞いて、弟子に目配せをして、彼女の赤ん坊をつれて来させました。
《ハーリーティ》は、我が子を抱きしめ声を出して泣きました。
「鬼に生まれたお前は、人間を食わずにはおられなかった。それはお前の生まれながらの悲しい〔業〕だ。その今に気持ちを忘れず、これからお前は〔子供達の守り神〕となって罪を償うがよい。」
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そして《おシャカ様》は、〔ざくろ〕の木の枝を一本渡し、「〔ざくろ〕の実は、人間の味がするという。(ホンマかいな!)これから人間の肉が食べたくなったら、〔ざくろ〕の実を口にするがよい。そして、その実を口にして、自らの罪を思い起こし、心を戒めよ。」とおシャカ様は言われました。
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 こうしておシャカ様のお導きにより、《人食い鬼・ハーリーティ》は、今では〔安産〕・〔子育て〕の神として、名前も『鬼母子神(きしぼじん)』と変り、多くのお寺でおまつりされる《神様》になったと云う事です。 おしまい

紙芝居:『鬼子母神のおはなし』 (前編)

ファイル 258-1.jpg (仏教もの4)〔前編〕 
 昔むかしのインドのお話・・。
 ここはマガダ国という所。一見、平和そうに見えるこの国にも、それは恐ろしい出来事が毎日のように起こっておりました。
 ・・今日も今日とて、一組の若い夫婦が、畑仕事に精を出していました。
 二人は一生懸命に働いていたので、いつの間にか日が暮れかけていたことを忘れておりました。
 「しまった!日が暮れてしまった。急いで赤ん坊をつれて帰らねば!」と夫は言いました。
 ・・というのも、この町には、毎晩のように恐ろしい〔鬼の女〕が現れて、赤ん坊をさらって行くからでした。その時・・、
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 突然、厚い霧が渦巻いてきたかと思うと、それは、あっという間に〔鬼〕の形に成って、長く伸びた手がヘビのようになって赤ん坊をむんずと掴みました。
「いやー!連れて行かないでー」と、母親の叫びを残し、鬼は風のように消えて行きました。
 このように町では、毎晩一人ずつ、赤ん坊が消えていったのです。
 この鬼の名は《ハーリーティ》と言いました。(尚、ダーティ・ハリーとは何の関係もありません。失礼しました・・)
 この鬼の女の館は、山の奥深くにあり、この館に子供をさらって来ては、毎晩食べていたのです。    
 子供をさらわれた夫婦は、皆悲しみのあまり、気がおかしくなってしまいました。
 見るにみかね、王様は軍隊を出し《ハーリーティ》を捉まえに行くのですが、不思議な妖術を使うこの鬼は、いつもうまく逃げてしまうのでした。そこで・・、
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 王様は、おシャカ様に「何とかして頂けませんでしょうか?」とご相談に行きました。
 おシャカ様は「わかりました」とすぐに了承され、次の日早速、お弟子をつれて、《ハリーティ》の館へ向われました。
 神通力で、彼女の館を探し出すことが出来たおシャカ様ご一行は、そっと中を覗いて見ると、なんとそこには・・、
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《ハーリーティ》の子供が〔五百人〕もいて、彼女はその一人ひとりに優しく声を掛け寝かしつけていたのでした。
 そして、皆が眠った頃、彼女は町に向って出て行きました。
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「フーム。鬼のハーリィティにも、五百人もの子がいたのか」と、おシャカ様はそっと部屋に入り、一番小さな鬼の子をそっと抱いて連れ出したのでした。 〔後編〕につづく・・

 
 
 

紙芝居:『幸福の王子』 〔後編〕

・・やがて、あれ程美しく輝いていた〔王子〕の姿は、
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《灰色》に変わってしまいました・・。
 そしてある雪の日、
「〔王子〕のお手伝いが出来て、僕は《幸福》でした。ありがとうございました・・。」と、つばめはそう言うと〔王子〕の足元にバサッと落ちて死んでしまいました。
 そのとたん、〔王子〕の像の中で、ビシッと何かがハジけた音がしました。
 それは、悲しみのあまり〔王子〕の《鉛の心臓》にヒビが入った音でした。

 あくる日の朝、町の市長や市会議員たちが〔王子〕の像の所にやって来て言いました。
「おい見たまえ、《幸福の王子》も大層みそぼらしくなってしまったなぁ・・。宝石も無くなっているし、しかも足元には〔つばめ〕が死んでいるぞ!・・おい、誰か、あの銅像をただちに取り外して、鋳物工場で溶かしてしまいなさい!」
 こうして〔王子〕の像は取り外され、溶かされました。
 ところが不思議なことに、〔王子〕の《鉛の心臓》だけは、溶かすことが出来ず、〔つばめ〕の遺体とともに、町のゴミ捨て場に捨てられる事になりました。
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 その一部始終を見ておられた《神様》が〔天使〕の一人にこう命ぜられました。
「あの町で、《最も尊いもの》を二つ持って来るように!」と・・。
 〔天使〕は《鉛の心臓》と〔つばめ〕の遺体を持って、《神様》の元に帰って来ました。
《神様》はおっしゃいました。「そうだ。よく正しく選んできた。この〔つばめ〕は《天の花園》に住まわせて、自由に唄い飛び回らせよう。・・そして《幸福の王子》には、神の黄金の町で末長く私の名を讃えさせることにしよう」と・・・。おしまい
 
 ・・さて、このお話は《キリスト》さんの教えが、背景にあるような感じなのだが、僕にはどうしてもこの〔幸福の王子〕が、《おシャカ様(ブッタ)》に重なってしまうのである。
 本来、『宗教』というものは、世の東西を問わず《普遍的》なモノなのかもしれない・・と思うのである。
 ・・だから、いつもこの『紙芝居』の最後は《幸福の王子》が《ブッタくん》に変身させるようにしているのである・・〔笑い〕
 めでたし、めでたし・・。
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紙芝居:『幸福の王子』 〔中編〕

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 次の日、〔つばめ〕は〔王子〕に言いました。
「僕は《南の国》に行かねばなりません。どうかお元気で・・・」
 ところが〔王子〕は、「つばめよ、つばめ、小さなつばめ。もう一晩だけ、ここで泊まってはくれないか。・・ほら、向こうの屋根裏部屋が見えるだろう。そこで、何日も何も食べずに《子供の為のお話》を書いてる若者がいるのだ。そこに、私の《目》のサファイアを持って行って欲しいのだよ。」と言いました。
「とんでもない!〔王子〕の目だなんて・・」とつばめはびっくりして反対しましたが、〔王子〕の気持ちは変わりません。
 つばめはしかたなく、〔王子〕の目からサファイアを取って、その若者の所へ、そっと運びました。
 そのサファイアに気がついた若者は「なんと見事な宝石だ!きっとこれは金持ちのファンからのプレゼントに違いない。・・これでこのお話を仕上げることができるぞ!」と(このハッピー野郎の)若者は見る見る内に幸福な顔になっていきました。
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 その次の日、つばめは〔王子〕に言いました。
「今日こそ、僕は《南の国》に旅立ちます。さようなら・・」
 ところが、〔王子〕は「つばめよ、つばめ、小さなつばめ。これが最後のお願いだ。もう一晩だけここに泊まってはくれないか?」
 「とんでもない!これ以上ここにいたら、僕は寒さで死んでしまいます」とつばめは答えました。
 しかし〔王子〕は悲しそうに言葉を続けました。
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「あのマッチ売りの少女を見てごらん。水溜りにマッチを落として泣いている。靴も履かず、頭に帽子も被ってない。あのまま帰れば、父親に打たれるのだ。・・つばめよ、つばめ。もう片方の《目》をあの少女に届けておくれ」
「そんなことはできません。もし、そうしたら〔王子〕は目が見えなくなってしまいます」とつばめは答えましたが、〔王子〕の気持ちは変わりません。
 つばめは胸が一杯で、もう何も言えませんでした。
 そして〔王子〕の目を咥えると、空に舞い上がり、そっと少女の手の中に落としました。
「まぁなんてキレイな石でしょう!」と少女はニコニコ顔で、家に帰って行きました。

 〔王子〕の所へ戻って来たつばめは、「・・僕はもう、どこへも行きません。これから〔王子〕の目の代わりになります」と静かに言いました。
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 それからというもの、町には忙しく飛び回るつばめの姿が見られました。
 困っている人、悲しんでいる人を見つけると、つばめは〔王子〕に話しました。
 そして〔王子〕はの体の《金箔》を一枚、一枚剥がさせて、つばめに届けさせるのでした。 つづく・・・ 

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