住職のつぼやき[管理用]

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鶉野昭彦・新屋英子御夫妻からのプレゼント

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 先日、うちの寺の〔永代経法要〕の記念公演にお越し頂いた、劇作家であり演出家の「鶉野(うずの)昭彦」さまと、妻であり女優である「新屋英子」さまから、それぞれの御著書「星の溜息」と「女優 新屋英子 私の履歴書」を、サイン入りで送って頂いた。
 又、誠にご丁寧なお礼状まで付けて下さり(プラス『新屋英子市民劇団』へのお誘いまで、又書き付けて下さり〔笑〕)、本当に恐縮でございます。
 新屋様、『生涯青春』って良い言葉ですよね!
 しっかりと拝読させて頂きます。
 返す返す有難うございました。合掌

兵庫県加古川市からの団参

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 本日、兵庫県加古川市から真宗大谷派の「光念寺」さまの御一行が、団参に来て下さった。
 今回は、大型バスと中型バスの二台(計61名)でお参りくださり、小さいうちの寺が参詣の方で一杯になった。(うちの永代経法要でもこんなに人は集まらない。・・うれしい悲鳴であった。)
 あいにくの雨模様のお天気だったので、「バスの到着場所からお寺まで(三分ほど)歩いて来てもらうのが申し訳ないなぁ。」と妻と話していたら、小雨となり、お日さんも出てきたので、ホッとした。(うちに、大きな駐車場があったらなぁ・・と、つくづく今日は思ったわ)
 又、うちはトイレも小さいので、まず今日は『かなん道の駅』に寄って頂き、トイレ休憩してからお出で頂いた。(トイレも、もうちょっと大きくしたいなぁ。・・希望ばっかりや)
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 さて、光念寺様ご一行が到着されてから、今日は(二階の床が抜けたらあかんので〔笑〕)一階ホールで、まずお勤めをして頂く。
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 そののち「紙芝居法話」を約40分。今日は「三尺三寸のお箸」と「共命鳥のはなし」の二本をさせて頂いた。
 毎回思うのだが、うちにお越し下さるお寺の住職さん(&檀家さん)は、本当に気さくな方ばかり、腰が低くお優しい方ばかりだ。
 それで、ご一緒の檀家さんとずっと仲良くされていて、ホンマ雰囲気が良い。
 それをいつも皆さんがお帰りになられた後、坊守(妻)と一緒に話題にして話し合っている。
 「あんな風に檀家さんたちと仲良く御付き合い出来るお寺が、一番良いお寺のスタイルなのだろう」と、今日もこんな話を妻とべちゃべちゃしていた。
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 今回も、皆さんをお送りしながら、「あんなお寺さんになりたいなぁ」と思い、お寺に帰ってそのことを妻に言ったら、妻に「お父さんも勉強やで、勉強。今日も良い勉強させてもろたなぁ。お父さんも頑張りや」と言われ、ほんまその通りやとも思ったのであった。合掌

白寿苑からのお客様

 特養老人ホーム白寿苑は、僕が毎月「法話会」でおじゃましている施設である。
 おととい、その「白寿苑内ケアハウス」から、うちの寺にお客さまがいらした。
 その御方、仮にKさん(男性:82才)としておく。
 Kさんは、毎月の「法話会」に必ず、出席してくださっている。
 いわば常連である。
 そのKさんから、先週、お寺に突然電話が掛かってきて、お寺に参りに行かせて欲しいとおっしゃる。
 前々から、この方は一度お参りしたいとおっしゃっていたのだが、ついに本当にやって来られた。(本来、足腰も丈夫な方なのだ)
 白寿苑から、電車とタクシーを使っても、一時間半は掛かる。
 そこから、思い切って来られるというのは、何か理由があるのだろうと薄々感じはしたが、やはりその通りだった。
 Kさんは、お寺に着くなり、ご自分の家族の名前の書かれた「過去帳」の写しを出されて、若い頃に家出して行方不明となり、今だ音信不通の弟さんのお話をされ出した。
 「・・50年も前のはなしなので、もうすでに(弟は)死んでると思うのですが、弟は可哀想な奴なんです。自分の直らぬ病気を苦にして絶望し、突然18才で家出してしまったんです。警察に捜索願いを出したのですが結局解らず終いでした。・・私、この年になっても、気になって気になって。・・もう会えんと思ってますので、弟にお経をあげてもらいたいと思いまして来ましてん。」と、おっしゃられた。
 それで、ご一緒に本堂でお勤めさせて頂いた。
 人には様々な過去がある。
 50年前といえば、もう歴史だ。
 しかし、生き別れた家族がある人にとっては、その若い頃の姿のままで、時間がストップされているらしい。
 Kさんは、お勤めが終ると「これで、何か胸のつかえがすっと落ちたように思いました」と言って、来られた時とは違う表情で帰ってゆかれた。
 僕は、お寺の仕事(役目)というのは、さまざまなものがあるのだなと改めて思った。 

 
 
 

 

永代経法要記念公演「ひとり芝居:新屋英子師」『身世打鈴』

ファイル 901-1.jpg(新屋英子師)
 今年の『観念寺:永代経法要』はお勤め終了後、会場を一階ホールに移して、〔劇団野火の会〕の看板女優:新屋英子師をお招きし、ひとり芝居『身世打鈴(しんせたりょん)=(身の上話という意味)』を、皆で鑑賞した。
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 新屋英子師は、1928年生まれの今年84才。ご高齢ながらも現役の『野火の会』のベテラン女優だ。
 山田洋次監督の映画『学校』のオモニ役や、また『パッチギ』や『ジョゼと虎と魚たち』など、多数の作品にご出演されている、
 今回のお芝居も新屋さんのライフワークで、現在公演回数は、二千三百回を超えるそうだ。
 このお話は、ひとりの朝鮮人おばあちゃん~在日オモニが、とある騒々しい電車の線路下で、廃品回収の仕事をしながら、観客に向かって、自分の激動の半生を皆に語るというスタイルでお芝居は進み、その中で民族差別や戦争の愚かさなどを浮き彫りにして、「戦争はあかん」と皆に訴えかける。

 新屋さん自身は日本人なのだが、「自分は昔、知り合いのオモニ達からつらい身の上話を聞き、それを皆に是非知ってもらおうと、このお芝居を作りました。」と、お芝居のオモニに成り切って熱演され、私たちに深い感動を与えてくださった。 
ファイル 901-3.jpg(娘から花束贈呈)
 最後、主人公オモニは(会場の僕達)観客に向かって「カムサハムニダ、おおきに、よう聞いてくれたな。コマスミダ、おおきに。アンニョンヒケシブンヨ、さよなら。」と言って、会場を去って行くその悲しげな後姿を見ていると、会場は深い感動一杯につつまれた。(プロの女優さんはホンマ凄いなぁ。)
ファイル 901-4.jpg(最後皆で記念撮影)
 公演が終ってから、リラックスムードで、新屋さんご夫婦がその後、昔出演された映画や「仮面の忍者赤影」などのテレビドラマの裏話などをたくさん語って下さり、本当に懐かしく感慨深い一日になった。
 最後、「紙芝居をやっておられるのだったら、演劇もできますよ。人形劇をやっておられる奥様と娘さん共々、来年是非、『新屋英子市民劇団』に入って劇団員になって下さいと頼まれ、初めはリップサービスのおつもりだろうと、軽く聞き流せさて頂いていたのだが、話の雰囲気がだんだんマジになってきたので「こりゃあかん」と思い、そうそうに引かせて頂いた。(笑い)
 ほんとに、楽しいお話を一杯聞かせてくださり、幸せなひと時でした。
 帰り、車の窓から手をいつまでも振ってくださり、とても暖かい気持ちになりました。 ありがとうございました。合掌

コイズミ産業(株)グループユニオン勤続20年社員研修への出前

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 昨日、難波のハートンホテルで、コイズミ産業(株)グループユニオン勤続20年社員研修会があり、今年も「お寺の出前」紙芝居法話で呼んで頂き、(心の癒しの)お話に行って来た。
 今回は、たくさんの人数で(その中年体系と器の大きさに)ちょっとあっとうされた。(皆さん、バリバリの中堅40代社員やもんなぁ・・)
 一つの企業に20年勤続されるというのは、さぞかし大変な事だろうと思う。
 「よくぞ、20年間も(雨にも負けず風にも負けず、不況にも人間関係にも負けず、丈夫な身体と精神を持ち)頑張ってこられましたね!」と、応援と慰労のつもりで、三時間、一生懸命にお話させて頂いた。
 皆さん、「私は頑張ってきました」という、強靭さと厚かましさ(笑)とお疲れのお顔をされていたなぁ。
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 そして、最後は輪になって、いつものディスカッション。
 一人ずつ、今日の「紙芝居法話」の感想や質問などを語っていただいた。 
 一般企業の社会の中で揉まれて生きてない僕は、毎回、皆さんのご意見やお話を聞かせていただき、たいへん勉強になっております。
 ほんま、いつも皆さん、本音をぶつけてくださって、ありがとうございます。(こっちも本音で跳ね返してズタズタのボロボロになるわ。(笑))
 毎回僕も、会社の中で(皆さんと一緒に)生きてきたような錯覚さえ覚えてしまうのですよ。・・いや、ほんま。 合掌

お寺の息子

 僕には息子が一人いる。(娘のほかに)
 今、(理数科系の)大学を卒業して、サラリーマンをやっている。
 息子は今、専門的な(技術職の)仕事のせいか、遠方で社宅(ワンルームマンション)での生活を、一人でやっている。
 ・・で、なかなかお寺には帰って来ない。(いろいろと忙しいらしい)
 その息子が、(久々に)おととい帰って来た。
 おそらく、『母の日』だったからに違いない。
 それで、夜遅くまで(息子の仕事の事やら、こちらでの近況などをいろいろと)しゃべっていた。
 僕は思ったのだが、やはり、就職して(社会に出た)ことは、良いことだと感じた。(たくましくなっていた)
 もちろん、人間関係の中で、揉まれる事は大変なことに違いない。
 しかし、長い人生の中で、どんな仕事をするに当たっても、人間関係の無い職場などはない。
 つらい目にあったり、共に喜んだりして、人は育つものだ。
 息子の話を聞いていて、人によって『育てられてるなぁ』と思った。
 もちろん、僕は息子に『僧侶』になって欲しい。・・それは本音だ。・・宗教にも興味はあると(息子は)言っていた。(でも、その分、娘が得度をして「僧侶」になってくれてるから、欲張りなことを言ってはダメだとは思っている)
 (息子には息子の)自分のやりたい夢があるのだから、それを奪う権利は僕には無い。
 又、僕自身も父の期待を裏切り、酒屋にならず、僧侶になったのだから、息子に対しては何も言えない。
 息子も、娘も、それぞれの一個の人格を持って、今を精一杯(いろいろと考えて)生きている。
 「後を継いでくれ」とか言うのは、まだ早いような気もする。
 後を継ぐとか、継がんとか、それは『縁』に寄るものだ。
 僕も『縁』があったから、酒屋から僧侶になった。
 仏さまに、すべてはお任せしよう。
 そして、今は僕のできる事を精一杯させてもらおう。
 息子としゃべっていて、そんな事を思った。
  

 
 

お寺の団参!

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 京都の『同朋観光(株)』さんは、浄土真宗専門の旅行会社だそうだ。
 その旅行社さんから、うちのような小さなお寺に、今、身に余るような有り難い『団体参拝』、略して『団参』のお話を頂いている。つまり、バスツアー団体の皆さんが、うちにお参りにやって来られるのだ。
 そして今日も、その『団参』の御一行が、〔奈良県香芝市:『明願寺』さまから〕うちにおいで頂いた。
 もちろん、目的は『紙芝居法話』。(ほんま恐縮しっぱなしだ!)
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 まず皆さん到着されたら、うちの二階本堂で勤行。
 そして、場所を一階に移し『紙芝居法話』を観ていただく。
 今日は、僕の十八番(おはこ)『三尺三寸のお箸』の紙芝居と、新作『讃岐の庄松さん』を観て頂いた。

 今日一日、楽しい旅行をして頂くために、うちの寺が一服の清涼剤のようなものになれば良いと思いながら、紙芝居をさせて頂いた。
 『ファイトー!一っ発!』。・・いや、『ファイトー!ネンブーツ!』。
 それでは、楽しいご旅行を祈念いたします。合掌

豊中:『法雲寺』さまの永代経法要in2012

ファイル 895-1.jpg(法雲寺山門)
 昨日とおとといの二日間、豊中市の『法雲寺』様の「永代経法要」にお招き頂き、紙芝居法話の御法縁に預からせて頂いた。 
ファイル 895-2.jpg(法雲寺本堂)
 さて、こちらのお寺は「阪急豊中駅」から、商店街を歩いて徒歩で10分ぐらいの閑静な住宅街の中に建っている。
 写真を見て頂いたら解るように、(街の中にあるとは思えない)由緒ある立派なお寺である。
ファイル 895-3.jpg(法雲寺スポーツ公園)
 変わっているは、(去年も書いたが)お寺の裏の敷地内に『バスケットコート』場があるということだ。
 これも以前に書いたが、こちらのお寺は「地域振興やりまっせ!」というメッセージを、外に向けて強く発信しているので、(遊び場の少ない町中で)青少年の運動場として(無料開放で)前住職さんと現住職さんが作られた公園なのだ。(お金を掛けた庭園を造らず、子供たちの為にスポーツ公園を作られたというのが凄い!・・尊敬するなぁ。)
 ここで育った子供たちは、やがて法雲寺の為に、一肌も二肌も脱いで、いずれ(お寺のために)活躍してくれるに違い無いと思う。・・羨ましい限りだ。
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 さて、今年で二回目となった僕のこちらでの「紙芝居法話」。
 正直言って、めっちゃ緊張した。
 実は、前日、夜あまり眠れなかった。(こんなことは余り無い。)
 「永代経」という大事な法要で、二流のお笑い芸人みたいな僕が、どんなお話をさせて頂いたら良いか、久々にまじめに悩んだのだ。(笑い)
 又、昨年の(前回の法要の)終わりに、「では、来年は『歎異抄』を紙芝居でお願いします」と頼まれたこともプレッシャーの一つだった。
 親鸞聖人の人気ナンバーワン法語録『歎異抄』は、深い。
 僕は、以前この書物を解りやすく「紙芝居」化した(つもりだった)のだが、それでも「解りにくい」と(この紙芝居は)不人気であったのだ。
 それで余計に『受けるか』心配で・・。(受ける、受けぬは僕の大事な判断基準なのです〔笑い〕)
 それで、一週間掛けて、全面『裏書き』の話の部分を(嫁さんと娘の協力を得て)書き直した。(余計な部分はすべてカットした)
 しかし、それでもまだ不十分であったかと思う。が、今の僕の力ではこれが限界だ。
 しかし、こちらのお寺のご門徒さんたちは、毎月『歎異抄』講話会というのを開いて勉強しておられるとお聞きしたので、皆さん予備知識もあったのだろう。満員の本堂で、皆静かに聴いてくださっていた。ありがたいことだ。合掌・・いや、お一人、もの凄いイビキをかいて寝ておらた方もあったと聞いたなぁ。疲れておられたのか、はたまた、よく解らん内容で退屈だったのか、それは解らんが・・僕の実力不足は間違いない。さらに研鑽したいと思いますので、どうかお許しを。
ファイル 895-5.jpg(満員の本堂。見えない方はテレビで拝聴して下さった)
 又、二日目は新作の『妙好人』の紙芝居をさせて頂いたり、前日出た質問にお答えするような紙芝居をプラスして、させて頂いたりした。
 又、法要が終った後は、お寺のご家族とスタッフの皆さんで、打ち上げがてら、感想なども聞かせて頂き、僕にとってはたいへん貴重なご法縁を頂けたと深く感謝している。
 来年は、もうちょっと、うまくお話できるように勉強しますので、寝て這ったおばちゃんによろしく。頼んまっせー。合掌

五月の『月刊 御堂さん』、「お参り茶話」のイラスト

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 『月刊 御堂さん』は、本願寺津村別院が、発行する冊子である。
 今年は、その冊子の〔お参り茶話〕という(毎月異なった住職が書くエッセイの)コーナーのイラストを頼まれている。
 今回は、『お稚児行列の思い出に』というタイトルの原稿が、ファックスで送られて来たので、僕は(写真の)『お稚児さん』の絵を(あちらこちらのお稚児さんの写真を取り寄せてディフォルメして)書いて送った。
 この原稿は、毎回、忘れた頃に送られて来て、わずか五日間ぐらいで仕上げなければならないので、(まぁ、妥当な締め切り日数かもしれんが・・?)結構プレッシャーを感じて、しんどい。
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 でも掲載紙が送られてきたら、まずそのコーナーを開いて見て、「あぁ、こんな風に載ってるわ」と一人口ずさみ、結構感激して嬉しいものである。
 ・・と言ってる間にも、次々月の原稿が(間もなく)送られて来る頃か?
 次はどんな原稿内容なのか?・・「ちゃんとした絵が描けるのかどうか?」と毎回、ドキドキする。

中村小学校:図書室「読み聞かせの時間」での紙芝居

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 今日は、地元「河南町」中村小学校での『本の読み聞かせ』の時間に、紙芝居を持って入って来た。
 これは(役場の教育委員会がバックアップして)、小学校の図書室を使って、(学校のお昼休みに)地元の大人たちが、子供たちに昔ばなしを語ったり、本の読み聞かせをしたりして、情緒教育を育み(先生方の)お助けをしようと始めた試みである。
 ・・それに僕も巻き込まれた。(笑。・・いや、校長先生と元教員の総代さんの奥さんに頼まれたので断れんかったのだ。)
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 でも、やったら、結構おもしろかった。
 第一回ということで、僕は子供たちに、解りやすい日本の昔ばなしが良いと考え、『わらしべ長者』を持って行った。
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 が、『わらしべ』という言葉の意味や『長者』という意味の説明から、話に入らねばならなくて、最初から苦戦した。
 ・・で、もう「オールアドリブ」で、紙芝居をやった。(ちょっと大げさに演じた。)
 低学年の子供たちは、どうやら紙芝居が気に入ったようで、真剣に見ていてくれた。
 まぁ、これからどうなることかは解らんが、毎月定期的に、僕は小学校の図書室に出没することになる。

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