今日、お参りさせて頂いたお家での話・・。
お参りが終わり、お茶を頂き、お茶菓子としてお饅頭を(袂に入れて)頂き、車で帰っている途中、携帯電話が鳴る・・。
「先ほどお参り頂いた○○ですが、お饅頭はまだ召し上がっておられませんよねぇ!・・できたら食べないでください。賞味期限が切れた古い方のお饅頭を間違って、主人が出してしまったんです。ほんますみません。」と奥さんからの電話。
「(笑いながら、)はいはい、まだ頂いてませんよ。それはご丁寧に・・どうも」と言って、僕は電話を切った。
お寺に帰ってその饅頭の期限を見ると、12月29日であった。・・ちょっと古い。
でも、食べれない期限ではないと思う・・が、(言われた通り)処分した。
僕はその(古い方と言われた)饅頭を見ながら、ふと思った。『・・ということは、新しい饅頭もあったということか?・・ということは、この饅頭はいったい誰が食べる予定だったのか?』と。
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まんじゅう怖い・・
フグの白子(しらこ)
『・・何ですか、これは?
ふぐの白子。
炙って塩で喰うとうまいんだ。
・・女房だ。
9年前にな、死なれちまった。
夫婦ってのはいずれ死に別れるんだが、先立たれると辛い。
きれいにして送り出した。
俺の第1号だ。
それ以来この仕事をしている。
これだってさ、
う~ん、これだってご遺体だよ。
生き物は生き物を喰って生きてる、だろ?
こいつらは別だけど。
あ~あ~・・・
死ぬ気になれなきゃ喰うしかない。
喰うんならうまい方がいい。
うまいだろ?
・・うまいっすね。
うまいんだよなぁ、困ったことに・・。』
・・以上は、映画『おくりびと』の中の山崎努さん演じる葬儀屋の社長と、新人社員の主人公のもっくんとの会話である。
これは、命を不思議さ・有り難さを考えさせられる、この映画の中のたいへん印象的な食事の場面だ。
この映画を観た時から、ずっと(一度で良いから)『フグの白子=(精巣)=命の源』を食べてみたいと思っていた。(・・あぁ、考えることが俗っぽくてすみません。[苦笑])
念願がかなった。
昨日、お葬式が終わった後、(偶然でした)お寺さん仲間の新年会がお寿司屋さんであって、そこでこの『白子』が出たのだ。
一人一個だったので、大事に味わって食べた。
濃厚な味わいで、数の子とあっさりしたチーズを混ぜたような感じで、何とも言えないおいしさだった。・・うまいんだよなぁ、これが困ったことに。
お正月から、ここんとこ、新年会が続いているのだが、昨日は、こんな昔の映画の記憶がよみがえった(贅沢な)会だった。...困った事に。
お正月の休日

今年のお正月の行程を徒然なるままに・・。
一月一日。午前中に元旦法要を終え、その後、大阪市内の僕の実家へゆく。そして母の顔を見た後、墓参り。
二日。家内の実家に行き、ご両親に挨拶。
その後、泉佐野市にある『りんくうスターゲイトホテル関西』(46階の部屋)で一泊。(ここは、以前、お寺の忘年会で来た事があって、一度妻を連れくる約束をしていたのだ。・・今回ようやく果たせた。)
そして、次の日。ホテル横のりんくう公園へ散歩。
ホテルの部屋からもよく見えたが、ほんま、関空からの飛行機の離発着がよく見える。
三分ぐらいに一本、飛行機って飛ぶんやね。(世界へのドアが開いているんや。)
それで、「関空を見学してみるか」って事になって、見に行ってきました。
間近で飛行機の離発着を見ると、やはりすごい迫力!
「あぁ、どこでもいいから、外国に行ってみたい。」という妻の声を無視し、(聞こえんふりをしながら、[笑])飛行機を見ていました。
明けましておめでとうございます
今年一年を振り返って・・
もう、今年もあとわずか。
今日は、今年一年の[お寺の出前]を、大急ぎで振り返ってみたい。
一月。月例の老人ホームへの出前で幕が明け、
二月、東日本大震災三回忌法要へのチャリティイベントへの出前、そして、中国帰国者センターへ、通訳の付いた紙芝居法話の出前をさせて頂いた。
三月、各地のお寺への[彼岸法要]への出前、そして、学童保育への出前。・・さらに、今年の団体バスツアー観念寺参拝が、この月から始まった。
四月、大阪の北御堂や滋賀県東近江市の寺院への[花まつり]の出前に行く。
五月、大阪、そして三重県のお寺などに[永代経法要]の紙芝居法話に行く。さらに、幼稚園・保育園への先生方にお話も行った。
六月、初めてのデイサービスや財団法人文化センターへ出前に行く。
七月、京都府宮津市のお寺に出前法話に、さらに月末、子供夏休み教室にも紙芝居に行った。・・そうそう、この月で「特養白寿苑」の法話会が200回目を迎え、記念のお祝い会をしていただいたなぁ。
八月、各近隣のお寺への[お盆法要]へ、そして[地蔵盆法要]へも、お話に行く。
九月、各寺院への彼岸法要、そして、変わったところでは[関大同窓会]への記念講演にも行った。そして月末、福島県の川内村の避難住居に紙芝居の出前に行く。
十月、河内長野市の公民館へ[紙芝居講座]に。又、朝日新聞の取材のあと、NHKの[ええとこ]というテレビ番組の『お寺特集』の収録があり、眞鍋かをりさんと酒井敏也さんに生でお会いした。
十一月、地元の小学校へ本の読み聞かせ教室ということで、紙芝居を披露した。又、恒例のチャリティライブイベントということで、枚方のお寺にも行った。(地元のラジオ局が収録に来てたなぁ。)又、この月、恒例の企業の組合員研修にも行ったなぁ。
あぁ、そうそう、看護・介護者の会へもお話に行った。
十二月。宗教新聞の取材に始まり、月末、小学校の学童保育の連ちゃんで、今年の出前が幕をおろした。
今年は全90回のお寺の出前であった。
・・今年も、よう働いた。紙芝居もその合い間に、八本作った。
さて、来年は、どうなるか。・・もうすでに、12月まで予定はつまっている。・・健康でおらな。
どうか、皆さま、来年もよろしくお願いいたします。合掌
滝畑ダム「紙芝居」の完成と大掃除
今年も後わずか・・。
が、僕にはまだ『お寺の出前』が、(学童保育クラブの)二か所残っている。(夏休みに行けなかった分が、冬休みの今、回ってきているのだ。)
それは仕方がないとして、今月中にやらなくてはならないことが、後二つあって、その一つが何とか終わった。
それは、『滝畑ダム湖に沈んだ村』の紙芝居の完成だった。(来年早々の、滝畑地区新年会に間に合わせるためだ)
これは、河内長野市滝畑地区に、戦後、大きな貯水湖建設計画が起こり、その為に村の大部分が水底に沈んでしまうまでを描いた作品だ。
人口増加により、市は滝畑地区にダム建設を計画する。
そのために、七つ中、三つの集落が水底に沈んでしまうことになり、村人の多くは引越しを余儀なくされ、歴史ある一つの故郷が消えてゆく。
そこに至るまでを描いたドキュメンタリーチックな作品である。
この作品、はっきり言ってたいへん制作が苦痛であった。
それは、まるで絵を描いている時、自分の故郷が水に沈んでゆくような、そんな辛さと悲しみを(それは錯覚なのだが)覚えたからだ。
が、もう一応完成した。
あとは、来年早々の[新滝畑台]地区での披露を待つだけだ。(・・なんとか、間に合いました。滝畑の皆さんは、この作品をどう感じてくださるだろうか?・・心配でもあるが。)
まぁ、良い。
残る大仕事はあと一つ。
お寺の大掃除である。・・こちらも全力で急がねば。
寒波と忘年会と
年末が近づき、寒波と忘年会が一緒にやって来ている。
昨日、お参りの帰り、車が大雪をかぶっていて、これはタイヤをスタットレスタイヤにせねばと、急いでタイヤ交換をした。
また、今日は、近隣のお寺どおしの恒例の忘年会。
これも仕事と(笑)、お酒をたらふく飲む。
あぁ、今、頭が廻っている。
早く、休んで明日の法事に備えねば。
二日酔いにならないように。
あぁ、そして寒波よ、明日はおとなしくしていてくれ。
『中外日報』社の取材と甍の講話クラブ
昨日は、特養老人ホーム『甍』の月例講話クラブ(法話会)の日。
その前日に、超宗派の宗教新聞『中外日報』社から、(寺を離れて法話をしている僧侶の)取材の依頼があり、直接、現地の甍さんで取材をして頂いた。
さて、その結果・・、けっこうグタグタな法話会になった。(取材とは関係ありません。あしからず)
こうである。
場所=四階の人の行き交うフロアー、エレベーター前。
人数=十人前後。(認知症の方多し。)
時間=午後二時半より30分間。(眠たくなる時間。すでに始まる前から寝てはる人も居た。はははぁ)
こうして、「紙芝居法話会」は始まった。
僕は、まず心の中で、『こら、まずいなぁ』と思った。
それは、仲の悪いお婆ちゃんどおしが(お一人を挟んで)隣通し座っておられたから。
そして、導入の話ののち僕は、今回の[紙芝居]を読み始めた。
僕「・・と、いうことで、この土地には、昔から続く古い伝説があるのです。それは・・、」
Aさん「それっ、知ってます。そこに私、昔住んでいましたもん。」
天敵Bさん「黙っていっ!・・聞こえへんやないの!」
(AさんはBさんを睨む。・・僕、無視して話を続ける)
僕「・・と、いうのは、この地には源平の合戦ののち、」
Aさん「それっ、知ってますよ。その合戦は・・、」
宿敵Bさん「もうっ、うるさいなぁ。なんとかしてよ!」
(Aさん、ちらっと又、Bさんを見る。僕、内心びくびく。紙芝居どころではない・・がそのまま話続ける。)
まぁ、こんな調子が、最後まで続いた。
喧嘩はおこらんかったけど、僕は、今日まとめてお話したかった事はすべてカットしてしゃべらず、「みんな、自分の話をしたいという欲求は自然なことである」とか「静かに聞くことも又、大切なこと」などのお話をした。
こうして、なんのこっちゃ、ようわからん今年最後の法話会は無事に終わったのである。
まぁ、喧嘩が起らず良かったとしょうか。
取材の新人記者さん、驚かれましたか?
福祉施設での法話会現場は、いつもこんなもんなんっすよ。はははぁ。
合掌
昨日の「白寿苑」法話会での反省
昨日で、特養ホーム白寿苑での「法話会」は206回目を向かえた。
もう、18年間もやっている。
紙芝居も、130作を越した。
おそらく来年には、140作を越すだろう。
しかし、最近、どうも疲れた顔で法話会を、そして紙芝居をしているようだと言われる。
又、やけにテンションを上げすぎて話をしているのではないか?とも言われる。
・・すべて当たっていると思う。
なぜか?
それは、「お寺の出前」をする場が増えすぎて、疲れが出ているのだ・・と思う。
何でもかんでも依頼を引き受け過ぎて、限界がきているのだ。
18年前は、月に一回だけの「老人ホーム」ボランティア法話活動であった。
が、今では、毎月7・8回の(老人ホーム・お寺・学童保育・地域の老人会・小学校・看護介護者の研修会への)出張法話会になっている。
慣れもあるから、やれているのかもしれないが、このままではダメになるだろう。
来年は考えねば。
昨日の帰り、弟子に言われた。
「いろんなことに振り回される事なく、宮本先生の心が虚しくならない環境を、先生ご自身が選びながら、素敵な紙芝居を作り続けられることを願っています。」と。
その通りだと、その言葉に感謝し、そして反省した。
出前をする場、本当に僕がつぶれずに喜びを持ってやれる場を選んで、来年も進みたい。
昨日はそんな事を感じ、そして言われた法話会だった。
紙芝居ボランティア「うさぎ座」の来院
昨日、堺市より、紙芝居ボランティアの会「うさぎ座」の皆さんが、観念寺へ来院された。
こちらのグループは、地元の老人ホームなどに、紙芝居だけではなく、ヨガ体操なども含め、様々な出張ボランティア活動をされているそうだ。
そして、僕のことは、テレビや新聞を見て、一度会いたいと思われ、今回のお出会いとなった。
さて、こちらの皆さんの紙芝居は、中央図書館などで借りられ披露をされているそうなので、どうしても老人ホームなどでは、その子供向け紙芝居に限界があり、願わくば「貸して欲しい」とのご希望だった。
しかし、観られたのち「・・これは、住職さんがされる紙芝居ですわ。私たちには無理です。」と、笑いながらおっしゃられ諦められたようだ。
・・そんな大層なものでもないけど、僕の作る紙芝居は、どうしても宗教の匂いがするのかもしれない・・と思った。



