
今年の『観念寺永代経法要』は、ドイツの竪琴[ライアー]&[沖縄三味線]演奏者の「高野陽子」さまにお出で頂き、歌と演奏の記念コンサートを開いた。
演奏曲は、有名なアイルランド民謡「Downt by the Sally Garden」や映画『千と千尋の神隠し』のテーマ曲、さらには、三味線を使っての[沖縄民謡]など、たくさんの素晴らしい曲を演奏して頂いた。
ご門徒さんの中には涙ぐむ方もおられ、美しいお声と演奏に、皆の心にぐっと何か残るものがあったに違いない。
僕は父親を亡くした経験から、『百の説教よりも、一曲の生演奏』が、心を癒してくれるものと、かってに思っているので、この日も僕にとってとても素晴らしい一日となった。
お忙しい中、重い楽器をよっこらしょと背負い、観念寺までお出で頂き、高野陽子さま、本当にありがとうございました。合掌
尚、高野陽子さまのホームページ『蓮音日記』は、こちらです。http://hasunooto.blog109.fc2.com/
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観念寺永代経法要記念コンサートin2015
仏の印相箸置き

飛鳥へ行って来た時のおみやげの話。
一軒のガラス工房に入って、仏の印相の箸置きを買った。
一つが、(上)の写真の[説法印・箸置き]。
お釈迦さまが、悟りを開いて始めて説法をした時の印相だ。(お金ちょうだいではない)
これが、一千円。・・ちょっと高いか。
『食事の時に不気味かもと知れない』と、一瞬迷ったが買ってしまった。
でも案外、良いのだなぁ。これが。・・食事の時でも、仏様をイメージできて。ええもん買うた。
ああ、それと、もう一つ、[与願印・箸置き]=(人々の願いを聞き入れる印相)も、ついでに買ってしまった。(グローブみたい・・)
無駄遣いやったかも・・。
でも、これが箸置きに合うんやなぁ。
「箸置きさん、どうか僕のデラックスな願いを聞いて下さい」言いながら、毎日、質素な食事を取ってます。
飛鳥、散策
名言
名言だった。
今日、御門徒さん宅で、お茶を頂きながらの話である。
一昨年、大病をされた83歳の女性○○さんに、僕は「失礼ですが、○○さんは何歳まで生きたいと思いますか?」と、話の流れで聞いた。
すると彼女は、つと考えて「・・私は畑仕事をしていまして、出荷も[道の駅]にしています。
この身体が動けて、仕事ができることに、私は喜びと感謝を感じています。
・・これが(精神的に)苦痛を感じたり、不平不満を言うようになったら、いつ死んでも良いと思います。明日でも良いです。
又、生きがいを感じれるなら100歳まで生きたいです。」と言われた。
生きがいを感じることができること、そして今、動けることの有難さを、昨年の今頃、車いすに乗っていた僕にとっては、名言に聞こえた。
京都宇治『薗林寺』様、ご一行の来院
ハチが出た!
今日、ご門徒さんのお宅で、仏壇の前に座った途端、驚いた!
大きなハチが、目の前の[過去帳]の上にいるではないか。
きっと花の蜜に誘われ、迷い込んだのだろう。
そんなことより、気になってお経が挙げれない。
大きなハチと目が合う。
刺されないかと、刺激せずに小さな声で、お経をあげる。
あいにく、家の人は仕事に行って留守なのだ。
で、僕一人。
そうっと、そうっと、お経をあげて、それからゆっくり立ち上がって退散することにした。
でも、家の人は帰って来たら、びっくりするかもしれない。
・・いや、ハチはもう、飛び去ってしまって消えているかな?
一筆、『蜂、危険』と、書いて置いてあげれば良かったか? いやいや、そんな余裕はなかったわいな。もう一度帰るの嫌やし・・。
やっぱ、夜にでも電話しとってあげよか⁈・・なぁ。
橿原市仏教会金橋支部「花まつりの集い」への出前
堺市『極楽寺』様の永代経法要

昨日、堺市『極楽寺』様の[永代経法要]に、出講させて頂いた。
こちらへの[紙芝居法話]の出講は、もう10年になる。
10年間行かせて頂いていると、ご門徒さんとも顔なじみになる。
荷物を持ってお寺に入った瞬間、境内をお掃除しておられたご門徒さんに、「もう、大丈夫なのですか⁉・・皆、心配してたんですよ。」と言われた。
「お陰様で、もうこの通り!」と、ポパイみたいに腕まくりをして見せた。
又、講演が始まる前に、少し挨拶をすると、「元気になって下さって本当に良かった。一年に一回のこの『紙芝居法話会』をみんな楽しみにしてるんですよ。私らの為にも元気でおってもらわんと。」と、ご門徒さんに言われ、拍手をされた。
本当に有り難い事だ。
『何としても、元気でいなくては』とこの日、僕は誓った。
見られてるんや・・
今日、檀家さん宅のお参りの帰り、
「この前、お寺に観光バスが三台で『紙芝居』を見に来られたんでんなぁ・・。
どえらい人数の人達が村の中を入って行きはったんで『なっ何事や!』と思って追いかけて行ったら、お寺に入って行きはったやないですか⁉
村の私等はちょっとパニック状態になってましたんやで。・・お寺が有名になる事は嬉しいことなんやけど、住職さん、お身体大事にしてくださいや。病み上がりなんやから。」と言われた。
僕は「わざわざ遠くから、バスで紙芝居を見に来てくださるのはたいへん有り難いことです。
寺と村の宣伝にもなりますし。・・けど、身体が資本なので十分気を付けてやってますから、・・大丈夫ですよ。ご心配お掛けしてすいません」と、言った。
と言いながら『見られているんやなぁ・・』と思った。
小さな村やもんなぁ・・、当たり前か。
桜
お参りの途中に、満開の桜を見て思う。
「今年は、この桜吹雪を、近くで見れて幸せだ」と。
去年は、病室からしか見れなかった。
窓から見える桜の木は、小学校の桜だった。
そのつぼみを見て、満開を見て、散ってゆく桜を、ずっと見ていた。
去年、一日中同じ桜の風景を見ていたら、なぜか物悲しくなってしまった。
『今年、間違いなく、僕は生きているんだ』と。そんなことを、今日思った。







