今年の[報恩講法要]が、無事に終わりました。
お昼時の法座にも関わらず、たくさんのご門徒さんの御参詣でした。
お天気にも恵まれたし・・良かったよかった。
有難うございました。合掌
[管理用]
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紙芝居『修験者 役小角!』制作中
(制作中の紙芝居)
今年の[観念寺門徒バス旅行]は、奈良県の『吉野』へ行く。
そして、浄土真宗名僧のお寺や、金峯山寺の[金剛蔵王権現]特別ご開帳を拝観させて頂く。
そこで、今、バスの中で演じる『紙芝居』を作っている。
吉野といえば、やっぱり《役小角(えんのおづぬ)》であろう・・。
と、『修験者 役小角!』と題して、役の行者の一生を簡単に作っている。
そして『なぜ、金剛蔵王権現なのか?・・なぜ、巨大なのか?・・なぜ、三体も居られるのか?』と、蔵王権現さまに紙芝居で登場してもらい、皆に興味を持ってもらおうと思っているのだ。
これを、バスの中で演じたい。
今から、皆さんの反応が楽しみだ。
『報恩講』の為の大掃除
「紙芝居」を一本作って、寿命を縮めています
「恐怖新聞」という漫画が、何十年か前に流行った。
その日の(オカルティックな)恐怖新聞を読むと、主人公の寿命が何日か縮まってしまう・・というような内容だったか?
でも、主人公は読み続ける。・・最後はどうなったか知らない。
さて、紙芝居を一本描くのも(寿命というものが、もしあるならば)、確実に僕も縮めているだろう。
(・・でも、考えてみれば、どのような仕事でもそのような所はあるかもしれない)
今、『行基さま』という元祖ボランティアスピリットを持ったようなお坊さんの紙芝居を作っているのだが、これを描くのが、こりゃまた寿命を縮めているような気がする。
奈良時代の「貧しい庶民の暮らしの絵」と「大仏制作の風景の絵」を想像して描き、クールな風貌をしているが、実は篤い心の主人公を単純に描く。これらをわずか10枚ほどの紙芝居にして、解り易い解説風ストーリーを付けるのだから、しんどい。頭を掻きむしり、寝ながら叫び、考えて描く。
「じゃあ、作るのを止めたら。」と、言われればそれまでだが、『わかっちゃいるけど、やめられない』のである。
やはり完成するまで、しばらく寝起きを『行基菩薩』とするか。・・気分転換はこのブログを書く事やなぁ。
でもやっぱり、作るのは楽しいのです・・。あぁ寿命が。
笑いと感動
この前、イベント純昭師が、布教でお寺に来てくださった時、帰りに「・・観念寺の門徒さんはノリがいいですねぇ。よく笑い、よく頷き、話し易かったですわ」と言ってくださった。
これは、先生の話術が高尚であり、楽しいのは当然ながら、うちの檀家さんのお寺に求めるものが、昔ながらの原点に戻ってきた為だと思っている。
昔のお坊さんの紙芝居を作っていると解るのだが・・、
昔むかし、お寺は娯楽の発信基地であり、そして泣いたり、常識的な態度で感情が多いに出せる場所であったと思うのだ。
それが、いつのまにかお上品さ、敷居の高さ=お寺となってしまっていた。
それが、今、ようやく元に戻ってこれた!と思うのだ。
僕はそのようなお寺にしたいとずっと思い、(微力ながら)コンサートやお芝居、そして笑いと感動が全面的に出せる、感情的なお説教の発信基地にしてきたつもりである。
つまり、お寺の敷居を下げまくって来た。
僕がこのお寺に入寺して、20年。
ようやく、昔むかしの紙芝居の中のお寺のような形が出来てきたと思うのだ。
そんなことを、イベント布教使に言われた言葉で、改めて感じたのである。
これからも、品の良い(笑いと感動と教えの)発信基地にしていきたいと思う。
人の話を聞くというものは・・、しんどいものです
暑さがぶり返してきました。
檀家さんの家にお参りに行っても、クーラーはともかく、扇風機も直してしまわれた所が多いのです。
そのようなお家で、人の悩みをじっと聞くというのは、たいへんな苦行なのです。
一対一ですので、真剣に聞かねばなりません。
法衣の中は、汗でだくだく。
眼の中にも汗は流れ込んできます。
でも、話はおわらない。
相手も真剣なのですから・・。
今日は、でもしんどかった。
話の内容もともかく、一時間やそこらで、解決できる話ではないのです。
正座プラス暑さで、「もうダメ。」と心の声がさけびました。
「その話は、次回にでも続きを・・。」と言って外に出ました。
元気ならともかく、僕は病み上がりなのです。
こんな時、『しんどい仕事やな~』と、思います。
泣き笑い法話in観念寺彼岸法要
犬鳴山

(温泉:み奈美亭)
疲労には、良い温泉が効くと聞いたので、南大阪の奥座敷、泉佐野市の犬鳴山(いぬなきやま)温泉に日帰りで行って来た。
久々にゆっくりと温泉につからせて頂きました。
(七宝龍寺[しっぽうりゅうじ])
その後、役小角が開いたという[七宝龍寺]が近くにあると聞いたので、そちらにもお参りさせて頂いた。(今、役小角の紙芝居を作っているのです。80パーセント完成だが)
こちらは、迫力ある滝が流れる正に修験道行場のお寺でした。
(義犬の墓)
ところで、なぜ[いぬ・なき・やま]と言うのか?
聞いてみると、紙芝居になりそうな味わい深い伝説があった。
・・昔、犬をつれた猟師がひとり、こちらの山に猟に入った。
その犬が大いに鳴き続け、獲物がみな逃げた。
怒った漁師は、刀でその犬の首を刎ねた。
その首は、草むらで猟師を狙っていた大蛇に噛みついて、息絶えた。
自分の行いに反省した猟師は、その後、出家し修験者となったという。
それから、この山は『犬鳴山』と呼ばれるようになったということである・・。
その義犬の墓も、亡き愛犬を思い出して、お参りして来た。
(役小角)
そして、役小角様の銅像にお参りし、紙芝居化が成功するようにお参りさせて頂いたのであった。











