
(軽費老人ホーム河南荘)
今年も[地蔵盆]の季節が来ました。
ギラギラと太陽輝く中、今年も軽費老人ホーム[河南荘]からお招き頂き(今年で20年目か?)、地蔵盆法要に行って参りました。
すでに、会場は一杯。
僕の読経の中、皆さん、思い思いにお地蔵さまに手を合わせておられます。
そして読経が済めば、恒例の[紙芝居法話]。
今年は、新作『日本のヘレンケラー・大石順教尼ものがたり』を演じました。
題材の一つとなった『堀江六人斬り事件』を知っておられる方も多く、皆さん真剣に観てくださいました。
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軽費老人ホーム河南荘の[地蔵盆]
「パパっ、パパっ・・」
毎月通う、[病院]でのはなし。
その日も、満員の待合室で、僕は[診察]を座って待っていた。
その時、どこかの(会ったこともない)おチビちゃん姉弟(推定二・三歳未満)が、僕の前にやって来て、僕のちょっと出たお腹を突然さすり、「パパっ、パパっ」と言い寄って来た。
爺ちゃん婆ちゃんギャラリーは、一斉に僕の方を見た。・・視線を感じた。・・檀家さんも居た。
その子らのパパと、僕が似ていたのかもしれん。
僕は子供が嫌いでは無いが、おかしな噂が立ってはいけないので「おっちゃんはパパと違うでぇ。お腹は似てるかもしれんけど。早よ、ママのところへお帰り」と言えども、悪じゃり達は無視して、僕の膝に「パパっ」と言って乗って来る。右ひざに姉、左ひざに弟と・・。
周りの視線が気になる僕はスマホを出して、ちょっと無視しながら、膝を伸ばして「滑り台ー。」と膝から追い払った。
が、子供たちは調子に乗って、今度は待合室に置いてある人形のおもちゃを持って来て、僕のお腹で「ぼよーんぼよーん」と遊び始めた。
さすがに、ママがやって来て「すみません」と言いながら、弟だけを退避させる。(姉の方がたいへんなんやで!)
そして、周りに聞こえるような小さいような声で「パパは家でお昼寝中やねー。」と言った。(自分を守ってどうすんねん。)
その内、姉はイスを僕の前にズズーと持って来て「はい、お腹をだしてくださいね」と、診察ごっこが始まろうとしたその時、「宮本さん、早く血圧を測ってくださいねー」と看護師さんが助け舟にならんような業務用トークをしてきた。(それより、子供にかまったれやぁ![笑])
が、「はーい」と血圧計の所に僕は避難するが、血圧はいつもより高くなってしまった。
そして、診察の先生が『宮本さん、いつもより血圧高いですねー、どうされましたか?』と一言。
僕は笑うしか、答えられなかった。
『パパっ、お疲れでしょうけど、昼寝せんと、子供にかまって遊んであげまちょうね!』
お盆が終わりました・・
おそらく一年で一番忙しい期間、お盆ウィークが終わりました。
早朝のお墓参りから始まって、全檀家さん宅参りに終わる恒例の行事、お盆参り。
今年も暑かった。・・年々、体力の低下が身に沁みます。
が、今年は、娘夫婦が手伝ってくれたので、すんごく助かりました。
よっしゃあ、これで今年も、無事に乗り切ったぞ!
紙芝居描こ。
真夏のクリスマスベル
富田林:教蓮寺さまの[盂蘭盆法要]
大石順教尼を追う

(京都・山科[勧修寺])
先週、現在制作中の[大石順教尼]の紙芝居取材の為、京都山科[勧修寺]内の『可笑庵』と、順教尼の墓のある高野山に行って来た。
(勧修寺内/可笑庵)
こちらは、順教尼さんが晩年を過ごされた庵で、順教尼さんのお孫さん『大石晶教』様にお会いし、取材をさせて頂いた。
貴重なお話を、たくさん有難うございました。・・紙芝居の中で生かさせて頂きます。
(高野山)
次の日に、順教尼の墓のある和歌山県[高野山]に行き、お墓参りをさせて頂いた。
結構、ややこしい場所にあったような・・。
でも、きっちりお参りさせて頂き、順教尼さんの御心とお話させて頂きました。
(奥の院参道)
これで、生の大石順教尼さんの息吹きを確かに感じたぞ。
これで、紙芝居は近々完成する!・・予定⁉
(大石順教尼の墓)
日野原重明さんを偲ぶ・・
聖路加病院名誉医院長『日野原重明』さまが、行年105歳で亡くなられた。
以前、個人的にお会いしご無理をお頼みしたこともあり、ショックだった。
それは今から15年ほど前、僕が(今は辞めたが)『日本ホスピス在宅ケア学会』の会員だったころ、大阪でその大会があり、仏教紙芝居を発表させて頂いた時、日野原さんがわざわざ見に来てくださったのである。
その時はすごく御元気で、発表が終わったら、僕の所まで、わざわざ感想を述べに来て下さり、その後、裏階段からバットマンのように去って行かれた。
その後、お付き合いは続き、のち出版した『平成版・看病用心鈔』の推薦文まで書いてくださった。
・・有り難いことだった。
日野原先生は、僕に「これからは、私は子供たちに命の話をせねばならないと思ってます。・・紙芝居を使っての法話、頑張ってくださいね。」とお電話でおっしゃられた。その時の感激を思い出す。
日野原先生、本当に有難うございました。合掌
・・しょんぽりしていたら、突然の電話⁉
「あの、出前お願いします!餃子と・・」と女性の声。
「あの、うちは『お寺の出前』です。」
「すみませんっ、間違えました!」ガチャ。
もの凄い、間違えやわ⁉ (苦笑)
見方を変えれば‥
「・・住職さん、最近、一人で[寺カフェ]に来られている、あのご年配の男の方はどこの方ですか?」と、今日、あるご門徒の奥さんに聞かれた。
「あの方は、新興住宅地に引っ越して来られた方です。・・奥さんを亡くされて四年。・・毎月お参りの時に、仏壇の前で泣いておられるので、『コーヒーでも飲みに来て下さい』とお誘いしたら、お孫さんに車で送ってもらい来られるようになったのです。」と、僕は答えた。
「あぁっ、そうなんですか⁉・・・でも、幸せな方ですね。」と、そのご門徒さんの奥さんがおっしゃられた。
僕は『えぇ⁉』と、いう顔をすると、それを見て、
「ああっ・・はい、亡くなった奥さんが。そんなに泣いてまで、いつまでも想われて、お幸せやなぁと・・。」と付け加えられた。
生きている夫から考えると、(一人ぼっちになって)不幸なことかもしれないが、
見方を変えて・・、仏様となられた奥様から考えると、いつまでも泣いてくれる夫で居てくれて、有難く幸せなことなのかもしれない。
見方を変えて考えることは、案外、生きている人間にとって、大事なことなのかもしれないなぁ・・。
今度、このご主人にお伝えしてみよ。










