住職のつぼやき[管理用]

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岐阜県垂井町『竹中彰元』師の明泉寺さまへ

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(岐阜県垂井町『明泉寺』様)
 一昨日、岐阜県垂井町の『明泉寺』様へ、[紙芝居の取材]に行って来た。
 岐阜へ行くのは、岐阜別院へ紙芝居法話をさせて頂いた時以来か?(病気して以来?五年ぶりぐらいの長距離運転で少々不安だった・・。)
 名神の関ケ原インターで降りて、細い細い田舎道をナビだけ頼りに、お寺を探し捜し進んだ。
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(お寺の前の竹中半兵衛の居城跡)
 この写真は、豊臣秀吉公の軍師『竹中半兵衛』の居城跡である。(城の中は、今は小学校になっている。)
 目的のお寺の前に『竹中半兵衛』の銅像と城跡があった。
 こちらの明泉寺さまの御住職も、名字は『竹中』と云い、半兵衛公の子孫でもある。
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(『戦争は罪悪である』の碑)
 目的地のお寺に無事に着き、お寺に入って、17代目住職の『竹中真昭』さまにお会いし、今回の目的でもある戦時中『戦争は罪悪である!』と世間に言って、入獄された竹中彰元師の逸話をいろいろとお聞きした。
 けっこう、今も問題は続くリアルな話題でもあった。(詳しくは紙芝居で発表します)
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(彰元師のお墓)
 最後は、本堂裏手の[彰元(しょうげん)]師のお墓をお参りさせて頂いて、お寺を後にした。

藤井寺市:興正派『浄宗寺』様の永代経法要

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 昨日、藤井寺市の真宗興正派の『浄宗寺』様の[永代経法要]にお招き頂き、「紙芝居法話」に行かせて頂いて来た。
 お昼の法座(一時間半)・夜の法座(一時間半)と、二座有り、長時間の為体力的に大丈夫か?と思われたが、もう体力気力共に、90パーセント以上、元に戻ってきているように感じたので、もう大丈夫であろう。・・まぁ無理はしないことにするが。
 で、休憩時間に、こちらの住職さまと雑談をしていた時に、以前作った紙芝居:富田林寺内町の『石上露子』に話が及び、こちらの住職さまが『石上露子』の研究をされておられる方と偶然知って、たいへん驚いた。(『論集石上露子』というご本の中にも執筆されている)
 そういえば、石上露子の檀那寺は『真宗興正派』のお寺であったのだ。
 露子の実家「杉山家」は、豪商でたくさんのお寺に寄進されていることが、こちらでも分かった次第である。
  
 

自坊『観念寺』春彼岸法要

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 春のお彼岸ウィーク最終日。
 今日は、自坊[観念寺]のお彼岸法要の日。
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 毎年、春のお彼岸は、私が新作紙芝居をご門徒さんに披露しております。
 今年は『大石順教尼ものがたり』を中心に、お話と法話をさせて頂きました。
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 そして後半は、御門徒の[吉元佳代]さんに『沖縄の風』と題して、三線(サンシン)や沖縄の民謡などを演奏して頂き、一緒に歌い、楽しい一時を過ごさせて頂きました。

河南町『善秀寺』様の彼岸法要

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本日、河南町の『善秀寺』様の[春季彼岸法要]に行かせて頂いた。
 こちらには、毎年、春のお彼岸に行かせて頂いている。
 ・・ということは、毎年同じ『紙芝居』は出来ない。
 又、それに伴う法話もできない。
 で、今年も、新作を三本披露させて頂きました。
 行く前に、何度も紙芝居を練習し、又紙芝居の修正もして、本番に臨んだので、何とか皆さんに喜んで頂けたと思う。
 善秀寺様の皆さん、今年もお世話になりました。
 本当に有難うございました。又、来年もどうぞよろしく!合掌

東大阪市『蓮浄寺』様の彼岸法要

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 昨日、東大阪の『蓮浄寺』様の[春季彼岸法要]にお招き頂き、紙芝居法話をさせて頂いて来た。
 今回の演目は、前回からの若院さんからのご希望で『子供を亡くしたゴータミー』を中心に、お彼岸の紙芝居『二河白道のはなし』などを演じさせて頂いた。
 本堂満堂。たくさんのご門徒さんで、緊張しました・・。(汗)
 蓮浄寺の皆さま、大変お世話になりました。有難うございました。合掌

堺市:萬福寺さまの春季彼岸会・永代経法要

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(萬福寺様ご家族) 
 本日、堺市の萬福寺様の[春季彼岸会・永代経法要]にお招き頂き、『紙芝居法話』をさせて頂いて来た。
 堺市は、本当にお寺が多い。
こちらも、その1ヶ寺だ!
 お寺の横にもお寺があり、その横にもお寺があり、お寺大集合地帯。迷う。
 お聞きすると、戦国の昔に堺を守るべき地帯(川や海沿いなど)に、お寺や神社をたくさん造り、敵からの攻撃に対して、神仏の力をお借りして守ろうとしたからだ(という一つの説を)教えて頂いた。
でも、このお寺激戦区!今は何かと大変だろうな。
 なにわともあれ、本日、こちらのお寺は本堂満堂。参拝者の方々は熱心な御門徒さまばかりであった。
良かった、良かった。
 万福寺のご家族の皆様、総代様、御門徒の皆様、大変お世話になりました。有難うございました。合掌
 
 

慈雲尊者を訪ねて

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(大阪中之島[慈雲尊者生誕の碑])
 次の紙芝居制作に入っている。
 その取材に行って来た。
 つぎは、お釈迦様再来の尊者といわれた『慈雲(じうん)』様の紙芝居だ。
 その生誕の地は、大阪中之島にある。
 場所はリーガロイヤルホテルの横だ。・・今は賑やかな場所の中にひっそりと立っている。
 サラリーマンたちは見向きもせず、通り過ぎていく・・。これが現実だ。
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(大阪東住吉区『法楽寺』:慈雲さま得度修行の寺院)
 次は、東住吉区にある慈雲さま得度の地『法楽寺』様。
 こちらで、慈雲さまは修行をされた。
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(法楽寺ご住職と)
 運よく、御住職[小松庸祐]様にお会いすることが出来たので、慈雲さまについて、そして紙芝居制作について、いろいろお話をお聞きすることができた。
 僕は運が良い・・と、つくづく思った。

雨の寺カフェ

 先日、春雨というか、まだまだ寒かった風雨の日に『寺カフェ』を開いた。
 婦人会のボランティアの皆さんは「今日は雨なので、お客さんも少ないやろし、暇やろな⁈・・気楽にやろか」と言いつつ準備を始めた。
 ところが、お店を開くと、次から次へとお客さんは来て下さって、座るところのないほどの超満員になって、てんてこまいだった。
 その要因の一つは、雨の日はお百姓さんは暇になってしまい「お茶でも飲みにいこか」という話になったから・・らしい。
 もう一つは、「今日の[寺カフェ]は雨で暇やろ、お客になって(売上を)助けに行こか」と(ボランティア精神で)来てくだった方が多かったようだ。
 何はともあれ、お客さんの増加はうれしいことだった。・・赤字にならなくて。

王寺町の『雪丸』の里へ

 昨日、奈良県の王寺町へ行って来ました。
 この町は、今年盛り上がってます。
 なぜか?
 人間の言葉を理解し、お経を読んだという[聖徳太子]の愛犬『雪丸』が、(全国的に)大ブームだからです。
 今年は、戌(いぬ)年ということも後押ししています。
 王寺町の[観光ガイドボランティア]の会長さんや、副議長ともお会いしていろいろなお話をしました。
 ひょっとしたら?、僕の紙芝居『太子と雪丸』が、雪丸の里で使ってもらえ、現地で見れるかもしれませんよぉ。合掌
 

『石上露子』の紙芝居制作の続き

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(露子の生家[杉山邸])
時間が空けば、富田林市寺内町まで行って、(次回の紙芝居主人公)[石上露子(いそのかみ・つゆこ)]の事を調べている。
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(小板橋跡の碑)
 おとといは、露子さんの有名な詩『小板橋(こいたばし)』の跡を調べて来た。
 実にわかりにくい場所(竹藪の中)に有り、苦労して探した。
 なぜ調査が必要だったか?・・それは、紙芝居でも出てくる重要な場面であるからだ。・・取材しないと描けないのだ。
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(現代の小板橋か?)
 そして、昨日は『石上露子を語る会』の会員の先生に、お寺までお越し頂き、露子さんについて僕のわからない所を一杯質問し、教えて頂いた。
 それでも、まだわからない所が多い。・・調査はさらに続く。

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