住職のつぼやき[管理用]

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2008年の『お寺の出前』を振り返る

 もう、今年も後わずか・・。
 今日は今年の『お寺の出前』の(変り種・出前)の《思い出》を振り返ってみる。
《1月~3月》
ファイル 231-1.jpg(赤阪小学校体育館で《世代間交流》)
 今年の前半は《地域の(世代間)交流会》の「出前」が印象に残る。
 この《交流会》は、「世代間ふれあい事業」といって、地域のお年寄りから子供たちまで(ロウニャク・ナンニョ)内揃い、日頃あまり顔を合わさぬ者同士が(顔合わせ)をして仲良くなろうという会で自治体が主催した催しであった。
 「どの年代・世代にマトを絞ってお話すれば良いものか」と悩んだのを覚えている。(その結論。あまり誰に合わせるかなどと考えないで、自然体でその場の空気に馴染めば一番良い結果が出ると感じた)
《4月~6月》
ファイル 231-2.jpg(母子寡婦福祉会)
 春に印象に残るものとしては《母子寡婦福祉会》の『総会』にゲストで呼んで頂き『紙芝居』をしたことである。
「物知らずの僕はこの時『寡婦(かふ)』という言葉の意味がわからず、インターネットでしっかり勉強してから行かせて頂いたのを覚えている」
《7月~9月》
ファイル 231-3.jpg(鎌倉・仏教看護ビハーラ学会)
 9月には「出前講演」としては珍しく県外へ出て、《鎌倉》まで行ってきた。これは大本山・光明寺という大きなお寺の中で〔医療者・福祉従事者・宗教者〕が集まって話し合うという、年一回の年次大会であり、そこで「仏教紙芝居」をせよと言うお話を頂いたからである。「僕が場違いなのは最初から判っていたので、思いっきりハジけて来た。おもろかった」
《10月~12月》
ファイル 231-4.jpg(島田病院・看護研究発表会)
 後半の変わった「出前」で一番印象深かったのは、《病院内での看護師さんたちの発表会》にゲストでお招き頂いたことだ。
 (「僧侶の着物姿で堂々と病院の表玄関から入って来て下さいね」とチーフの看護師さんに言われたので、(・・後で思えば冗談だったのだろうか?)「えっへん!プイ」とその通りにさせて頂きちょっと浮いた)
 又、今年も〔オウジョウゴクラク・チャリティーライブ〕に幕間紙芝居僧侶として参加し、寿命を縮めた。
 その他、エトセトラ、エトセトラ・・。
 思い起こせば、どれも微妙なスレスレの所で《お寺の出前》をやっているような冷や汗タラタラものばかりで、あまり思い出したくないなぁ・・というのが本音だ。
 だから、もう振り返るのはやめて、又明日から〔おもろい出前〕のメニューを組むことにしよう。その方が楽しい。
 ああっ、だんだんと本来の宗教者から離れていく・・ような。〔笑い〕

 

僕はサンタの贈り物!?

 今日は、今年最後の『お寺の出前』の日。
 お寺の近くにある《カナン・ディサービス》に行ってきた。
(夜には〔お通夜〕ができた為、20分ほどしか居れなかったが・・)
 僕が施設に到着したら、すでに職員さん扮する〔サンタ〕さんと〔トナカイ〕がお年寄りの利用者さんに《手作りカード》のクリスマスプレゼントをしていた。
 それでしばらくの間、僕は隣の部屋で準備し控えていたら、〔サンタ〕さんの声で、「・・では、今年の私からのもう一つのプレゼント!住職さんのお話で~す。本物のお寺の住職さんですよー」と紹介されたので、「出番や!」と思って『幸福の王子』の紙芝居を抱えて、走って会場に出て行った。
 ・・それで開口一番、話をつなげなアカンと思い「はーい、皆さんこんにちは~。僕はサンタさんの特別プレゼントでーす。一緒にやって来ましたよー。本物の住職でーす」と最初からテンションが上がってしまった。(のっけから踏み外した〔笑い〕)
 それで、「今日はサンタさんもおられるので、仏教を離れて外国のお話をしまーす。その背景には〔キリスト教〕という今日お誕生日を迎えられた〔イエス・キリスト様〕の《愛》の教えが一杯つまったお話ですよ。それじゃ〔トナカイ〕さんも一緒に聞いてねー」と紙芝居を始めた。
 この話は、解り易くシンプルであり、お年寄りも前に乗り出し、うなづきながら一生懸命聴いて下さった。
 最後は、「それじゃ皆さんさようならー。お元気でー、良いお年をー。・・次回は誰と一緒に来ようかなー」と言いながら、急いで会場を後にした。

気持ちの《スイッチ》が入る瞬間!

ファイル 229-1.jpg(今日の講話クラブの風景)
「・・不思議なことですが、お年寄りの方々の(認知症の進みを遅らせる)気持ちの《スイッチ》が入る瞬間があるんですよ。
・・それは、住職さんが会場に《着物姿》で現れた瞬間なのです。
 そのお坊さんの姿を見た瞬間、良い意味で皆さんは緊張されるのです。そしてお話が終ってお部屋に帰られた時、皆さんは又リラックスモードに戻られるのですね。
 そのオンとオフの気持ちの《使い分け・(心の刺激)》は、24時間こちらに居られる方にとってすごく大事なことで、認知症の進みを充分に遅らせているんですね。
 ここで介護の仕事をやってたら、それがはっきりと解ります」と、今日〔特養老人ホーム 甍〕の指導員Fさんは、講話クラブ終了後、僕に言われた。
 ナマクラ変人僧侶の僕に、このようなお言葉を〔施設側〕からかけて頂いて、本当に光栄の極みである。
 変人と光栄ついでに、そんな今日の〔講話クラブ〕の様子を少し書く。
ファイル 229-2.jpg(つばめちゃん帽子を被って話をする僕)
 クリスマスが近づいたら、毎年演じている紙芝居に「幸福の王子」というものがある。
 今日も今日とて、その紙芝居の前後に僧侶の格好で《イエス様の誕生日》のお話をして、それからこの紙芝居に移った。
 (おもろいと思ったのは)皆さん違和感なく、手を合わせて聴いて下さり、中にはラストの《天使》が降りて来る絵の時には、会場から「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ・・」とお念仏が聴こえて来た。(これには参った、というか『宗教』に垣根は無い!)と改めて思った。
 「ちょっと危険な感じもする・・」と思われる方もあるだろうが、長い年月やり続けていると、坊さんがキリスト教の話をしても「あの人の話に危険は無い。言わんとする事はわかるでぇ・・」とすっと気持ちを理解して下さるのだ。(今日も帰り際そんな事を言って下さった方があった)ホンマありがたい。
・・で、「来月はお正月やから、今度は神様の話をしますね!」と言ってへらへらと今年最後のクラブを終えた。

病院を「恨むな、憎むな、許しましょう」

 今日、《お葬式》を一つ執り行った。
亡くなられたのは75才の男性で、その奥さんが喪主をされた。
死因は〔多臓器不全〕、そしてその原因は〔敗血症〕。そしてその又原因は〔重症肺炎〕であった。(見せて頂いた《死亡診断書》にはその様に書いてあった。)
 喪主をされた奥さんは、僕にこの《死亡診断書》を書いた病院の悪口をさんざん述べられた。
 「最初の手術の後も、何一つお医者さんからの術後説明がなかった。主人はその後、ほったらかしにされ見る見る内に悪くなっていった。もし、違う病院を選んだとしたら・・、こんな目にはあわなかったと思います!今もこの病院が憎いのです・・」と。
 人が亡くなると、虚しさや悲しさの他に《怒り》の気持ちが沸いてきて、その《矛先》をどこかに向けたくなる・・ことがある。
それによって、自分の気持ちを落ち着かせようとするのだ。その方が楽だからと思う。(たぶんに、それは僕の場合であるが・・)
 その気持ちはよくわかるのだが、怒っている内に周りを巻き込み膨れあがって、収拾がつかなくなってしまう事もある。
 僕は〔お通夜〕の後、よく「恨まない様に周りを許しましょう。頑張って許しましょう。故人の為にも許しましょう。自分の為に許しましょう」と怒っておられる家族によく「許しましょう」を連発してお話する。
 僕が言ってもどうにもならないとは思う。・・が、遺族さんの気持ちが救われる事を願いながら、今日も言い続けた。
 「気持ちのワカラン、うっとうしい坊主や!」と言われても良い。僕は「恨むな、恨むな、許しましょう」を言い続ける。
 それはたぶん、自分自身に向かっても言い聞かせているのだろう・・と思う。
 

《どこでも『紙芝居』》

 年々、僕の『紙芝居』を演じる場が(止め処もなく)広がって行っている・・ような気がする。(僕の性格の軽さにも要因がある〔笑〕)
 本来は《医療と福祉》の現場だけを想定して、作り始めた紙芝居なのであるが、その需要範囲が(異業種の方にまで広がり)《なんでも有り》の形を取り始め、僕も「よっしゃ、それなら《なんでも来い!》」と受けている。
 
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・・それで昨日、その又〔変わったご依頼〕があり、《外国講師とのお食事・交流会》に呼んで頂き、『紙芝居』を持って行って来た。
 現在、わが町〔河南町〕では、英語の初等教育の一環として若い外国人講師を数年間お招きして、幼・小・中学校内での活きた英語学習を推進している。
・・が、もっと日本の文化に触れてもらおうと、町内のボランティア精神あふれる〔木口さん〕という一人の女性が、名乗りを上げてもう十年来、この《お食事・交流会》をご自宅で主催されているのだ。(なかなか出来ることではないと僕は感動した!)
 それでここ最近は、日本食・日本文化大好き〔インド系〕カナダ人の『ヒーテン』さんご夫婦が来られているという事で、一度日本の思い出として、日本の『紙芝居』を見せてあげて欲しいとの〔木口さん〕からのご依頼があり、お受けした訳だ。
ファイル 227-2.jpg
 この『ヒーテン』さんは、(写真を見てもすぐ分かると思うのだが、)ご両親はインド人であるが、カナダ人国籍であり、一度もインドには行った事がないそうだ。
 毛髪もクルクルッと天然パーマが掛かって、目は大きく彫りも深い顔立ちで、一目見て「ブッタのお顔と一緒や!」と思い親近感を持ってしまった。又、日本語も堪能で〔おつけもの〕も大好き、そして食事の後片付けも進んでするという、日本人よりも気のつく青年であった。
「カナダには《本の読み聞かせ》ボランティアはありますが、『紙芝居』という《ペーパー・ピクチャー》はありません。大変シンプルでおもしろく感動しました」と言われた。
 「一度、お寺に遊びに行っても良いですか?もっと日本の昔話を聞きたい」とおっしゃられたので、「良いですよ」とお答えした。
 本心は、『うちの寺の仏像と並んで写真を撮って欲しい。(ダブル・ブッタが完成する)』という子供みたいな欲求からOKしたのであるが・・・。〔笑い〕
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「私の宗教は、こんなのと違う!」~白寿苑での出来事~

ファイル 226-1.jpg(今年最後の〔法話会〕記念写真)
 昨日は、今年最後の特養『白寿苑』での〔法話会〕の日であった。
 そこであった失敗談を今日は書く。

 寝たきりになられて、〔法話会〕に出席する事が出来なくなったYさんという(目が見えない)98才の女性がおられ、その方の為に、現在〔法話会〕の様子を職員さんが《カセットテープ》に録音して、お部屋で聴いてもらっている。
 昨日もその録音が終わり、職員さんがお部屋に持って行こうとされたので、「テープよりも生の声の方が良いやろう」と僕は思い、一緒にお部屋まで行かせてもらった。
 すでにYさんは寝ておられたのだが、職員さんが声を掛けられたら起きられた。
 職員さんが枕元で「住職さんが来て下さったよ」と言われたので、僕はYさんの手を両手で握り、いつもテープを聴いてもらっているお礼を言ったのち「一緒にお念仏しましょうか?」と言って念仏を称え始めた。
・・しばらくすると、Yさんも一緒に《念仏》を称え始められたので、(僕は前にこの方の《宗旨》が〔真言宗〕だと聴いていたので、)そのまま《般若心経》もゆっくり称え始めた。
 すると、突然Yさんは「私の宗教は、こんなのと違う!」と言って、手を振り放し、廻され、布団も蹴って暴れ出し始められた。
 僕も職員さんもびっくりしていると、Yさんは「神さんはありがたやー。ありがたやの宗教やー、仏さんもありがたやー」と言ってさらに寝たまま手を振り回される。
 「これは宗旨が違うわ」と思ったので、それから〔題目〕あげたり、〔真言〕を称えたり、色んなお経を即興で試みた(祝詞まで上げた)のだが、本人がパニックになっている為、全くダメであった。
 職員さんが「Yさん、自分の世界に入り込んでしまっている為、もうこうなったらあきませんわ」と言われたので、これ以上お邪魔したらダメだと思い、「お役に立てずにすみません」と言って退散した。
 「そんな事ありませんよ。有難うございました」と職員さんは慰めて下さり、玄関でお別れしたのだが、帰り車の中で落ち込んだ。
 「いったい何が悪かったのか?お経を称えたのが良くなかったのだろうか?お迎えが来たかと勘違いされたのではないか?・・あの時、念仏だけでやめておけば良かった・・。さっと引き上げる勇気を持たねば・・。その場の空気を感じなければ。お経を一緒に称え《心の安らぎ》を得てもらおうなどと思ったのは僕の欲だった」と反省した。

 どれだけの時間をその方に《寄り添えば良いか》。それを瞬時に見極める判断力を持たねばと思った。

チャリティー・ライブ『幕間紙芝居』の感想

 先日、行われた《オウジョウゴクラク・ライブ》に今年も来て下さった〔在宅ホスピス医〕南吉一先生から『幕間紙芝居』の感想を〔詩〕と共に頂いた。
 今日はその感想と共に〔詩〕を掲載させて頂く。
 『(前書き省略)・・ヤングの皆さん、ウサギさんの『紙芝居』にシーンと耳を澄ませていたのが印象的でした。Mさん母娘も驚いていました。娘さんは(福祉)施設で働いていて、『紙芝居』に感銘していたようです。貴兄のご活躍に心から感動いたしました。(五句・詩を贈ります)
《師走の夜 往生極楽ライブ燃ゆ 
 住職が走る冬夜の暖かし
 ライブの幕間いに紙芝居とは
 男性ボーカル頬を膨らませ
 裘(かわごろも)はげしき群れを抜けにけり》
  2008・12・14  在宅ホスピス医 南吉一拝 』

幕間(まくあい)僧侶  ~オウジョウゴクラク・ライブへの出前~

ファイル 224-1.jpg (写真1・《幕間僧侶》〔笑〕)
《幕間(まくあい)芸人》=〔昭和30年代から40年代中頃まで、映画と映画との幕間(まくあい)に形態模写やギターなどを弾いて歌を唄ったりした芸人のこと。なんとも素朴な芸ではあるが、人情味あふれる舞台に観客達の心は和んだという〕
 
 昨日の夜、例年通り《第九回 オウジョウゴクラク(往生極楽)チャリティー・ライブ》が京阪〔樟葉〕駅前のライブハウス《Px9cafe(ピーエックスナイン・カフェ)》で行われた。(写真2) 〔この売上金は(間違いなく)全額ユニセフに寄付される〕
ファイル 224-2.jpg(写真2・ゲーセンの3階にある)
 例によって僕も呼び出され、最初に述べた《幕間芸人》ならぬ《幕間僧侶》として、バンドとバンドの間の〔つなぎ役〕として観客に『仏教紙芝居』を楽しんでいただいた。(写真1)まさに舞台の上は幕が閉まっていて演じるスペースは狭く、しかも会場は暗く『紙芝居』の絵のウラの字が読めず、全部アドリブで演じた。
ファイル 224-3.jpg(会場の風景・紙芝居を見る観客さん)
 ・・まぁ、まだみんな酔っ払う前だったので、なんとか静かに話は聞いてくれた。・・ので良しとしよう。
 しかし、老人ホームやお寺で『紙芝居法話』をするのとは違い、何度来ても、ここは極度に緊張する。〔ホンマ往生や・・〕
ファイル 224-4.jpg(舞台裏の楽屋で出番を待つ僕)
 又、このライブが終ったら着物にタバコの臭いがこびりついて消えない。(ファブリーズをしてもなかなか消えん!)
 ちなみに今年の《ライブ風景》の雰囲気を感じてもらおうと(写真)も1枚撮ったのであるが、タバコの煙であまり見えない!(でも雰囲気はなんとなく感じてもらえるかな・・?)
 ホンマにとにかく、今年も僕が〔往生〕したわい!!
ファイル 224-5.jpg(今年初出場の女性ジャズバンド)
 

『神戸ルミナリエ』に行って来ました

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 昨日、仕事を早めに終らせ、妻と『神戸ルミナリエ』に行って来た。
 この日の関西のお天気は〔小雨〕。その為、会場は案外空いていた。
 今年の《ルミナリエ》のテーマは『光のインフィニート』=(イタリア語で『無限』の意らしい)
 《光は闇を照らし、過去から未来へと『無限』に輝かせる》という事だそうだ。
 この《神戸ルミナリエ》は「阪神・淡路大震災」の犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への希望を託してはじまったものだ。
 妻の実家が震災をまともに受けた〔西宮〕であり、又学校も〔神戸〕で友人もこちらに多い。
 又、僕の恩師や仲人さんも神戸地区に住んで居られよく遊びに来た為、ここに来ると「わ~っ、きれいやなぁー」という感じよりも、あの恐ろしかった震災を思い出してしまう。そして今『命』があるということが奇跡のように感じてしまうのだ。
 ・・この祭典は美しいが、何か《生きている》という有難さを感じさせられるようなお祭りである。
 少なくとも僕は、そう感じる・・。

『法話会(お話会)』のカタチを《チェンジ!》

 来年から『特養老人ホームあんり』の『法話会』の形を少し変えることにした。
 ・・『法話会(お話会)』改め、『坊さんと一緒におやつを食べて語ろう会』にする。〔笑い〕
 これは、今月の『法話会』が終わってから、こちらの施設職員と相談して決めた事で、あまりにも『法話会』進行途中での〔割り込みスピーチ・質問〕が多い為に《チェンジ》する事にしたのである。
 たとえば今月も、僕が喋っている途中に、前列の女性が突然「あ~っ、あんた、前も来てくれたねー。嬉しいわー」とか、「私もいつまでもここで世話ばっかりなっとったらあかんねー。頑張らなぁ! (何を頑張んねん?)」とか、「私のつえが無い、つえが無いい。 (つえはすぐ横にあるがなぁ)」とか・・。突然喋べり始められる為に、その度に『法話』は中断脱線。(これも慣れればおもろいのだが・・。)
・・で、「これは皆さん、個人的に何か喋りたいのだ!」と、結論づけ、取り合えず《実験》として、来年から施設での3時の〔おやつの時間〕に僕も(坊さんの姿で)皆さんの間に混じって、おやつを食べながら会話に参加しようと決めたのである。
 会話が生まれなくても、それも良しとして、取り合えず『混ざってみよう』とそういう試みである。
 不安もあるが、おもしろそうでもある。・・そして〔おやつ〕も楽しみ。

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