住職のつぼやき[管理用]

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善秀寺さんの「報恩講(ホウオンコウ)」

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 昨日、河南町の〔善秀寺〕さんで、「報恩講」という〔親鸞聖人のご命日法要〕があり、(一応)講師として出講させて頂いた。(一応・・もうええか)
ファイル 389-2.jpg(法話の様子・・一応、まだ言うか)
 こちらの寺院では、一日に(昼の座)と(夜の座)の二回、『法要』がある。
・・であるからして、お寺の仕事も一日中、参詣の方々でごったがえし大変である。(特に住職の奥さん〔坊守さんという〕は接待で忙しい。お茶を出したり片付けたり、お茶菓子を出したり片付けたり、笑顔を出したり片付けたり・・気をつかう。自分の寺でもそうなので良くわかる)
・・でも、まぁ一年に一回の大法要なので、どこのお寺でも、この日ばかりの忙しさは、仕方がないといえば仕方がない。(我慢、我慢、いや堪忍、堪忍!)
・・まぁ、それはええとして、今回、僕は講師として出講したので、昼と夜、一時間づつお話しなければならない。(お前は「紙芝居」だけしとったら、ええやないけ!と言われるかもしれないが、そうはいかない。やはり、法話をしないと。)
・・で、今回難しいなぁと思った点は、一日二回の『法要』なので、(昼の法座)も(夜の法座)も同じ方が参詣される可能性もあり、又、(夜の法座)だけの参詣の方もある。
・・なので、昼の話の続きを、夜に引っ張るわけにはいかないし、・・かといって、一回完結の話にしてもテーマ全体がぶれる。
 今回は、(夜の座)で、昼の座の続きを少し説明している間に時間を多めに使い過ぎ、時間配分を誤った。
 これから、一日(二座)の法座をいかに考えて、話を勧めるかが、僕の今後の課題となった。
 それにしても、人の前で、まとまった話をするというのは本当に難しい。毎回、前日の夜中まで、いや話の直前まで構想を練っている。これがいつか快感に変わらないものだろうか・・?(笑い)。

「ナムアミダブツ」と「ナムミョーホウレンゲキョー」のステキな出会い

ファイル 388-1.jpg(お寺から見る南アルプス)
 おとといの10月4日、信州:長野県駒ヶ根市にある〔日蓮宗:大法寺〕様の『御会式(オエシキ)』という〔日蓮様のご法事〕に、『紙芝居法話』に呼ばれて行って来た。
ファイル 388-2.jpg(大法寺様)
 こちらの駒ヶ根市という町は、『養命酒』の工場のある処で有名で(帰りに工場見学につれてってもらった)、又、南アルプスと中央アルプスの両方が同時に見れるという、自然豊かで日本でもっとも贅沢な場所とも云われている。(パンフレットに書いてあった)
 ちなみに「南アルプス天然水」しか知らなかった僕は、実際の山々を見てたいへん感動した・・。
ファイル 388-3.jpg(藤塚ご住職と僕)
 それで、何故?『ナムアミダブツ』の宗派の僕が、『ナムミョーホウレンゲキョー』のお寺に、「法話」に行く事になったかというと、こちらの御住職が以前、僕が『鎌倉』のお寺で「紙芝居法話」をやっているとこを偶然見て下さり、「面白そうな奴だ。こいつを一度呼ぼう!」と思われたのがキッカケらしい。(出会いというのは不思議なものだ・・)
 もちろん『法話』自体は、通仏教(超・宗派)でして欲しいと頼まれ、『紙芝居』も「どんな宗教でもOK!」な、『くもの糸』などの昔話を中心にさせて頂いた。
ファイル 388-4.jpg(法話会の様子)
 そしてまずお話は、「僕の宗教は〔ナムアミダブツ〕です。・・でも、今日はまず、皆さんと同じように「ナムミョーホウレンゲキョー」と称えてから、ちっちゃい声で「ナム・アミダ・ブツ」と言いました。・・でも、良いですよね。後ろに全宗派の源《お釈迦様》がおられるのですものねー。ちゃんと、日蓮様にも『ゴメンちゃい』と謝っておきましたので・・。」といったら、会場は爆笑して下さったので、後はスムーズにお話できた。
ファイル 388-5.jpg(日蓮様のご本尊に手を合わす僕)
 又、『法要』にも参加せて頂き、「ああっ、『日蓮宗』の法要ってこうなんだ・・」と、初体験に手惑いながらも、大変勉強になった。
 本当に気さくで〔自然体〕という言葉がピッタリの御住職さんと、親切な檀信徒の皆さんの優しい《仏心》につつまれ、僕自身も、自然体でお話ができたような気がした。
 そして、『まず、普遍的な仏さま在りき! 宗派の違いって、そんなの関係ねぇ・・(ちょっと古い)』と、改めて確信し、高速バスで居眠りしながら帰って来たのであったとさ。 めでたし、めでたし・・。

阪南中央病院『語る会』への出前

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 おととい、松原市にある「阪南中央病院」〔緩和ケア委員会〕主催の『語る会』へ「お寺の出前」に行って来た。
 この『語る会』とは何か? 
 こちらの〔緩和ケア委員〕さんが作られた「ちらし」から抜粋して読む。
・・『当院では、緩和ケア委員会のメンバーを中心に、癌等の病気の患者様やご家族のケアに取り組んでいます。 亡くなられた患者様のご遺族をお招きして、当時の苦労などを話し合い、医療従事者としてその思いを共有し、日々の医療や看護に役立てていきたいと、この『語る会』を開催しております。』
ファイル 387-2.jpg (語る会の様子)
(続き)『・・さて今回は、観念寺の住職をお迎えし、「大切な人の見取り」について紙芝居で楽しく、又大変ためになるお話を(これは無理や・・〔笑〕、)していただきます』とある。
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 僕は、簡単な自己紹介ののち、委員さんたちのご希望であった『看病用心鈔の世界』という紙芝居をし、その他、ごちゃごちゃと、〔ダメ〕、いや〔タメ〕になる(笑い)紙芝居を三本ほどさせて頂いた。
 そして、後半は質疑応答、正に『語り合う』有意義な時間を、ご一緒に過ごさせて頂いた。
 その中の『ご質問』の一つに、「今、鳩山総理が云われている《友愛》って、仏教用語ですか?」というタイムリーな、僕にはムリーな質問が飛び出て往生した。
・・《友愛》って、キリスト教的な言葉だと僕は思うのだが、はたしてどうなのだろうか?・・又、宿題が増えてしまった。

 特養老人ホーム甍 『偲ぶ会』でのこと・・

 昨日、「特養老人ホーム 甍(イラカ)」苑内で、秋の彼岸『偲ぶ会』が行われた。
 僕は毎回の如く、亡くなられた方のお名前を拝読し、読経し、法話をする。
 こちらの施設が開所して10年。・・この10年間で、苑内で亡くなられた方の人数は、のべ141名。
 又、『偲ぶ会』は、春・秋の(年2回)行っているので、今年の春からこの秋にかけて、亡くなられた方の人数は、7名であった。
 老人ホームは〔終の棲家〕なので、亡くなられる方の数が増えていくのは仕方が無い。
 ・・が、毎回、新たなお名前を読み上げていく度に「あぁ、あの方も亡くなったのか・・」と、一抹の寂しさを覚える。

 今年も『偲ぶ会』が終ってから、参加された家族(遺族)さん達と、お茶を飲んでお話をした。
 印象に残ったのは、或る亡くなられたお父さん(80代)の、60代ぐらいの娘さんが、言われた言葉であった。
 その方は「・・この施設があって本当に良かったです。・・父が認知症になって、勝手に外に飛び出して行き、行方不明になり、何度、警察のお世話になったことか。その度に生きたここちがせず、いつしか私は、買い物に出る度、父をヒモでくくりつけて、外出するようになっていました。その度に、自分のしている事を自分で責めて苦しみました。・・老人ホームに自分の父を預けることは、自分の義務を放棄するかのように思って、ずっとためらっていましたが、もう限界でした。・・こちらに預かっていただいて初めて、夜もゆっくり休めるようになりました。・・まだ、家には高齢の母がおりますが、頭はしっかりしているので、今は家でゆったり暮らしております。・・今はこの母を最後まで、家で面倒みようと思っていますが、もう〔老人ホーム〕に身内を預けるという事に対してのためらいは、なくなりました」という言葉であった。

 人類が今まで経験したことにない、超・高齢化社会が間もなくやってくる。 介護の問題は、決して他人事では済まされなくなるだろう。
 我々は『老人ホーム』という場を、自分にとってどのような場所であるかを、今一度考え、そして位置づけねばならなくなるだろう。

秋の〔彼岸法要〕~ハーモニカの夕べ

ファイル 383-1.jpg(手作りパンフレット) 
 昨日、自坊:観念寺で〔秋の彼岸法要〕~ハーモニカの夕べ~を開催した。
 皆でお勤めをした後、今回は2部構成にして、〔前半〕は僕が《お月見》にちなんで、『月の神様になったうさぎ』という紙芝居をし、〔後半〕は堺市から、老人ホームなどへボランティアで回っておられる〔ハーモニカ名人〕の寶来(ホウライ)治夫先生にお越し頂き、《唄える、聞かせる、ハーモニカ:ミニコンサート》を開催した。
ファイル 383-2.jpg(寶来先生)
 みなさん、美空ひばりさんや石原裕次郎さんの懐かしい曲や、又童謡など一緒に唄ったり、又聞かせてもらったりして、楽しい秋の夜の一時を過ごして頂いた。
「癒されたわ~」とか、「歌を唄うの久しぶりで元気が出ました」などの皆さんの感想をお聴きし、僕も本当にやって良かったと思った。
 寶来先生、ご遠方の所、本当もありがとうございました。又、いつか第二弾をよろしくお願い致します。 合掌

来年の予定の始まり・・・

 忙しい〔お彼岸ウィーク〕が、連日続いている。
 この(シルバーウィークという)連休は、〔年忌法要〕や〔お彼岸法要〕があちこちでお勤めされ、毎日出動して緊張の連続だ。
 
 昨日も、京都市:西陣にある『勝満寺』さまで、《秋季彼岸法要》がお勤めされ、『紙芝居法話』に行かせてもらった。
 そして、法話も終り、『さぁ帰ろう』と思ったら、御住職が、「来年の8月1日と2日の早朝(午前6時)は、空いておられませんか?」と聞かれたので、理由をお聴きすると、「毎年、8月の初めに、西陣にあるお寺:3ヶ寺合同で、《夏の早朝法座》を2日間、開いているのですが、その時、早朝『紙芝居法話』をやってもらいたいのですが」という事であった。
 紙芝居を使っての『法話』は、珍しく面白いと思われたのかもしれない。
 この日、僕はまだ来年の『カレンダー:予定表』を持っていなかったが、これは嬉しい有難いご縁だと思って、喜んでお引き受けした。
そして、「来年の〔夏〕まで、生きてなあかん!」と強く思った。

〔狭山ニュータウン婦人会〕への「出前」

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 先ほど、隣町の『狭山市』にある〔狭山ニュータウン婦人会〕主催による、〔狭山ニュータウン自治会:ふれあいサロン:講演会〕に行って来た。
 「みんなと一緒にお弁当を食べてから、講演をお願いします」と頼まれ、リラックスした雰囲気作りをしてから、お話をさせて頂いた。(リラックスしすぎて、多少、眠気を起こされた方もあったようだが・・〔笑い〕)
 僕は「自治会館」で、地元の方だけにお話をと、お聴きしていたので、多く見積もっても、50人程だと思い、レジュメのプリントも45枚ほどしか用意して行かなかったのだが、会場に着いたら、90人以上が、もうすでに座って居られたので慌てて、急遽会館のコピー機で、足らない分をコピーしてもらった。
 和やかな雰囲気の中、久々におもいっきりお話させて頂き、僕自身も大変楽しかった。
 狭山ニュータウン婦人会の皆様、いろいろとお世話になり、本当に有難うございました。

2009年『紙芝居創作合宿』終る!

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 今年も『観念寺:紙芝居創作合宿』が、粛々(シュクシュク)・・いや、縮々と〔12~13日〕に掛けて、小じんまりと行われた。
 今年は、南吉一医師(76才)は、「右翼を亡くしたメジロ」を製作され、初参加の俳句師:中島禎子さん(81才)は「我輩は猫である~自宅猫バージョン」を創作され、・・そして発表して下さった。
 深夜まで製作は及び、ご高齢であるがゆえに、お体の調子を心配したが、お二人とも元気一杯、作り終えて帰られた。
 最後、駅まで車で送る途中、中島さんの「私は南先生に騙されてここまでやって来たんです。」という《意味深》の言葉が、僕の心に強く残った。(どうやって、騙しはったんやろ。〔笑い〕)
 それに対して南先生は、「そんなん言わないの!。アベノ駅に着いたら、600円のカレーライスご馳走したるから・・」という、阪大の教授とは思えん、許しを乞うガキ大将みたいな言葉が大変ユニークで面白かった。
 

『駒澤大学』からのお客様

今日、『駒澤大学』グローバル・メディア・スタディーズ学部(長い名前の学部やなぁ~)の学生さん二人が、東京から、自坊:観念寺にやって来られた。
 その目的は、『お寺の出前 紙芝居』の取材であった。
 この二人の学生さんの言葉をそのまま使うと、「私達は、『紙芝居』という、この日本で生まれ、日本で育ったものを、現代の人々の心に働きかける魅力的な要素があると考え、ただ今、調査・研究をしています。・・ホームページを拝見し、是非「紙芝居」とその活動内容を取材をさせて下さい。」と、いうメッセージであった。・・で、OKしたのである。
 昨日、東京から、夜行列車でゆられてやって来られたそうで、少しその表情から疲れの色が見えたが、色々熱心に、僕の話すことをテープに取り、メモし、そして紙芝居を写真に取って行かれたので、「まじめな学生さんやなぁ~」と、こちらの方が改めて感心した次第である。
 ホームページというものは、色々な出会いを作ってくれるものだと、これも改めて思った。

二つの「お盆法要」

ファイル 362-1.jpg(太子町 光福寺さま)
 お盆最後の日の昨日15日、(午前中)に大阪府太子町の〔光福寺〕様の《盂蘭盆法要》に、そして・・・、
ファイル 362-2.jpg(京都市北区・西開キ町)
(午後)には、京都市北区衣笠・西開キ町の《地蔵盆法要》に、『紙芝居法話』に行かせてもらった。
 一日二回の(大人と子供対象の)別の場所での『法話会』は、思ったよりハードだった。(移動方法である〔高速道路〕の料金値下げは思ったより、(車の渋滞を生み、)僕にも影響を与えた。 ユンケルを飲んで走る僕も年だなと改めて感じた・・(笑い))
 急いだため、光福寺さまから、京都に向かって出発する時、慌てて、お寺の壁に車を擦らせてしまい、お寺様には迷惑をお掛けしてしまった。(被害は小さかったが、本当に申し訳ない事をしてしまった。反省しきり・・)
 一日二回の別の場で『法話会』は、やはり無理があるかもしれん・・。
 来年からは、そこのトコ、よーく考えてスケジュールを組みます!

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