今年も『観念寺:紙芝居創作合宿』が、粛々(シュクシュク)・・いや、縮々と〔12~13日〕に掛けて、小じんまりと行われた。
今年は、南吉一医師(76才)は、「右翼を亡くしたメジロ」を製作され、初参加の俳句師:中島禎子さん(81才)は「我輩は猫である~自宅猫バージョン」を創作され、・・そして発表して下さった。
深夜まで製作は及び、ご高齢であるがゆえに、お体の調子を心配したが、お二人とも元気一杯、作り終えて帰られた。
最後、駅まで車で送る途中、中島さんの「私は南先生に騙されてここまでやって来たんです。」という《意味深》の言葉が、僕の心に強く残った。(どうやって、騙しはったんやろ。〔笑い〕)
それに対して南先生は、「そんなん言わないの!。アベノ駅に着いたら、600円のカレーライスご馳走したるから・・」という、阪大の教授とは思えん、許しを乞うガキ大将みたいな言葉が大変ユニークで面白かった。
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2009年『紙芝居創作合宿』終る!
『駒澤大学』からのお客様
今日、『駒澤大学』グローバル・メディア・スタディーズ学部(長い名前の学部やなぁ~)の学生さん二人が、東京から、自坊:観念寺にやって来られた。
その目的は、『お寺の出前 紙芝居』の取材であった。
この二人の学生さんの言葉をそのまま使うと、「私達は、『紙芝居』という、この日本で生まれ、日本で育ったものを、現代の人々の心に働きかける魅力的な要素があると考え、ただ今、調査・研究をしています。・・ホームページを拝見し、是非「紙芝居」とその活動内容を取材をさせて下さい。」と、いうメッセージであった。・・で、OKしたのである。
昨日、東京から、夜行列車でゆられてやって来られたそうで、少しその表情から疲れの色が見えたが、色々熱心に、僕の話すことをテープに取り、メモし、そして紙芝居を写真に取って行かれたので、「まじめな学生さんやなぁ~」と、こちらの方が改めて感心した次第である。
ホームページというものは、色々な出会いを作ってくれるものだと、これも改めて思った。
二つの「お盆法要」
(太子町 光福寺さま)
お盆最後の日の昨日15日、(午前中)に大阪府太子町の〔光福寺〕様の《盂蘭盆法要》に、そして・・・、
(京都市北区・西開キ町)
(午後)には、京都市北区衣笠・西開キ町の《地蔵盆法要》に、『紙芝居法話』に行かせてもらった。
一日二回の(大人と子供対象の)別の場所での『法話会』は、思ったよりハードだった。(移動方法である〔高速道路〕の料金値下げは思ったより、(車の渋滞を生み、)僕にも影響を与えた。 ユンケルを飲んで走る僕も年だなと改めて感じた・・(笑い))
急いだため、光福寺さまから、京都に向かって出発する時、慌てて、お寺の壁に車を擦らせてしまい、お寺様には迷惑をお掛けしてしまった。(被害は小さかったが、本当に申し訳ない事をしてしまった。反省しきり・・)
一日二回の別の場で『法話会』は、やはり無理があるかもしれん・・。
来年からは、そこのトコ、よーく考えてスケジュールを組みます!
小さなつっこみ人
昨日、富田林市の『専念寺』様にお招き頂き、《お盆法要》「紙芝居法話」に行って来た。
夏休みの夜の《法座》ということもあり、ちびっ子達も大人たちに混じって、たくさん参加されていた。
その中での面白かったエピソード・・。
一番前に、ちっちゃな可愛い男の子の観客さんがひとり。
この子が、僕の話に〔つっこむ、つっこむ!〕
今、思い出しても、笑えてくる。
たとえば、僕が最初に自己紹介をしていたら、「長い自己紹介やなぁ。そこまで言わんでええやろ」と、うまく絡んでくる。
又、最後には、「そこは、早く言いすぎや。もっとゆっくり言わなあかん・・」とか。
まるで、大人のプロの突っ込みのようで・・。(昔の大阪の演芸ホールに居った、ちょっと酔ったお客のようで)
でも、顔はかわゆい小学生。
その〔おっさん言葉〕と〔幼い顔〕のギャップが、たまらん!
お話をしながら、この子を題材にした〔オリジナル紙芝居〕の構想がムクムク湧き出してしまった。
いつか、作ってみます。
仮題:『お寺座の怪童~〔小さなつっこみ人〕現る!』
岐阜行き、余話
・・岐阜への出前、余話。
岐阜に行ったら、是非行きたいと思っていた場所が、一ヶ所あった。
それは、『落語の祖』といわれるお坊さん、〔安楽庵策伝(アンラクアンサクデン)〕さんの故郷、そして〔策伝〕さんの出家したお寺《浄音寺》(写真)であった。
〔策伝さん〕は、戦国時代のお坊さんで、美濃の国〔今の岐阜市三輪〕の出身である。(岐阜別院から、北へ車で40分ほどであった。・・カーナビを使って、田園風景の中に埋もれるお寺へ、なんとか、たどり着いた。嬉しかった!・・その晩、策伝さんがお寺で出迎えてくれた夢を見た!)
〔策伝さん〕は、由緒ある家柄の出であったそうだが、(写真)の浄土宗《浄音寺》で、七歳の時に出家。十一歳で、京都に上がり修業を積み、そののち、二十代半ばから全国各地を回り、廃れていたお寺を次々に再興し、この岐阜の《浄音寺》の住職を経た後、やがて六十歳で、京都の《西山深草派総本山・誓願寺》の第五十五世法主となられた。
・・とまぁ、立身出世された凄い方なのであるが、僕が興味を持ったのは、その全国を行脚しておられた時の「めっちゃ、おもろかったお笑い体験談」を『醒睡笑(セイスイショウ)』という全八巻の本にまとめ上げ出版された所に惹かれたのだ。(戦国時代にも、〔お笑いネタ〕が一杯あったのね!・・いや、時代があまりにも悲惨だったので、皆を笑わして慰めようとされたのか・・?)
今、この〔策伝さん〕の『落語ネタ本:醒睡笑』を紙芝居化しようと思っていて、ずっと練っているだが、その為には、やはり〔策伝さん〕の故郷を見ておきたかったのである。
僕はこの誰もいない、《浄音寺》で合掌し、念仏して、〔策伝さん〕に語りかけた。
「策伝さん、あなたは、こののどかな田園風景の中で、ご自分が経験されたおもろい、オチのある話を、たくさん思い出し、そして書き溜めていたんですね。・・さぞかし、夜中、布団の中でも、一人思い出し笑いを、一杯されたことでしょう。 はっきり言って、あなたはお坊さんとして『変』です!・・でも大好きです。憧れます。 そんな「変テコ」な本を書き残そうとされたところが・・。あなたがいなければ、おそらく今の『落語』は無かったでしょう。いや或いは、違う形となっていたでしょう。 僕もあなたの足元にも及びませんが、おもろい話や、自分が感動した話を精一杯「紙芝居」やブログに書いて、発表したいと思っています!・・だから、キレのあるお笑い『仏教法話』ネタが、今後一杯思いつくことができますように、お浄土からどうかお力をお貸し下さい。たのんまっさ!」と。 合掌
お寺の出前、岐阜へゆく!

昨日から、一泊で「岐阜県・岐阜市」にある『本願寺岐阜別院』に行って来た。
その用事は、〔黎明(レイメイ)講座〕という〔五日間連続で、朝の6時からやる講演会〕の一日目に、お話に行かせて頂くのがその目的だった。
僕は移動する時間をなるべく短縮させようと、車を運転して行ったのだが、それでも三時間半は掛かった。(途中何度も休憩したが、結果的に腰が痛くなった)
『岐阜別院』というのは、岐阜市の中心街にある大きなお寺であった。
お寺自体も古い作りで、まるで昔の芝居小屋のようで、椅子席を畳の席で囲むような作りになっていて、「まるで、昔のお芝居小屋でお話させて頂いているような気分です」と言ったら、聴聞に来られているお客さんには受けたが、向こうの職員さんは苦笑された。
こんな朝早くから、講座に来られる方があるのかなと思っていたが、天候が悪いにも関わらず、100名程の方がお参りに来られていてびっくりした。(熱心やね)
最後に職員の方が、皆さんに〔スタンプカード〕らしきものを配っていて、その説明をされていた。
「五日間、連続で来られてこのスタンプがすべて埋まった方には、記念品が出ますよー」と。
僕は終ってから、「それって、昔の小学校でやってた朝のラジオ体操の出欠カードみたいなもんですね」と言ったら、又、苦笑された。
しょうもない事を二回も言ったので、もう二度と呼んでもらえないかもしれない・・。(笑い、・・そして合掌)
『ゆうせいデイサービス』への出前
先ほど、富田林市にある『尾崎クリニック(写真)』の裏に併設する『ゆうせいデイサービスセンター』へお寺の出前に行って来た。
今日は、お昼から大阪市内で、お葬式のボランティアが入った為、こちらには間に合わないかもしれんと思って心配したが、高速道路を飛ばしたので、ギリギリ間に合った。(ほっとした。)
こちらは初めて行かせてもらったデイサービスで、とにかく初めての所は、こっちも緊張するが、向こうさんも同じく緊張される。
又、僕はお葬式を執行してきたトコだったので、声が嗄れてうまく呂律が回らず往生した。
が、紙芝居も終って、『質問コーナー』に移ったら、「どこから来たのか?、何という寺か?、名前は何というのか?」とか、質問され、ちょっとは僕に興味を持ってもらえたかと少し安心はした。
僕の目の前を何度も、何度も、何度も、何度も、行ったり来たり通り過ぎ、トイレに行かれる男性の姿に気は散ったが、さすがに、何度も何度もが続くと、最後は「どうぞー」とか「お帰りー」とか言って、本来のおチャラかな僕の姿が出てしまい、自分で自分がおかしくなった。
でも、この男姓、体操をしたり、僕が話をしたりしている時だけは、じっと座っておられたなぁ。つまり、「紙芝居」には関心がなかったということか~。
盂蘭盆(ウラボン)は、裏盆ではありません!
昨日、お参りに行かせて頂いた檀家さん宅での会話・・。
「住職さん、関東では7月15日に〔お盆法要〕をやりまんねんなぁ~。関西よりも一ヶ月早い! だから関東での〔お盆〕は『表(オモテ)盆』。だから、関西では『裏盆』っていいまんねんなぁ」と、お家の方に言われた。
僕は「ちょっと、違いますわ~。(本当は全部違うが・・〔笑〕)」と、遠慮がちに答えた。
「その〔裏〕と違うんです。・・〔盂蘭〕と漢字で書くのですわ」と、(自分もしっかり書けないので)畳にちゃっちゃっと書くまねをした。
「そぉ、なんですか!知らんかった。・・でも、それってどういう意味なのですか?」と、聞かれたので、(いいんじゃないか!それって僕の得意分野の話や!さぁ、「紙芝居」の持ちネタから、じっくり説明するぞー!)と、僕ははりきって、「お盆の由来」のお話をさせて頂こうとすると、・・その時、お孫さんが習い事に行く為、「おじいちゃん、おばあちゃん、車で送ってー」と部屋に入って来た為、話自体が中途半端なままで、ご家族さんは僕を一人取り残したまま、去って行かれた。
後に残った僕は、消化不良のまま、すごすごと家を後にすることになる。
僕は誓った!「このモヤモヤ感は、あっちこっちの家で、今日は(話を聞きたくない人にも)この話題を語り続けてやる!」と。
そして僕は雨の中、泣く泣く自転車で飛び出して行ったのであった。
(もし、これを読んで「お盆の由来」の話を知りたいと思われた方は、僕のホームページの《出前メニュー》「仏教もの1」から、探して勝手に読んで下さい。・・へんっだ!)
その場しのぎの住職・・・喜ぶ声が聞きたくて
ここんとこ連日、8月の「お盆参り」の予約、プラス「紙芝居法話」の予約を、電話でお聴きし、お受けしている。
『ご依頼される方の、喜ぶお声が聞きたくて・・・、あぁ、ただそれだけで、それだけで・・、』
「ハイ、解りました。その時間にお参りに行かせて頂きます」、
「ハイ、承知しました。『紙芝居法話』ですね。喜んで!」と、
よ~く、自分のスケジュール帳とカレンダーも確認せずに受けるので、
「『あっ!』と、同じ時間に二つ入れてしもうた。ダブルブッキングや!すぐに謝りの電話を入れんとあかん!」、と手帳を見ながら半分泣き顔で、「すみません、すみません、すみません、すでにその時間は詰まっておりました。予定を変えて頂けませんでしょうか?すみません、すみません・・」と謝り続けている。
ああっ、なんと僕はその場しのぎで生きてるんやろ・・。
気が弱く、エエかっこしいな自分が情けない。・・そして愛しい。
「人の喜ぶ声を聞いて、快感を覚えるには、どうやらまだ修行が足りないようだ。特に頭の修行が・・・。」
もったいのぉ、ございます・・
今日も南大阪(河内地方)は暑い!
お参りに行かせて頂いても、「扇風機では、ロウソクが消えまっさかい、団扇で後ろから、扇がせて頂きます」とおばあちゃんに言われ、今日も読経中、ずっと扇いで下さった。
「もったいのぉ、ございます!」そんなんして頂いたら、かえって気を使い、(早く終らせようと)読経スピードが上がり、読経が雑になります!
「私なんぞ、ほっておいて下さい。読経が終わり、頂くものを頂いたら、さっと帰りますので・・・。はい、帰ってクーラーに張り付きますので。」
「・・それと、読経中に話しかけるのは、どうか止めてください。中断したら、どこを読んでいたのか、わからんようになりますので・・。はい、私は麦茶で結構でございます。ウーロン茶か麦茶かで悩みはいたしません。 熱いのもOK!冷たいのもOKでございますよ!」
住職からの感謝とお願いでした。



