今日、近々行う「報恩講法要」の為のお寺の大掃除を実施した。
コロナ禍で三年振りの大掃除。
檀家さまが来て下さり、窓拭きや畳み拭き、そして仏具磨きなどして頂いた。
皆様、ご苦労様でした。お寺の中がピッカピカになりました。合掌
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報恩講法要の為の大掃除
富田林観光ボランティア『とんだばやし観光会』メンバー来院
本日、富田林観光ボランティア『とんだばやし観光会』の会員様が観念寺にお出でになった。
メンバーは(写真右から)林様、吉田様、平方様の三名。
先日、僕が作った紙芝居『二人の甚兵衛』の中の主人公のひとり[加賀屋甚兵衛]さんの貴重な資料を持って来てくださったのだ。
それはソレはレアものの資料で、これをもっと早く知っとけば、もっと紙芝居作りは楽だったのになと思った。
又、お三人の地元歴史知識の豊富な事、豊富な事。マニアックなインテリ層で熱い方々だ!
もっと時間があれば、おそらく深夜までお話していただろう‥と思う。(笑)
又、きっとどこかで出会う事になるでしょう。ご縁に感謝です。・・本当にありがとうございました。合掌
世界かんがい施設遺産『寺ヶ池・寺ヶ池水路』講演会
ホームページ『CREATORS』で取り上げてもらいました
ホームページ『CREATORS』に、現在公開中の『郷土の人々紙芝居画展』の模様を取り上げて頂いています。
・・観に来ていただいたのですね。
嬉しい事です。ありがとうございました。合掌
下のサイトでご紹介いただきました。
豪商『加賀屋甚兵衛』の紙芝居取材~『二人の甚兵衛』プロローグ

(大和川河口近く)
まもなく完成する紙芝居「二人の甚兵衛、中甚兵衛と加賀屋甚兵衛」の最後の取材に、加賀屋甚兵衛所縁の地、加賀屋新田会所跡(大阪市住之江区)に行って来た。(今回で二度目)
(加賀屋新田会所跡)
以前、大和川の流れを変えた男・中甚兵衛の紙芝居(紙芝居メニュー127)を作った時から、ずっと胸につかえがあった。
それは、中甚兵衛が大阪の洪水被害を無くす為と「新大和川」を完成させたが、川の河口に土砂が思ったより多く流出し、その結果、返って河口側の人々の生活に迷惑を掛け恨まれる原因の一つとなったからだ。
それをそこに「新田」を多く作る事によって、人々が生きる糧となる場に生まれかえらせ、問題を解決させた一人が、僕は(結果的に豪商になった)加賀屋甚兵衛だと思うのだ。
(加賀屋新田会所屋敷)
それで、どうしても加賀屋甚兵衛の紙芝居を作り、中甚兵衛の苦しさを和らげたかった。
そして、自分の気持ちも楽にしたかった。
それが、この名前だけが同じで縁もゆかりもない『二人の甚兵衛』の紙芝居の主題だ。
(甚兵衛が作った高砂神社)
又、加賀屋甚兵衛のいつまでも故郷を思う気持ちや、信仰心の熱さも入れたかった。結果的に甚兵衛は、故郷の神社から分魂を貰い二つも神社を、新田会所近くに作っている。
(初代加賀屋甚兵衛の墓)
思ったよりも小さかった一族の中の初代甚兵衛のお墓が近くにあった。
この紙芝居を作らせて頂いたことのお礼の挨拶を最後にして来ました。
又、住之江区の町ガイドボランティアの皆さんには、甚兵衛さんの肖像画を見せて頂き大変お世話になりました。深く感謝致します。
それでは、もうまもなくブログでアップします。
宗教月刊冊子『地域寺院』に掲載されました
宗教新聞「中外日報」に載りました

宗教新聞『中外日報』のニュースコーナーに、先日の「旧河澄家」にての公演模様を載せて頂きました。
ホームページ『富田林百景』に載せて頂きました
先日の紙芝居公演会の模様を、ホームページ『富田林百景』に載せて頂きました。ありがとうございました。
パソコンからは、『富田林百景 ご住職の紙芝居〜旧河澄家住宅』で検索してみてください。
このホームページほ、内容が深く面白いですよ。
紙芝居「新・中将姫(ちゅうじょひめ)」の取材!
今作っている「二人の甚兵衛、中甚兵衛と加賀屋甚兵衛」という紙芝居が一段落したので、新しい紙芝居の企画に入っている。
その為、先日『奈良国立博物館』へ「中将姫と当麻曼荼羅展」を観に行って来た。
すでに、所縁のある当麻寺や中将姫のお墓参りは何度も済ませている。
・・で、あとは絵を描く段階だけなのだが、ここにきてストーリーを少しアレンジして、「新」という字を入れ「新・中将姫」として、外国の「白雪姫」の物語とリンクしたお話しにしたいと(とぼけた事を)考えている。・・似てるのですよ、この二つのお話。
もうすぐ(この何年も前から頼まれていた)この紙芝居を描き始めます!











