住職のつぼやき[管理用]

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エエ話、ワルい話・・

 「私、〔エエ話〕と〔悪い話〕の二つを、今日持って来ましてん。・・聞いてもらえますか?」と、最近、檀家さん宅へお参りの度に、(読経後、)お茶をよばれながら話している。
 『聞かなしゃあない』ような雰囲気で僕はしゃべる為、檀家さんは哀れんで聞いて下さる。
 「・・で、最初は悪い話。うちの番犬が亡くなりましてん」と、一部始終、犬が倒れてから死ぬまでの話をして、その後、
「今度は、エエ話。・・テレビ局が、先日取材に来ましてん。こんど僕、テレビに映りまんねん」と話す。
 こすい僕は、その両極端な二つの話をしながら、檀家さんの顔色の変化を見ている。
 悪い話には、「犬は人間よりも寿命が短いですからねぇ」と、悲しそうに相づちを打ち、慰めて下さり、
 良い話には「今から放送日を楽しみに待ってまっせ」と、カレンダーに〇をつけて喜んでくださる。
 ほんまに、仏教教義に関係のない、他愛もない話なのだが、このこちらから発信する小さな〔話題〕が、檀家さんと僕の距離を又一つ縮めてくれているような気がする。
 難しい話よりも、みんなが共感できるような話題(感情が揺さぶられるような話)を、これからも見つけ、発信してゆきたいと思う。

「坊サンタ」からの贈り物

ファイル 616-1.jpg(法話会は合掌から始まる)
 昨日は、今年最後の「特養老人ホーム白寿苑」での『法話会』の日。
 いつものように〔合掌〕で始まり、『紙芝居』をする。(ちなみに昨日の演目はO・ヘンリー作の「賢者の贈り物」を、無理やり日本に置き換えた紙芝居をした)
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 その後、僕は「坊さん」から「サンタ」に変身。
 名を「坊サンタ」という。(ここ、今回唯一の『笑う』トコです)
 そして、友人から頂いたプレゼント用の大きなソックスに、『百きん』で買った〔数珠〕やら〔肩たたき〕などを入れ、プレゼント。
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 これは、(毎年)一年に一回の僕から皆さんへの『歳末感謝祭』のつもりである。・・本当は、もっと良い品をプレゼントしたいのだが、予算の都合上しかたがない・・すんません。
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 「住職さん、この〔数珠〕、男モノやで。女モノに代えてぇな」とか、「住職さん、職員さんにもあげてぇな」とか言われながら、汗を掻いて配りまくった。
 でも、皆さんの子供のような嬉しそうなお顔を拝見してると、こちらの方が、とてもステキなプレゼントを頂いたような幸せな気持ちになる。
 「このプレゼントにもろた〔数珠〕持って、来月も『法話会』に参らせてもらいます。」とか言われたら、『さすがお年寄り、人をおだてんのん、うまいなぁ』と思ってしまう。
 白寿苑の皆さん、来年も又、よろしくお願い致します。アーメン、じゃなくて合掌。

「宮本酒店」、在りし日の写真

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(写真)は、在りし日の『宮本酒店』である。
 昔むかしの写真である。(30年ぐらい前か・・?)
 僕は、ここで生れ育った。
ファイル 615-2.jpg(懐かしい店内)
 先日のテレビ局の取材で、「昔の家の写真を見せて欲しい」との依頼で、母親が大事にしまっていた写真をアルバムから取り出して来てもらった。
 僕の家は、大阪市内の〔城東区中浜〕という所で、商店街の中にあり、賑やかなところであった。
 僕は長男なので、この酒屋を継ぐものだと、小さい頃から薄々思っていた。
 ・・が、今はご縁あって、南河内の寺の住職である。
 この酒屋も、今はもう閉めて無い。
 人間の運命は、ほんと解らないものである。
 テレビ放映では、カットされるかもしれないので、今回アップする事にした。

ポッキーの死

 本日、午後二時五分、番犬ポッキーが死んだ。
 十三年の命であった。
 僕ら家族が、町からこちらの〔寺〕に引っ越して来て、捨て犬ポッキーはすぐにやって来た。(慣れない田舎生活の寂しさから、息子が飼いたいと言いだしたので・・。)
 だから、こちらでの生活はずっと一緒だった。
 最後は僕が看取った。
 体が震え、そして硬直し、少し暴れて、ポッキーは死んだ。
 眼を見開き、荒い呼吸をするのは、父の臨終前の姿と同じだった。 人も犬も死にゆく姿は、とても似ていると思った。
 見ていて肩に力が入った。
 先ほど、息子と一緒にお線香を焚いて読経した。
 ダンボールに入れて、お花を一杯飾ってやった。
 しばらく、悲しみが続くだろう。
 明日、役場に持っていって、手続きし焼いてもらう。合掌

ポッキーの介護

 今週の初め、我が家の番犬〔ポッキー〕(柴犬:13歳)が、突然倒れた。
 動物病院で診てもらったら、〔肝臓ガン〕とのことで、「高齢で手術は不可能。肝臓が肥大し胃を圧迫している為、何も食べれず衰弱死するだろう」との宣告。
 点滴だけしてもらい、家に帰る。
 犬も13年一緒に居ると、家族のようであり、可哀想でたまらない。
 もうすでに、水も飲めなくなってきていてフラフラであるが、扉を開けると、なんとか外へ出ようとする。
 抱いて外へ出してやると、座り直してオシッコをする。
 〔給水シート〕を引いているので、「頑張って外でしなくて良いから、そこでオシッコをしなさい」と言っても、やはり外へ出ようとする。
 やはり、自分のテリトリーを汚したくない本能が働くのだろう。
 手のひらに、蜂蜜に薬を混ぜて、舐めさせようとしても、顔を背ける。
 ・・残念だが、もうおそらく、そんなに長くないだろう。
 なるべく、付いていて最後を看取ってやりたいと思う。
 

 
 

法雲寺さまの『定例法座』への出前

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 昨日、地元での『お葬式』終了後、(車を飛ばし、)豊中の『法雲寺』さまの〔定例法座〕へ、「紙芝居法話」に行かせて頂いた。
 ここのお寺は、まったくもって変わっている。(噂には聞いていたが・・)
 敷地に入った時、思わず笑てもた。(失礼!)
 それは、お寺の敷地内が、コンクリートの〔スポーツ公園〕になっていて、大きなバスケットコートがあるのだ。・・しかも、地元の若者たちに、地域振興と青少年育成の為にと〔無料〕で場を提供しているらしい。(公園の写真を撮り忘れたのが残念!・・笑て撮るの忘れたわ)
 僕が敷地に入った時も、中高生たちがバスケを(遠慮もせずに、賑やかに、楽しそうに)やっていた。
 この形にされたのは、ここのお寺の前住職さんだそうで、お寺の敷地を、庭園っぽくするより、地元の若者たちの為に、何か役立てた方が良いと考案され、『スポーツ公園』にされたそうだ。(翔んだ人だ)
 又、ここは、スポーツ公園としての形だけでなく、〔フリーマーケット〕も臨時に開催されるらしい。
 又、現住職も、それに輪を掛けたような変わった人で(失礼!)、お寺内で、『アマチュア落語家のトーナメント大会』も開いているらしい。(なんちゅう寺や・・、うらやましいわい。これからのお寺はこうでなくちゃあいかんと思う。)
 まぁ、前置きが長くなりすぎたので、こちらの法座の感想は、簡単に述べさせてもらうと、
・・いろいろごちゃごちゃ、あれこれ、やんややんやと、お寺を使って様々なイベントを行っておられるので、檀家さんとお寺さんとの関係がひじょうに密接(ファミリー的)になっているなと感じた。(話しやすいというか、ノリが良いというか、何かの時には『ガッテンでぃ!』と腕まくりし、すぐ『いざ、鎌倉!』とばかり、お寺に飛んで来て、助けてくれそうな感じがした)
 二代に渡るイベント住職さま方、あのバスケで遊ぶ若者たちは、やがて近未来、ご住職さんの右腕、左腕、中腕(・・どこや?)になって、きっと寺院活性のために活躍してくれるに違いないと思いますよ!・・うらやましい次第です。合掌
 尚、この時の模様は、法雲寺さまのホームページ『イベント坊主に喝!』、下記にてアップです。
 (http://blog.zaq.ne.jp/hounjisportspark/article/569/

CBCテレビの〔取材〕が、やって来た!

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 昨日、CBCテレビ(TBS系列局)が、名古屋から『お寺の出前』の取材にやって来られた。
 これは、毎週(金曜日)午後1時50分から、TBS系列(大阪は〔毎日放送〕)で放送されている、
『ごごネタ!キラキラテレビ』という、ミニミニ・ドキュメンタリー番組の取材の為である。
 そして、僕が出演する予定日は、来年の1月14日(金曜日)午後1時50分である。(・・見逃されても、CBCのホームページから見れるそうです。)
 まぁ、取材を受けた感想だが、『わずか5分の番組に、これほどの時間と労力を費やさねばならないのか?!』と、疲れるとともに、デレクターの凄い情熱に驚かされた。
 なんせ、朝の9時から夕方の5時頃まで、ずっとカメラが回りっぱなしなのである。(お寺、紙芝居を書いてるトコ、昔の紙芝居、施設での法話会、移動しながらカメラは回り続けていた)
 ・・これをどうやって、編集されるんやろう?
 僕は客観的にデレクターを見てて、これは『5分間のファイター』やと思った。
 「昔の家の写真や、家族の写真はありますか?」とか、「それは、何年前の話ですか?」とか、まるで、検事の取調べのように(厳しくは無いのだが、)デレクターは聞いてこられる。
 一つの番組を作るという事は、(時間の長さに関係なく、)いかに難しいものなのかという事がよーく解った。
 「なぜ、そんなに撮り続けるのですか?」と僕が聞くと、
デレクターは、「たくさん撮ったフィルムの中から、ピッピッと自分の中で閃き、『これだ!』というものを生み出す為に、テープを回すのです」と、いうような事をおっしゃられた。
 ・・さぁ、半日掛けて撮った膨大なフィルムの編集は、カットされカットされ、編集され、またまたカットされ編集され、最終的にいかなるモノに成るのだろうか・・?
 お手並み拝見とともに、今から放送日が楽しみである。
 
 
 

DJブースからの「紙芝居法話」

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 昨日の夕方、ライブハウスに到着するなり、「今日は、ステージ横の『DJブース(写真)』から、紙芝居をお願いします。」と『往生極楽チャリティーライブ』の司会者から言われたので、しばらく呆然とした。
ファイル 610-2.jpg(ライブハウスpx9cafe)
 毎年のことながら、ここへの『お寺の出前』は、驚かされる。
 これも毎年のことながら、僕の役目は、バンドとバンドとの間の交代時間の『つなぎ法話』である。
 音楽を楽しみに来ておられる方には、退屈きわまりない僕の『法話タイム』かもしれないが、主催者から「仏教の話を若者たちに頼む」と言われたので、毎回しかたなくやっている。・・うそである。本当は僕も楽しんでやっている。だって、お寺の中の雰囲気とは180度違うのだから・・。 
ファイル 610-3.jpg(ライブ風景)
 でも、毎回思うが、この短い時間を使っての(コントのような)『法話』は本当に難しい。(みんな携帯電話を掛けたり、煙草・お酒・トイレに忙しいのだから・・。)
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(僕のまん前では、おでんが売られてます。・・ちょっと気になりましたが、客観的に見てたらおもろかったです。)
 おそらく、こんな奇妙な経験(ライブハウスで、バンドのつなぎで、紙芝居を使っての法話)を、毎年させて頂いている僧侶は、日本では僕だけだろう・・と思う。・・おそらく。(必要なのは勇気とノリだけです。・・でも、僕の法話を聞いてくれてない人達に、僕は心の中で叫んでいたんですよ。『俺の法話を聞け~、二分だけでもイイ~』・・と。
 これは、僕にとっての毎年の修行である。(笑い・・合掌)

表の顔、裏の顔、・・いや、闇の顔

 テレビでは、歌舞伎役者〔市〇海老蔵〕氏の受けた暴力事件で、毎日やんややんやと、報道されている。
 マスコミの今の段階の報道では、はっきりとした事実はわからないが、これだけはいえる。
 彼には〔表の顔〕を保つ為に、相当な精神的プレッシャーがかかっていたのではなかろうか・・と。(宗教者も似たような処がある。・・少なくとも僕はそうだ。)
 これは、「本当の俺さまは、こんなんじゃない!俺さまは、もっとワイルド(悪)なのだ!」と、無意識で世間に知らせたかった事件だったのかもしれん。(結果的に。)
 ・・そら、そうやろと思う。
 なんせ、歌舞伎界を背負って立つプリンスやし、映画やテレビでも華やかに活躍していたのだから。
 あの若さで、看板を背負って生きることは、さぞかし大変であったろう。
 結婚したら、もっと楽になると思ったかもしれない。
 しかし、やはり、何も変わらなかったのだろう。
 だから、ズルをして、キャンセル騒動を起し、逃げたのかもしれん。
 たえず、彼の心の底から、救助信号が発せられていたのかもしれん。
 「本当の俺はこんなんじゃない!もっと、ずるい顔があるのだ!弱い裏の顔があるのだ!本当の俺をさらしてみたい。・・しかし、それはできん。俺はここから逃げ出すことはできんのだ。・・こんなに耐えて生きているんだ。だから、ちょっとぐらい酒癖が悪かったってかまわないだろう。我儘したって、許されるだろう。これは神様から頂いた俺さまの特権だ!・・そう、良い子とばっかり付き合って酒を飲んでる俺は、本当の俺じゃない。だけど、むなしい。・・誰かそんな俺をもっと誉めてくれ!・・いや、助けてくれ」と救援信号を発していたのかもしれない。
 考え過ぎかもしれんが、これって、誰の心にも起こる葛藤だと思う。
 〔表の顔〕の裏は、〔裏の顔〕ではない。自分の心の底に潜む〔闇の顔〕だと思う。
 当然、僕にも汚い〔闇の顔〕がある。
 ただ、僕には信仰という〔くもの糸〕がある。・・それだけが、助けである。
自分に闇があるから、光に憧れ、敬い、救いを求める。
 その(ホトケ様に見守られているという)光の信仰によって、僕はどうにか、バランスを(あやふやながら)保ち、生きているのである。

104歳のバースデー ~五回目のゆおびか~

 昨日、五回目の訪問となる〔グループホームゆおびか〕さんへ「お寺の出前」をさせていただいた。
 職員の詰城さんから、前もってこの日は、Hさんの104歳の誕生日だとお聞きしていたので、僕も(クリスマスが近いので)大きな(プレゼント用)靴下の中に〔数珠〕を入れてプレゼントさせて頂いた。(仏教とキリスト教のステキな出会いです〔ここ笑うトコです〕)
 Hさんは、しっかりしておられ、(このジョークがわかって下さったか?・・どうかはわからんが?)大変喜んで下さった。
 「特にこの齢になったら、急いでやらなあかん仕事がありませんから、忘れっぽうなってあきまへんわ・・」(そらそうやろ〔笑い〕)とか言いながら、微笑んでお話してくださった。
 そして、お誕生日の日もあってか、90歳になられるお友達もこの日訪ねて来られ、本当にHさんは終始、嬉しそうなお顔をなさっていた。
 最後は、職員さん手作りの〔牡丹餅〕にロウソクを104本、(うそである、・・4本たてて、つまり一本24本分のつもりで・・)立ててお祝いし、おいしそうによばれていた。
 「とても、ステキな誕生日会ができて良かったです。ありがとうございました。」と言われ、少々照れながら、僕は仕事に戻った。

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