毎月定例の「特養老人ホーム白寿苑」へ、『法話会』に行く時は、僕は(たいてい)高速道路を使って行っている。
それは、夕方の大阪市内の道路渋滞を避けるためである。(・・そう、『法話会』は夜にやっているので。毎度、夕方からお寺を出発するのです。)
しかし、昨日はそれでも遅刻した。
それは、阪神高速:松原線が、全面改修工事の為、閉鎖されてた事に気がつかなかった為である。
すでに(阪和自動車道)という違う〔高速道路〕に入っていた僕は、途中からいつものように(阪神高速)に分岐して入ろうと思っていたのだが、閉鎖の為、急遽、別の(近畿自動車道)に入り、途中で降りて一般道から向かおうと思った。
・・だが、これが又失敗で、大渋滞の為、その高速を途中で降りる事もできず、結局あっちゃこっちゃ回り、ほぼ、大阪市内を半周して、二時間半掛けてようやく目的地に着くことができた。(新幹線やったら、東京まで行けるやんけ!)
もちろん、途中で「白寿苑」には、電話を入れて遅刻しそうな旨を伝えたが、やっぱり30分間の法話会に対して、(20分ほど)遅刻してしまった。
「白寿苑」に着いたら、職員さんから「・・あぁ、そういえば、松原線閉鎖のことは、テレビで宣伝してましたねぇ」と云われた。
『わかってるんやったら、一本電話くれよ~』と(心の中で、)僕は訴えながら、法話会の準備を始めた。
そして、会も無事に終ってから、お寺に帰り、今日の事を妻に話したら、「・・あぁ、そういえば、松原線閉鎖のことは、新聞に書いてありましたねぇ」と言いよった。
今度は口に出して、「わかってたんやったら、出発前に言ってくれよ~」と、僕は言った。
妻は「あぁ、今度からそうします」とだけ、言いよった。
・・まぁ、気がつかんかった僕がアホでした。(紙芝居を作るのに夢中になっている時は、テレビも新聞も上の空なのです。)
又、人は自分に直接関係ないことには、無感心なもんなんやと改めて思ったのだった。
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「阪神高速:松原線、通れません!」
『羽曳野市白鳥校区福祉委員会』への出前、長いなこの題名の巻
(白鳥〔ハクチョウ〕会館)
大阪府羽曳野(はびきの)市に〔白鳥陵〕という古墳がある。
そこが、日本史の英雄〔ヤマトタケル〕が死後、白鳥に変身して降り立った場(お墓)と云われている。
そのすぐ側にあるのが、今日の出前場所〔白鳥会館〕である。
この会館は、英雄の故郷にふさわしく、ひとりの町民の遺産・寄付によって建ったらしい。凄い!
(司会:藤澤元子様)
さて、こちらへは今回が〔二度目〕の出前で、町の高齢者の方、対象の(お食事付き)講演会である。
僕もそのお食事のお相伴に預かったが、結構デラックスなお弁当で、お腹が一杯になった。(食事の後の講演会だったので、みんな眠らないかと、ちょっと心配でもあった・・。又、僕も頭が眠らないかと、それもちょっと心配であった。まぁ、眠って居られた方は二名ほどであった。僕の見る限り・・。)
さてさて、この会の司会は、前回に引き続き、地元の町民〔藤澤元子(写真)〕さまがして下さった。(やる前から、めちゃめちゃ誉めはるので、恐縮した・・。ホンマ、恐れ、縮まった。眠ってられへん・・)
(僕)
そんなこんなで、緊張感もあり、三本『紙芝居』を持って行ったのだが、自己紹介に尾ひれ羽ひれが付き、気がついたら、全体の半分近くの時間を費やしおしゃべりしてしまった。
その後、おトイレに行かれた方を待ってる間、『健口(こう)体操』などして時間を使っていたら、益々時間が無くなり、結局『紙芝居』をしたのが、残り10分ほどになってからだった。
時間配分のできない人間で、すんません。
(さて、皆さん)
でも、司会者の方や、他の皆さんからも、「今日の話はおもしろかった~。又、次回もお願いします。今回出来なかった紙芝居の分も含めて」と、言ってもらえて苦笑いしながらもホッとした。
羽曳野市福祉委員の皆様、拙い話で失礼しました。合掌
毎年恒例!今年の『報恩講』のハプニング
昨日、自坊「観念寺」の『報恩講法要』が、無事に終った。
毎年のことだが、この法要が終ったら、一ぺんに緊張感が解ける。(今はもう、へにゃへにゃ状態である)
この法要は、準備からまず大変で、まず『準備委員等』で〔会議〕をし、役割分担(受付や買い物係)を決め、その後、一週間のち皆で〔大掃除〕。(今年も晴れてくれて助かった!窓と庭と仏具がピカピカになった。)
そして、前日のお供物(御餅や果物)のお供え。(又、今年は、この日に大きな『お葬式』が入り、又、近隣寺院の「報恩講」への出勤もあり、頭と体がパニクッた。・・チオビタ二本飲んだで!)
そして、ようやく当日を向かえ、午前中に〔幕張〕をして、買い物等の支払いを済ませ、午後からの本番を迎える。(・・書いててもしんどいわ。〔笑い〕)
法要前は、どどどっと、どっどっどっと(注意:ここは宮沢賢治風に読む所)、一辺に一緒にお勤めして下さる近隣寺院の御住職方が来られる。
そして、赤飯をお供えし、お線香と赤ロウソクに火を入れて、ようやく《昼の部》の『法要』が始まるのだ。
・・さて、毎年恒例の今年のハプニング〔大騒ぎ〕であるが、僕が和ロウソクに火を付けて、法衣に着替えようと一度部屋に戻った所、その頃、本堂では和ロウソクの炎が、異常に燃え上がっていたようで、「院主さん、たいへんや、ロウソクの炎が異常に燃え上がっとる!仏花に火がつきそうや!火事になるで!」と、檀家さんが飛び込んで来られた。
「そいつわぁ、えらいこっちゃ!行くぜ、ハチ公!・・ガッテンでい、親分!」と、独り芝居をしながら、穿きかけのハカマを又ぬいで、本堂に飛んでゆき、無事、炎を消し止め、新しいロウソクに代えた。(もうちょっとで、火災報知機が鳴るとこやったで!)
・・まぁ、そんなこんなで、色々あったが、賑やかに今年もお勤めができ、たくさんの参拝者の方がお参り下さって、うれしかった。・・後は早く来い来い、お正月!(もう、しんどいわ!)
めでたし、めでたし。合掌
甦ってくる〔記憶〕!
先日の、〔特養老人ホームあんり〕での『お話会』でのこと。
この日、僕は苑内フロアーで、『地獄のはなし』という紙芝居をした。
その紙芝居の中で、一体の〔お地蔵さま〕が登場する場面がある。
それを見られた一人の(おそらく認知症の)お婆ちゃんが、僕に言われた。
「・・こんな話するのは初めてやけど、私は小さい時、体が弱かったんです。それで、お地蔵さんを一体作ってもろたら、この94歳まで元気でおれたんです。ありがたいことです。」と云われた。
それを聞いて僕も、「へぇー、それは良かったですね」と答えた。
しばらくすると、このお婆ちゃんが、もう一度、
「・・こんな話するのは初めてやけど、私は小さい時、体が弱かったんです。それで、(父親が、○○という拝み屋さんの所へ行って、『お地蔵さんを作れ』という神様からのお告げを聞いて)それで、お地蔵さんを一体作ってもろたら、この94歳まで元気でおれたんです。ありがたいことです。」と、ちょっと話を付け加えられ、お話された。
僕も「へぇー、それは良かったですね。(ありがたいことですね)」とちょっと付け加えて答えた。
その時、おやつが出て来て、一緒に食べ始めると、先ほどのお婆ちゃんが、
「・・こんな話するのは初めてやけど、私は小さい時、体が弱かったんです。それで父親が、○○という拝み屋さんの所へ行って、『お地蔵さんを一体作れ』という神様からのお告げを聞いて、それで(○○地蔵という名の)お地蔵さんを一体(玉造(地名か?)の実家の庭に)作ってもろたら、(いつも近所の子ども達が、たくさん集まって来てくれて、そのお地蔵さんを大切にしてくれたんですよ。)それで、この94歳まで元気でおれたんです。ありがたいことです。」と、さらに話が付け加えられ、だんだんと詳しくなってゆく。
僕も「へぇー、それは良かったですね。ありがたいことです。(不思議な話ですね)」と付け加えて答えた。
そして、おやつも終わり、お皿が片付けられひと段落した頃、先ほどのお婆ちゃんが、
「・・こんな話をするのは初めてやけど・・、」と、さらに詳しく内容はさらに鮮明になり増えていった。(いつまでも終われないので、この辺でやめとくが・・、〔笑い〕)
僕は思った。『喋れば喋るほど、記憶って甦って来るのかもしれん!・・じっくり話を聞いてあげることは、絶対、脳に良いなのだ!』と。
そして、これからも『初めてする』と主張する話を、何度も『初めて聞きますわ!』という風に驚き、時間の許す限り、エンドレスで聞かせてもらい、楽しい時間を共有するぞと誓ったのであった。
本来、僕はこうゆうのが好きなんです!
「人の世を 想ひ起こせし 観念寺」
『人の世を 想ひ起せし 観念寺』
上の一句は、昨日、檀家のお爺ちゃんから、頂いたものである。(季語は不明?)
この俳句は、頂いた『お布施』の裏面に書かれてあって、そこのお爺ちゃんから僕に、「こんな一句を作ったので、お布施と一緒に差し上げます」と言って、手渡されたのだ。(なぜ、お布施の裏面なのかは解らない??・・まぁ、良い)
このお爺ちゃんは、息子さん夫婦と同居している。・・が、昼間は室内犬と二人ぼっち(?)。
時々、寂しくなってお寺に遊びに来られるのだ。
そんな時、べちゃべちゃと世間話して、僕とおしゃべりをする。
それが、凄く楽しいらしい。
『自分は、まだ〔人の世〕の中で、生きている』という実感を持たれるらしいのだ。
だから、このような句を作って、『感謝の意』を表して下さったらしい・・のだ。
・・けど、やっぱり、なんで『お布施』の袋に書かれたのやろ?
意味ワカランわ!?・・ちなみに〔中身〕に感謝の意は・・??(笑い)
善秀寺さまの〔報恩講〕の控えの間で・・
昨日、近隣寺院の『善秀寺』さまで、今年の〔報恩講〕法要が勤められた。
僕は、今年も(見習い)講師として『紙芝居法話』(今年は「地獄・極楽」の紙芝居をさせて頂いた)に行かせて頂いた。
ちなみに、〔報恩講〕というのは、浄土真宗・宗祖:親鸞聖人の御命日法要(早口言葉のようである・・)で、私達の宗派では、一年で一番、厳粛かつ荘厳な(つまり緊張する)法要なので、お寺関係者は、準備から接待からピリピリして、そら大変なのである。
僕も、そのへんの事はよく解っているので、なるべく、そこのお寺のお邪魔にならんように、部屋のすみっこで、こっそり控えるようにしている・・つもりだ。
しかし、本来ガサツな性格なので、ついごそごそ、手遊びをしたり、部屋を歩き回ったりしてしまう。(ホンマ、我慢の足りん性格で、すんません!)
・・たとえば、(今は懐かしい)テレビデオの(ビデオ挿入口に)手をつっこんでみたりして、手がちょっと抜けんようになってちょっと焦ったり、お茶菓子に出して頂いた、(お取り寄せ、されたらしい)『バター入りみかさ』が、ホンマに〔バター〕が塗ってあるのか開いて確認して、手が餡子だらけになったりして焦ったり、(確かに塗ってありました)、ゴチャゴチャ一人遊びしまう。
まるでクルーゾー警部みたいだと苦笑しながら、一人時間を楽しく過ごしてしまうのだ。(ある意味、緊張感の裏返しで、じっとするのが耐えられないのかもしれない。)
まぁ、そんなこんなで、出番前の舞台裏ではこんな風に過ごしているのです。
常にまっすぐで、生真面目な御住職さん、そして、自分自身の意見を常にしっかり持っておられる坊守(奥さん)さん、そして、サポート熱心ゆえに、横でみていてコメディのような面白さがあった総代さん方(すんません)、お世話になりました。ホンマありがとうございました。 合掌
肩身の広い・・はなし
昨日、お参りに行かせて頂いた〔檀家さん〕宅での話。
読経が終ったのち、お家のご主人から、不思議な一言を頂いた。
「・・私、院主さんのおかげで、肩身が広いんですよ」と。
「えっ?・・『肩身が狭い』のではないのですね。」と僕。
「はい。私は会社を定年退職してから、家でじっとしてたらボケてくると思い、町のカルチャースクールに今、色々と顔を出してますねん。
そこでよく休憩時間に、お寺の話題なんか出た時、あちこちに「紙芝居」を持って出没する住職の話が出ますねん。『あぁっ、わしの村の〔老人会〕にも来てくれた』とか、『わしの孫の小学校にも話に来てくれた』とか、話が出ますねんで。
そんな時、私は『これは、宮本っさんの事やな』と思って、「それって宮本という住職さんですか?」と聞くと、「さぁー、名前までは知らん。・・けど、『観念寺』っていう念仏のお寺やそうや」って言われますねん。・・そこで、『やっぱり、そうや』と思った私は、「私、そこのお寺の檀家ですねんで。」と言うと、皆、「へぇ~!」と驚いてくれますねん。
ほんま、私、その時『肩身が広い』・・。」と、おっしゃってくださった。
僕はそれを聞いて、照れくさいような(不思議な)感じを受けながら、『こら、もう、悪いことでけへんなぁ・・。噂なんて、あっという間なんや』と、改めて思った。
・・・と同時に、『肩身が広い』って変な日本語!?と、アメフト選手の肩パットをそのご主人が着けてるイメージをして、一人笑ってしまった。
CDショップでの事
僕はよく、《街の匂い》を嗅ぎに〔CDショップ〕や〔本屋さん〕へ行く。
もちろん、新商品の発見と気晴らしの為もあるが、色々な買い物客たちの会話を聞いて楽しむ為・・もある。(印象に残ったセリフは『紙芝居』に使う)
昨日も夕方から、大型ショッピングモール内に或る〔CDショップ〕屋さんに行って来た。
これは、そこの店内での話。
僕が、映画のDVDをいろいろと見ていると、そこへ一組の若いカップル(20代後半ぐらいか?)がやって来た。
男の方が、女性に一言。
男「・・お前、ごちゃごちゃ言わんと、俺の選ぶ映画に決めろ!今まで、俺が選んでしょうもなかった映画は無かったやろ!俺の選ぶ映画は絶対おもろいねんから。間違いないんじゃ」と。
それを聞いて、小さな声で女性が反論。
女「・・でも、前に見た○○は、面白くなかったよ」と。
それを聞いて、あわてて男性は、
男「何言うてんねん!あほんだら。あの映画の面白さがお前にはわからんのか。ほんまにお前は芸術がわからんやっちゃなぁ・・」と、ずっと声の大きさで勝とうとしている。
女性は話題を代えて、一言。
女「私、今、上映されてる○○が見たいわ~。面白そうやん」
男「あんな映画のどこが面白そうやねん。・・エエから、俺の選ぶ映画にしろ!俺の選ぶ映画に間違いないねんから」とあくまでも力で押している。
女性は、『もう負けた』というより、自分の人格への攻撃が寂しく、(或いは腹立たしく)思ったのか、一人で別のコーナーに行ってしまった。
男性はそれを追いかけ、(僕も追いかけ、)「待たんかい!・・俺の選ぶことに間違いはないんじゃ・・」と、(すでに映画を選ぶ領域を超えているように)追っていった。
女性は、もう一言も発しない。
男性は、「なんでお前には、わからんのかなぁ・・」とトーンダウンしながら、ブツブツ言うと、女性はそれを無視して、店を出て行き、男性もその後を追って出ていった。
まぁ、これだけの話であるが、僕はこれを見て二つの事を悟った。
ひとつは、『このカップルは、長続きせえへんやろな。(男と女の感性の違いを早く悟らな、威圧外交では《男と女の関係》は、成り立たんで)』と。
もう一つは、「男と女の感性のすり合わせは、自分を捨ててこそ成り立つ。だから、常に(狸と狐に、いや違う)仏の境地に徹する事だ」と。
僕は、この去ってゆくカップルを上目でチラッと見ながら、涅槃の境地に入ったのであった。(笑い)
血の通った話
今日、嬉しかった話をひとつ・・。
先ほど、お参りに行かせて頂いたおうちでの事。
そのお家の〔親戚の方(女性)〕が来て居られ、帰り際にこうおっしゃて下さった。
「・・たまにしかココ〔本家〕に来ませんが、私等の娘も含めて、住職さんのファンなんですよ。 途中で寝てしまいそうになる読経も、住職さんが帰りに〔紙芝居〕や〔法話〕をして下さるから、それを楽しみに起きているんです。(笑い)
住職さんの話は、血が通っています。
紙芝居も、血が通っています。
我々に、仏教の話を噛み砕いてお話してくださいます。
先日のお葬式の時の〔通夜の法話〕も、次の日も私等、従業員たちも含めて『何かホッとした話やったね。良かったね。』と話し合ってたんですよ。・・娘たちの為にも、これからも、良い話を頼みます。」と言われた。
これ以上の誉め言葉はない。
色々な事があって、ヘコンでいた僕は、この言葉でルンルンと救われた。
だから、「次回の『ご法事』の時は、《新作紙芝居》を持って寄せてもらいますわね!」と僕が言ったら、「旧作でも良いですよ」と言われて、笑いながらお家を後にした。
回る!霊柩車
おととい、2年ぶりにお寺で「お葬式」を執り行った。(今は、〔葬儀会館〕を使用される方がほとんどなので・・)
それで、〔お葬式〕が終った後、霊柩車・ハイヤー・マイクロバス等は、近くの(約10分ぐらいの)斎場(焼き場)に向かって出発するのだが、・・この時、村を大回りして〔斎場〕まで向かうのだ。(約30分ぐらいは掛かる)
なぜ、わずか10分程の道のりを、遠回りして行くかというと、「死者を道に迷わせ、家に帰って来れなくする為」らしい・・。
だから、帰りも、又違う道から帰ってくる。
僕は、最初〔葬儀屋さんのハイヤーのメーター増大作戦なのか?〕と、不謹慎なことを思っていたが、どうやらこれは、うちの村ではずっと昔から、続いている習慣(習俗)らしい・・。
でも、よく考えてみたら、長年、この村で暮らしていた故人が、はたして、こんな事で道に迷うのだろうか?
僕なら、(遠回りしようが)ぜったい帰って来れると思う・・。
この日、お葬式を執り行った、故・お爺ちゃんも、けっこう出好きで、単車であちこち走り回っておられたので、道にはくわしく、おそらく、この風習は、まったく無駄になっているような気がせんでもない・・。
又、死者がなぜに、家に帰って来たらあかんのかという事も疑問だ。(僕なら是非帰って来てほしい!・・まぁ、お浄土に往ってしまう為、ダメかもしれんが・・。)
まぁ、(21世紀の)今でもこのような習慣が続いているということを、僕は今日言いたかった。
最後に・・、斎場からの帰り、ハイヤーから突然顔を出された喪主さんが、自分の息子さんに「(お爺ちゃんに、この世に未練を持たせたらあかんから、〔善意の気持ちで〕)帰りはおまえ、違う道から還って来いよ!」と、大声で言われたことが、僕の耳に(複雑な気持ちで)今も強く残っている。
22世紀までには、このような習慣は消えて欲しいものだ。


