「どうしようかなぁ・・?。受けるか、受けまいか。・・受けたら一層忙しなるやろなぁ。・・でもちょっと、やってみたいなぁ。」と悩み、結果的に二つともお引き受けしたのが、この春から始まる二つのご依頼であった。
一つは、浄土真宗本願寺派大阪教区が毎月発行している『月刊 御堂さん』という冊子の中の「住職茶話」という、いろんなご住職さんのエッセイに付ける『イラスト』の依頼。
これは難しい。(すでに、この春の四月号に載せるエッセイの原稿は読ませて頂き、その話に添ったイラストを書き、送らせてもらったのだが、さてさて反響はどんなもんか?・・ちょっと心配である。)
二つ目は、昨日、お寺に地元の元小学校の先生が来られ、「この春から、校内で(放課後の時間に)『本の読み聞かせ教室』を開きたいと思うのだが、その〔読み聞かせ〕チームに入って、紙芝居を子供たちにしてもらえないだろうか?」というものだった。
これは、この地元の校長先生のお考えらしいのだが・・、もちろん、僕は突然、仕事で行けなくなることもあるので、その点は考慮させてもらうが、「月一回でも良いので、是非今こそ、その「紙芝居」を子供たちにして欲しい。改めて校長からもお願いに参りますから。」と、篤く語られ迫られた。
・・これも自信はない。しかし『こんだけ言って頂けるのなら、どうなるかわからんが、まぁ、やってみるか』と腹を据えた。
お寺の出前紙芝居は、病気の人やお年寄りの方の為に、仏法の解り易さを考慮し作ったものだった。 しかし、今、思いも寄らぬ方向に『出前』は、向かい始めている。
まぁ良い。
この春から新たに増える、この二つの『出前依頼』に、いかに僕自身、向き合ってゆく事が出来るか・・? 自分自身の勉強、いや《行》だと思って、取り合えず挑戦してみます。
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二つの新たな依頼
富田林:山東学童指導員会議への出前&神山いきいきサロンへの出前
昨日の午前中、娘に檀家さんへのお参りを頼み、僕は『(富田林市)山東学童指導員会議』へお寺の出前講話に入って来た。
会場は、富田林市役所内だったので、(場所が広くて)どこに行ったら良いか少し迷った。
到着したら、すでに学童保育指導員の(お若いおばちゃん、いやお姉さま)先生方が、ちらほら座っておられた。
こちらの(今回ご連絡を頂いた)担当の学童保育の先生から、「(日々過労気味な)指導員さん方へ、心の安らぎになるような話を紙芝居を使ってをお願いします」と頼まれたのだが、はたして、それが実現出来たかどうかは解らないが、僕はいつものように、紙芝居を使って精一杯お話させて頂いた・・つもりである。(カメラを忘れたので、この時の様子を写した写真は無いのです。残念!)
それとこの後が忙しくて、話が終ってから僕は直ぐ、お寺に帰って用意を整えてから、(檀家さん宅へ)ご法事に向かわねばならなかった。(結果的になんとか間に合った。良かった!少し、読経は過呼吸気味になったが・・〔苦笑〕)
法事が終って、この日は〔(河南町)神山地区いきいきサロン(老人会)〕へのお寺の出前が、午後から控えていたので、焦りながら檀家さん宅でお茶を頂いていたら、僕の携帯に、先ほどの『学童指導員』の方から電話があり、「紙芝居を幾枚か、役所に忘れておられたので、夜にでもお寺に届けます」との連絡が入った。
その紙芝居を、僕は午後からの〔老人会〕でする予定であったので「すんません、今からすぐにそちらに取りに伺います」と言って、再び、富田林市へ向かう。
そして、紙芝居を無事に受け取った後、その足で〔河南町:神山地区〕へ向かい、滑り込みセーフであった。
この日は、車を運転しながら『僕は今、どこに向かっているのだろうか?』と何度も思った、今日の出前であった。
皆、こない成りまんねんでぇ
おおといの特養ホーム「白寿苑」での法話会の時のこと。
始まる15分程前から、最前列で二人のお年寄りが待っておられる。
一人は男性、もう一人は車椅子の女性。
「紙芝居法話」の準備をしながら、僕はお二人に話し掛けた。
「今月の節分の日には、苑内で〔豆まき〕やりはりましたか?」と僕。
それに答えて、その男性が「はい、やりましたよ。豆は〔乳ボウロ〕でしたけど」と答えて下さった。
それを聞いた隣の女性が、「はい、やりましたよ。そうそう、豆は乳ボウロでした。・・そう言うたら、昔、私の家でも・・・・・」。
そこで話が止まる。
しばらく待つが止まったままなので、僕は又話掛ける。「そうですか、昔はよく『鬼は外、福は内』って、家の中で豆、巻きましたよね」と。
すると、その話が止まったままの女性が又、話し始めた。「そうそう、『鬼は外、福は・・・』、あかん、何言うか忘れてしもた。」と言われた。
しばらく又、沈黙が走る。
すると隣の男性が、僕に話し始める。「こんなもんでんねんで、年を取るっちゅうことは。・・今話そうと思ってたことも、忘れてしまいまんねん。皆、こない成りまんねんで。・・住職さんもやで。30年、40年先のはなしや。」と言われた。
それを聞いていた隣の女性が、「そうそう。」とおっしゃった。
・・そうなのだ。僕はよく家の中で「あっあかん。今話そうと思ってたこと忘れてしもた」と妻に言うが、年を多く取るとそんなもんじゃなく、話している最中にも、〔その内容〕を忘れてしまうのだ。
「皆、こない成りまんねんで」と、(寂しそうに)言われた男性のその言葉が、今も胸に響いている。
皆、他人事ではない。・・生きるということは、老いてゆくということでもあるのだ。
滝畑地区で、「滝畑に磨崖仏あり」の紙芝居披露
(滝畑老人会館)
本日、このプログでも(先日)紹介した「滝畑に磨崖仏あり」という紙芝居を、本家本元の舞台地「滝畑地区」で披露させて頂く機会を得た。
それは大変光栄なことであった。
なぜかといえば、この滝畑地区に現在お住まいの皆様、又(あまり良い言い方ではないが)村がダムに沈み、現在〔新滝畑台〕という地区に引っ越された皆さん、又、滝畑ダムの所長様、河内長野市行政の皆さん、そしてこの場をセッテングして下さった「かわちながの観光ボランティア倶楽部」の皆さん方が一同に会して、この紙芝居を見て頂く機会を頂戴したからである。
驚くべきことは、この紙芝居の最後方で登場する『落慶法要』の場面の、〔餅巻き〕に、実際参加されたお方が名乗りを上げられて、びっくりするやら(僕の拙い絵と表現方法に)恐縮するやらで、まいってしまった。
又、観音磨崖仏像のお写真を、間近で撮ったものが、「(仏壇の上に飾ってあり)うちにあるので、今、取って来ます!」と言って、走って持って来てくださった方もあって、嬉しいやら驚くやらで、これも恐縮しっぱなしだった。(本当にありがとうございました)
やはり、現地の人の話が、一番説得力があって凄い!と思った今回の「紙芝居披露」であった。
(チョコレート贈呈の一幕)
最後に、今日はバレンタインデーなので、観光ボランティアさんからチョコレートを頂き、「仏教の坊主が、西洋の風習の贈り物を頂戴して良いのでしょうか?・・でも、正直嬉しいです!」といらん事を言ってしまい、会場は爆笑であったが後で反省した。(Mさんすんませんでした)
でも、今日はとても勉強になりました。
このようなご縁(ご仏縁)を頂き、私は幸せ者です。
ほんま、ありがとうございました。合掌
(観光ボランティアスタッフの方と共に)
「くすのきデイサービス」でのハプニング
先ほど、羽曳野市にある「くすのきデイサービス」に、お寺の出前に入って来た。
(三度目の訪問となる)こちらでは、今回「ねずみのお経」と「くもの糸(続・くもの糸付き)」の二本の紙芝居をした。
それで、・・ハプニングというのは、たまに起こるものなのだが、今回は「くもの糸」の時に起こってしまった。
続編の「パタパタ変身カード紙芝居」の紐が突然切れてしまい、肝心の変身ができなくなってしまったのである。
それで、急いでアドリブで何とか繋いで、無事に終らせたのだが、はてさて皆にはバレてしまっただろうか??
まぁ良いわ。・・いろんなハプニングは、思いもよらない時に起こるものだ。問題は(ハプニングが)起こった後、どう対処するかだ。
慌てふためかず、照れて「ちょっとしたミスさ」と、知らん振りして誤魔化し話を進めるか?・・はたまた、堂々と「えらぃ、すんまへん!」とあやまって話を進めるか。
どちらも、(良いか悪いか?解らんが)場の雰囲気を見て、臨機応変に出来るようになってきた。
場数を踏むというのは、ある意味『度胸』が付くという事かもしれない。(厚かましくなってきたんやなぁ・・)
『度胸』よりも『読経』を大事にせねばならない(僕の)仕事なのに、へんな力が付いてしまったような・・、ちょっと反省。それより早よ、修理せな。
『中外日報』「人生ジャーナル」に掲載されました
昨日、宗教新聞『中外日報』の「人生ジャーナル」欄に、「お寺の出前」が掲載されました。
内容は〔医療福祉の最前線〕というコーナーに、「お寺の出前 紙芝居屋亭」のはじまりから、現在に至るまでを(中外記者さんがうまくまとめて)書いて下さっています。
最後に「ボランティアは私を育ててくれる。まだ作りたい話がたくさんあります。人間(の物語)っておもしろいなぁと思います。・・後10年で(紙芝居)200本が目標です。」で、掲載をまとめて下さっているので、(自分自身、言い出しっぺの)プレッシャーと共に、新たな製作意欲もふつふつと沸いてくるような、そんな感慨を受けました。
連日の二つの法要
先週の土曜と日曜の連日、東大阪市の「善林寺」様の『新年法要』(夜の法座)と、羽曳野市の「願行寺」様の『報恩講法要』(昼と夜の法座)にお招きいただき、「紙芝居法話」に行かせて頂いてきた。
又両日共、そのお寺の法要前に、うちの檀家さんのご法事を承っていたので、(車を運転している時と、お経をあげている時以外は)ほとんど早足で移動としていた。・・で、さすがに昨日はぶっ倒れてしまった。(一日寝てました。一月は忙しかった。)
でも、よく寝たので今日は元気です。(笑・・単純な男です)
その二つの法要で、共通して面白かったは、話が終って帰り際、どちらもお檀家さんから、「思い出したわ!おじゅっさん、この前テレビに出てはりましたやろ?!・・そやそや、人間国宝さんや!」と言われたことであった。
その言葉に、周りの人達も「ああっ、そやそや、どっかで見たことあるような気がすると思っててん。」とざわめいた。(改めて、あの番組は人気番組やってんなぁと思った)
僕はおちゃらけて「・・そうでんねん。ホンマもんでっせ。『隣の!』が付く人間国宝やけどね。」と冗談で言うと、会場は大爆笑で、楽しい雰囲気を醸しながら本堂を後にした。
昨年の夏のテレビ放映やったのに、今も覚えていて下さっている方が多く居られたことが、とても嬉しかった。
河内長野「下里地区:元気アップ教室」への出前

今日、河内長野市〔下里地区〕にある「下里元気アップ教室」へお寺の出前に行って来た。
いわゆるこの教室は、河内長野市がバックアップする「高齢者いきいきサロン」のようなものを想像して頂いたら解りやすいと思う。
河内長野市といっても、はなはだ広うござんして、こちらの下里地区へ来て欲しいと頼まれても、最初は(どのへんなのか)ピンとこなかった。
例によってカーナビに住所を入れて、本日出発したのだが、(例によって)ナビは「目的地周辺に着きました。運転お疲れ様でした。ちゃんちゃん」で案内が終るので(「ちゃんちゃん」は無い。あったらおもろいが、怒りがマックスにくるかも〔笑〕)話を元に戻す。・・目的地周辺かもしれんが、その周辺範囲が(田んぼばかりで、失礼、自然が豊富で)広すぎてまったく解らず、途方に暮れてしまった。
後は(地図と)カンだけが頼りで、何とか着けた。・・まぁ、いつもの事ながら良かった。
お話はいつもように、時間一杯しゃべりまくって(これが良いかは解らんが、僕はしゃべりなのでつい喋りすぎてしまう・・)楽しんで皆さん(元気アップされた)と、しておこう。
うちの寺の周辺も田舎だけど、こちらも負けず劣らずの田舎だったと思う。・・でも、何か自然が一杯だと落ち着くなぁ。時間が迫っても余りイライラせんかったわ。これって田舎の良いトコやなぁ。
一年半ぶりのお寺でのお葬式
おととい、一年半ぶりに、うちの寺で(檀家さんの)お葬式をした。
今、ほとんどの檀家さんが〔葬儀会館〕でお葬式をする為、本当にうちでするのは久々だった。
亡くなられた方のお家の〔ご近所さん〕と〔葬儀屋さん〕がお寺に入って、式場の準備をいろいろとされるのだが、どちらも(寺でするのが)久々なので、テントを張ったり、ストーブの準備をしたり、スピーカーを取り付けたり、手間取っておられた。
・・でも足の悪い年配の方々は、式場が近い為に「今日は式場まで歩いて行けて有り難いわ~」と言っておられたなぁ。
車に乗らない、いや車を持っていないお年寄りの方にとって、人に頼んで、毎回遠く離れた〔葬式場〕まで、友人の車に乗せてもらって行くのは、いろいろと気兼ねするらしい・・。
でも、お葬式をお寺でしたり、自宅から出したりするのは(その準備から後片付けまで)ほんまに見ていてたいへんな事である。(ご近所の男の方たちは二日間、仕事を休んで準備せねばならないのだから・・。もちろん働く女性も同じ事である。)
おそらく、この(田舎スタイルの)お葬式は、大都会では(ご近所付き合いが希薄な為)不可能だろうと思う・・。うちのような田舎でも、そう遠くは無い未来、不可能になってゆくであろう。
「お葬式を出す」という儀式は、おそらく(近未来まで?)無くならないだろうが、そのスタイルは今、うちのような田舎でも変わろうとしている。
今年最初の「白寿苑」法話会 (初夢の中の僕)
昨日の晩、今年最初の特養老人ホーム「白寿苑」での法話会を行った。
毎年1月の法話会は、苑内で〔風邪〕が流行るため、中止や延期が多かったのだが、昨日は大丈夫だった。
会が始まる30分程前から、すでに一人のおばあちゃんが会場に来られていて、(時間があったので)二人でいろいろとおしゃべりをした。
このおばあちゃんは、「正月の初夢に、僕が出て来た夢を見ました」と言われた。
思わず僕は「その夢の中で、僕は何をしてましたか?」とお聞きすると、「忘れました。(ガクッ!)でも間違いなく住職さんでしたよ」とおっしゃられたので(僕の印象が、この方の中で間違いなく記憶されているのだと)嬉しかった。
はてさて、でも、〔初夢〕に僕が登場して、良いやら?そうで無いやら・・?

