昔むかし、信州のとある里に、お爺さんとお婆さんが、静かに暮らしていた。
ふたりには、歳を取ってから生れた、一人の男の子がいた。
その子は、気立ての優しい子で、お爺さんもお婆さんも、その子が可愛くてたまらず、それこそ、手の中の珠のように大事に育てていた。
「なぁ、婆さんや、この子がおるんで、わしゃ、歳を取るのを忘れるわ」。
「ほんに、そうとも。この子が大きゅうなって、かわいい嫁をもろうて、その子が出来るまで、わしゃ、長生きしたいもんじゃ・・。」と、二人は、よくこんな(無茶な)事を言い合って、老いてゆくのも忘れて暮らしていた。
ところが・・、
男の子が可愛いさかりの六つになった時、重い〔はしか〕にかかってしまった。
そして、いく日も高い熱が出て、やがてとうとう、その子は亡くなってしもうた。
お爺さんとお婆さんの悲しみは、それは言葉には、出きんほどじゃった。
「ぼうや、もう一度、目を開けておくれ・・」
「良くなったら、山辺の温泉につれてって、やるつもりじゃったのに・・」
二人は泣いて、泣いて、泣き疲れるぐらい泣いた。
その後、毎日毎日、お爺さんとお婆さんは、その子のお墓参りをしておった。
そんな或る日、
一人のお坊さんが、この里に、湯治に来たんじゃ。
そして、そのお坊さんは、亡くなった子供の話を聞き、一体の《お地蔵さま》を石に刻まれたんじゃ。
「ほんに、坊に生き写しじゃ。・・優しいお顔のお地蔵さまじゃ。」
「これで、わし等もやっと安堵したわな。」と、二人は喜んで涙した。
そして、この《お地蔵さま》を、いつも、その子が遊んでいた、野の道端に建てたんじゃ。
すぐ横には、お湯がこんこんと湧いていて、その暖かな湯煙が絶えず、お地蔵さんの顔や体をつつんでおったんじゃ。 つづく
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