秋成54歳。
歳を取ったと感じた秋成は、医者を辞めて隠遁生活に入ります。
そして妻と共に、その後のんびり旅をしたり、古典の研究や友人との交流を深めたりしました。
が、57歳で彼は白内障を患い、左目を失明。
京都に住まいを代えて生活しますが、61歳の時、頼みの妻も亡くします。
そして62歳で右目も失明し、全盲となります。・・が、友人の眼医者のお陰で、左目だけ回復しました。
頑固で偏屈な秋成を生涯助けて、苦労を掛けた妻を亡くし、片方の視力を無くし、生きる気力を無くした彼でしたが・・、
そんな秋成を招いて慰めてくれたのが、妻の知り合いでもあった、河内の日下(くさか)村=(現在の東大阪)に暮らす[唯心尼]というお寺の尼さんでした。
秋成は唯心尼や村人達と、お茶を飲んだり詩を作ったりしながら、癒され生きる気力を徐々に取り戻していったのでした。
その後、秋成は京都で再び小説を書いたり、歌の本を出版したりします。
が、76歳で病いに倒れ亡くなりました。
気難しく繊細な芸術家であった秋成。
指と視力が不自由ながら、そのコンプレックスを自虐的ペンネームとして著して、日本を代表するような幻想小説を書いた孤高の人、秋成。
そのお墓は、京都市左京区の西福寺の境内に立っています。
このお墓、石の台も彼のペンネームのように、カニのような形をしています。
(京都・西福寺)
おしまい
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