住職のつぼやき

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紙芝居:『決め手はワクチン!めっちゃ医者 笠原良策先生』(その3)

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 良策35才。
 一度京都から福井に帰った彼だったが、さらに研鑽を積むべく、再び京都に出て西洋医学を学び初めていた。
 そんなある日、師匠からビックリするような話を聞いた。
「良策、天然痘に罹らなくて済む方法が見つかったぞ!ヨーロッパのジェンナーという医者が発見したんだ!」と。
 ・・それは[種痘(しゅとう)=[牛痘接種]という方法だった。
 これは、天然痘に一度罹った牛の膿(うみ)を、人間の腕にメスで少しだけ傷つけて植え付けるという方法だった。これをすれば、死ぬまで人間は天然痘に罹らないで済む・・という方法だった。
 この方法はすでに実証済みで、天然痘へのワクチンの大発見だった。
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嘉永二年(1849)、40才になった良策は、数々の困難を乗り越え、師匠と共に努力して、牛痘の苗(ワクチン)を外国から(長崎経由で)手に入れた。
そして子供達へのワクチン接種に成功したのだった。
 当時、この接種の難しさは、子どもの腕にメスで牛痘を植え付け、膿が吹き出るまで待ち、それを取って、別の子どもに植え継ぎしなければ効果が出ない事なのだった。・・これが少しでも遅れれば、ワクチン効果がなくなってしまう。
 つまり駅伝タスキのようなスピード感が必要なのだった。
 が、良策達はこれに成功した。
 そして京都で150人以上の種痘を済ませ、命を救ったのである。
 つづく

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