(実際に、順教尼さんと親しかったという記念館の館長さん。いろいろな順教尼さんの秘話を教えて頂きました。感謝です)
おととい、和歌山県の九度山にある『大石順教尼(おおいし・じゅんきょうに)』記念館へ行って来た。
日本のヘレンケラーと言われた「大石順教尼」さんの紙芝居制作の取材の為である。
明治生まれの大石順教尼さんは、大阪は道頓堀育ち。本名は大石よねと言い、舞妓を目指すが、17歳の時、養父の狂乱により、両腕を斬り落とされる。
いわゆる『堀江六人斬り』の犠牲者である。
一命は助かるが、両腕の無い彼女は絶望する。
が、カナリヤがくちばしで雛を育てている姿を見て、口に筆をくわえて『写経』や『写仏』を描き、才能を開花させる。 やがて、結婚、出産、離婚を経て、高野山で出家得度。『順教尼』となる。
そして、身体障がい者相談所を設け、心の拠り所と自立教育・厚生に力を注いだ。
1968年4月21日に80歳でお亡くなりになる。
・・という凄い御方だ。
このお方の紙芝居化制作の話を、館長さんにすると、「是非、作って下さい!制作の為の資料はお貸ししますので、完成したら持って来て披露して下さいね。」と言われた。
今の時代からこそ、求められている偉人『大石順教尼』。
是非、紙芝居を作らせて頂きます。合掌