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紙芝居:「念仏もうせ物語~道綽禅師のはなし」(中編)

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 心の安らぎを求める為、道綽(どうしゃく)さまは次に『坐禅』を実践する教団に入門され、ひたすら『坐禅』の修行に打ち込まれました。
 しかし、その修行によって明らかになってくるものは、どれ程ひたむきに修行に励んでも、〔煩悩〕を絶つ事が出来ぬという、醜い自分の姿でした。
 戦乱の続いた苦しい時代を体験された道綽さまは、今自分の生きている時代は《末法(まっぽう)の世》だと思い始めていたのでした。
 ・・ちなみに簡単に説明しますと、仏教には《正法(しょうほう)》・《像法(ぞうほう)》・《末法(まっぽう)》という三つの時代観があります。
 《正法》とは、お釈迦さまが亡くなられてからの500年間であり、まだ修行して悟りを開く人が居る時代をいいます。
 《像法》とは、正法が終ってからの1000年間であり、修行する人は居るが、悟りを開く人は居なくなってしまう時代のことです。
 そして《末法》とは、像法が終ってからの10000年間で、この時、仏教の教えはあっても、修行する人も悟りを開く人も誰ひとり居なくなるであろうという時代です。(・・誰が考えてん?!)
 道綽さまはご自分の体験から、今、自分の生きてる時代は《末法》の時代に間違いないと思われたのです。 
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 それで、絶望された道綽さまは「旅にでも出るか・・」と思われ、センチメンタル・ジャーアーニィ~~に出発されました。
 そしてその途中、曇鸞(どんらん)大師が亡くなったいう『玄中寺』というお寺で、一休みされた時のことです。
 そこで、曇鸞さまの御一生が刻まれた『石碑』を見つけました。
 「うーん、何々。・・仙人の教えを捨てて、ただ『念仏』のみに縋り、仏さまにして頂こうと信じ、それを喜ばれ実践されたお方。・・そしてそれを皆にも勧めた・・か。
(もっと詳しく曇鸞さまを知りたい方は、http://o-demae.net/blog/archives/463.htmlへゴー!)
 なんと、このような御方でも、学問・研究を捨て、アミダ仏様に縋って『念仏』を称える道を選ばれたのか・・。
 そうだ、いたらぬこの私も、その道を歩むしかない!」と、道綽さまはその石碑を読んで、一大決心をされました。
 この時、道綽さまはすでに48才になっておられました。
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 「私は曇鸞さまの御あとを慕って、お念仏を実践することにする!」と、そのまま『玄中寺』に留まり、寝ても覚めてもひたすら念仏を称える実践修行に入られたのです。 つづく