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紙芝居:「実録 稲むらの火 (復興編)」 中編

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 〔浜口梧陵(ごりょう)〕の物心伴う援助は、それは手厚いものでした。
 しかし、〔津波〕の村人たちに与えた恐怖は、梧陵の想像を遥かに超えたものでした。
 いわゆる、それは『トラウマ』でした。
 真夜中でも、津波の夢を見る者が増え、『又、津波が来るかもしれない!』という恐怖心から、村を出てゆく者が出始めたのです。
 「・・これではいけない。頑丈で高い堤防を作らなければ、この恐怖心は、いつまでも消えはしない。」と、梧陵はそう思い・・、
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 そこで、藩のお役人に『堤防改修工事』を願い出ました。
 しかも、その工事費は、梧陵が私財を投げ打ってやるというのです。
 「私財でやってくれるなら、願ってもないこと。」と、お役人たちは、喜んで許可を出しました。
 そして、被災三ヶ月後、いよいよ改修工事が始まろうとしておりました。
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 梧陵は、工事が始まる前に、村人達を集めて言いました。
 「皆の衆、いよいよ堤防改修工事を始めることになった。
 ・・そこでだ、今回の工事は、わし等《村民の力》で完成させたいと思うのじゃ。 どうじゃ、みんな、力を貸してはくれんか!?」と。
 それを聞いて、一人の村人が「・・では、わし等は毎日、タダ働きで手伝うのですかのぅ?」と聞きました。 
 梧陵は「いやいや、その日その日の《日当》は、この梧陵が責任を持って支払う。 女子でも子供でも、手伝ってくれたら支払うぞ。 さぁ、皆で頑丈な堤防を築き、元の美しい『広村』を取り戻そうではないか!」と、そう叫びました。
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 梧陵の演説に感動した村人達は、次の日から、皆で力を合わせて工事を開始しました。
 これは、これからの生活に不安を抱えていた村人達に『働き場所』を与えることになり、又、同時に『自分たちの村は自分たちで守るんだ!』という『やる気、元気』をも甦らせることにもなったのです。
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 こうして、工事は順調に進み、安政五年十二月、四年間に渡る〔堤防改修大工事〕は無事に終りました。
 そして工事の仕上げとして、数千本の〔松〕が山より移植されました。 これらの松は、海からの風を防ぎ、そして根を張り、堤をより強固にしてゆくのでした。 つづく